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そのじゅう・ラブコメ希望でこともなし!






曇天の空。風が嵐のように渦巻き遠くで雷鳴の音が響く。

三高の正門前。威風堂々と立つ人影が一つ。

なぜかぼろぼろの女子制服。満身創痍に見えるが不敵に笑み、莫大な覇気を背負った女。


「……待ちに待った時が来たのかしらん……」


ぐ、と拳を握りしめる。かみしめるように女は言葉を吐く。


「多くの特訓が無駄でなかったことの証のために……天下 太平籠絡成就のために!」


そして彼女は拳を振り上げ咆吼する。


「三高よ! 妾は帰ってきたあああああ!!」


がらがらぴしゃん。


「はい遅刻ね。学生証出して」

「あ」











その日、天下 太平の周囲に存在する女性陣のほとんどに、とあるメールが送られてきた。

曰く、『天下 太平を籠絡せんと志す者、来たれ!』とのこと。

それに応えたのは五人。


一人目、常に明後日の方向に向かって全力疾走する女。『お嬢』鯉ヶ滝 恋。


二人目、地獄より訪れた堕天使の長。『関西系ロリ』ルーシー・不破。


三人目、慈愛を胸に天より舞い降りた大天使。『天然素材』選流 美佳。


四人目、憂いを秘めた、ミステリアスな戦隊ブルー。『狙った根暗』青木ヶ原 水樹。


五人目、世界を見守る精霊たちの王。『へっぽこ』星野 聖霊。


なにこの人物紹介と、不満げな表情の五人の前に立った女は、朗々と声を張り上げ告げる。


「よくぞ参ったのかしらん我が精鋭たちよ!」


どこかの風雲な城で最終決戦でも行うかのような台詞をぶちかましたのは誰あろう、九尾 玉藻。しばらく姿を見ないと思っていたらいきなり何をやらかす気なのか。

いや現状から考えると懲りずに太平と絡むつもりなんだろう。一体その自信はどこから湧いて出るのか。


「ふっ! 地獄の特訓をくぐり抜けた妾に最早死角はないのかしらん! もうた●し城でもSAS●KEでもなんでも持ってくると良いのかしらん!」


こいつもなんか努力の方向が間違っているんじゃなかろうか。まあそんなかわいそうな事実は余所に置いておくとして。

全員が何とも言えない視線を視聴覚室の一カ所に向ける中、ルーシーがぼそりとその事実(・・・・)を指摘した。


「ほんで、そこに縛り付けられてる男の娘はなんやねん」


指し示す指の先。そこには椅子に縛り付けられたまひとの姿。「え?もしかしてこれなんてエロゲ的なシチュエーション? どきどき……」などとほざいて頬を赤らめているところを見ると結構余裕があるようだ。

ルーシーの問いに、玉藻はえへんと胸を張って応える。


「戦術とはまず敵を知るところから! ということで彼に最も近いであろう皇 まひとさんにご協力をいただくこととあいなりましたのかしらん!」

「(……アレの本性知っとるくせに、剛毅やなあ)」

「(なんかちょっと暴走気味でそこらへんすぽーんと頭から抜けてますですよあれ)」


どうせまひとの方もなんか面白そうだからとかそう言う理由で抵抗しなかったのだろう。多分何をするのかも分かっていないに違いない。

と言うか、自分たちも何をするのかはっきり聞いていない。メールに興味を引かれたというのもあるが、目の前のあほが目の届かないところでとんでもないことをやらかして巻き込まれでもしたらことだ。いざというときには実力行使でとどめを……もとい食い止めざるをえないだろう。五人の覚悟というか決意というか、ともかくそんな感じの意志が籠もった視線を全く感じてない玉藻は、ずばしとポーズを決めつつなんかまた宣う。


「そういうわけでちゃっちゃと天下 太平の趣味趣向をさくっとゲロるといいのかしらん! 主に好みの女性とか好みの外観とか好みのおっぱいのサイズとか尻が良いのかとかくびれかそれともへそか獣耳とか尻尾とかどーよ的なアレやソレを! さあ!」

