神殿
教皇は、跪くままで何も言わない。
仕方なく俺は、マーガレット司教へ尋ねる。
「マーガレット司教、先ほど兄上様と仰っていましたが?」
「はい、ジングージ様。スタリオン教皇は、私の実の兄でございます」
「そうだったのですか……。それで貴女と同じ、神眼を持っていたのですね」
「そうでございます。兄上様、ジングージ様、いえ使徒様にお聞きした事がございますか?」
「マ、マーガレット、そなたは、使徒様と何時お会いしたのだ?」
「もう4ヶ月ほど経ちました。兄上にお知らせしなかったのは、使徒様の御心ゆえ、ご容赦下さい」
「そうであったか。使徒様の御心ならば、致し方無いな。使徒様、直接お話しても宜しいでしょうか?」
「構いませんよ、スタリオン教皇。いや、その前に立ち上がってください」
「はっ! 失礼致します」
スタリオン教皇は、そう言うと大きな身体で立ち上がった。
しかし、表情は硬く、先ほどまでの威厳有る表情は何処にも無い。
「私は、教皇を承っておりますスタリオンと申します。以後、お見知りおき下されば、至極の幸せにございます」
「スタリオン教皇、自分はジョー・ジングージと言います。マーガレット司教には、大変にお世話になっております。出来れば、以後はジョーか、ジングージと呼んで下さい」
「はいっ! そ、それでは以後はジングージ様と……。それで、この度のご訪問は、どの様な事で?」
「それは、あそこに捕らえている教会本山の使者に、尋ねて頂きたいですね。ああ、ここへ来た直接の理由は、女神様の神託によってですけど……」
「な、何と! 女神様のご神託でございますか!?」
「そうです。理由は判りませんが、マーガレット司教も伴い、ここへ行けとだけ言われました」
「使徒様、いやジングージ様は、女神様のご神託も頂けるのですね……」
「いいえ、自分に直接では有りません。神耳を持った仲間経由です」
そう言って、俺はサクラの方を見る。
すると、スタリオン教皇は、驚いた表情でサクラの方を見て言う。
「な、何と神耳をお持ちのお仲間まで……」
「兄上様、サクラ殿は、勇者コジロー様にお仕えしていた神耳の巫女様のお孫様です」
「そ、そうだったのか……伝説の巫女様の……。いや、余は驚き過ぎて何を言って良いのかも判らなくなった……」
どうやら、スタリオン教皇は驚き過ぎて思考する事が出来ない程、パニック状態のようだ。
俺は、今回の顛末を掻い摘んで教皇へ話し、その話をマーガレット司教が補完する。
「と言う訳で、そこの使者がマーガレット司教を拉致し、光の宝珠を盗んだあげく、自分とミラ……ああ、新しく聖女になったミラへ、教会本山まで来いと伝言を残して逃亡したのです」
「そ、そのような暴挙を……。お、お許し下さい、使徒様。直ちに罪を犯した者は極刑に致しますので、なにとぞ、ご容赦ください」
「ああ、もうここへ来るまでにお仕置きは済ませたので、もう良いですよ。ただし、二度目はありません。次に彼らが犯罪を犯した場合には……」
そう言うと俺は、ずぶ濡れになっている使者や聖騎士、魔法使い達を睨む。
俺に睨まれた彼らは、その場にひれ伏し頭を地面に擦り、そのまま地面へ潜ってしまうのでは無いかと思うほどの状態で、泣き叫びながら言った。
「「「「「「お、お許し下さい。申し訳ありませんでした。し、使徒様とは存じ上げませんでした……」」」」」」
「俺が使徒で有るか無いかは無関係だ。誰に対しても、やっては行けない行為だろう!」
「「「「「「は、はいっ!」」」」」
「お前達に、スベニへ行けと命じたのは、誰なのだ?」
スタリオン教皇が、使者達に尋ねると、使者の二人がお互いの顔を見て口を開く。
「「デ、デボネア大司教でございます」」
「デボネアだと?!」
「「は、はいっ!」」
「デボネア、何処におる?」
「はっ、ここに居ります」
大勢の傅く神官達の中から、一人に男が声を上げた。
そのデボネアと呼ばれた神官は、未だ跪いたままなので顔を見えない。
しかし、その巨体はデボネアと言うよりはデブネアと呼んだ方がしっくり来る。
「ジングージ様にお許しを得て、こちらへ参れ」
「は、はい。し、使徒様、宜しいでしょうか?」
「どうぞ、自分も直接、お話を伺いたいので」
「はい。そ、それでは、失礼致します」
そう言うと、デボネアは立ち上がり、俺の方へと歩いてくる。
痩せて筋肉質の神官が殆どなのに、デボネアの姿はまるで猪八戒だ。
いや、この異世界ならばオークと呼ぶに相応しい。
デボネアは、スタリオン教皇の側まで来ると、再び跪く。
