第1話 ジモン島奇譚 6
「カイドー、あの子はあなたに何を見せたの?」
歩きながらグラがカイドーに訊ねた。
「花粉じゃよ。奴が言っていた事は確かだったようじゃ。」
「樹魔ってこと。」
「そうじゃ、花粉で幻影を作るようじゃ。厄介なことに、幻覚作用も含んでおる。」
カイドーは先頭を行くシュセにも聞こえるように話している。
通路は狭く、二人が並んで歩けるほどの幅はない。坂道であるが路面は平坦ではある。ただ魚油のランプの灯りでは足元が暗く危険であった。シュセは先頭を歩き、3mほど間隔を置いてカイドー、グラと続き、殿はマッシが務めている。
シュセは狩人らしく、すばやく歩きながらも注意深く進む。ひょうきんな面持ちは影を潜め、黙々と道を進んでいる。カイドーたちと違って、足音すらしない。
やがて、シュセは立ち止って、姿勢を低くした。カイドーたちも音をたてないように注意深くかがむ。
シュセは五感をフルに機能させて、道の先に集中している。
道の先には広間があるらしい。
前を向いたまま、シュセは左手でカイドーたちに合図をおくる。ゆっくり進むという意思表示だ。
姿勢を低くしたまま、彼らは注意深く進む。進みながらカイドーは徐々に間隔を詰めてゆく。
通路の出口が間近に迫ると、シュセは止まれの合図を送った。グラが再び祈るような姿勢で呪文を唱える。
「敵の数おおよそ30。食人鬼とオークと思われる。待ち受けているわね。」
シュセとカイドーが入れ替わり、カイドーが呪文を唱えると、突き出された杖の先が光り、いくつもの眩い稲妻が迸った!
広間では魔物たちの悲鳴があがる!
間髪をおかずに、シュセとマッシが飛び出していく。
広間には食人鬼とオークがいた。手に手に剣や棍棒を持っている。カイドーの雷撃呪文で戦闘不能に陥っている者も数匹いるものの、ほとんどはマッシとシュセに向かって猛り狂って突進してきた。
マッシは奴らの中に飛び込んで行ったが、シュセは入り口から少し離れた壁に背を当てボウガンを構える。続いてカイドーとグラが飛び出し、カイドーは攻撃呪文を唱える。
マッシは群れに向かってブロードソードを振りまわしている。一撃必殺が理想だが、マッシには今、相手を確実に殺そうとする意思はない。1対1ならともかく、一人で数十匹を相手に立ち回るのである。1匹ずつ向って来てくれる訳じゃない。隙あらばと我先に襲ってくるのである。マッシはある時は逃げ、ある時は襲い、相手を威嚇し傷つける。たとえ小指1本でも傷つければ、相手の戦意は落ちるのだ。むろん、チャンスがあれば倒していく。しかし決して無理はしない。囲まれてしまったら、なすすべがなくなるからだ。派手に動いて魔物を相手にし、シュセとカイドーに向かわないように注意を引く。
シュセはマッシの動向を見定め、彼の背後に回り込もうとする相手をボウガンで撃つ。カイドーは火球弾呪文を放ち、マッシを追う魔物を倒していく。
カイドーたちに向かってくる者は、グラが水流放射呪文や泥土化呪文で動きを止め、カイドーの呪文でとどめを刺す。
「ウギャ、ウギャララ!!」
敵わぬと見たのか、1匹が逃げ出すと、悲鳴を発しながら生き残った魔物は逃げて行った。
ようやく広間は静かになった。
マッシの息が荒い。
10キロ近い重量の鎧を付けて走り回っていたのだから当然と言えば当然である。
しかし、まだ休むわけにはいかない。
血の臭いと肉が焼ける臭いで、吐き気を催しそうになる中、シュセとマッシは倒れている魔物1匹1匹にとどめを刺して回る。死んでいるか生きているかはの判断は必要ない。すべて殺す。後顧の憂いを断つ為だ。
人語を話す魔物が居なかっただけまだマシである。命乞いをされれば、いくばくかの良心の呵責が生まれるからだ。だが命乞いされても、マッシとシュセは容赦しない。背を向けた瞬間に襲って来るような奴らなのだ。実際に煮え湯を飲まされた事もあるし、命を失った仲間も多い。
シュセはとどめを刺しながら、ボウガンの矢を回収していく。そして涙を流していた。
いつからなのかシュセも分からない。なぜなのかも分からないが、自然に涙が頬を伝ってくるのだ。憐みなのか、良心の呵責のせいなのか、自分を苛んでいるのか・・・・。
「22匹だ。逃げたのは7匹。」
「シュセ、ケガはない?」
「俺は大丈夫だ。」
「マッシは?」
「大丈夫やられちゃいねえ。」
「座って。」
