人魚姫?
避難民キャンプの撤収が完了した事と、避難民達のタースへの帰還が開始された報告をすべく、エドワード大公へ面会を申し出たのだが、生憎と執務中との事で執事長のセバスチャンさんへ伝言をお願いする。
すると、セバスチャンさんから「入浴をどうぞ」と有り難い提案があった。
もちろん、俺は「ありがとうございます。入らせていただきます」と応え、メイドさん達に風呂へと案内してもらう事になった。
現在、俺が居る居館は、エドワード大公家の住居なので、迎賓館としての居館へとメイドさん達が案内してくれ、その豪華な居館内にある大浴場へと案内してもらう。
メイドさんが、「お背中をお流しします」と申し出てくれたが、丁重にお断りした。
女性に背中を流して貰うなど、独身の俺にとっては、秋葉原のメイド喫茶店へ行くよりも、遙かに恥ずかしくて思わず赤面してしまう。
ロックとミラは、フェアウェイ城内にある教会へ、街にある教会から司教さん一行が来ているとの事で、そちらへ挨拶に行っている。
ロックはミラの護衛で一緒について行ってもらった。
"九ノ一"部隊の面々は、私物が侯爵城内に置いてあるとの事で、それを回収に皆で行った。
警備の兵士が侯爵城には配備されているので、エドワード大公から頂いた許可証を渡してあるから、問題なく城の内部へは入れるだろう。
ナークは、俺の入浴が済んだら入るとの事で、順番待ちとなり一番風呂は俺一人だけだ。
メイドさん達が、浴場の脱衣場から出て行ったのを確認してから、俺は装備を外して戦闘靴や戦闘服を脱ぎ、下着も脱いでから身体を洗うタオルを持ち、湯煙が沸き立つ大きな浴室へと入る。
風呂は豪華な作りで、それはまるで温泉旅館の様な大浴場だった。
いや、大きな風呂は良いなあ。
日本人にとっては、欧米型の小さな湯船ではなく、大浴場で身体を思いっきり伸ばして入浴する事に、何故か幸せを感じてしまう国民性があるのだろう。
日本の風呂の様に桶が装備されていたので、それを使い湯船からお湯を汲んで身体を洗う。
こういう入浴の作法も、日本人独特のマナーの一つだ。
欧米人は、いきなり湯船に身体も洗わずに飛び込んでしまう人が殆どだ。
俺は、身体を隅々まで洗い、そしてゆっくりと湯船に身体を沈めた。
うん、気持ちがよい。
少し温めの湯加減だが、とても心地が良い湯加減だ。
温泉などでは、お年寄りの方々が、湯船に身体を沈めて「極楽、極楽……」と良く言うが、正にその気分だ。
俺は、タオルを頭の上に乗せて、静かに目を閉じる。
浴室は静寂に包まれており、時折天井から水滴が落ちて来る音がかすかに聞こえる。
と、湯船の奥から「バシャッ」とお湯が撥ねる様な音が聞こえた。
俺は閉じていた目を開き、音のした方を凝視するが、湯煙だけが立ち昇っているだけで、何も見えない。
湯船に、お湯を補充する様な構造になっているのだろうか。
豪華な風呂だから、そう言う装置が有っても不思議では無い。
再び、俺は目を閉じてお湯に肩まで漬かる。
小さい頃から、親に風呂は肩まで漬かれと言われて育ったので、未だに半身浴なんて出来ない。
身体が徐々に温まってきて、思わず「ふ~……」と溜息が漏れた。
と、その時だった。
俺の目の前に突然、バシャッ!とお湯が弾け飛んで、お湯の中から、人が現れたのだ。
俺は驚きの余り、悲鳴に近い声で叫んでしまった。
「うわーっ!」
「……人族のお方、驚かせてしまったの?」
「……びっくりした。あぁ……先客が居られたとは知りませんでした。すみません、直ぐに出ます」
「うん、驚かせてごめんなさい。私が勝手に、このお風呂っていうのかな、潜り込んできたから、別に出なくて良いの」
「潜り込んできたって……何処から来たのですか?」
「表の水槽からだよ。このお風呂から流れるお湯が、水槽まで地下水路で繋がっているの」
「……このお風呂から、表の水槽って、凄く離れているじゃないですか、良く潜って来られましたね、というか息が……」
