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魔芒の月  作者: 弐兎月 冬夜
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魔滅の刃 ミナイの村編 其の九

「チッ、雲が多い。」

 さっきからキースが慌てた素振りで、引き返そうとサインを送ってきている。

ゼンは降下してもっと低い所を飛びたかったのだが、そうはいかない。ここは既にガルマン帝国の領内だからである。ガルマン帝国の守備兵に見つかったらただでは済まない。なんとか雲に紛れて旅人らしき人影を探るが、どうもそれはうまくいきそうも無かった。

「いったん、帰るか・・・。」

 高度と天気の関係で体感温度も真冬並みである。ドラゴンは平気だが、人間がいつまでも飛び続けられる状態ではなかった。

 ゼンは上を指さし、キースに合図を送る。

 竜騎兵団第4分団のうち、8騎を国境に残し、キースとブルーノの二人を連れて領空を侵犯している。コールレアンから道筋を辿ってガルマン帝国まで来たものの、いくら探してもホークたちの馬車は見つからず、ついにはガルマン帝国の領内にまで侵入してしまった。

 ゼンたちはいったん雲の上に出た。

空の上ではいくら大声を上げても聞こえはしない。ゼンが撤退のサインを出そうとした時、背後からガルマンブラッドの群れが雲の上に飛び出した。20匹はいるガルマンブラッドが相手ではさすがの竜騎兵団でも歯が立たない。逃げる間もなく囲まれてしまった。

 それもその筈、ガルマンブラッドの背には人が乗っていた。そう、これは、ガルマン帝国の竜騎兵団なのである。周りを囲んでいるガルマンブラッドはおよそ20騎。その中でも特に大きなガルマンブラッドがゼンたちの前に出て、下へ降りるようにサインを出す。ゼンは仕方なくそのサインに従った。


 下は牧草地だった。

ゼンたちがそこに降りると、続いてガルマン帝国の竜騎兵団が次々と着陸して3人を囲んだ。

「分団長、こいつはヤバイですよ。」

「お前たちは降りるな。」

 ゼンはドラゴンから降りた。冷たい風が吹いているのに、ゼンの額からは汗が噴き出ていた。


 彼らの前に、ひときわ大きなガルマンブラッドが着陸すると、その背中からこれもまた大きな男が降りて来た。男は金髪の長い髭に眼下の窪んだガルマン人特有の風貌をしていて、細長い棒の先に棘付きの鉄球の付いた長柄のモーニングスターを持っていた。

 もともとガルマン人は巨大な体躯の者が多い。

人間の優劣は体の大きさが決めると信じている民族なのだ。フリーシア王国の成人男性の平均身長が175cmくらいだとすれば、ガルマン人の平均身長は190cmくらいになる。2mを超す大男もゴロゴロ居るのだ。