「わ、まだ懲りてなかったんだ。まあそんなことだろうとは思ったけど」

「ふ、このだ……九尾 玉藻が一度や二度のつまずきで諦めるような軟弱な女だと思ってもらったら困るのかしらん! 最早妾は昨日の妾とは違う生き物! 傭兵学校仕込みのトラップ解除術を見せつけてくれるのかしらん!」

「それで姿を見なかったんだ。……うんその、気持ちは買うけどそれ以前にね……」

「お待ちなさい!」


何かを言いかけたまひとの言葉を遮り、凛とした声が響く。

声の主は無論この人、鯉ヶ滝 恋。彼女は玉藻に負けじとばかりにずはっとポーズを決め、言葉を叩き付ける。


「黙っていれば好き勝手なことを! 天下 太平の心にその名を刻むのはこの……」


ばっ!


「鯉っ!」


ばっ!


「ヶっ!」


ばばっ!


「滝っ!」


ずばばっ!


「恋!!」


ずばばーん!


「ただ一人のみですわ!」


どどんとポーズを決める。以前にも増してキレも迫力も向上しているのは特訓の成果だ。


「……うちに欲しい人材よねふふふ」

「……それ多分我たちの出番減ります」

「やめときましょう」(きっぱり)


端っこで水樹と聖霊がごにょごにょ言葉を交わしているがそれはそれとして。ぎぎんと玉藻をねめつける恋だが、とうの玉藻本人は涼しい顔。それどころか得たりとばかりに口元を歪める。


「その心意気やよし、なのかしらん。だけれども天下 太平はそんなに生やさしい相手じゃないのかしらん」

「このわたくしが困難な相手だからと言って怯むと思いまして!? 例え今は届かなくともいずれは……」

「そのいずれ、というのはいつ訪れるのかしらん?」


玉藻の言葉にそれこそ「うっ」と怯んで言葉を失う恋。玉藻はぬたりと笑みを深める。


「本当は分かっているのではないのかしらん? 光明など見あたらない、突破口など開かない、と」

「そ、それは……」

「ただ一人孤独な戦いを続けるのも結構。でもこのままでは埒があくことなど未来永劫ないのかしらん。……だけど、この場には志を同じくするものがいる。その力を集えば、難攻不落のこの状況に風穴を開けることも不可能ではない。妾はそう信じているのかしらん」


す、と恋の手を取り、その瞳を覗き込む。玉藻の視線に捉えられた恋は「う、あ……」とか呻きつつたじろぐ。


「貴女の力が必要なのかしらん。力を合わせれば天下 太平に届く。届かせてみせるのかしらん。……妾を、信じてはくれないかしらん?」みょいんみょいん。


言いながらなんか変な怪光線を視線に乗せて飛ばしていた。

洗脳じゃねえか。


「悪魔かいこの女」

「いや悪魔が言う事じゃないです」


悪魔ルーシー天使(美佳)がぼそりと言葉を交わすのをよそに、玉藻の話(?)を聞き終えた恋はゆっくりと振り返る。

そして再びずばっとポーズをとって高らかに告げた。


「わたくし悟りましたわ! 志を同じくするものが力を合わせるのは恥ずかしいことではないと! 強いて言えば大海に暗雲のごとき群れを作る鰯の心意気! 一人はみんなのために、みんなは一人のために! 努力と友情が勝利を導く絶対の方程式ですわ!」


満面の笑み。その瞳にはぐろんぐろんとあやしい光が渦を巻いていた。その背後でほくそ笑む玉藻。

だめだなあいつもどおりだめだなあ。呆れとも厭世観ともとれるような空気が流れる。

まあそれはそれとしてと、うけひゃひゃひゃと完全におかしい笑い声を上げる恋とそれを煽ててヨイショしてる玉藻を一時放っておいて、残りの連中はひそひそと言葉を交わした。


