10 名残雪
テルは史郎たちの先頭に立ち、味方を誘導していった。
時折、ランプの反射でいきなり映る敵の攻撃に、身を翻して攻撃を避けるテル。敵の攻撃を避けるのは得意なのだ。
ギリギリの瞬発力。
それはテルが敵の1番魚人相手でも有利に戦える唯一ともいえるカードだった。
泳ぐたびに疲労が体に溜まる。動きが鈍くなっていくような気がする。
それでもまだ、テルは立ち止まるわけにはいかなかった。
敵の突き出された槍を同じく槍で薙ぎ払う。
そのまま戦わずにその脇を通り抜ける。敵の兵士はテルを追撃しようと振り向くが、戦場でそれは悪手だ。
テルの後ろから次々と来ているタコス軍の兵士の1人が泳いだ勢いそのままに体ごと敵兵士にぶつかる。
槍が敵兵士の体を突き抜けて命を奪うのを確認した後、兵士はまた仲間の泳ぎに参加する。
魚人兵士の基本的な戦い方である。
水中では足を止めて槍を振るうなどという行為は、残念な戦い方としか言えない。槍を振るえば水の抵抗で威力もスピードも落ちる。
振るよりも突く。
だが、それよりも威力のある方法がある。
魚人の泳ぐスピードそのままで槍を突き刺すのだ。それこそが槍を持った魚人の最大の戦闘方法である。
言うなれば中世ヨーロッパの騎士同士の一騎討ちのようなものである。槍と盾を構えて馬ごとぶつかる。それだけで普通のものは耐えきれるものでもないし、その威力は薄い鉄板であればぶち抜ける破壊力を持つ。
次々となだれ込むタコス軍兵士は、テルのランプが見せた一瞬の敵兵に突撃をかますだけでいいのだ。随分と戦いやすいことだっただろう。
テルは先頭を泳ぎながら必死になって探す。敵の総大将であるベコをである。
基本的に海の戦いでは支配者を殺せばどうとでもなる。
たとえ、恨みに思うものが相手でも支配者であれば魚人は従う。
ベコがいなくなればこの戦場にいる支配者はタコス1人となる。
その時点で勝敗が決するのだ。
逆に言えばベコを倒さない限りこの戦いは終わらないとも言えた。
焦りを押し殺して泳いだテルの前に、ようやくそれっぽい姿が見える。
鎧に身を包んだ女性である。
高い地位にいなければ乗れない移動車に乗っていることで、支配者である確率が高まった。
「彼女がベコです」
史郎がテルを追い抜きざまにベコに襲いかかる。
だが、その史郎の槍を横から伸びて来た槍が防ぐ。
その槍の持ち主を見るとそこそこ長身の男がいた。黒い服を見にまとっていたせいでテルには余計に見えなかったのだ。
「ベコ様に刃を向けるのは1番魚人であるこの私、アングルが許さん」
アングルは槍を構えると、猛烈な勢いで槍をつき入れる。
鬼気迫る迫力と、タイミングによって史郎は大きく引き下がり、テルの横に並ぶ。その動きを見て情けないことではあるがテルは自分が敵う相手ではないことを見抜いた。
「史郎、いけるか?」
「いけます」
隣の史郎に聞くと、頼もしい返事が返って来た。テルは安心して史郎にアングルを任せるのであった。
「なぜ!? ここまで来て私が負けるというの!? お姉様を殺したのは、あなた達であるというのに!!」
その緊張を裂いたのはベコの悲痛な声であった。その言葉にテルは顔の表情すら動かさない。
ベコはなおも叫ぶ。
「お姉様は強かった、優しかった!! お姉様は殺されるようなことは何もしてこなかったというのに!! お姉様を返して!!!!」
それは魂の叫びであったのだろう。
大事な家族を殺されたものだけが発することを許される、悲しみの爆発であった。
テルはベコに向かってきっぱりという。
「クレイオーの死のことは残念だったと思っている」
それはテルがクレイオーの死に関わっていると自覚しているために出た言葉だった。だが、テルはもう迷わないと誓ったのだ。だから
