フォトゲノムと反物質
関所全体で温度が高くなっていることに気づく者が増えていく。動力源の復活がそれに起因しているとわかった者からお祭り騒ぎになっている。
しかし少数の子供と一部の大人が、下町がみえる会議室に放り込まれていた。
「なーなー!俺たちも参加してぇよー!」
「外じゃほぼ祭りみてーなことになってんじゃん!」
「何をしようってのさー」
ぐちぐちと文句を言う子供達に、隊長が一喝する。
「じゃかぁしい! 勝手に動力源弄りやがって、おめぇらが一つでも間違ってたらどうなっていたか! それを分からすために今からイタズラ小僧どもは勉強だ!」
「「ええー!?」」
不満の声を上げる子供達。
「じゃあ大人達はなんなんだよ」
「そういやなんでいるんだ?」
他に集まった大人達を見る。
「こいつらに集まってもらったのは別件だ。だからこの部屋でお前たちは講座、向こうの会議室で俺たちは会議する」
「隊長が教えてくれるんじゃねぇの?」
「今回の先生はこいつ、いや、アイツだ」
扉が開き少女が顔をだす。
「やっはろー」
「あ! アイツーだ!」
「ふふふ私だぞ子供たちー。何をやらかしたのかとっくりと教えてあげるからね」
アイツーが入室すると、隊長ら大人達が立ち上がる。
「じゃあ後は頼む」
「うん。例の件、結論が出たら私にも教えてね」
「…悔しいがお前が最高戦力だ。教えない訳にはいかん」
「ま、荒事なら任せておきなさい。寝床貸してもらってる分の恩は返したいからさ」
「…ありがとよ」
隊長達が退室する。アイツーが手を叩いて注目を集める。
「はいはいちゅうもーく」
「はーい」「隊長の話よりは退屈しなさそうだな」「もう眠いんだけど」
「うん。講義始まる前から眠ろうとすんなそこ! なんで子供って勉強という響きだけで眠くなるのかな」
「あ、あの!」
アンディが手をあげる。
「ん?どったの?」
「…大丈夫なの?」
「何が?」
「え、えっと…」
少年が口ごもる。
「火に、飛び込んでから!まだほとんど経ってないけど」
「あー、私のボディについて心配してんの?」
アイツーが少し近寄る。そして頭を撫でる。
「心配しないで。私ってばさいきょーだから、あの程度の熱なんてなーんにも問題ないのよ」
「…あ」
機械の関節部を無造作に開けているその姿を見て、アンディは察する。検査してもいいと言っているのだ。
「じゃあ、失礼します…」
髪の毛を伸ばし、アイツーの体を撫でるように検査する。
「ちょ、これくすぐったいな」
「ご、ごめん」
「んにゃ、こっちで痛覚切るわ」
側から見ている鼠の子達は置いてけぼりである。
「なんかおもしれー光景だな」
「うわー、アイツーが包まれてる」
「…なんかエロくねぇ?」
「マセガキがいるねぇ」
ポカリと叩かれるグレープ。
「…うん。大丈夫。よく整備されてる」
「でしょ?さらっといくつか修復してたっぽいけど」
「えと、ダメだった?」
「いや、助かるよ」
ぐーと伸びをするアイツー。
「さて心配も晴れたとこで、これからあの動力源にまつわることでの講義だ! 大まかに理解できるようになるまで部屋から出られないと思ってバリバリ集中して聞いてくれたまえ!」
「そんなー!」「オニー!」「冷血!」
「文句は指示出した隊長にヨロシク!」
アイツーはどこかから授業のための指示棒とチョークを取り出し、黒板に書いていく。
「先ずはあの動力源のシステムから説明しようか」
型式ヘルファイヤ。古い連邦が作成した半自動型加速熱源装置。内部にあるA加速粒子炉により、対消滅反応の速度が調整可能な反物質を作ることによって莫大な熱量を作りだす。
「反物質?」「かそくねつげん?」「ついしよーめつ?」
「わかりづらいよねー。噛み砕いて言うとね、あのなかで物体はめちゃめちゃなスピードでぶつかり合ってるの。それで発生したエネルギーを熱に変換してるんだ」
「ぶつかったらエネルギーになんのか!」
「そう。そもそもぶつかるということ自体がエネルギーの激突だからね」
(そう。反物質とA加速粒子の極めて有意な反応こそが、人類のエネルギー資源問題を解消した最大の要因…)
旧連邦が生み出したヘルファイヤは、その機能の安定性が認められるまで長い年月を要した。しかし一度認められると今度は爆発的に世界中で普及し、人類は安全な核を手にしたとされたのだ。
そこまで話したアイツーが鼻で嗤う。
「安全な核、ね」
「すげー発明じゃん!」
「なるほどー。これで世界中がぬくくなったんだな」
アンディがポツリと呟く。
「でも、それでも文明は廃れてる…」
「え?」
「そんなにすごいなら、今ここがこんなに寒いはずが無いんだ。世界中でエネルギーが余ってるはずなのに、なんでここはこんなに寒いままなの?なんでアンダーステイツの軍用機は化石燃料を使った旧式のままなの?」
「…そういえばそうだ」
アンディが立ち上がる。
「アイツー。A加速粒子ってなんなの?文明はなんで衰退したの?人類は、
何と戦っているの?」
指示棒で手のひらをパンとたたくアイツー。
「よし、講義らしくなってきたじゃない」
黒板にチョークを打つ音が響く。
「その疑問、全部答えてあげたいけど、A加速粒子については未だに解明されてないことが多いんだ」
人類は気づくのに時間がかかったが、もうそれ以外ありえないという理由で世界の変化の影響をA加速粒子のせいだと見抜いた。その時には全てが遅かったのだが。
そこまではアンディの読んだ本にも書かれていて知っている。知りたいのはその先だ。
「…」
アンディは隠してあるUSBメモリを握る。この中にその答えがある気がしてならない。
(いや、まだやめとく)
帰ってから、おじちゃんと一緒に。
そうあの時決めたのだ。
「とにかく、A加速粒子を利用した熱源装置であるヘルファイヤ。あれを稼働してそのまま熱量調整しなかったら、この関所がまとめて蒸発してたよ」
「「ええっ!!?」」
「あったりまえじゃない。中で起こってるのは核分裂よ。太陽みたいなのがここにできて、付近の生き物は皆殺しだったでしょうね」
「…じょうだんじゃ…」
「大人達がなんであんな大事なもの直そうとせず触れずにいたのかわかる?それはそういうこと。危険だからだよ」
「…」
小鼠達は黙り混む。
「今回の講義はこれでお終い。とにかくみんなに徹底して欲しいのは、旧文明の遺産があっても迂闊に手を出すなってこと。下手を打ってたらみーんな死んでたんだからね」
パンと手を叩き講義が終わる。やかましい小鼠達もさすがにしょぼくれていた。