「まああのお嬢さんやウチと美佳コレは分かるんやけど、あんたらなんで来たん? 戦隊のお仕事ってわけじゃあなさそうやけど」


ルーシーの問いに、水樹はふ、と陰りのある薄い笑みを浮かべてみせる。


「ふふふ、決まってるじゃない。……ヒロイン狙いよ」


唐突だった。あまりにも予想外の言葉に、ルーシーと美佳は目を丸くする。


「え~っと……ま、まさか天下君のこと、好きだったですか? そ、それはそれでラブ万歳というか無謀というか」


おずおずと戸惑いながら美佳が言う。予想外すぎることに面食らっているようだが、水樹はすましたもので。


「ふふふ、まだ(・・)そこまで考えているわけじゃないわ。けどよく考えてみて。彼より頼りがいのある人間が、他に存在するかしら」


しねえ。断言できる。恐らく彼にはどのような困難も通用しない(・・・・・)。例え世界が滅びたとしてもぴんぴんしてる、そんな気さえしてくる。たしかに頼りがいという意味ではこれ以上ない人物であろう。人格的な問題は別にするとして。

凄まじい説得力のある言葉。水樹は続ける。


「甲斐性は十分。基本真面目で将来性もある。今のうちに唾をつけておこうというのは、おかしな考えじゃないでしょう?」


そこまで言った彼女の瞳が、さらにぎらりと真剣な光を宿す。


「そして……ヒロインともなれば、出番も台詞も格段に増えるのよ!」


ずこー、とルーシー&美佳はずっこけた。構わず水樹はぐ、と拳を握りしめ力説を開始する。


「この機会を逃さず、私はメインキャラへと昇格する! ふふふ、メインキャラともなれば注目度は桁違い。人気もグッズの売れ行きも急上昇。もう『青? クール(笑)』だとか『一人だけ大樹海、他の四人は大都会』なんて揶揄されることもなくなるわ。輝かしい未来が訪れるのよ素晴らしい!」


そこまで出番に飢えていたのか。単なるキャラ作りではなかったらしい。涙ぐましい話だがそこまでしてメインキャラに固持しても所詮はこの話である。ろくでもない目に遭うのは決定づけられているのだが、それでいいのか?

何が彼女をそこまでかき立てるかは分からないが捨て身過ぎる。のろのろと顔を上げたルーシーはドヤ顔をしてる水樹を放っておくことにして、今度は聖霊に問いかける。


「あ、アンタもアレか。ヒロイン昇格狙いか」

「まさか。そこまで高望みはしていません」


聖霊は頭を振って否定する。そして。


「ただ……ちょっとだけ出番が欲しかったんです。一時でもいい、画面の端っこでもいい。ただちょっとだけの出番が……」


そう言ってしくしく泣き出す。もの凄く切実だった。

出番多くてもいいことあったためしないんだけどなあ。姉妹は後頭部に大粒の汗を流す。なにがそこまで彼女たちを駆り立てるのか。二人にはさっぱり理解できなかった。


「そんなわけで! 天下 太平攻略のための作戦を立案したいのかしらん! 意見があればじゃんじゃん言ってほしいのかしらん!」


いつの間にか話がまとまったようで、ホワイトボードの前に立った玉藻が告げる。彼女はペンで力強く作戦そのいち! と書き込んだ。


「まずは基本! 全員によるアプローチの波状攻撃! いくらあの男が朴念仁だろうが好意を匂わせたアプローチを何度も受ければ……」

「あ、それ多分無理」


力説する玉藻の言葉は、あっさりと途中でぶった切られた。その言葉を発したのはもちろん縛り付けられたままのまひと。

遮られた玉藻は、むっとした顔でまひとに食って掛かる。


「ちょっと! 何の根拠があって決めつけるのかしらん!」

「いやだって前例あるし」


さくりと応えるまひと。は? と目を丸くする玉藻に対して、彼は「ん~」と思い出しながら言う。


「中学のころだけどさ、男子生徒に気のあるそぶりをしてデートという名目でたかる女子グループがいたんだよね……」


藤崎なんたらとかいう女子を中心としたそのグループは、人なつっこさを装い巧みに男子に近づき、それとなく――端から見ればあからさまであったが――デートに誘うよう誘導し、たかる行為を繰り返していた。色々なタイプの女の子が入れ替わり立ち替わり好意を匂わせてくれば、並の男はまず耐えられない。必ず誰かがデートに誘われるという寸法だ。さらにたちの悪いことにこのグループ、万が一相手がそっけないと周囲に悪い噂をばらまいて追い込むようし向けるという犯罪組織顔負けの芸当までやっていたりする。