「初めに言っとくが、”でも”はナシだ。もし言ったら殺す。」

 大男はニヤニヤ笑いながら近づいてきた。

兜はかぶっていないが、完全に重装備である。鎧同志がぶつかって、ガチャガチャと煩い。金糸でガルマン帝国のエンブレムが刺繍された白銀のマントが風になびいていた。

「お前らはギース教だな。」

「そうだ。竜騎兵団第4分団、分団長のゼン・クロード・ジハァーヴだ。」

「そうか。そのギース教様が、ガルマンの地に何の用だ?」

「人を探していた。貴殿のご領地をお騒がせして申し訳ない。」

 ゼンは素直に訳を話して詫びた。

「なるほどな。言い訳は無しか。いいだろう。殺されても文句を言える立場ではないことは十分承知だって事だな。」

 キースが周りに目を配る。空気がピリピリと凝っている。

「貴殿は誇り高きガルマン竜騎兵団(ドラグナー)のリヒテンバッハ伯爵であろう。」

「そうだ。自己紹介が遅れたな。」

「ならば話は早い。」

 リヒテンバッハ伯爵は眉を(ひそ)めた。

「貴殿はフリーシアと一戦交えるおつもりか?」

「ハハハ。盗人(ぬすっと)猛々しいとはこの事だ! そちらが仕掛けて来た火種だろうが!」

 ゼンは伯爵を制止した。

「だから、見逃して欲しいと言っている。智勇を兼ね備えたリヒテンバッハ伯爵ならば、何がお互いの為になるか一瞬で判断できると思う故、話が早いと言ったのだ。」

 背丈で言うなら、小柄なゼンと大男のリヒテンバッハ伯爵では子供と大人である。それが一歩も引かずに対等に渡り合っていた。

「・・・・フン。ハッキリ言うな。だが、こっちもお前らを見逃したとなれば責めを受ける。それは承知だろうな。」

「職務に従い、詳しく訳を聞き、迷い込んだギース教の兵士を国境まで送り届けた。となれば、貴殿の名声は上がり、ギース教からは詫び状が届くだろう。」

 無論届くのは<詫び状>だけではない。それはリヒテンバッハ伯爵も承知の上だ。

「・・なるほどな。選択の自由はこちらにあると言いたいのだな。」

「貴殿が聡明なあのリヒテンバッハ伯爵であるならば、選択は一つしかないと私は思うのだが、いかがかな?」

「その前に、儂と一戦交えると言うのはどうだ? フリーシアでは有名な槍の使い手なのだろう、お前は。」

 ゼンは少しため息をつくと、背中に負っている短槍を抜いた。

「初めに聞いておくが、これは決闘ではないのだな。」

「ない。儂も誓っておこう。お前を殺しはせん。」

 その言葉は嘘だろうと察しはつく、しかし殺さずとも、本物の武器を使う以上怪我は覚悟しやがれ・・という事か。ゼンもここで負ける訳にはいかない。万一死ななかったとしても、こちらが負ければ、相手の気が変わることもあり得る。そのうえ、こちらは相手を殺せない。部下が報復するのは目に見えているからだ。

 (ここは圧倒的な力の差を見せつけるしかない!)

ゼンは槍を正面に構え、リヒテンバッハと対峙する。

「いつでもいいぞ、チビ!」

リヒテンバッハがモーニングスターを構えようとした瞬間二人の間の草が舞った。そして風でリヒテンバッハの右肩のマントの留め具が宙に飛んだ。

「ン? 壊れたのか?」

リヒテンバッハが右肩を見た瞬間、今度は左肩の留め具が吹き飛び、マントが風で吹き飛んだ。

気づかなかったのはリヒテンバッハのみだった。俯瞰していた彼の部下たちはその一部始終を見ていた。リヒテンバッハがチビと言った瞬間、ゼンが一瞬で間合いを詰め、短槍で留め具を壊したのだ。しかも2度。

「フン。いいぜ、かかってきな。」

「伯爵!!」

 部下の一人が大声を出してリヒテンバッハを制止した。

「貴殿は既に2度死んでいる。」

「なに?」

ハッとしたリヒテンバッハが留め具のあった場所に触れると、鎧が微かに傷ついている。

 今度は彼の額に汗が浮いていた。

「・・・いいだろう。テッケルト!」

「ハッ!!」

 おそらく副将であろう男がドラゴンから降りて来た。

「こちらの御仁らを国境まで案内して差し上げろ。」

「承知しましたァ!」

 そして振り返ると、ゼンに念を押した。

「いいか、忘れるなよ。儂だからこれで済んだんだ。それを肝に銘じておけ。」


 

 ゼンたちの領空侵犯は何とか事なきを得た。

ゼンは残してきた部下たちと合流すると、野営の支度を始めた。ガルマン帝国には二度と入ることは出来ないだろうし、だからと言って闇雲に街道筋を探索するのも無理がある。第一、ホークたちがガルマン帝国に向かったとしても、今どこにいるのか皆目見当がつかないのである。

 最初はスピード優先で探し始めたゼンだったが、ここは作戦を立て直さねばならないと思ったのである。

 最初に口火を切ったのはキースだった。

「そもそも、ガルマン帝国にホークたちが向かったと言う情報は信頼できるんすかね~?」

「上からの情報も、マーサからの聞き込みでも間違いは無さそうだった。」

「でも、もしそれがフェイクだったとしたら?」

 シャキーラは怪訝そうにゼンの顔色を伺う。

「彼らの目的は十秘宝を探す事だと聞きました。ガルマン帝国にそれがあるというのは聞いたことがありません。」

「十秘宝そのものの存在すら怪しいし、コールレアンにあった愚弄王リーの魔導書(アレイスター)はロアの軍団に持っていかれたままです。俺なら確実に分かっている方を狙います。」

