シエラ・ザード姫
長期の休載、誠に申し訳ございませんでした。
無事に手術が成功し退院いたしましたので、連載を再開いたします。
引き続き、宜しくお願いを申し上げます。
「女神様のお名前は、ゲルセミ様でございますわ。此方の神殿にも石像が置かれておりますし……」
「いいえ、この石像の女神様はフノス様でございます」
「えっ? こちらのお国では、そうお呼びになられているのですか?」
「と言う事は、シエラ・ザード姫のお国ガウシアン帝国では、女神様をゲルセミ様とお呼びしているのですね?」
「はい、石像のお姿は寸分の違いもございませんから、お名前の違いだけかと存じます」
「なるほど……私が女神様にお会いした時は、お一人だったので双子の女神様という可能性も捨てきれませんが……」
「なんと、ジョー様は女神様とお会いになられた事があるのですか!?」
「あっ、いや……一度だけですけど。その時は、お名前を聞くのすら忘れておりました。はははは……」
「さすが、勇者様ですわ。妾の夫となられるお方……」
「なっ、何をまた世迷い言を申されているのでしょうか、この方は!」
「貧しい乳の姫は、お黙りなさい」
「ま、貧しい乳! くっ、悔しい……」
此処はスベニの街の教会。
ガウシアン帝国からの使者、シエラ・ザード姫を伴い訪れている。
以前、イサドイベの街でリーマン・フーリエ艦長が女神様の名前を違った名前で呼んでいたので、その事を確かめるために訪れたのだ。
しかし、どうやら同じ女神様を違う名前で呼んでいる可能性が高かった。
もちろん、別の女神様の可能性も残っているが、少なくとも見た目は同じようだ。
目の前では、エリザベス姫とシエラ・ザード姫が、今日何度目かの口喧嘩をしている。
俺はもう疲れたので止めに入る元気も残っていない。
仲間達も同様でベル、アン、ナークの三人は見ないふりを決め込んでいる。
唯一、女神様に仕えるミラだけは「お止め下さい姫様方!」と言って間に入った。
此処は教会だし、女神様の前なので争い事は宜しくない。
そう、喧嘩は良く無いのだ。
「お二人共、お止め下さいませ。女神様の御前でございます」
「「はい、申し訳有りませんでした」」
いや、俺の言うべき事をレティシア姫が言ってくれた。
何故か、エリザベス姫もシエラ・ザード姫もレティシア姫の言う事は素直に聞く。
自由交易都市スベニへガウシアン帝国からの船が来て早十日間が過ぎた。
一緒に来た港湾都市イサドイベの船も未だ滞在している。
使者のレティシア姫は、エリザベス姫のタースに新築した別宅へ滞在中。
ガウシアン帝国から来たシエラ・ザード姫は、純白の帝国艦を根城にしている。
滞在当初は、俺の住む家に滞在すると言って譲らなかった。
しかし、とても帝国の姫様を泊めるような事は出来ないと言って断ったのだ。
だがシエラ・ザード姫は「嫁ぎ先に住むのは当然ですわ」とか言って数日は滞在した。
そう、俺の寝室へだ。
仕方なく俺は書斎のソファーで寝ることに……。
そんな状況だったので、シエラ・ザード姫は渋々自分の船をホテル代わりに使用中なのだ。
そもそも、シエラ・ザード姫一行は人数が多い。
艦を運行するフーリエ艦長以下の船員を別にしても多いのだ。
姫の世話を行うメイド部隊が三十名ほど。
恐らくボディガードを兼ねている戦闘メイド部隊だとの事。
これはサクラが言うので間違い無い。
それもかなり腕の立つ部隊だとの事で"九ノ一"のメンバー全員が臨戦態勢なのだ。
流石にマスケットを持ってはいないが、剣は隠し持っていると言う。
もっとも、此方も銃剣や銃そのものを"九ノ一"だけでは無く俺達全員装備しているので、それは仕方ない。
マスケットだけはスベニの街への持ち込みを禁止しているが、刀剣類は身を守るためにも必要だ。
本当は刀剣類の持ち込みも禁止したいところだが、それは一般の市民や冒険者までも規制しなければならないので事実上不可能に近い。
比較的治安の良いスベニの街であっても、刀剣の所持規制はできないのだ。
更にガウシアン帝国とスベニは不可侵条約を締結した。
これにより、相互の冒険者の行き来も自由に行える。
いずれは、マスケットの持ち込みなども議論せざるを得ないだろう。
既にスベニではマスケットのコピー品が製造され始めているので頭の痛い問題だ。
未だ冒険者への販売は制限されているが、魔物の討伐などでは支給される予定と聞く。
そうなれば、何れは冒険者の手にも渡るだろう。
ガウシアン帝国ではどうなっているのであろうか?