が、太平を相手取ったとき彼女らの命運は尽きた。


当然ながらすげなくばっさり。無論彼女らは太平の悪口を広めたがそんなもん欠片も気にするはずがない。通常なら根負けするところを完全に無視され、焦れた彼女らは徒党を組み太平を直接責め立てようとしたが。


「つまりアレか。自分たちの思い通りにならなかったら人を貶めようとするようなクソに媚びへつらえ、と」ビキィッ!


太平から放たれる深海のごときプレッシャーに気圧され、気がつけば纏めて正座説教されていた。

取りなそうとした教師すら巻き込み、彼女らの何が悪く非常識かを懇切丁寧に細大漏らさず指摘し続ける彼の説教は、全員が五体倒置で泣きながら謝り倒すまで続いたという。


「……ってなわけでときめいてめもりあるような手段は通用しないと思うよ? 下手すると逆鱗に触れるし」

「……あうちなのかしらん」


オーソドックス(?)な手段が否定され、玉藻はがっくりと肩を落とす。そんな彼女にまひとは「まあその、太平ちゃんだからね。それに……」と気遣うような言葉をかけようとするが、玉藻はがばりと顔を上げ再びテンション高く吠えたくる。


「まだなのかしらん! たかだか一つ目の案が潰れただけなのかしらん! 二つ目! 謎の手紙で気になるアイツの動揺を誘っちゃえ、きゃ(はあと)作戦! 彼の下駄箱なりなんなりに一通だけラブレターを投入! そして皆がそれぞれ何かを匂わせる思わせぶりな行動をとるのかしらん! 一体誰がと言う疑念が頭を離れずいつしか彼の脳裏には少女たちの面影が深く刻まれて……」

「あの~、盛り上がってるところ悪いけど、多分それも無理。ってか大事になる可能性大」


再びの物言い。良いところで言葉を遮られた玉藻はぎうんとまひとを睨むが、彼は溜息をついて続ける。


「これもまた中学の頃の話なんだけどね……」


当時いたらしい。太平の下駄箱にラブレターぶちこむような物好きが。

ここで普通の主人公ならきゃっほいと喜ぶかもしれないが、生憎太平だ。開封すらせずにそのまま人目につかぬよう他のゴミに混ぜてゴミ箱に放り込んだ。一応人目につかないようにしただけ気を遣っているかも知れない。目の前でびりびりに破かれお前を殺すと言われないだけマシ、といったレベルだろうが。

ところが敵もさるもので、翌日からラブレター攻勢が始まった。いくら捨てても捨てても連日投入されるラブレターに、流石の太平も対処せざるを得なかった。


「すんませーん、なんかストーカーいるみたいなんですけど」


最寄りの警察署に通報。一挙に飛びすぎである。


そしてまた、管轄の警官たちも暇してたのかなんなのか、やたらと全力で捜査し始めたのがまずかった。始まる学校全体を巻き込んで大騒動。最終的には校舎裏で一人の女子生徒が無数の警官に拳銃を突きつけられてお縄という結果に終わる。

純粋に好意で太平にラブレターを送っていただけだったので即座に誤解は解けたが、結構根性座っていたその女子も、流石に二度と太平と関わろうとはしなかった。


「……そういうことでぐらふてぃでせんちめたる手段も無理じゃないかなあと思うんだよ。今度はメンバーがメンバーだから、下手したら世界巻き込んじゃうかも」

「じーざすなのかしらん……」


再び気落ちする玉藻。しかし彼女もただ者ではない。不屈の闘志で三度玉藻は立ち上がる。


「まだ! まだ終わらんよなのかしらん! こうなれば体を張る方向性! ことあるごとにえっちいアクシデントを誘発するラッキー助平プロジェクト! 幸いに一部を除いてスタイル良いしおっぱい大きいから聖人級の朴念仁でも反応せずには……」