 いかついブルーノらしい意見だ。

「待って。今はホークたちの足取りをいかに捉えるかが先でしょう。ロアの軍団の居所も分からないのよ。」

「その通りだ。まずは情報が正しいという仮定で話してみようじゃないか。」

 オリビアとジャスティンは話がそれそうになるのを止めた。

 皆の意見を聞いていたゼンが話し始めた。

「キース。君ならガルマン帝国に向かうとしたらどうする? 追手が来ると仮定してだ。」

「そーっすね。コールレアンからガルマン帝国に入るには東北に向かう街道が3本。そのうちウーシュナー街道をひたすら急げば、今頃は国境を越えることが出来る。」

 ゼンが国境を越えた理由はそれだ。

「しかし、俺ならコールレアン近辺の街か村に一旦落ち着き、頃合いを見計らって動き出しやす。数日は遅れるでしょうが、その方が安全だと思いますわ。」

「シャキーラ。君は?」

「・・・そうですね。もし追手にガルマンへ行くとバレているとしたら、私は海路をとるかもしれません。国交のないフリーシアからは難しいでしょうし、かなり遠回りになる事を考えれば、オーランドに入ってそこから定期便でガルマンへ行く・・というのはどうでしょう?」

「いや、それは無いだろう。あまりに時間がかかりすぎる。」

「彼らに期限はありませんよ。それにガルマン帝国に十秘宝が必ずあるとは分からないと言ったじゃないですか? 彼らは情報を集めながらガルマンへ向かう事も出来ます。その旅で別の情報が入れば行先を変更する事だってあるはずです。」

「それじゃあ、行方を探ること自体が無駄じゃないか。」

「待てよジョン。だからと言って闇雲に探すことは出来ないぞ。こちらの人数は限られている。いかに我らでもエウロパ全土に網を張ることは不可能だ。」

「分かった。」

 ゼンは静かに皆を止めた。

「隊を3つに分けよう。キース。」

「はいな。」

「シャキーラはジャスティンとオリビアを連れてオーランドへ行き海路の可能性を探れ。ブルーノはアデルとジョンと一緒に、この辺りをベースにして街道を見張れ。キースは残りの4人を連れてコールレアンを拠点にホークたちの足取りを再調査、僕は徒歩でガルマンへ入る。」

 一同がギョッとした。ほんの数時間前にガルマンの守備隊と揉めたばかりなのだ。相手も警戒を強めているだろう。自殺行為に近い。

「ダーメダメ。それはダメっすね。それが分隊長の悪い所ですわ。」

 キースがニヤニヤしながら、あからさまにゼンを批判する。

「隊の長たるものに動かれちゃ、こっちはバラバラになっちまいますぜ。俺らをもっと信頼してくださいな。彼らがガルマンに入ったと確実に分かった時には、また考えましょうや。」

 ゼンはキースの顔を見た。

いつもにやけたような顔をして口ぶりも剽軽なキースだが、眼は笑っていない。真剣にゼンと隊の行く末を案じているのがよく分かった。

「分かった。では僕もコールレアンに戻る。ギース教の情報網になにか引っ掛かっていないか調べてみる。」

「ベストな判断。恐れ入ります。」

 キースの目がようやくほほ笑んだ。




   その頃・・・。


 ホークたちは・・・・


思いっきり・・・



   ・・遊んでいた!!



「うぉぉおお! すごい!すごい! 見て!見て!!見てッ!!!」

 サラが興奮してホークの頭をガンガン殴りつける。

「痛て! 痛ってえーてば、サラ!!」

その様子をユンは満足そうに眺め、シュセは目を細めて見ている。

 暗いテントの中では、空中を華麗に舞うサーカス団のショーが繰り広げられている。魔法で彩られた華やかな光と、スポットライトに照らし出された派手な衣装に身を包んだ女性たちが、空中で回転してはブランコに飛び乗る様は圧巻だった。


 ここはオーランド王国・・ではなく、フリーシアの首都バリスである。

 コールレアンから北東に向かったホークたちは街道筋のある街で馬車を売り、そこから川を船で下ってバリスに向かった。ここから更に西へ行き、ベネルクを経由しオーランド王国へ行く予定なのだ。