「シエラ・ザード姫、一つお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「はい、もちろんでございます、旦那様。何でございましょうか?」
シエラ・ザード姫の発した応えを聞き、エリザベス姫のマユがピクピクと上下し、眉間には皺が寄る。
俺はエリザベス姫の表情を無視して質問を行う。
「ガウシアン帝国では、マスケットを国民の誰もが所有出来るんでしょうか?」
「いいえ、マスケットは帝国軍人だけが所有する事を許されております。民間人がモテは即座に処罰されます」
「やはりそうですか。冒険者では所有出来ないのですね」
「戦争状態になった場合には、冒険者ギルドで傭兵として冒険者を徴兵します。その場合には、マスケットも所有が許可されます。日頃よりマスケットの扱いは、ギルドの管理で鍛錬を行っております」
そう教えてくれたのはシエラ・ザード姫ではなく姫に付き従っているフーリエ艦長だ。
「成る程。当然、火薬などの管理もしっかりしているのですね」
「はい。マスケットには全て番号が刻まれております……それは、ジングージ様もご存じかと思います。火薬も重量を量り、それをしっかりと記録しております」
「そうですか。番号がマスケットや大砲に刻まれていたので、恐らくはと思いましたが、良く管理されているのですね」
「反逆を懸念しての事です。地方の貴族には特に注意しております故、砲弾にも刻印を打っております」
「砲弾にもですか……徹底していますね。いや、自分にも経験があるので、良く判ります」
「ジングージ様にもですか?」
「いや、銃や兵器の使い方を学んだ時ですよ」
「確かに、ジングージ様の召喚される兵器であれば、国を滅ぼす等容易い事。その運用管理も無い大抵の事ではないでしょうから……お察しします」
「あ、有り難うございます。ところで艦長は、大砲やマスケット、そして火薬をもたらした人物をご存じなのですか?」
「……それは……帝国機密となりますので、私の口からは……」
「でしょうね。何れ、その辺りの事も知りたいのですけど、それは皇帝にお目通りしないと駄目なのでしょうか?」
「旦那様。妾の知る限りではございますが、火薬の知識をもたらして頂いた方は、既にお亡くなりになっております」
「亡くなられているのですか」
「はい。お名前などは存じ上げませんが、火薬の他にも多くの知識をお爺様へ教えて下さったと父上様から聞いております」
「お爺様というと前のガウシアン帝国の皇帝ですか?」
「はい、その通りでございます」
「火薬の他には、どんな知識を? いや機密事項ならば……」
「農作物の栽培方法や病気の治療方法なども授かりました。ガウシアン帝国には聖女様が居られませんでしたので、多くの民が助かったと聞いております」
「そうでしたか、薬などもですか。火薬だけでなく治療薬にも詳しかったのですね」
「お体が弱かったと聞いておりますが、ガウシアン帝国を強い国へと変えて下さった救世主様でございました」
「勇者では?」
「勇者様では無かったようです。我が帝国へ勇者様がいらっしゃったのは先の魔族との戦いの後、勇者コジロー様が船でお立ち寄りになられたのが最初だったと聞いております」
「えっ! 勇者コジローさんが船で立ち寄った?」
「はい。大きな鉄の船でお出でになられたと聞いております。そうですわね? リーマン?」
「はっ! 勇者様ご一行を乗せた巨大な鉄の船は、もはや伝説となっております。帝国の城には、そのお姿を描いた絵画が今も謁見の間に飾られております」
「西住小次郎大尉殿は、船で大陸の東を目指したのですか……」
「その伝承は、イサドイベの街にも残っておりますわ、ジングージ様」
「えぇっ!? イサドイベにも記録が有ったのですか?」
「はい。やはり大きな鉄の船で南へ旅立たれたと記録に残っております」
レティシア姫の言葉に思わず驚いてしまう。
そうか、やはり西住小次郎大尉殿は陸路では無く、海路で大陸の東へ向かったのか。
俺はひょっとしたら空路が用いられたのでは無いかと思っていた。
それは旧陸軍であれば航空機を召喚できるからだ。
それも大型の輸送機や爆撃機なども召喚できるから、大陸の端やさらに島へも飛行できる。
だが、航空機の運用には離着陸に滑走路が不可欠だ。
だから行った事のない土地まで航空機での移動は危険だ。
大戦中の陸軍の装備では滑走路の不要なヘリコプターは召喚出来ない。
旧陸軍の外洋を航行可能な艦船だとすれば、それは揚陸艦だ。
おそらく神州丸か、あきつ丸のどちらかだろう……。
操艦のための人員も、魔族との戦いで集まった仲間だったのかもしれない。
なるほどな。
これで、これからの準備しなければならない事が判った。
とは言え、これはどうしようか……。
俺は思わず、難題に頭を抱えてしまった。




