教皇
聖都トセンセーの"白の広場"へ着陸した俺達は、CH-47JA チヌークから全員が機外へと出る。
未だ、チヌークのローターは回転している状態なので、頭上に注意しながら機体から離れるように指示を忘れない。
特にチヌークの前部ローターが回転している場合は、頭上には要注意だ。
コロニは、"九ノ一"のウメとヒタキが手を繋いでおり、二人から絶対に離れないように言い聞かせてある。
マーガレット司教には、アンとベルが寄り添っており、銃を構えて周囲を警戒しながらチヌークから離れて行き、礼拝堂の方へと向かう。
パーティー"雛鳥の巣"の三人は、ギルさんを先頭にして吊るしてきた馬車へ向かって走って行く。
"九ノ一"からも、数人が彼らに続いて馬車へ向かった。
「ジョー、聖騎士や魔術師達は、全員が泡を吹いて気絶しちまってるぜ」
「初めての空の旅が余程に、嬉しかったのでしょうね」
「ははははは……、そうだな。使者の二人は、泡を吹いているどころじゃ無くてションベンまでちびっちまってるぜ」
「凄い悲鳴だったもんね~。あれだけ大きく揺らされたら、わたしだってちびちゃうよ~」
「俺も、そう思う。ジョーの兄貴が怒ると、本当に怖いよな……」
「さあ、ガレル、ハンナ、此奴らを引き摺りだして水をぶっかけてやれ」
「は~い、リーダー」
「ジョーの兄貴、水ありますか?」
「イズミ、彼奴らの頭の上から、水を掛けてやってくれないかい?」
「はい、主様。"雛鳥の巣"の皆様、彼らから離れてください」
「おう、水魔法を使うのか。ガレル、ハンナ、離れてろ」
「は~い」
「判りました、リーダー」
イズミが右腕を差し出して「小水弾!」と叫ぶと、意識を失っている聖騎士た魔術師達の頭上に、球形をした水の塊が出現し、そのまま彼らへと落下して行く。
バシャーッと、水の塊が彼らを包み込むと、聖騎士達は「ぷはーっ!」と叫び声を発して目を覚ます。
「うわー、どうしたんだ?」
「ここは何処だ?」
「えっ? 聖都の"白の広場"?!」
「わ、我らが気を失っている間に、聖都まで来たのか?」
「そ、そんなにも長い時間、我らは気を失っていたのか?」
「空を飛んで、馬車が酷く揺れたのは覚えているが……」
「あ、あんな怖い思いをしたのは初めてだ。二度と空など飛びたくない……」
聖騎士達は、余程に怖かったようで、口々に初めての恐怖体験を語っている。
俺達が聖騎士達に水を掛けて意識を取り戻させていると、指揮者ゴーレムからナークとテンダーのおっさんが、降りてきた。
ロックとミラは、それぞれ指揮者ゴーレムと飛行装置へ搭乗したままで、待機している。
ナークは、マーガレット司教を先頭にして、"九ノ一"達がいる集団へと走って行き、そのまま注意深く礼拝堂と神殿を警戒し始めた。
教会本山には、当然の事ながら聖騎士達や魔法使いが多数、常駐している筈だ。
彼らが何時、魔法攻撃を仕掛けて来るかもしれないため、ナークは防御魔法を直ぐに発動できる態勢を取っている。
既に俺達の周りを、大勢の聖騎士や魔法使い達が臨戦態勢で取り囲み始めている。
そして、俺とパーティー"雛鳥の巣"の元には、テンダーのおっさんが走り寄って来た。
「いや、あの指揮者ゴーレムの飛行装置は、凄いな。今度は、飛行装置単独に乗せろ、小僧……ジョーよ」
「お気に召して何よりでした、テンダーさん。機会があれば、ミラに頼んでみますよ」
「うむ、楽しみにしているぞい。ギル、貴様も一緒にどうだ?」
「俺は、遠慮しておくぜ、テンダー会長。あの空飛ぶ鉄の箱だけで満足だぜ」
「ふん、意気地無しめ。あの加速感は、癖になるわい。音よりも速く飛ぶと言う、飛行装置に乗るのが楽しみでならんぞ」
「テンダー会長、本当に新しいものが好きだな……。俺達は、空を飛ぶ体験だけで満足だぜ、なあ、ガレル、ハンナ?」
「本当だよ~。わたしは、あの吊られて揺れる馬車を見たら、もう怖くて、怖くてねぇ~」
「俺は、楽しかったけどな……。でも吊られた馬車に乗るのは嫌だよ」
相変わらず、テンダーのおっさんは己の好奇心に忠実で、全く変わらない安定した行動だ。
既に、俺達の周りは、教会本山の聖騎士や魔法使い達によって、完全に包囲されている。
にも関わらず、そんな事は微塵も感じさせずに、飛行装置への興味で頭がいっぱいらしい。
俺は、意識を取り戻した聖騎士や魔法使い、教会からの使者達を"雛鳥の巣"の面々とテンダーのおっさんへ任せ、イズミや他の"九ノ一"のメンバー達と一緒に、マーガレット司教達の元へと走って行く。
