虎娘と重機関銃
「だからあ~、……お兄ちゃん、ちゃんと聞いてる?」
「……聞ぃてるよ、ミラ。そぅ大きな声で言わなくても聞こぇるから……」
隣では、ロックが妹のミラに、怒られており既に30分以上も、お小言が続いている。
そう言う俺も目の前には、ベルが怖い顔をしており、先ほどからずっと怒っていた。
「ジョー様、折角、"九ノ一"の皆さんが洗濯して干して、もうすぐ乾くと言う所で、またビショビショになってしまいましゅた」
「すまん……悪気が有ってやったんじゃないんだ」
「当然でしゅ。大の大人が悪気でやる事ではありましぇん」
「ゴメンよ。こうなる結果を、水弾を発射した時点では、全く予想出来なかったんだ」
「判りましゅた。今、"九ノ一"の皆さんが、洗濯物を絞り直していましゅから、干し終わったら皆さんにも謝ってくだしゃいね」
「……判った」
何時も優しいベルが、俺に怒っているのは久々かもしれない。
こう言う怖い表情も出来るんだ……。それは、それで可愛いのだけど。
隣では、未だミラがロックを叱っている。
これでは、どちらが兄か妹か判らない状況だ。
まあ、俺も人の事は言えない状況なのだが……。
一応、ベルの怒りは、30分以上のお小言で、少しだけ解消した様で俺は開放された。
しかし、ミラの怒りは、まだ当分は収まりそうも無く、お小言は続いている。
すまん、ロック。
俺は、一足先にこの場から退散させて頂くよ。
俺がテントから出ようとすると、ロックが恨めしそうな目で俺を見た。
すると、ミラがロックへ激しい口調で言う。
「お兄ちゃん、よそ見しないで、私の話をちゃんと聞いてよね!」
「……聞ぃてぃるよ。だから、悪かったって反省しているから……」
「いいえ、本当に反省しているとは思えないわ。あのね……」
兄妹の語らい、いや、ミラのお小言は、まだまだ果てしなく続きそうだ。
がんばれ、ロック。
俺が、お前の分も"九ノ一"達へ、詫びを入れて置くからな。
ミラに今だ怒られ続けているロックを見捨てて、いや兄妹の語らいを邪魔しない様に、俺は一人でテントの外へ出る。
テントの外では、"九ノ一"達が忙しそうに洗濯物を干したり、夕食の準備を行って居た。
俺は、彼女達に近づき詫びの言葉を言いながら、頭を下げた。
「みんな、済まなかった。余計な仕事を増やしてしまって、ゴメン」
「主様、お気になさらずとも大丈夫でございます」
「そうでございます、主様。突然の雨は、いつ何時降るか判りませぬ故、注意を怠った我らの落ち度にございます」
「いや、原因は俺達が放ったゴーレムの水弾だからね。事前にどうなるか、イズミさんに相談すべきだった。反省しているから、許してくれ」
「お気になさらず、主様。それにしても、あのゴーレムの水弾は、凄うございましたね。私の水弾の10倍は、有りましたから」
「そうだね。イズミさんの水弾や生み出す水の量も凄いけど、ゴーレムのは想像以上だったよ」
「あの水弾であれば、山火事なども簡単に消火できます故、民の役に立ちそでございます」
「そう言ってもらえると、有り難いよ」
俺は、"九ノ一"達に謝りながら、作業の邪魔にならない様に会話を続ける。
「ところで、ホタルさん。午前中の射撃の練習だけど、アンは上手く教えてくれたかな?」
「はい、主様。アンさんの教えは、凄く良く判りました」
「どんな感じでアンは、教えていたの?」
「……的を狙って、引き金を引くだけだから、誰でも出来るよと教えて頂きました」
「……そう。それで判ったの?」
「はい。実際に銃を撃たせて頂きましたが、アンさんの教えどうりでございましたが、何か?」
「いや、それでみんなが納得してくれたのなら良いのだけどね……」
どうやら、アンの教え方は、感性に訴える教え方だった様で、その教えを受けた"九ノ一"達も、どうやら感性で納得した様だった。
まあ、俺がアン達に銃の撃ち方を教えた時も、似た様な教え方だったから、仕方が無いか。
後は、慣れだけの問題なので、実地訓練を重ねて行くしか無い。
そんな雑談をしていると、女性陣用テントから猫耳と大柄の猫耳、いや虎耳をした二人の"九ノ一"が、俺に近づいて来た。