グラの言葉に、マッシが胡座を掻く。グラはその背中に手を当て、回復呪文を唱える。傷は無くとも、打撃は伝わる。鎧の下にはいくつかの痣が出来ている筈であった。
グラの手当てを受けている間もマッシは休まない。鎧の間に仕込んだ布を取り出し、刃を拭く。刃こぼれは無くとも、血糊と脂は切れ味を鈍らせるからだ。
「これで終わりって事はないだろうな・・・。」
「ないじゃろうな。」
「だいぶ楽になったよ、ありがとう。」
マッシが立ち上がると、彼らは再び出口に向かって歩き始めた。
一方、ホークたち一行はというと・・・・。
「ちょっと暗いよなあ。」
ホークはちょっと立ち止まって手のひらを上に向け、短い呪文を唱えると手のひらから野球のボールくらいの光の玉が飛び出し、空中に浮かんであたりを照らすと、ホークたちの2mくらい前を先行して飛んで行く。
こちらの道も広くはないが、坂道は比較的緩やかである。バトルロードが直線的なのに対して。らせん状に迂回して行くのかもしれない。
「その魔法、便利よね。夜道のお使いなんかに使えそう。後であたしにも教えて、ホーク。」
「いいけど、結構難しいよ、光覇眩惑呪文は。」
「もともと、こういう使い方じゃねえんだよな、ホーク。」
ドレイクは戦場で、ホークが目眩ましとして使ったのを見ている。
「だけどさー。明るいってのは良いことだけど、逆に危なくない?」
「なんで?」
「だって、明るいってことは敵からもこっちが丸見えって事じゃない。」
「そうかなあ。だってこっちは罠の道でしょ。敵って出てこないんじゃないの?」
「バッカねえ、あんた。あの豚の言う事、信じてンの?」
「そう言うなよ、お嬢ちゃん。敵が出てきたら、俺が追い払ってやっからサ。」
「そのお嬢ちゃんっての、やめてよね。あたしにはサラって名前があるんだから。」
「へいへい、分かりましたサラお嬢ちゃん。」
緊張の欠片もないホークたち一行であった・・・・・( ̄▽ ̄;)
しばらく行くと少しだけ道が開けてきた。
ホークたちの前にドス黒い池が現れた。そこには飛び石が点在してて、灯りも魚油のランプではなく、魔法処理された壁がオレンジ色の光を照らしだしていた。池の広さは直径15mほどもあろうか、天井も高い。いくつかの人魚の石像があって、一様に水瓶を抱えている。その水瓶からチョロチョロと赤い液体が注がれていた。
「・・・・なんかいい匂いしねえか?」
ドレイクが鼻をヒクヒクさせている。
「のん兵衛はこれだからなぁ・・・。」
「まさか!」
ドレイクは這いつくばって、池の液体の臭いをかぐと指を入れて嘗めてみた・・・。
「・・・・ワインだ。しかも極上品!」
「まさか、これ全部飲み干さないと渡れないってことなの!」
サラも驚いていた。
「アホか、お前ら・・・。」
「実に恐ろしくもうれしい罠だ! ここは俺に任せろ!」
ドレイクが池のワインを飲もうとした瞬間、ホークの杖が水面に触れた。そして、触れた個所から瞬時に凍ってゆく。
「あ・・・嗚呼!!!!」
「ここはね~。飛び石を渡ると矢が飛んでくるトラップなの。飛び石を避けてワインの池に入ると、ここにも落とし穴があって、溺れちゃう仕掛けなの。ここを通るには、いくつか方法があるんだけど、凍らせるのが手っ取り早いってワケ。わかったらさっさと行くよ。」
「わ・・・分かってるわよ。当ったり前じゃない。こんなの飲めるはずないっしょ。バカねー。ちょっとおどけて見せただけよ。そうよ、あんたの洞察力を試しただけ。分かるぅ?」
サラは先頭に立って歩き出した。
「あっ! バカッ!!」
ホークは勢いよく飛び出し、サラを押し倒した!
「何すんじゃ、このエロガキ!!!!」
シュシュシュ! カカカッ!
どこからともなく飛来した矢が、今までサラの立っていた場所を通過して氷に突き刺さった。
「・・てぇ・・・たくぅ~人の話聞いとんのか、このお姉ちゃんは・・・。」
ホークは頭を押さえて立ち上がった。わずか数舜の間に、サラの鉄拳がホークの頭を殴っていたのだ。
恐るべき反応速度である。
「ホラ、イクヨ」
ユンはドレイクの襟首をつかんで立ち上がらせた。
ホークの氷結呪文はドレイクまで凍らせたのか、ドレイクは呆然としたまま暫く動けなかった。
「ワインで溺れてみたかった・・・・。」
ブログにURL載せました。
よかったらこっちも見ておくれ
https://hirakiasi2syaku.at.webry.info/201907/article_1.html?1563196281