「あははは……私は、水の中でも息ができるの。ほら」
そう言うと、彼女はお湯の中へと潜り、上半身では無く下半身をお湯の外へと出した。
それは、人の足では無く、鱗に覆われた魚の尻尾で、バシャッとお湯が飛び散った。
なんと、お湯の中から現れたのは人魚さんだった。
いや、この異世界では魚人族と呼ばねばならないのか。
しかし、まさか入浴中に突然目の前に人魚が現れたら、誰だって驚いてしまうだろう。
いくら、この異世界がファンタジーな世界だからと言って、それは余りにも理不尽なシチュエーションだ。
「魚人族の方でしたか……貴女が、闇ギルドに囚われて居た魚人族の方ですね?」
「うん、そう。少し前に、ここへ運んでもらったの。一人でつまらないから、人の気配がしたので、ここへ来たの。お邪魔だったかな?」
「いや、邪魔とかそう言う問題ではなく、普通は男と女は一緒にお風呂へは入らないのですけど……」
「へえ~、そうなんだ。人族って、面白いね。私たちは、男も女も一緒に海に居るけど、それはおかしいのかしら?」
「いや、それはおかしくないです。それは海だからですよ。でも、此処は風呂です。素っ裸です。だから駄目です」
「う~ん、判らないわ。私たちは何時も裸だからね。人族や獣人族が、何故、泳ぐのに邪魔な服を、年がら年中着ているのかが、とてもおかしいと思ってるの」
「確かに、泳ぐのに服は邪魔ですけど……いや、問題はそこでは無く……いや、もう結構です。自分は風呂から出ます」
「な~んだ、つまらないの。もう少しお話しようよ。そうか、先ずは自己紹介をしないと駄目だって、お母様から教わっていたわ。私は、港湾都市イサドイベの海に住む魚人族の長の娘で、アリエルって言うの、よろしくね」
「アリエルさんですか、自分は自由交易都市スベニの冒険者で、ジョー・ジングージと申します。こちらこそ、宜しくお願いします」
「ジョー・ジングージさんね。人族の名前って長い人も多いのよね。ジョーさんで良いかしら?」
「はい、それで構いません」
「ジョーさんは、スベニに住んでいるのね。河を遡るとスベニへ着くと、お父様から教えてもらったわ。ふ~ん、行ってみたいな、スベニ」
「はあ、ご期待に添えると思いますよ。自分が、アリエルさんをイサドイベまでお送りする事になっておりまして、途中スベニを経由しますから」
「え~!ジョーさんが、私を連れて帰ってくれるの?。しかも、スベニにも寄るの?。私、嬉しい!。ありがとうジョーさん!」
人魚のアリエルさん、自由すぎるよ。
喜んで、俺に抱きついてきた。
胸が当たっているよ、俺の胸に……。人魚さんの胸、かなり発達しているんだよ。
やばいよ、離れてください、アリエルさん……。
「あっ、アリエルさん、離れてください……」
「だって、嬉しかったんだもん。魚人族は、喜ぶ時はお互い抱き合うのよ。人族は違うの?」
「いえ、同じですけど、此処は風呂ですから……お互いに裸ですから、抱き合いません!」
「そうなの。やっぱり、人族の習慣って変わっているのよね。良く判らないわ」
「……兎に角、離れてください。お願いします!」
「うん、離れるね。……ジョーさん、顔が真っ赤だよ?」
「はあ……風呂に長く入りすぎました。自分は出ますので、また後ほど。ああ、自分が水槽の方へ行きますから……」
「うん、私まってるね。必ずなの!」
「はい、必ず行きます。はあ……」
俺は、自由奔放な人魚のアリエルさんから逃げる様に浴槽からあがり、ふらつく足で浴室から脱衣場へと出た。
脱衣場にあった椅子へへたり込むように座ると、なんだか、目が回り出して力が抜けて行く。
やばいな、完全に逆上せてしまった様だ。
すこし、此処で休んでから表に出よう。
未だ、アリエルさんが浴室内に居るかもしれないから、ナークへ伝えて置かないと、ナークが驚いて防御結界を張ってしまうかもしれない。
俺は、「はぁ~」と溜息をついて、イサドイベまでの旅が、想像以上に別の意味で大変な事が判った。