「喧嘩売っとんのかいワレ」

「うんもう分かってると思うけどそれもダメだね。危険が危ない」


額にお怒りマークを浮かべる黒髪ロリっ娘をよそに、またまひとからダメ出しが入る。玉藻はもう泣きそうだ。


「今度は小学校高学年の時の話です。小学生にしては妙に成長しててこまっしゃくれた女の子いたんだけどさあ……」


その少女は大人ぶり、男子たちにちょっかいをかけていた。また色気づき始めた小僧どもがちやほやするんで結構天狗になっていたようだ。当然ながら太平は我関せず。それが勘に障ったか少女は太平にちょっかいをかけ始めた。

太平、それを豪快にスルー。躍起になった少女は、だんだん過激であざといアクシデントを装って太平に絡もうとしたが。

今度は太平、物理的に(・・・・)スルー。わざとよろけて抱きつこうとしたり目の前でこけてぱんつみせようとしたりするのをするっとかわしていく。結果、どんどん怪我が増えていく少女。しまいには抱き留めてもらおうと階段の上の方でよろけてみたら、それすらも避けられ豪快に転落。後遺症が残るような大けがこそ負わなかったものの、ぼろぼろになった少女は太平を非難したが。


「自業自得」


の一言で斬って捨てられた。周囲は少女に同情する者も少数いたが、あまりのあざとさゆえに大半は太平に同意的であり、結果ハブられていった少女は泣く泣く転校していくしかなかった。


「……そう言うことで、とらぶる手段も無理っぽいよ? それにこのメンバーだからねー、派手なアクションで迫ってスルーされて、被害は甚大ってオチになりそうじゃない?」

「……まいがーなのかしらん……」


諸行無常である。神は艱難辛苦しか与えないと言うのか。

どこか遠くで「いやワシ関係ないし」とかいう台詞が聞こえたような気がしたがそれはそれとして。


ともかくまだ玉藻の心は折れない。もう泣き出しそうな雰囲気ばりばりであったがそれでもなお、彼女は意地とプライドだけでいきり立つ。


「妾は……諦め()なない! 諦めるわけにはいかないのかしらん! こうなったら最終手段! 己の命を対価に迫る! 妾に惚れろ! でなきゃ死ぬ! ってな感じで! 心持ち精神的にヤバげなようすを前面に押し出して……」

「うん死ぬね」

「オブラートに包むことすら無くなった!?」


さくりと切り落とされる。確かに案とも言えないやけくそで無茶苦茶なものだったが、それにしてもさっくり行き過ぎだった。

まひとはどうしようもないねと言いたげな表情で、またもや過去のエピソードを披露する。


「高校に上がる直前のことだけどね……」


またもや太平に絡む女の影。以前とは違い今度は本当にストーカーだった。しかもかなりヤバげな。

解読不能なイっちゃった手紙。地上げ屋の嫌がらせとしか思えない贈り物。物理的に人が潜めるはずもない場所からの視線。図太いどころでは済まない太平だから耐えられたが、並の人間であったらとうの昔に心を病んでいただろう。静かな攻防はいつ果てるともなく続いた。

先に根負けしたのはストーカーのほうであった。彼女は色々なものをかなぐり捨て、ついに太平の前に姿を現す。

人気のない通り。ついに対峙する二人。だがストーカーの方法がまずかった。


「すすすすす好きになってくれなきゃきゃ、ああなたを殺してわたしも死ぬうう!」


がたがた震えながら包丁を構えるその姿。座りしょんべんものである。が、相手はもっと斜め上に最悪だ。


殴った。

これ以上ないってくらいボコった。


通報を受けて駆けつけた警官と野次馬しにきたまひとが見たのは、原形を留めぬくらいに殴り散らかされ縛り上げられた加害者と、無言で生コン練っている太平の姿。勿論傍らにはドラム缶。