「デボネア、お前が指示したと申しておるが、誠か?」
「は、はい……。申し訳ありませんでした。新しき聖女様が現れたと聞き、本山へお招きしたくて……」
「そのために、マーガレットを拉致せよと命じたのか?」
「い、いや、それは……」
「余やマーガレットの前で嘘は通じぬぞ!」
「申し訳ありませんでした! なにとぞ、お許し下さいませ!」
「何故だ?」
「……マーガレット司教が新しき聖女様を手元に置き、教皇様の座を狙うのでは無いかと思いました」
「愚かな……。私が本山を去ってスベニへ出向いた事は、貴方も知っておるではないですか」
「しかし、あれから時が経ち、新たな聖女様を側に置いたと聞けば、疑わずにはいられなかったのです」
「どうも自分には、話が見えないのですが?」
「ジングージ様、申し訳ありません。実は、昔の話なのですが、私と兄の派閥で教皇の座を競った事があるんのです」
「はあ、それで?」
「私は、兄こそが教皇に相応しいと思い、自ら本山を出てスベニへ移ったのでございます」
「なるほど……。兄妹で教皇の座を争うのが、マーガレット司教は嫌だったのですね」
「はい。昔から仲の良かった兄と争うなど、私には出来ませんでした」
「マーガレット司教らしいですね」
「有り難うございます。それは、今でも変わっておりません」
「マーガレット、そなたは……」
「兄上様、昔の事でございます」
「うむ、そうだな。デボネア、お前は、何故勝手に浅はかな事をしたのだ?」
「申し訳ございません……。新しき聖女様の事を、知らせてくれた者からの忠告でした」
「忠告とな? それは、誰だ?」
「治癒院を任せている者でございます」
「その者は、ここにおるのか?」
「いえ、治癒院の方に居ります」
「そうか、では後で直接話を聞く事にしよう。セレステも一緒か?」
「はい、セレステ様も一緒でございます」
また、話が見えなくなりそうだ。
セレステって誰だろう。
「セレステさんとは?」
「はい、セレステは、聖女でございます。聖都トセンセーにて、治癒を施しておる者です」
「ああ、成る程、聖女様でしたか。そうだ、まだ紹介しておりませんでしたね。新しき聖女を皆さんにも紹介しましょう」
俺は、念話ヘルメットで飛行装置で待機中のミラへ連絡する。
『ミラ、指揮者ゴーレムから飛行装置の合体を解いて、チヌークの隣へ着陸してくれ』
『はい、ジングージ様。直ちに』
『着陸したら、俺達の所まで来てくれ。悪いな』
『了解しました』
ミラはそう言うと、直ぐに飛行装置を指揮者ゴーレムから分離させて、大空へ舞い上がる。
そうして、上空で綺麗な宙返りを披露してから、駐機中のチヌークの隣へと静かに着陸した。
その曲芸飛行に、跪いた大勢の聖騎士や魔法使い、そして目の前の神官達から驚きの声が漏れた。
双胴を繋ぐ部分にある操縦席の下側が開き、そこから純白の気密服を纏ったミラが梯子を降りて来る。
ミラは、直ぐに俺達の元まで走って来てからマーガレット司教の傍らへ立った。
「兄上様、新しき聖女に覚醒したミランダです」
「そなたが、新しき聖女か?」
「教皇様、お初にお目に掛かります。ミランダと申します。まだまだ未熟者でございますが、ジングージ様やマーガレット司教にご指導頂き、修行中でございます」
ミラは、そう言うと、スタリオン教皇の前に跪いた。
スタリオン教皇は、ミラを立ち上がらせると、再び、俺の方へ向き言う。
「ジングージ様、使徒様に直接、指導を頂けるとは、ミランダは何とも幸せ者でございます。以後も、宜しくご指導をお願い致します」
「いいえ、教皇。自分達もミラには助けられておりますし、何よりも大事な仲間の一人なのです。そして、ミラだけではなく、ここに居る全員がかけがえのない仲間達なのです」
「御意。お仲間と共にあるのは、勇者コジロー様と同じ、使徒様のあるべきお姿。いや、こんな形でのお話、誠に申し訳ございませんでした。神殿にて、おくつろぎ頂きながら、お話をお聞かせ頂ければと存じます」
「はい、それではお邪魔させて頂きましょう」
ここで立ち話を続けてしまうと、大勢の傅いたままの人々にも悪い。
指揮者ゴーレムのロックへも連絡し、俺達と合流するように伝える。
使者達を見張っていた"雛鳥の巣"の三人と、テンダーのおっさんにも一緒に来るように言う。
しかし、"雛鳥の巣"の面々は、教皇の対応に驚いている。
テンダーのおっさんは、驚いた様子は見せていない。
どっちにせよ、後で説明は避けられそうも無さそうだ。
こうして、俺達は教皇に案内され教会本山の神殿へと招かれるのだった。