そして、俺がマーガレット司教の傍らへ行くと、マーガレット司教は俺の顔を見てから言った。
「ジングージ様、恐らくこの騒ぎで、教会本山の中枢にいる者達が間もなく現れるでしょう」
「そうですか、マーガレット司教は、その中枢にいる方々をご存じなのですか?」
「はい、もちろんでございます。教皇も良く存じております」
「今回の件、その教皇の差し金だったのでしょうか?」
「恐らく、違うでしょう。いえ、違っていて欲しいと存じます」
「そうですか……。あっ、神殿から大勢の聖職者が此方へ向かってきましたね」
「彼らが、教会本山の中枢にいる者達です。私が話をしても宜しいでしょうか?」
「はい、マーガレット司教に危険が及ば無いのであれば、お願いします」
「はい、使徒様の御心のままに」
そう最後に小さな声で言うと、マーガレット司教は、数歩だけ俺達から前に歩み出す。
アンとベルは、銃を構えたままで、その場に留まっている。
他の"九ノ一"達も、全員が銃を構えて、神殿から歩いてくる集団や、俺達を取り囲んでいる聖騎士達への警戒を怠らない。
既に、待機状態から復帰した指揮者ゴーレムも、魔剣のグリップに手を掛けて何時でも反撃が可能な臨戦態勢だ。
俺達を取り囲んでいる教会本山の聖騎士達も、同様に剣の柄に手を添えているし、魔法使い達も魔法発動用の杖を俺達へ向けている。
恐らく、命令が有り次第、俺達へ魔法攻撃を行い、聖騎士達が切り込んでくる手筈なのだろう。
神殿から出てきた集団は、マーガレット司教の姿を見ると全員が立ち止まり、そして頭を下げた。
教会の序列に関しては、殆ど知識の無い俺だが、どうやらあの集団よりもマーガレット司教の方が序列は上らしい。
そして、聖職者達の集団が、大きく左右に割れて人垣の間に道が出来た。
聖癪者達は、全員が頭を下げたままの状態で、その場に留まっている。
その聖職者達の作り出した道の奥から、一人の大柄で初老の聖職者がこちらへ向かって、ゆっくりと歩んで来た。
その大柄で初老の聖職者は、マーガレット司教の前まで歩いてくると立ち止まり、頭を下げる事無く言う。
「久しいな、マーガレット」
「ご無沙汰しております、スタリオン教皇」
マーガレット司教は、聖職者の男に深々と頭を下げた。
マーガレット司教の言葉から察するに聖職者の正体は、どうやら教会本山のトップ、教皇らしい。
「それにしても、久々に帰って来たと思えば、随分と物騒な帰還だな、マーガレット」
「申し訳ございません。しかしながら、このような事態を招いたのは、本山の使者達の無礼な行いによるものです」
そうマーガレット司教は言うと、"雛鳥の巣"の面々が見張っている、聖騎士、魔法使い、そして使者達の方を見る。
教皇は、マーガレット司教の視線を確かめるように彼らを見るが、特に慌てた様子も無く言う。
「彼らが何をそなたに行ったかは知らぬが、そなたの後ろにいる者達は、何やら物騒な殺気を発しておるな。それで、一体どうしたと言うのだ?」
「あの者達は、スベニの街を訪れ、私を拉致して聖都まで連れて来ようとしたのです。しかも、大事な光の宝珠や、光の結晶までも奪い去ってです」
「ふむ、確かにスベニへ使者を送ったと報告は有ったが、そなたを連れてまいれとは余は命じておらぬが……。ましてや、光の結晶や宝珠の事など全く報告は無いぞ」
「やはり、そうでございましたか。では、誰がその様な事を命じたのか、是非ともお調べください」
「うむ、直ぐに調べさせよう。それで、そなたの後ろにおる者達の事を話してくれぬか?」
「それは、兄上様の目で直接、お確かめになれば宜しいかと存じます」
マーガレット司教は、そう言うと俺の前から、僅かに横へずれた。
俺の目の前には、大柄で初老の教皇が立っており、俺の方をじっと見ている。
それまでは気がつかなかったが、教皇の目は片方が銀色で、もう片方は金色をしており、マーガレット司教とは逆だがオッドアイの持ち主だった。
そして、その金色の目が僅かに光ると、教皇は直ぐさま跪いて大きな声で叫んだ。
「め、女神様の使徒様、大変に失礼を致しました。なにとぞ、お許し下さい。み、皆の者、女神様の使徒様の御前であるぞ! 頭が高い! 跪くのだ!」
スタリオン教皇の号令で、背後に控えていた聖職者達の集団は一斉に跪いた。
そして、俺達を取り囲んでいた優に200人を超えるであろう聖騎士達や魔法使い達も、一斉に俺達へ跪くのだった。