「みんな全力で止めたね流石に。連日の攻勢でストレス溜まってたってのもあるけど、今度同じ事起こったら止められる自信はないし止める気もないよ?」

「のおおおう……なのかしらん……」


がっくりと、床に両手両膝をつく玉藻。さすがにここまでくるとダメージが大きいのか。

だがそれでも。彼女は歯を食いしばり立ち直ろうとする。なにがそこまでさせるのか、最早意地とかプライドとか言う問題でもない。つーか普通に告白するという考えは浮かばないのかこの女。

このままでも、主に玉藻が一方的に叩きのめされて終わったであろう。だが、現実はもっと非情である。


「あの~、大変まことに切り出しにくい今更ながらの話なんだけど……もしかして、みんな気付いてない?」


なんだか大変気まずそうにおずおずとまひとが問うてきた。打ちのめされていた玉藻を含む全員が、なんのことだと眉を顰める。

一斉に視線を受けたまひとは、実に言い出しにくそうな様子で、その事実(・・・・)を口にした。


「えっとね……











……太平ちゃん、彼女いるんだけど(・・・・・・・・)











空気が、凍った。

永劫にも思える沈黙。それを経た後。


「「「「「ぬあんですとおおおおおおお!!!???」」」」」


大爆発。


予想外どころの話ではない。全ての前提条件が丸ごとひっくり返される事実だった。即座に全員が鬼のような形相でまひとに詰め寄る。


「なに、ちょ、おま、なんなのなんなのなんなのかしらんそれは! え、彼女!? なにそれ!? 知ってて黙ってたのかしらんこのど外道!」

「どういうことですのなんなのですの!? このわたくしを差し置いて!? SITUJI★隊! セバスチャン! ちょっといらっしゃい!」

「え? マジ!? マジなん!? なんやのんどういうことやのん! おかしいやん反則やん! セオリーとちゃうやん!!」

「いつのまになんでそんなことになってるです!? あり得ないというか信じられないと言うかでも立場上祝福しとかなきゃああもうなにがなんだかですです!!??」

「そ、そんなはずが……あ、あれ? 本当に!? え? 」

「……もしかしてその彼女とはあなたの妄想上の存在ではないのかしらふふふ、ふ?」


ぐるぐる目で大混乱である。やっぱ知らなかったんだとまひとは深々と溜息。


「てっきり分かっててやってるのかと思ったけど、話題にも上らないんでおかしいなあって。やっぱりそうだったんだ。確認してなかったんだね?」


そう言えば。ぴたりと全員の動きが止まる。

たしかに太平にそんな存在がいるなどと確認したことは一度もない。だいたいアレにそんな存在がいるなどと誰が予想できるか。そもそもそんな気配も何もなかったではないか。そう問いただしてみたらば。


「ちょっと離れたところに住んでるからね~。半月か一月に一度会ってる程度だし。太平ちゃんもわざわざ話題にする理由ないし」

「いやだって! それだったらモーションかけてくる女の子に一言断るくらいはするのかしらん! あれだけ色々と無駄なアプローチかけてたらいくらなんでも気付くのかしらん!?」

「しゃらっとわたくしのことディスりましたわね!?」

「……うんその、彼女以外の女なんざ知ったこっちゃないって、堂々と宣ってるしねえ……騒音、としか捉えてないのではと愚考する次第ではありますが……」

「つ、つまりその……鈍いとか、朴念仁とか言う問題でなくて……最初から眼中なかっただけ、ちゅうこと!?」

「そうなる、かな?」


重苦しい空気がのしかかる。無駄な努力。言葉には表れないその一言が少女たちを打ちのめした。

だがしかし、中には微妙に往生際が悪いものが。


「……ふ、ふふふ。その話が本当だという具体的な証拠があるのかしら? 我々に提示できる物理的状況的証拠がなければそれを事実として認められない……」


どこぞの歴史認識的クレーマーみたいな事を言う水樹。だがそれは、彼女の上司から否定される。


「あの……本当です。今調べたら間違いないです」


星野 聖霊。精霊の王。その気になれば森羅万象あらゆるものに宿る精霊に命じてこの世の全てを『識る』ことも可能である。普段は押さえているその力を使って今調べたらしい。