「主様、休ませて頂きましたが、何かございましたか?」
「何だか、水の臭いが強くなっておりますが、雨が降ったのでございますか?」
「ああ、マユさん、ヒグラシさん、ゆっくり休めたかい? 雨……降らせてしまったんだよ。俺とロックで……」
「何と!主様とロックさんは、水魔法を会得されたのでございますか?」
「いや、俺達じゃなくて、あのゴーレムから発射したんだよ」
そう言って、俺は水の守護者ゴーレムを指さした。
マユさんは、虎人族なので髪の毛の色が黄色と黒のメッシュで、虎の模様の様だ。
そして、マユさんは、"九ノ一"のメンバーの中でも身体が最も大きく、力も強いと言う。
それに対して、ヒグラシさんは、小柄ながら素早い動きでは誰にも負けず、しかも音を立てずに動き回る事が出来ると言うので、正に猫の化身だ。
ヒグラシさんの髪の毛は、黒とグレーのメッシュで、尻尾も同じ柄だ。
「おお、あれが古代遺跡から回収してきたゴーレムですか。何と巨大な……」
「しかも、水魔法を使うとは、信じられませぬ」
「うん、3体有るけど、それぞれ、火魔法、風魔法、水魔法を使うんだ。それで、ちょっと試験してたんだけど、大雨を降らせてしまってね。折角、干して乾きそうだった洗濯物を、また濡らしちゃったんだよ」
「なんと、火魔法や風魔法もですか!? それは、素晴らしいです」
「もの凄く、力も有りそうでございますね」
「うん、凄い力だよ。みんなが午前中に練習した銃では、身体に傷が付く程度で、全く刃が立たないんだ」
「「ええっ! 銃の爆裂魔法も受け付けないのでございますか?!」」
「ああ、以前に戦った事が有ってね……。辛うじて急所を狙えば、関節を破壊出来るのが、あの機関銃かな」
俺はそう言って、停車している16式機動戦闘車の砲塔に装備してある、重機関銃M2を指さした。
すると、虎人族のマユさんが、俺に珍しく願い事をして来た。
「主様、あの機関銃は、流石に重くて私でも常に持ち運ぶのは苦労しそうですが、私めが所持しても宜しいでしょうか?」
「ええっ! 重機関銃M2を持つって……50Kg程あるんだよ。それを持つなんて、出来るの?」
「50Kgでございますか。ならば片手では無理でございますが、両手でならば持ち歩く事が可能かと存じます」
「……普通は、二人がかりで持ち運ぶ重さなんだけどね。それじゃ、ちょっと持ってみるかい?」
「はい、主様。是非、持たせて下さいませ」
重機関銃M2は、三脚を含めた重さは60Kg弱になり、そう易々とは持ち運ぶ事は出来ない。
それを、幾らからだが大きく力自慢とは言え、この虎人族の女の子は、持ち運んで撃つと言うのか。
それは、まるでハリウッド映画で筋肉隆々のアクション俳優が行う戦闘シーンの様だが、本当に大丈夫なのだろうか。
俺は、無限収納から重機関銃M2を召喚した。
「三脚と弾帯が付いているので、60Kg以上の重さが有るんだけど……」
「主様、有り難うございます。宜しければ持って、撃ってみたいのでございますが、宜しいでしょうか?」
「ああ、午前中にアンが教えてくれた銃と、基本的には同じだよ。的を狙って、引き金を押すだけ。ああ、安全装置を解除してからね」
俺は、マユさんへ重機関銃M2の安全装置の解除方法や、トリガーの場所などを簡単にレクチャーする。
「畏まりました。それでは、午前中にアンさんが教えてくれた様に、あの的を狙って撃ってみます」
「ああ、本当に重いから気を付けてね」
「有り難うございます。それでは失礼して……」
そして、虎人族の娘マユさんは、重機関銃M2を両手で軽々と持ち上げ、自分の肩へ銃身を乗せてから、練習用の的にしていたと思われる樹木へ平然とした様子で歩いて行く。
凄い、何という怪力だろうか。
流石に、重機関銃M2は、手で持って撃つようには作られていないので、立ったままでは射撃出来ないので、的の樹木が見える位置まで歩いて行くと、重機関銃M2を地面に下ろし、自らもしゃがみ込んで狙いを付ける。
慎重に狙いを定めてから、手前のグリップを握りこんで引き金、いやトリガーをプッシュすると、連続発射音と共に銃口から音速の三倍の速度で、12.7mmNATO弾が次々と発射されたのだった。




