通信不能
避難民達へ食事を配給し終わり、俺達がその後に夕食を取り終わった頃には、すっかり日も沈み夜の闇が避難民キャンプに訪れていた。
夜は、魔物の襲撃を警戒せねばならないので、交代で見張りを行う事にし、その間に俺は96式装輪装甲車に居るギルさんへ無線連絡をする事にした。
タースの反乱は、無事に鎮圧した事を伝えておかねばならない。
『ギルさん、聞こえますか?こちらはジョー。どうぞ』
『ザザザ…………』
『ギルさん、聞こえませんか?聞こえたら応答してください。どうぞ!』
『ザザザ…………』
『ギルさん、こちらジョー。聞こえませんか?どうぞ!』
『ザザザ…………』
幾らギルさんを呼んでも、96式装輪装甲車からは応答が無く、空しくホワイト・ノイズがスピーカーからは聞こえて来るだけだった。
16式機動戦闘車の車内でハンド・マイクを手にした俺は、嫌な予感がして、隣に居たロックと目を合わす。
ロックは「たぶん……」と言って首を振った。
俺も、ロックの意見に賛成だ。
恐らくテンダーのおっさんが、やらかしてくれたのだろう。
しかし、そうで無い可能性も否定できない。
兎に角、急いでギルさん達の居る場所まで行って見るしかない。
単なる通信機が作動していないのか、或いは誰かさんが通信機を弄りまくって、周波数が明後日の方へ変更されてしまったのであれば、それは笑い話で済む。
避難民の夜間警護は、16式機動戦闘車を残してアンとベルに任せれば、例え傭兵ギルドの残党が襲ってきても、"九ノ一"部隊が居るから何とかなるだろう。
俺とロック、そして万が一に備えてミラとナークを同行し、直ちに96式装輪装甲車を止めてある地点まで急行する事にした。
俺達は、直ちに高機動車へ搭乗し、すっかり夜の闇に包まれてしまった避難民のキャンプから、街道を東へと向かう。
この街道も、既に何度も走行しているので、夜間の走行も苦にはならない。
車重の重い16式機動戦闘車や96式装輪装甲車と違い、高機動車は遙かに軽いため、最高速度も125Kmと速い。
俺の運転で、かなり速度を出して走行する。
ロックが助手席に乗り、ナークとミラは後部に乗っているが、心配そうに俺とロックの間から前方を明るく照らすヘッドライトの先を見つめて居た。
暫く真っ暗闇の街道を東へ向かって走行して行くと、遙か先に焚き火の様な明かりが見えてくる。
スマートフォンのマップ表示を確認してみると、位置的には確かに大きな岩と木々が生えている96式装輪装甲車を止めた場所だ。
俺は、ロックへ、ハンディー・トランシーバーでギルさんを呼んでみてくれる様に頼む。
『ギルさん、聞こぇますか?こちらはロックです。どぅぞ』
『おお、ロックか、聞こえるぜ……おっと、どうぞ……ザッ』
『了解、よかったです。皆さん無事ですよね?どぅぞ』
『ああ、皆なんともねえぜ。生産ギルドのギルマス以外はな。どうぞ……ザッ』
『ギルさん、テンダーさんに何か有ったのですか?どぅぞ』
『大丈夫だぜ。落ち込んでいるだけだ。はははは……どうぞ……ザッ』
『了解です。間もなく、そちらへ到着します。ジョーさんも一緒です。どぅぞ』
『そうか、ジョーも一緒か。それを聞いたら更にギルマスが落ち込んじまったぜ。おお、光魔法の明るいのが見えてきたぜ。どうぞ……ザッ』
『はぃ。こちらも焚き火がはっきり見ぇてきました。それでは間もなく到着ですので、通信を終わります』
『おう、ありがとうよ。じゃあな……ザッ』
ロックとギルさんの通信内容を聞いていて、俺は思わず「あははは……はぁ~、良かった」と大笑いをしてしまう。
ロックも、「やっぱりでしたね……ぁはは」と笑っている。
後ろからは、ミラの笑い声が聞こえてきた。
ナークからは笑う声は聞こえて来ないが、安堵したの後部スペースの対面シートへ腰を下ろした。
やっぱり、笑い話の元を、あのドワーフのおっさんは俺達の期待を裏切らずに作ってくれた様だ。
