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10-1.Dessert クレームブリュレに冷たいバニラアイスをひとすくい

「私と一緒に、お菓子を……ですか?」


「はい! 二人で作って、その……どこか静かな場所で、ゆっくり食べたいです」


 ムルソーの辺境伯邸のサロンには、午後のゆったりとした時間が流れていた。


 手にしたティーカップをカチャリとソーサーに置く。大きく取られた窓からは春の温かい日差しがたっぷりと差し込み、テーブルの上の琥珀色をした紅茶をきらきらと輝かせていた。立ち上る湯気とともに茶葉の甘い香りがふわりと広がり、胸の奥まで優しく満たしていく。


 俺の目の前に座る、明るい栗色の髪を揺らすソフィー。その眩しい笑顔は、もうすっかり本来の居場所を取り戻していた。


 王都でのあの騒動を乗り越え、学年末試験も無事に終了した。俺もソフィーも無事に合格し、四月からは二年制の学園における最上級生へと進級することになった。


 第三王子からの正式な謝罪はまだないが、セリーヌ宛と学園宛に手紙は届いていた。学園宛の手紙には俺を不当に貶めたこと、それに伴い学園を混乱させてしまったこと、学園を休学することが書かれており、こちらは公開された。


 セリーヌ宛の手紙は封を開けずに、部屋の引き出しに入れてある。


「明後日はあの……盛大な誕生日パーティーですから、セリーヌ様とゆっくりできないと思いまして……。だから明日、十六歳の最後の日に一緒にいたいなぁと……」


「ええ、かまいませんわ」


 セリーヌとソフィーの誕生日は、驚くべきことに同じ三月二十三日だった。そこで、明後日の夜、ここ、ムルソーの辺境伯邸にて合同の誕生日パーティーが行われることとなったのだ。


 そのため明後日の昼には……ソフィーの父であるヴァロワ伯爵、さらにはセリーヌの親父さん(辺境伯)もやってくる。


「確かにお父様たちがいらっしゃれば、ゆっくりはできませんものね」


(またあの圧殺&髭ジョリジョリ攻撃が来ると思うと、今から身震いがするな……)


「明日、学園の厨房をお借りして作りましょうか。あちらには大きめの冷蔵庫があります。ソフィー様と作りたいお菓子がありますわ」


「はいっ!」







「お邪魔しますわね」


「これはセリーヌお嬢様、ソフィーお嬢様。いらっしゃいませ」


 学園の厨房に入ると、料理長が笑顔で出迎えてくれた。昨日のうちに使いを遣って、厨房を借りたいと伝えていた。


「……セリーヌお嬢様。例の件ですが、ありがたくお受けしようと思います」


「まぁ! 本当ですの!?」


 そう、この料理長には、ヴァロワ領に建設中の温泉保養地(リゾート)にできる料理宿(オーベルジュ)総料理長(マスターシェフ)をお願いしていたのだ。

 本来なら俺がやりたいところだが、辺境伯令嬢の身で流石にオーベルジュにかかりきりになるわけにはいかない。

 この料理長ならば信頼できる。年齢が気掛かりだが、まだ老け込む歳でもない。引退する年まで後進の育成をお願いしよう。


 とはいえ、たまには俺が腕を振るうのも悪くないとは思っている。「辺境伯令嬢が作る特別ディナー」と銘打ってイベントをすれば集客できるかもしれない。


「はい。つきましては、セリーヌお嬢様にぜひ魚料理の極意を教えていただきたいのですが……」


「もちろんですわ! とびきりのレシピも差し上げます!」


「ありがとうございます!」


 俺と料理長が料理談義でキャイキャイしていると、エプロン姿のソフィーに袖をくいくいっと引っ張られた。


 振り返ると、ソフィーが少しだけ膨れっ面をしていた。ヤキモチだろうか。うん、かわいい。その顔もやっぱりあの子にそっくりだ。


「ではソフィー様、お菓子作りを始めましょうか」


「はいっ! セリーヌ様!」




 俺は料理長が出してくれた鍋をコンロに置いた。


「生クリーム、牛乳、バニラビーンズとシナモンを鍋に入れ、沸騰直前まで温めます」


 ふわりと甘い香りが立つ。こんなもんか。火を消してコンロから下ろす。


「ではソフィー様。卵黄と砂糖をよく混ぜてくださいませ」


 ボウルに卵黄と砂糖を入れてソフィーへ渡す。ソフィーが一生懸命、チャカチャカと音を立てて混ぜていく。


「セリーヌ様、できました!」


「はい、よくできました」


 俺が温めた生クリームを少しずつ加えて、ソフィーが再びかき混ぜ始めた。


「今度は、泡が立たないように静かに……」


「はい、セリーヌ様」


 それを濾してココットへと移し、オーブンで湯煎焼きにする。


(焼き上がるまで、二十分ほど余裕があるな)


 よし、俺はそのうちに……メレンゲクッキーを作ろう。


 別のボウルに余った卵白を入れて、激しくかき混ぜ始めた。


 ……こうして泡立て器(フエ)を回していると、思い出すな。


 あの時も、こんな風に無心でかき混ぜていた。何を混ぜてたんだっけ? メレンゲじゃないな。メレンゲだったらハンドミキサーを使うからな。


 もうずいぶんと昔な気がする。


 あの時。

 そう、俺が、ホテルの厨房で倒れた時も……こんなふうに突然、指先と足からスッと力が抜け落ちて——。


(え!? ……やばい)


 目前に床が迫り来る。

 だめだ。《《怪我をさせる》》わけにはいかない。


 ドスンと。俺の体が横たわり、硬い衝撃が伝わる。瞼に重石を置いたように、垂れ下がってくる。


「セ、セリーヌ様! セリーヌ様ッ!」


 ソフィーの声が、すごく遠い気がした。


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