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魔芒の月  作者: 弐兎月 冬夜
47/63

魔滅の刃 ミナイの村編 其の八

「ここだな。」

「86段目に開けた広場があるって言ってたわ。」

 夕暮れ間近の山にある石の階段を上って来た二人は、夕日と反対側の大きな岩を見ていた。

岩は表面が平らに削り取られて鏡のようになっている。それが夕陽を浴びほんのりて赤く染まって見えた。

「ここが入り口?」

「何か彫ってある。」

ドレイクが岩に近づいて上の方に掘られた文字を見ると、そこには兎がウインクした図形が掘られ、その下に魔文字でウエルカムとあった。ドレイクは岩を触ってみたが、感触は冷たく硬い。強めに押してみたのだけれど動く気配も無かった。

「やはりポッターの言った通りにやらないと、扉は開かないようだな。」

 そのポッターは『僕は理由があって一緒にはいけません。ぢゃ。』ということで、瞬間移動魔法陣(ゲート)を使ってミナイへ向かった。

「やってみましょう。もうすぐ日が落ちるわ。」

 二人は階段の上を向く。この階段の先にはH=クタークを祭る神殿がある。

「1、2、3!」

 二人は一緒に数を数えながら石段を上る。3段登って広場に戻り、2段下ってまた戻る。最後に7段下って又戻る。戻った二人はゲラゲラと笑いだした。

「バッカみたい! これじゃ子供じゃない。」

「恥ずかしいだろ、これは。」

 日没が訪れ、日は完全に沈むも残照の赤い光がまだ周りを照らす。

「おい、あれを見ろ。」

 真顔に戻ったドレイクが鏡のような岩肌を指さすと、赤く染まった岩肌の真ん中あたりが黒くなっていた。グラは急いで駆け寄って岩肌を触ってみるが、ガラスのように冷たい感触が帰って来た。

「変ね。失敗したのかしら。」

 すると、黒い岩肌の下の方から、一個の上下に躍動する揺らぐ光が見えて来た。その光は次第に大きくなってくると、また下の方に今度は小さく揺らぐ2つの光が近づいて来る。

 それはグラの目の前で止まった。

ぐらが目を凝らしてみると、揺らぐ光は立ち上がった兎をモチーフとした台座の燭台で、それがピョンピョンと飛び跳ねて向かって来たらしい。揺らがない光は一匹の白っぽい猫のようだ。

 その猫がグラの前にちょこんと座り、マフラーのように尻尾を足に巻き付けている。そして一声「ナァーーオー」と鳴いた。

 するとグラが触っていた岩は何の抵抗も無くなり、グラは吸い込まれるように半身を吸い込まれた。ドレイクが慌ててグラの手を掴む。

「扉が開いたわ。行きましょう。」

 グラの言葉にドレイクは肯くと、二人はそのまま岩の中へと吸い込まれていった。


 岩の中は真闇だった。

燭台が足元を照らしてくれるが、足元しか見えない。緩やかな階段のようになっているものの、周りは漆黒の闇だった。猫が踵を返してその階段をゆっくりと降り始める。そして振り向く。

「ついて来いという事か。」

二人は手をつないだまま猫に誘われて階段を降り始めた。1本足の燭台も二人の前を照らしながらピョンピョンと猫の後ろを行く。

「・・・あの。。ドレイク?」

グラは降り始めてからしばらくして、自分がドレイクに手を握られていることに気づいた。

「このままだ。俺たちが見えるのは足元しかない。気を緩めると落ちるぞ。」

 ドレイクは真顔で答えた。

確かに燭台の光で足元は見えるが、周りは相変わらずの暗闇である。つまりは近くには何もないという事だ。真の暗闇の中では平衡感覚が狂ってしまう。階段を踏み外せばどうなるか分かったものではない。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 どれくらいの階段を下りたのだろうか?


