第1話 ジモン島奇譚 4
ジモン島は小さな島である。比較的平坦な島ではあるが、切り立った岸壁が多く、港に適した場所は少ない。多くの住民は漁師であるが、農業や牧畜をやる者もいた。また、交易船が時々やってくるので、それなりの町がある。エグランからの移住者が多く、フリーシア領でありながら通用語はエグラン語である。
フリーシアとエグランの間の海峡に位置するため、かつてはフリーシアの軍事拠点があり、駐屯する兵もいたという。2国間の軍事協定が結ばれた後は、軍事拠点としての役割は薄れ、今はわずかに数名の兵士がいるのみである。ただ、彼らも兵士というよりは警官のような役割をになっている。
しかし、彼らも剣の城に手を出すことはなかった。
剣の城は島の北西にある小高い山なのだが、その恐ろしさは誰の目にも明らかである。山全体は尖った円錐状の形状をしていて、岩は黒曜石で出来ており、鋭い先端が天上に向かって伸びている。おそらく中にはくりぬかれた居住空間があるだろうと言われているが、それを見て生還したものはいない。山頂付近にある洞穴に灯りがともるのが見えるだけである。
カイドーのパーティーとホーク一行は、ほぼ同時にここについた。
「やあ、あんたらも来たのか?」
シュセはにこやかに手を振った。
剣の城の正面は、小高い丘になっていた。そこにグラを囲んで、カイドーたち3人が立っていた。
グラは白樺で作られた杖を地面に刺し、その前でかがんでいた。両手で印を組み、首をたれて目を閉じている。剣の城に祈りをささげているようにも見えた。
「何をしているの?」
初めて見る光景に、サラがドレイクに訊ねた。
「索敵さ。魔物の巣に行くんだ。あらかじめ分かる情報なら、手に入れておきたい。戦いの常識だ。みんな行き当たりばったりで戦ってるわけじゃない。サラ、悪いが手伝ってくれないか。」
ドレイクは荷物を降ろすと、服を脱ぎ始めた。
「荷物の中にある鎧を出してくれ。」
「おいおい、今から着替えるかよ?」マッシの一瞥は、軽蔑が籠っている。
カイドーたちはすでに戦闘準備は整っていた。敵の根城の前で戦闘準備をするほど間抜けはではない。
「サラの話じゃ、やつらは外へ出ない。心配は無用さ。」
ドレイクは薄手のチェーンメイルを着込んだ。それを見ていたカイドーの目がいぶかしんでいた。
「悪いが背中のひもを締めてくれ。」
「ぎゅっと?」
「いや軽くでいい。あとは鎧が勝手にやる。」
サラが編み込まれた背中の紐を軽く締めると、チェーンメイルはドレイクの体躯に合わせて縮んでいった。
「なんかすげぇの持ってるな。」シュセが物珍しそうにしていた。マッシは腕組みして剣の城の方を向いているが、眼だけはドレイクに向けられている。
「サラ、そのプレートを出してくれ。」
「これぇ~?」
サラがとりだしたのは銀の丸い食器皿である。皿は全てに閉じた瞼の紋様がレリーフされていていた。
「食事の時にも使えて便利だろ。」
ドレイクは面白そうに笑い、その皿を受け取ると体に当てた。
すると、皿は体にくっつき、滑るように体のあちこちに移動していった。おのおのがそれぞれの持ち場につくと皿は形や大きさを変えた。ドレイクがドラゴンの首を模した兜を着けると、皿はペコンと音をたててそっくり返り、閉じた瞼のレリーフすべてが開いた。目には様々な宝石の象嵌がはめ込んであり、しかもキョロキョロと動くのである。背中から薄手のマントが出現すると、ドレイクの鎧は完全に形を成した。
「ブラボー!!」シュセが叫んで拍手した。マッシは口をあんぐりと開けている。
「なんなのそれ?」
「面白いだろ。」
「でも、その音がなんか安っぽい。」
「そうなんだよなあ。それ以外は完璧なんだけど。」
カイドーが足早に近づいてきた。
「すまんが、その鎧をよく見せてはくれんか?」
「私にも見せてくれない?」
眼を閉じていたグラも立ち上がると、ドレイクのそばに寄って来た。
