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7-2.Sorbet 洋梨とミントのソルベ 雪解けの蜂蜜がけ

「セリーヌ様……」


 張り詰めた空気の中、リーダー格であるシャンティイ伯爵令嬢が進み出て、震える両手をドレスの前に重ねて深く頭を下げた。


「……私たちは、ソフィー様のことを誤解しておりました。てっきり、セリーヌ様を軽んじて王子殿下に色目を向けた卑しい者だとばかり……侮辱してしまったこと、大変、申し訳ございません」


「申し訳ございませんでした……」


 彼女に続くように、後ろの令嬢たちも次々と頭を下げる。


 俺は仄かに湯気の立つ紅茶を見つめながら、静かに、だがはっきりとした声で尋ねた。


「この中にソフィー様に嫌がらせをした方がいるのであれば名乗り出なさい」


 俺の声が響くと、彼女たちはビクッと肩を震わせたが、全員がはっきりと首を振った。


「そ、そんなことは誓ってしておりません……! ですが、私たちがソフィー様を侮った態度を取ったばかりに、殿下に取り入ろうとする他の者たちが『やってもいいのだ』と勘違いし、そのような者が現れたことは否定できません……」


 プラリネ子爵令嬢が、後悔に顔を歪めて俯く。


 ふむ。だとしたら、悪口を言いふらしたり、ソフィーの部屋を深夜にノックしたり、直接的な嫌がらせをしていたのはセリーヌの取り巻きではなく、王子を狙っていた別の派閥の令嬢たちだったということか。


「あ、あの……」


 隣からか細い声が漏れた。

 見れば、ソフィーの小さな肩が少し震えている。しかし、その瞳はしっかりと令嬢たちを見据えていた。


「……謝罪を受け入れます。皆さまは、セリーヌ様のことがお好きなのですよね? そう考えれば、皆さまのお気持ちは痛いほどわかりますから」


「ソフィー様……」


 シャンティイ伯爵令嬢の目が、ハッと見開かれ、そして少し潤んだ。


(ん……?)


 あれか?

 推し活で敵だと思ってたら同担だったみたいなことか?


 おっさんの俺には、乙女たちの複雑な感情のロジックが完全に理解できたとは言い難い。だが、当事者であるソフィーがそれでいいと言うのなら、これ以上追求するのは野暮というものだ。


「過去の過ちは誰にでもありますわ。それに気づき、こうして頭を下げられた貴女方の勇気に敬意を表します」


 俺がふっと表情を和らげて告げると、令嬢たちの顔にパァッと安堵の色が広がった。


「は、はい……っ! 二度と、あのような真似はいたしません! お約束いたします!」


 全員が力強く何度も頷くものだから、こちらの方がたじろいでしまうほどだった。


 その時――。


「セリーヌお嬢様」


 不意に声をかけられて振り向くと、そこには学園の料理長が立っていた。どうやら、少し前からこのやり取りを静かに見守っていたらしい。


「あちらの品を……人数分お持ちいたしましょうか。皆様で召し上がられてはいかがでしょう?」


 ああ、あれか。

 確かに、この人数分を賄えるくらいの量は仕込んでおいたな。


「ええ。では、お願いいたしますわ」




 ◇




 急遽テーブルと椅子を繋ぎ合わせ、全員が席に着いたところで、ひんやりと冷やされたガラスの器がそれぞれの前に置かれた。


「こちらは、私が作りましたお菓子です。洋梨をすりおろして、ミントと少しの洋酒リキュールと共に凍らせ、蜂蜜をかけたものですわ。皆さま、どうぞお召し上がりくださいませ」


 俺がドレスの裾を摘んで優雅にお辞儀をすると、サロンに集まった令嬢たちから、どよめきに似た声が上がった。


「セ、セリーヌ様が!?」

「お料理をなさるなんて、初耳でしたわ!」

「セリーヌ様がお作りになったものをいただけるなんて……!」


 皆から歓声が湧き起こる。

 彼女たちは、まるで宝石でも扱うかのように、震える手で小さな銀のスプーンを手に取った。

 そして、シャリッとした氷の粒を一口、口へと運ぶ。


「――っ!」


 シャンティイ伯爵令嬢の目が、これ以上ないほど見開かれた。


「冷たくて……すごく、甘いですわ! なのに、すっと溶けて……胸の中のつかえまで、全部洗い流してくれるような……」


「本当……洋梨の芳醇な香りと、蜂蜜の優しい甘さが広がって……ミントも爽やかで……こんなに美味しい氷菓子、初めて食べました……!」


 プラリネ子爵令嬢も、うっとりとした表情で頬を押さえている。


 洋梨のソルベ。


 外は冬だが学園内は魔道具らしいもので暖かさが保たれていた。暖かい部屋で食べる冷たいシャーベットは、格別の贅沢だ。すりおろした洋梨の果肉感が氷のシャリシャリとした食感と絶妙に絡み合い、刻んだミントが清涼感を与え、リキュールはほんの少しだけ大人な香りを添える。


 ソフィーとクロエも、「美味しいね」と顔を見合わせて微笑み合っている。


 先ほどまでの重苦しい空気はすっかりと消え去り、サロンは甘く爽やかな洋梨の香りと、令嬢たちの弾むような笑顔で満たされた。


 俺は淹れ直してもらった紅茶に口をつける。


「ところでソフィー様! セリーヌ様がソフィー様のご両親に交際の挨拶に伺われたのは本当なのですか?」

「ブフォッ!!」


 俺は危うく紅茶を盛大に吹き出しそうになった。冬休みの帰省が、学園内ではそんな解釈になっているのか!?


「こ、交際……? セリーヌ様が私の両親に会われたのは間違いありませんが……」


『キャーーーッ!』


 ソフィーの肯定に、サロンがドッと湧き起こる。


「告白は、告白はどちらからなのですか!?」

「クロエ様によるとソフィー様はセリーヌ様をずっと見ておられたそうですわ。つまり王子殿下は自分を見ていると誤解なさったのですね!?」

「ソフィー様はとっても可愛らしくて……悔しいですが、セリーヌ様とお似合いかと思います!」

「パーティーの時にセリーヌ様がソフィー様の手を引かれて出て行かれたとき、尊くて死にそうでしたわ!!」


 白熱する女子会を眺めながら、俺は一人、静かに思考を放棄した。


(おっさんにはついていけん……)


 まぁ、いいか。


 このソルベも、今日はなんだか雪解けの味がするな……。

 俺はスプーンで掬った小さな氷の塊を、少しだけ口角を上げて口に入れた。




 ◇




 そんな穏やかな学園生活が、一週間も続いた頃だった。

 俺とソフィーの元に、王宮からの特使を通じて国王からの『召喚状』が届いたのは。

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