俺達が96式装輪装甲車の停車してある場所まで来ると、そこには焚き火を囲んでいるギルさん達"雛鳥の巣"の3人と、マリアンヌさんとマーチンさん、そして孫を抱いているアントニオさんが居た。
問題の生産ギルド長である、テンダーのおっさんは姿が見えない。
俺達は高機動車から下車し、彼らの囲む焚き火の側まで行くと、皆が笑顔で出迎えてくれた。
「皆さん、無事にタースの反乱は鎮圧できました」
「おお、さすがジョーだぜ、やったな!」
「いえ、俺や"自衛隊"だけでなく、フェアウェイ大公閣下やバンカー公爵軍の活躍があったからです」
「そうですか、ジングージ様だけでなくフェアウェイ大公閣下も出陣されましたか」
「はい、アントニオさん。大公閣下が自ら陣頭指揮を執られて、闇ギルドの幹部も全員を捕らえました」
「フェアウェイ大公閣下は、都市国家の間でも有名な武将です故、ジングージ様とは気が合うでしょう」
「はい、とても聡明で豪快な方です。まだ、タースの街に潜む傭兵の残党を追撃していますが、それも一両日中には終わるでしょう。これから、一緒にタースへ戻りませんか?」
「そうですな、一度タースへ戻り、マーチン殿の商家の使用人達の安否確認もしなければなりませんな」
「はい、お義父さん。出来ればそうしていただき、その後にスベニへ皆様と一緒に行きたいと思います。それで良いよね?マリアンヌ」
「そうですね。マーチンの言うとおり使用人達が心配ですので、そうしたいですわ」
「判りました。では、今から移動してしまいましょう。ところで、テンダーさんは?」
「「「鉄の箱車の中で、落ち込んでます」」」、「鉄の箱車の中だぜ」、「鉄の箱車の中だよ~」、「鉄の箱車の中」
焚き火を囲んでいた全員が、そろった声で一斉に答えて同じ様に96式装輪装甲車を指さした。
俺達は、停車してある96式装輪装甲車へと歩いて行き、開いている後部ハッチを覗き込むと、そこには車内で座り込んで項垂れているテンダーのおっさんが居た。
「テンダーさん、どうされたのですか?具合が悪いのならばミラに回復魔法を施してもらいますが」
「……ジョー……お前の鉄の箱車を壊してしまったわい」
珍しく、いや初めてかもしれない。
俺の事を「小僧」と呼ばずに最初から「ジョー」と呼んだぞ。
だが、今の一言で、確信が出来た。
やはりテンダーのおっさんが、96式装輪装甲車をいじくり回した結果、通信機が作動しなくなっていたのだ。
本当に、このおっさんは、期待したとおりの行動をしてくれる。
「壊したんですか。でも、全く動いてはいませんけど?」
「……儂が中の操作機械をいじっておったら、突然扉が閉じなくなたんじゃ。同時に、ジョーと離れていても会話できると言う魔道具からも音と光が消えてしもうたんじゃい……」
「そうですか。でも大丈夫だと思いますよ。多分、壊れてませんよ」
「なぬ?壊れておらんじゃと?」
「はい。でも、ロックから弄らないでと頼まれましたよね?テンダーさん」
「ぐぬぬ……済まんかった。許せジョー……」
これも、テンダーのおっさんから初めて詫びの言葉を聞いた。
俺は、笑いを堪えるのに必死だった。
隣でロックも同様に、必死で笑いを堪えている。
ギルさんやアントニオさんは、テンダーのおっさんが他人に詫びの言葉を発した事に、酷く驚いている様子だ。
本当に、このドワーフのおっさん憎めないよ。
俺は、96式装輪装甲車の操縦席へ乗り込んで、イグニッション・キーの位置や通信機のスイッチを確認してみる。
案の定、かなり多くのスイッチ類が弄られており、それらを正常に機能する様に再設定を行う。
そして、イグニッション・キーでエンジンを始動すると、ディーゼル・エンジンが軽快に回り始めた。
俺は、そのまま96式装輪装甲車の操縦席へ残り、全員へ乗車する様に指示し、ロックへはミラと一緒に高機動車の運転を頼む。
ナークは、96式装輪装甲車へ乗り込んでもらい、万が一の攻撃には防御魔法で乗客を危険から守ってもらうと共に、重機関銃M2での迎撃も頼んだ。
さぁ、取り敢えずは、今夜の宿営地となる避難民キャンプまで戻る事にしよう。