そして、聖霊は嘘をつくなんて思考がそもそもないわけで。

水樹はへろへろと撃沈した。


そして、さらなる追撃がかかる。


「「「「「お嬢様あああああ!」」」」」


突然なだれ込む白装束の男たち。何事かと皆目をむくが、よく見れば彼らは恋の執事たちだ。

執事たちは鬼気迫る趣で一斉に跪き、「「「「「申し訳ございません!」」」」」と土下座を敢行する。


「え!? ちょ、何事ですの!?」


次から次に起こる出来事にパニックとなる恋。そんな彼女に向かって、執事たちの中で最も年かさの男が血を吐くように告げた。


「このセバスチャン、一生の不覚! 天下 太平のキャラクター性に目がくらみ基本的な確認を怠るとは! SITUJI★隊一同総辞職ではすみませぬかくなるうえはこの腹かっさばいてお詫びをおおおおお!」


がばりと身を起こし装束をはだけて短刀を取り出す執事ども。「ちょ、おやめなさいおやめなさい」と泡を食って止めようとする恋。阿鼻叫喚であった。

執事どもの様子を見る限り、彼らも太平に彼女がいるのは確実と判断せざるを得なかったのだろう。主に恥をかかせたと言うことなのだろうが、そもそもそんな前提条件想像できる方がおかしい。前代未聞にもほどがある。


ぎゃーすかぎゃーすか騒動は止まらない。そんななか、ずうんと沈み込んでいた玉藻の身体がふるふると震え出す。

そして彼女はがばりと身を起こし天に向かって咆吼した。


「ふ・ざ・け・る・なあああああああああ! なのかしらん!」


爛々と赤く燃える獣の目を血走らせ、彼女は唾を吐きながら喚き散らす。


「この妾をコケにするのもたいがいにしとくのかしらん! 彼女がいるだけに飽きたらず眼中無い!? 騒音!? この妾が! こ・の・妾がっ! 屈辱! これ以上ない屈辱っっっ! おのれ天下 太平許すまじ!」


吠えたくり轟々と背中に炎を燃やす玉藻は、歯ぎしりしながら呻くように宣言した。


「寝取っちゃる……NTRっちゃるのかしらん……」

「あ、あの~、さすがのウチもこれは諦めた方がいいかなあって、思うんやけど……」


玉藻の様相に腰が引けながらも、おずおず声をかけるルーシー。悪魔の長に言われるとかどんだけと思うが、玉藻は一向に気にすることなく食って掛かる。


「諦めたらそこで試合終了なのかしらん! それでも人間を堕落させることに命をかける悪魔!? ここはどーんとウチにまかしときんしゃいって言うところじゃないのかしらん!」

「いや命まではかけないし仕事やし。それにこっちの陣営に入れるんならともかくアレの恋愛関係にまで手エ出したら死ぬじゃすまんで?」

「なにクール気取ってるのかしらんもっと熱くなれよなのかしらん! 本当は悔しいのでしょう恨めしいのでしょう己の本心を隠さず正直になって共に戦いへと赴くのかしらん!」みゅいんみゅいん。

「ウチにまで洗脳使う気かい!」

「そうですわ断じて認められませんわ! わたくしの今までの努力が全て無駄だったなどと! 報いを! しかるべき報いを! なんとしてでもあの男を振り向かせわたくしの足下に跪かせてみせますわ!」