「だが、謝りはしない」
断言するテル。そのテルの言葉にベコは意味もない叫び声を上げることしかできなかった。それを聞いてアングルが前に出る。主人を悲しませるものを許さないとばかりに。
アングルと相対する史郎にテルは告げた。
「必ず倒してくれ」
「はい」
史郎は短く答えた。
体を少し揺らしてから史郎は槍を突き込む。
その間合いを見切り少し離れるアングル。だが、少し離れただけであるのにアングルの体は闇に解けるように消えてしまった。
少し辺りを見回した史郎は、急に横から突き出された槍をギリギリでかわす。その槍の発生源めがけてお返しとばかりに槍を突き込むのだが、なぜか手応えがない。
不意にまた、違う箇所から槍が飛んで来て再び紙一重でかわす史郎。しかし、今度は槍を突き返さなかった。
テルにはどういったトリックなのか全然わからない。
それにアングルの攻撃は鋭い。
テルが戦っては、やはり勝てなかっただろう。だが、ベコを倒すためにもこの目の前のアングルだけは倒しておかなければいけない。
テルは動きを少しでも見極めようとアングルの姿を探すが、アングルの姿を捉えることはできなかった。そうやってテルが探している間にも史郎は何度もアングルの攻撃を避けている。
「このまま串刺しにされたいか」
アングルがそういった時、史郎は素早く目を走らせる。
そして少し考えるようなそぶりを見せる。
そうしている史郎の横からアングルの槍が襲いかかる。
避けようともしない史郎にその槍はついに届いた。
「なに!?」
テルは目を疑った。アングルの槍はたしかに史郎に当たっている。だが、それは見た目の上でだ。
実際に刺さっていないのは平然としている史郎を見ればわかる。史郎は平然とその槍を無視しているのだ。
「これはまやかしか。槍が動いているのに海流がない時があった。そして声は別の方角から聞こえて来ていた。どういう理屈か知らないが、タネが知れれば普通の技だ」
史郎は種明かしをする。だが、それはどういったまやかしかまでは言及していない。する必要はないのだ。まやかしを使うかもしれないという知識さえあれば。
史郎は再び襲って来た槍を避けず、ギリギリで弾いた。槍がぶつかりギリリと音を立てる。本物の槍である証であった。そして、本物の槍が移動しているということは、それを持っている持ち手がいるということだ。
「そこかっ!」
受けた槍を弾いて自分の槍を半回転させると、史郎は槍を宙空につき入れる。そこにはたしかに何もない空間に見えていたのだが。
「うぅ…」
姿がプランクトンランプ に浮かび上がる。アングルであった。
アングルは自分の体に突き立った槍を掴むと弱々しい声で言った。
「ベコ様……お逃げを…」
それがアングルの最後の言葉であった。急激にアングルの目が白く濁る。死んだことの何よりの証であった。
アングルは死んだ。驚異のいなくなったタコス軍はベコの周りを包囲する。
アングルの言ったようにベコを逃がすわけにはいかないのだ。
テルはベコに近づく。それに反応して立ち上がったベコはきつくテルを睨み返していたのだった。
「降伏しろ。降伏さえすれば命は取らない」
「断る。死んでも降伏はしない」
ベコの毅然とした態度にテルは槍を構える。正直ここまで心を決めた相手に降伏を促すのは失礼にあたるのであろう。
それでもテルとしては、できるだけ人を殺したくはないのだった。
だが、以前と違うことがある。
「では、死んでもらう」
テルは今、戦争の大局を左右する選択を任されているのだ。ここで相手を殺すことを躊躇して戦闘を長引かせれば、それだけ仲間が多く死ぬこととなる。
それはテルが大事にする仲間を守れないことに直結する。
それだけは決して許されなかった。