 燭台と猫は平地に辿り着いた。

 すると突然、強烈な眩しい光が辺りを包んだ。目を開けていられず、二人は目を瞑った。

 次第に光が和らぎ、二人が目を開けた時、そこに見えたのは平凡な畑だった。

空には沈んだはずの太陽が輝き、いくつかの雲がゆっくりと流れ、収穫間近の作物の周りを蜂や蝶が飛んでいた。小鳥のさえずりが遠くから聞こえ、春のような陽気の中をそよとした風が二人の頬を撫でた。

 気づくと燭台はもういなくなっていたが、猫は同じ場所にちょこんと座って二人を見上げていた。二人がそれに気付くと、猫はプイと顔をそらして歩き始めた。二人があっけに取られて猫を見ていると、猫は立ち止まって振り返る。「どうした? ついてこないのか?」そう言っているように思えた。

 前を歩く猫は、白地に赤トラ模様の猫だった。右の肩にトランプのダイヤのような形の模様があって、それが歩くたびに揺れる。小柄な短毛種の猫だが、しなやかな筋肉質の体躯をしていた。

 畑の中には時折動物がいた。ヤギや牛、仔馬がのんびりと草を食んでいる。畑と言ったが、それは畑のようではあるものの、トウモロコシとかイチゴとかナスや白菜が無造作に生えている野原のような場所だった。

 やがて行く手に少し大きな家が見えた。

それはエウロパでもミナイでも見た事の無いような様式の家だ。赤っぽい屋根瓦、石の壁、ドーム型の窓。そして扉の前には一人の人物(?)が立っていた。猫はその人物を見つけると勢いよく駆け寄り、彼の脛のあたりに体を擦り付けた。

「ご苦労でした、シロ。本当にいい子だね。」

 グラとドレイクはその人物を見てあっけにとられた。

その人物は緩やかな着物を着て薄手の帯を腰に巻いている。袖は地に着くほど長く、裾は地面にゆったりと流れていた。それよりも二人を驚かせたのは、彼の頭が兎だった事だ。羽毛のような白い顔に二つの目が赤く光って長い耳がピンと上を向いている。どう見ても白兎の頭だ。しかし、体形は人間のようで、きちんと靴まで履いている。コボルトみたいな獣人のようでもあるが、どこか神々しい。彼がきっとポッターの話していた神魔72柱の一人なのであろう。

「珍しいお客様ですね。暫くはどなたもお見えにならなかったのに、一度に二人とは。それにこんなに美しいお嬢さんがここに来られるとは。」

「あの、私、グラ・ネイズと言います。先生からのご紹介でこちらにやってきました。」

「それはそれは。で、ご用件は? ひょっとして僕のお嫁さんになりに来たのですか?」

「ち、違います!」

 グラは慌てて否定した。

「それは残念ですね。どうです、ここはいい所でしょう。平穏で憎しみも争いも無い。実に穏やかです。あなたもきっと気に入ると思いますよ。」

「確かに素晴らしい所ですね。でも、私はあなたの妻になどになりに来たのではありません。貴方との魔法契約を結ぶためです。」

 それを聞くと兎人間は本当に残念そうな顔をした。

「残念だなあ。本当に残念だ。僕はきっとあなたを幸せに出来ると思うのですよ。これでも僕は神の端くれですからね。」

「貴方はH=クタークですね。」

 ドレイクが兎人間に向かってそう言った。

「ええ。でも僕は男には興味がありませんよ。」

 H=クタークはそっけなく答える。

「僕と魔法契約を結ぶ。ほうほう。なるほど、あなたは既にΨ=コーパスさんとの契約を済ませておいでのようですね。残念ながら僕の魔法はそんなに数がありませんよ。それも回復や補助が主です。大して種類は増えないでしょう。」

「いいえ。それと、先生が使う<クロッサスの鈎爪>と<アドリアネの糸>を伝授していただきたいのです。」

 クタークは顎に手を当て、グラをしげしげと見た。

「つまらないですね。それよりも僕のお嫁さんになって、ここで一緒に暮らしませんか?」

「お断りします。」

 グラがきっぱりと断ると、H=クタークはがっくりと肩を落としてしゃがみこむ。

 シロがニャーオと鳴いて腰のあたりに体を擦り付けた。

「よしよし、シロ。大丈夫ですよ。こういうのは慣れてますからね。」

 H=クタークは立ち上がるとシロを抱き上げる。シロはクタークの顔を舐めまわした。きっと慰めているのだろう。

「ご案内しましょう。こちらにどうぞ。」

 クタークはシロを抱いたまま門を潜る。二人もそれに続いた。

紙の貼った格子窓が開いていて、そこで首の長い白い鳥が織機を前に機織りをしている。

「ツウ。ツウさん。お客様ですよ。」

 鳥は驚いて機織りを止め、部屋の奥へと姿を消した。

「彼女が身の回りを世話していただいているツウです。なーに、彼女はいい子ですから、ご安心くださいね。」

「動物と話せるんですか?」

「いいえ。ツウは特別ですから。そうですね。魔物とか妖精に近いのですよ。こちらです。どうぞ。」

 扉の中は土間であった。木製の大きなテーブルがデンとしつらえてあって、そこにいくつもの食器やら鉢植えがあり、訳の分からない道具がいくつも乱雑に置かれている。椅子は木製のが一つあるだけだった。そして石壁の棚にはいくつものガラスの瓶が並んでいて、液体の入った瓶の中には見た事の無い植物が入っている。