「わー! こっちも暴走はじめちゃったです!」

「……ここで絡めば出番は増える。……だけど危険性は鰻登り……」

「やめませんか? ね? もう十分出番は稼ぎましたし」

「おいこらそこ逃げんなや! こうなったらみんな一蓮托生じゃ一緒に地獄へ堕ちたろやないかあああ!」

「ねえさま落ち着くですそもそもねえさま地獄には元々住んでるですやけになっちゃだめですううう!」


混乱に拍車がかかり、騒ぎはいつ終わるともなく続く。いつの間にか拘束から抜け出したまひとは、やれやれと肩をすくめる。


まあ、若いうちは何でもやってみるがいいのさ。永く生きすぎたもの特有の達観した視線で少女たちを見る。無駄だと分かっていても挑戦せずにはおられない無謀さというのは若者の特権だ。せいぜい頑張ってみるといい。その結果がどうあろうと、きっと自身の成長につながるであろうから。


……その前に死ぬより酷い目に遭うかも知れないけどそれは知ーらない。喧噪を背に、まひとはこそこそとその場を去った。











ヘッドホンを外し、望は深々と溜息を吐く。万が一のために学校中に盗聴器を仕込んでいたのがこんな展開になるとは。

まあそれはそれとしてだ。望は振り返りぎぎんと睨み付ける。


「知ってましたね?」

「聞かれなかったからね」


射抜くような視線を受けて飄々と応えるのはもちろん成螺。そりゃそうだ、よく考えれば確かにわざわざ話しておかなければならないことではない。望はがっくりと肩から力を抜いた。

それにしても。望は訝しげな目で成螺を見る。


「あなたはちょっかいをかけなかったんですか?」

「いやもちろんかけたよ? うんかけたんだけど」


そこで成螺の動きがぴたりと止まる。そして彼女はなんかぶつぶつ呟きだした。


「なんだろうアレは、ハートマークかな? 違うなあ、ハートマークはもっと、ばーって動くもんなあ。それにしても熱っ苦しいなここ。おーい、誰かいませんかー? ここから逃してくださいよう。おねがいですよう一刻も早くここから立ち去りたいんですよう。ちょ、待った、こっちに来ないで近づかないでやめてとめてああ! 窓に、窓にいいいい!?」


絶叫。そして彼女は。


「……というような世にもおぞましいアレやコレやがあったわけでして」

「アンタそれ人に言わせる方でしょう。あとなんでそんな話した後に興奮してんだよ性的に」


ふこーふこーと鼻息荒く発情してる成螺の様相に辟易する望。もうこいつはダメだ基本から最終形まで。

ともかく。絶対天下 太平の彼女とやらとは関わらねえぞ振りじゃないからねこれ。と、望は心の底から誓った。











携帯電話を手に取る。


メールを打とうとして、ふと思い直し表示されたナンバーへと電話をかけた。

数度のコール後、相手が出る。


「あ、オレだよ。今いいか?」

「…………?」


どうかしたのかと問うてくる相手に、少し照れくさそうな様子で応えた。


「うん、ちょっと……声が聞きたくなったんだ。だめかな?」

「…………♪」


上機嫌に快諾される。安堵して、会話を続けた。


とりとめのない話をゆっくりと交わす静かな夜。

それを過ごす少年の顔は、穏やかで優しげだった。











「「「「「↑誰だこれェえええええ!!??」」」」」













でかい武器はロマンだが実際保持させるのは大変。

タクティカルアームズの処理に少々困っている緋松です。


ということで太平君がアプローチになびかない&未だに人物紹介がない理由クリアー。出てくる女性陣の中にヒロインがいるなどと誰がもうしたか。

このネタをやりたいがためにここまで話を引っ張ってきたわけですが、十話も使う必要はなかったんじゃ無かろうかと今頃になって考えているあほがここに。これで予想外だと皆様が驚いてくれればしてやったりと言ったところですが何の反応もないとしぼみます。

それはそれとしてやっとこさ人物の紹介が出来ますんで、少しずつ載せていくことになるかと思います。よろしければ見てやって下さい。


さて、ここまでは前振り。ここから先いかなる展開が待ち受けているのか。こうご期待?



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