「あんたの鎧、最高だな!」
シュセは楽しそうである。
カイドーはグラと目を合わせた。彼女は軽く肯く。
「そなたの鎧、もしや”48の瞳” (フォーティエイトアイズ)か?」
「なんだよ、その48の瞳って?」
「失われたと言われる10秘宝のひとつよ。噂ではエグラン王室の宝物庫に眠ってると言われてるわ。」
「まあ借り物なんだけどな。」
ドレイクがはにかむように笑った。
そしてカイドーが初めて笑った。
「なるほど・・・。ではあんたがあのドレイク・ハッシーか?」
「ドレイクだと!」
マッセが駆け寄ってきた。
カオスの師団長を倒したドレイクの名声はエグラン国内に瞬く間に広まっていた。つい最近までエグランにいたカイドーたちがその噂を耳にしていないハズはなかった。
「するとその小僧がホーク・ガイバード。」
「いやあ、照れるなあ。オイラたち、そんなに有名?」
カイドーはサラの方を向いた。
「お嬢さん、あんたは強運の持ち主かもしれんな。」
「・・・・い、いったい何なんですか。こいつら。」
状況が呑み込めていないのはサラ一人のようであった。ユンは相変わらず無言である。
「ふふ。面白れぇ。あんたとは一度遣りあってみたかったのよ。どっちがあの魔物を倒すか競争しようぜ!」
マッシが震えていた。
「こいつ病気でね。」
「うるさい! ただの武者震いだ! ようし、そうと決まれば、お互い正々堂々とやろうじゃねえか。」
マッシは一人で興奮している。こうなると誰も止められないと、カイドーたちは知っていた。
「グラ、索敵情報をこいつらに教えてやってくれ。」
グラは苦笑していた。
「残念だけど、大した情報はないわ。思った通りステルス性の防御結界が敷かれていて、中の様子はあまり分からなかったの。それでも分かった事だけは話すわね。大物の魔物があの灯りの部屋あたりにいる。あとはザコだけど、正面にかなり大きな魔物の反応があったわ。」
「ホーク、空からまっすぐあの灯りのところに突入できないか?」
ドレイクは飛翔呪文にこだわっているようだ。
「無理じゃな。」
カイドーは山の中腹付近を指さす。黒い黒曜石の剣の合間に、白っぽい物体がいくつか転がっている。
「この山を徒歩で登れるものはいまい。空から突入しようとした者は、何らかの攻撃を受けて墜落したのじゃ。あの骨は魔法使いの骸じゃろう。」
「だめか・・・・。するとやっぱり・・・。」
一同の視線が、剣の城のある一点に集中した。
「ふざけてるヨな。」
「まったくだ。」
「やつらには、俺たち人間を食いモンってしか見てねえんだろ。」
彼らの視線の先には、大きな門があり、ご丁寧にフリーシア語でWEICOMEと大きくレリーフされていた。
「樹魔だと思うよ。」
ホークがぽつんと口にした。
「樹魔って、なに?」サラが訊ねた。
「わしはリリスと踏んでいたが・・・。」
「リリスって?」またサラが訊ねる。
「おそらく、樹精が魔物化してリリスのようなものになったんだと思う。呪いに利用された木は時々そうなるんだ。」
「なるほど、樹魔か。あり得る話じゃな・・・。」
カイドーには何か思うところがあるらしい。
「だから、リリスって何? 樹魔って何の事?」
ドレイクが2丁の剣を腰ベルトに吊るした。1本は両手持ちの大剣、もう1本は古びた銅剣だった。
「いつまでもここにいてもしょうがないや。ともかく行ってみるとしようぜ。」
「へえ、二刀流か。面白そうだな。」マッシが震えた。
「まったく、バトルマニアってのは業が深いねえ~。」
「行きましょう。日が暮れるわ。」
「・・・・・・・・。」(ユン)
「さて。何が居るのか。楽しみじゃて。」
「どうでもいいけど、なんかお腹すかない?」
7人は扉に向かって歩き出した。
一人・・・・ポツン・・・・・。
「ちょっとぉ! なんであたしを無視するわけ!!」
遅れてサラがみんなの後を追った。