 シロは腕から逃れて、床にトンと降りた。

すると、奥から長い髪の女性が現れて、二人の為に新しい椅子を用意してくれた。

「ありがとう。」

グラとドレイクはその椅子に座るとクタークも木製の椅子に座った。

「ケルベロスの腰ぎんちゃくでしたかね。」

「違います。クロッサスの鈎爪と、アリアドネの糸です。」

 真顔で聞くクタークは冗談で言った訳ではなさそうだった。

「ああ、そうでしたね。・・・・その話をする前に、貴方には僕の魔法印を授けておきましょうか。」

 座ったばかりなのに、クタークは立ち上がるとグラの後ろに回った。ドレイクはそれを注意深く見つめている。

「ご心配には及びませんよ。痛くも痒くもありませんから。」

 クタークの右手の指先に青白い光が灯った。

「Ψさんはスケベエですね。僕はこの辺にしましょうか。」

 クタークはその指先をグラの左肩にのせた。光は瞬くと、すう~っとグラの体に吸い込まれていく。クタークはそれを確認すると、再び椅子に腰かけた。

「すぐに貴方の記憶に呪文が刻まれるでしょう。ところで・・」

 ツウがお盆に茶碗を載せて入って来た。

「薬湯です。お口に合わないかもしれませんが・・。」

 グラとドレイクは茶碗を近づけて臭いを嗅ぐとスッキリとしたほのかな香りが鼻腔をくすぐった。恐る恐る口にすると仄かな甘みと強い苦みが一体となって口腔に広がっていく。

「ところで・・<クロッサスの鈎爪>と<アドリアネの糸>でしたね。」

「ええ、そうです。」

「なぜあんな物が必要なんです?」

 クタークは不思議そうに聞く。あれが戦闘にも治療にもどれだけ役に立つのか彼は知らないのだろうか?

「私の先生はその二つを駆使して、いろんな患者さんを助けて来たのを間の当たりにしてきました。私の力が先生に及ばないのは十分承知していますが、それでも先生のようになりたいんです。」

「ふむう・・。」

 クタークは顎に手を当てる。左の耳が半分しなだれた。

「僕がこれを与えた者はほとんどいません。それもずっと昔の事です。魔法と違ってこれは一代限りですから、もう使える者は残っていない筈です。因みに、その先生はこれの危険性についても教えてくれましたか?」

「危険?・・いいえ。それは何も。」

 クタークは立ち上がると、瓶と一緒に並べてある古い壺を持ってきた。

「まずこれがアドリアネの糸です。今はこれしか残っていませんが、アドリアネの糸を使うにはこの中の薬を飲む必要があります。」

「たった、それだけですか?」

「ええ。」

 クタークは壺の封印を解き、柄杓で中の液体を組み上げるとガラスのコップに注いだ。

 グラは拍子抜けしたようにそのグラスを見つめる。中の液体は乳白色で臭いは無かった。

「ただし、それをそのまま飲めば死にますよ。」

「どういう意味ですか?」

「クロッサスの鈎爪もそうですが、これは猛毒です。それにとても不味い。」

 彼にとっては毒であるという事よりも、不味いという事の方が重要な問題であるかのような言い回しであった。

「そんな。ではどうしたら使えるようになるんですか!」

「慌ててはいけません。人間と言うのは不思議な生物でしてね。感染症には非常に弱いくせに毒には強い。他の動物が死んでしまうような毒もおいしいと言って食べてしまう。」


 動物を飼っている人なら分かるが、動物たちは禁忌の食べ物が結構ある。例えば犬に玉ねぎを食べさせてはいけないとか聞いたことがあるでしょう。ところが、人間はいろんな物を平気で食べる。人間にとっても死んでしまう毒はあるけれど、もしかしたらそれはある意味少数派なのかもしれない。