 まさかフィポナッチも、探している彼らが自分の足元にいるとは想像できなかったろう。オーランド王国からは海路でガルマン帝国に行くと言うのはシャキーラの言った通りだったのだが、バリスを経由する事になったのはシュセの計略だった。

 ギース教に追われるであろうことは、ヴェルダンディの指摘にもあった事だ。カイドーたちもその事は予測がついていた。ギース教がホークたちを野放しにしていたのはエグランとの盟約があったからで、苦々しく思っていたギース教の幹部たちがいるであろうことは誰の目にも明らかであった。なぜなら、彼らにはギース=クエストが絶対であり、それ以外は神であろうと邪魔者でしかなかったからである。

 シュセはその彼らのひざ元にあえて身を隠すことで、ギース教の追撃を振り切ろうと考えたのだ。

 本来ならば、早い段階でオーランド王国に入ってしまえば、ある意味安全ではあった。

 なぜならオーランド王国は昔から他国の主義や信条に対して迫害された人々を受け入れて繁栄した国である。それゆえ他国人に対して寛容な国で、迫害された人々を受容してきたという自負があった。その為、かなり自由なお国柄なのだ。エウロパではほぼ孤立しているガルマン帝国とも国交を結び、交易を交わしている数少ない国の一つである。また、ここにもギース教の布教は入っていたものの、その力はまだ()()()のである。


 シュセは横目でサラとホークのやり取りを見守っている。

 (ライルが生きていれば、ホークぐらいかな・・。)

末っ子のライルと子供たちの事がふと頭をよぎって、うっすらと瞳に涙が溜まりそうになった。

「おじさん、おじさん。」とホークもバリスに来てからはシュセと呼ばずにおじさんと親しそうに呼ぶ。いつの間にかサラもそれに習っていて、今では甥っ子姪っ子と観光旅行に来ているような風体である。シュセも高級な服に着替え、地方の裕福な商人を装っている。ホークもターバンを外し、ユンとサラもバリスで服装を変えた。

 すると不思議な物で、シュセも逃避行と言うよりは、子供たちと遊びに来ているような感覚に陥っている。ユンはその用心棒といったところか。


「おじさん、おじさん。今度はどこへ行く!?」

「おじさん、私、あれ、食べたい!」

バリスは世界でも有数の華やかな都市である。大勢の人々が行きかい、露店が並ぶ通りは人がごった返していた。

「しょうがねえな。お前、さっき食ったばっかだろう?」

 シュセは嬉しそうにクレープ屋に金を払うと、二人に与えた。

「そのうちデブるそ、サラ。」

「煩い、クソガキは黙ってな。」

 サラがクレープにかぶりつくのをシュセは微笑ましそうに見守っている。

 それでもシュセは用心を怠らなかったが、気のゆるみがあったのかもしれない。彼らの脇をすれ違った男たちをうっかりと見逃してしまった。


 小柄な男が立ち止まってシュセたちを見ていた。

「どうかしましたか? 親分。」

傍にいた用心棒らしき男が声を掛けた。

「いや、何でもない。」

 男はニタニタと笑いながら、その男に耳打ちすると、再び歩き始めた。


 けっこう長い話になってきました。

 最初に書いたジモン島のエピソードを編集しなおしていると、こんなにも自分はいくつもの物語に支えられているんだなという事に改めて気づかされました。

 これからも出てくると思うけど、ちょこちょことくすぐりが入れてあります。それを自分で楽しんでいるのであります。こういうのは昔からあって、最近でもチェンソーマンなんかでも話題になっていますけど、けっしてパクリとかではないです。元ネタはあってもリスペクトであろうと思うのです。

 ちょっと言い訳みたいになっちゃってますけど、本当に好きだった物しか脳内には残りようがないので、感謝を込めてくすぐりを入れてます。(自分が楽しいからなんですけどね)

 多分、僕の作品がメジャーになることはまず、無いと思いますが、それでもふと読んでいただける人がいて楽しんでもらえればいいかな・・と最近では思い始めています。僕は自分の楽しみの為に書いている。自分が楽しいと思えるものを提供していくのが楽しみでもあるからなのです。

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