ベコを可哀想だとも思う。
同情をしているかと問われたならばしていると答えるだろう。
だが、それで生かすという選択はもうできないテルである。
「失礼」
カンッ
テルはすばやく、ベコが懐から取り出したナイフを叩き落とした。その行動に驚くベコにテルは躊躇せず槍を突き込んだ。
ズブブ…
「ぐ、ぐぐぐ…」
腹部に突き刺さる槍に苦悶の声を上げるベコ。ナイフはおそらくテルと刺し違えるつもりで隠し持っていたのだろう。テルは冷静にその動きを見逃さなかったのだ。
ベコは腹を貫かれながらも、決して顔を下に向けなかった。
苦悶の表情を浮かべる時間があるのなら、怒りの表情を。悲しみの表情を浮かべる暇があるのなら、恨みの表情を浮かべるとでも言わんばかりに。
それをみて、クレイオーの死体を思い出したテルはベコに告げた。
「クレイオーの最後のように、立派な最後でした」
「!?」
ずぶっ
驚いた顔をしたベコから槍を引き抜くテル。それと同時に辺りに支配者の証である青い血が辺りに広がる。
青い血煙の中、ベコは嬉しそうに呟くのだった。
「おねえちゃん、いま、そばに……」
それ以上言葉を続けることはできなかった。ベコの金色の目は閉じられた。
あとは、支配者であるタコスの勝利宣言を待つだけとなったのだから。
ふと、テルは何かが視界に移ったのを感じて空を見上げた。
「雪…」
それは白い雪であった。
それは死に瀕していたベコの能力の暴走であったのだろうか。それとも死んでいくベコの涙であったのだろうか。
それすらもわからず、テルは白い雪を眺めていた。
ただ、わけもないもの悲しさに心を揺さぶられながら。
ライトはティガの攻撃を棍棒で受け流し、そのまま続くように襲ってくるフーカの攻撃を火花を散らしつつ棍棒ではたき落した。
「いっつつ」
腕を抱えるフーカに追撃のようにライトの棍棒が振られる。それをさせじとティガがフーカを蹴飛ばした。
「あぐっ!」
「悪いなフーカ」
その反動でフーカはダメージを受けるが、棍棒の直撃を避けることができた。ティガも足から少し血がにじんでいる。フーカの種族能力『鮫肌』の効果でダメージを受けているのだ。
追撃のチャンスであるが、ライトは辺りを見回す。
ベコ軍のほとんどが戦意を喪失していた。中には武器を手から下ろすものもいる。
気になってよく聞いてみるとタコスの声が聞こえた。
「ベコは死んだ。降伏するものはよし、歯向かうものは皆殺しにする。できれば降伏をすすめるぞ」
タコスの声が響いていた。
それでライトも確信する。ベコが死んでベコ軍は壊滅したのだと。
ライトがそう考えていると正面からティガの拳が迫って来ていた。
危なげなく真正面から棍棒で受け止め、ついでに自分から体を軽く後ろに飛ばせるライト。
ティガの拳の威力も相まって大きく吹き飛び、距離を開けられてしまった。
「むっ!?」
ティガがいぶかしむ。
ライトはタコス軍に背を向けると全力で逃げ出した。ライトとしてはここで無意味に命を散らす必要はないのである。そのまま泳いでいると、ふと遠くにあるランプの灯りが目に入った。
そこにはテルがランプの明かりに照らされて立っていたのだった。
ライトはテルが戦場に立っているのを見て驚いた。
(私よりも後から出発した者がもう戦場についているだと?)
ライトはテルのそんな不思議な存在感を、だが、本当に面白そうに受け入れたのだった。
(戦場に立てば、遠慮なく切れる)
そして胸に下げたネックレスを強く掴むのだった。それはライトを慕ってくれていたメイドのくれた贈り物であり、形見となってしまった品だった。
(私の勝利を見ていてくれ。アカネ)
ライトは一路、最後の海域の支配者であるダゴンの住むマカレトロへと向かうのであった。