   ※あくまで個人の感想です。


「つまり、致死量未満に希釈して時間をかけて体に馴染ませねばなりません。時間がかかりますよ。それよりも僕と・・」

「しません。その力を得るのに毒を飲まなければならないのであれば、私は毒を飲む方を選びます。」

「・・・後悔しますよ。それも二つだ。地獄のような苦しみに毎日苛まれるのに、またそれを飲む。それでも得る物は僅かな力です。それでもやりますか?」

「ええ。貴方にとっては僅かな力かもしれませんが、今の私にはそれが必要なのです。」

 グラの目には迷いがなかった。

 真摯な瞳をH=クタークに向けていた。

「・・・・分かりました。」

 H=クタークの口元が微笑んでいた。

「ですが・・・」

クタークは首を傾げてグラを見た。

「あなた。見たところ神官のようですが、どれほどの力があるのか? 過ぎた力は身を亡ぼすともいいますから・・。」

「どういう意味ですか?」

「シロ。シロ。」

クタークは猫を呼ぶとゆっくりと抱き上げた。

光覇壁呪文(ミュランベル)。」

 クタークの胸のあたりにお盆ほどの大きさの光の円盤が浮かび上がった。

クタークはシロをその上に乗せるとこう言った。

「せめて、これぐらいの魔素魔力操作(コントロール)が出来る実力が無いと、どちらも思い通りになんて使えませんよ。ただ毒で苦しんで終わりです。それでも飲みますか?」

光覇壁呪文(ミュランベル)。」

 グラの唱えた呪文はシロの隣に同じような大きさの光の円盤を作り出した。

シロは慣れているのか、それともグラが好きなのか、グラの作った円盤の上に移動した。

「おやおや。貴方の円盤の上に行きましたか? ちょっとジェラシーですね。」

「・・・どう・・ですか?」

 グラは薄く汗を掻いている。

これが出来るようになったのはほんの2日前の事だ。今も気を抜くとすぐに形を保てなくなる。

「・・・そうですねえ。ギリギリ合格にしましょうか。」

「ホントですか!」

光覇壁呪文(ミュランベル)が解けて、落ちそうになったシロをクタークが慌てて抱きかかえる。腕がシロの爪で傷つき、袖に血が付いた。

「あ、ごめんなさい!!」

「なーに、大したことはありませんよ。」

 クタークの腕の傷は見る間に消え、あろうことか服の破れまで治ってしまった。

 クタークはシロを床にそっと降ろすと、唖然としているグラに向き直った。

「死ぬ思いをして苦しみ、そしてまた毒を飲むと言うのは、思い付きでやるものではありませんよ。苦しみの中で更なる苦しみを求めると言うのは強い意志が無ければ決して成就する事は出来ないでしょう。毒で死ななくとも、体力の消耗で命を落とす危険さえあります。・・・もう一度聞きますが、それでも貴方はやりますか?」

 グラはまっすぐにクタークを見ている。

「正直に言うと、怖いです。怖くて怖くて体も震えています。でも・・・私にはその力が必要なのです。」

 両耳がしなだれ、それがピンと起きた。

「・・・分かりました。揺るがないようですね。」

 クタークが2度手を打つと、ツウが現れた。

「ツウ。この方たちを案内して差し上げなさい。」

「かしこまりました。」

 ツウと呼ばれた女性は、「こちらにどうぞ。」と後ろ向きのまま先に立って歩き出した。


「残念ですねえ。実に素敵な女性です。ねえ、シロ。」

 シロは相づちを打つようにニャーンと小さく鳴いた。

 今回はレクイエム。

 千と千尋の神隠しの中で、千尋が銭婆の所へ行く訳ですが、電車に乗っていきます。半透明な乗客たちが駅に着くたびに降りて行く。これってゲゲゲの鬼太郎の話の中にある電車と同じ意味合いを持っているんだなという事はその時思ったのです。となれば、銭婆のいる所はたぶん常世なのでしょう。

 その中で終点の駅を降りた千尋を迎えに来たのが、ピョンピョンと飛び跳ねて来る燭台だったように記憶しています、(間違っていたらごめんなさい)それは日本書紀の中でイザナギがイザナミを迎えに黄泉の国に降り立った時の記述に一つの灯りを灯した。というような記述があるらしい。

 シロは死んでしまったのだけれど、大好きだった自然の中でゆっくりと過ごしてくれていたらなあ。と願う。 自分もいつかは黄泉に旅立つ日が来るのだろうけれど、それまでは現世でやれることをやれるだけやれたらなあと思います。

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