ホーリーの災難 2
ホーク様御一行の話はさておき、カオス様のお話でございます。カオス様はホーク様御一行が探している十秘宝の一つ魔槍バベルのありかを掴んでおられるようでありまして、それをゲキド将軍に盗りに行くように「御明示成されたようでございます。ゲキド将軍はそれこそ外道の中の外道でございます。エグランでの有様はそれはもう酷い有様でございました。今回も外道たるゲキド将軍様の悪辣非道ぶりをご覧くださいませ。
「フェリックス様。お休みの所を失礼いたします。」
寝室の扉を開け、そっと入ってきたのは執事のジョドーである。
「どうした、ジョドー。」
フェリックスは半身を起こしてジョドーに訊ねた。彼もまだ眠ってはいなかったのだ。青く白い月の光が窓から差し込んでいて暗くはなかったが、ジョドーは手持ちのランプの灯を燭台に移した。
「異変でございます。」
「で?」
「数はまだわかりませんが、相当な数の魔物が城に押し寄せてまいりました。エミールを呼び、警護に当たらせておりますが、フェリックス様もご用意を。」
「ふん。分かった。下がってよい。」
フェリックスはさほど動じる様子もなくベッドから起き上がった。2m近い巨躯だが均整の取れた筋肉質のボディは赤金のように光り輝いている。そして彼は起き上がると同時に金髪の長い髪の間から覗く左の耳のピアスを指ではじいた。戦いに赴くときの彼のルーティーンである。
ジョドーは深くお辞儀をすると、扉を閉めて出て行った。
フェリックスは寝間着を脱ぎ捨てると、テーブルに脱ぎ捨ててあったズボンを履く。素足のまま壁に飾ってある槍を掴むと、大きく一振り。そして構えてみる。槍の穂先の先には、槍を構えた先祖の肖像画があった。
「久しぶりに戦場か。」
フェリックスの口元が緩んでいた。
フェリックス=ランスロット。フリーシア北西部に領地を持つ貴族である。
250年前の十賢者の一人”神槍のランスロット”と言われたレイザー=ランスロットの末裔である。
250年前はフリーシアと言う国が出来上がっている時代ではない。いくつかの豪族がそれぞれの私有地を持ち、それぞれが自由に治めていた。その後カオスとの戦いを経て、いくつかの離合集散を繰り返したのちに今のフリーシアと言う国になったのである。レイザー=ランスロットもその豪族の一人であった。
ランスロット家が治めるこの地は取り立てて裕福と言う訳でもないが、ランスロット家の自治は名君との誉れも高く、反乱のような物は一度も起こったことが無い。現代のフェリックスも先祖の例にもれず、領民からは慕われる存在であった。
フェリックスは今年で41歳。端正な顔立ちで長身。鍛え上げられた筋肉は若い兵士のあこがれの的でもあった。また、ランスロット家のお家芸ともいえる槍術もレイザーの再来とまで呼ばれ、フリーシアでも槍にかけては比類する者はいないとさえ言われている。
そして今、彼が手に持っている槍が≪魔槍≫と呼ばれる十秘宝の一つである。
扉の外で何か重いものがどさりと落ちる音がした。争いごとがあったような気配は全くない。
「ジャン!」
フェリックスは入り口の警護をしているジャンの名を呼んだ。しかし返事はない。
「マシュー! 何かあったのか?」
今度はジャンと一緒にいるはずのマシューの名を呼んでみる。
しかし、扉の外は静寂があるだけだった。
フェリックスの額にうっすらと汗がにじむ。
外から、部下たちの怒号が聞こえ始めた。魔物との戦いが始まっているのだろう。
キイィィーーー。
軋む扉の音とともに、扉が細く開く。床に一筋の光が流れ、外の蝋燭の灯りがゆらゆらとゆらめく。揺らめく光にゆっくりと黒い影が覆いかぶさり・・そして・・・青白く尖った指が扉の端を掴んだ。
さらに扉が押され、外からの灯りの筋が広くなると、扉の影から青白い顔の怪物がぬらりと室内を覗く。濡れたような縮れた長い髪の隙間からは血に飢えたギョロリとした眼が室内を見回している。暗殺食人鬼だ。口に呪を刻まれた人間の大腿骨の猿轡をしていて、口から流れ出る涎がポタリポタリと床にシミを作ってゆく。
「グロウ。」
フェリックスが槍の穂先を暗殺食人鬼に向けてグロウと呟いた瞬間、高速で槍が伸び、暗殺食人鬼の喉笛を貫いた。
「クリンパ。」
フェリックスの呟きで、槍は再び元の長さへと戻った。暗殺食人鬼は喉から大量の血を流して絶命した。
「床掃除が大変だな。」
フェリックスは不敵に笑うが、油断はしていない。どうやら甲冑を付けている暇はなさそうである。裸足のまま、そろりそろりと扉に近づく。他の暗殺食人鬼が近くにいないことを確かめると、フェリックスはそのまま廊下へと出た。ジャンとマシューがやはり首を切られて死んでいた。フェリックスは槍をついて立ったまま「グロウ。」と呟く。槍は又も高速で伸び、天井に張り付いて機をうかがっていた暗殺食人鬼の胸板を貫いた。
上から落ちて来る血の雨を回避するように、フェリックスは槍を振って死骸を放り投げる。
「涎を拭いておかないから、位置がバレるんだ。」
フェリックスは何事もなかったように歩き出した。
≪魔槍バベル≫ またの名を≪如意槍バベル≫。
この槍は、使い手の意思によってその長さを変える。槍は歩兵や騎兵でよく使われる。遠くから敵を倒すには最も身近で手軽な武器と言えよう。普通は2m前後の長さに手足の長さを含めた範囲が槍の有効射程と言ってだろう。しかし、この槍はその有効射程を格段に伸ばした上に、自在に短くもなるのだ。例えば1対1の場合、相手の間合いに入らなければ、相手の攻撃が自分に当たることはない。達人同士の戦いならば、それがどれだけ有利か自明の理であろう。伝説によれば、この槍で数千の魔物を一度に串刺しにして斃したとも言われているが、明らかにこれは伝説であろう。
ちなみに刃を柄に付けたものを”槍”と呼び、刃に柄を付けたものを”矛”と呼ぶ。言葉では意味不明だが、総じて矛の方が刃が大きいと言うのが特徴である。
階段から中央のエントランスが見える。左右からの階段が踊り場で合流して正面の入り口に向かう作りになっているその先に、一人の大男が立ち、血まみれのジョドーが倒れているのが見えた。エントランスの真ん中にゲートの魔法陣が描かれ、そこからこの男がやってきたのだろう。さっきの暗殺食人鬼たちもここから侵入したものと思われた。
エントランスに立つ大男がフェリックスに気づき、「やあ。」と屈託のない笑顔でフェリックスに挨拶した。
「何者だ?」
フェリックスの表情は硬い。ジョドーは執事ではあるが、元は魔法使いで戦闘の経験もある強者なのだ。それを音も出さずに仕留めている。フェリックスは慎重に階段を降り始めた。
「わしの名はゲキド。ロアの中ではゲキド将軍などと呼ばれておるがな。」
男はニヤニヤと笑っていた。
ゲキド将軍と名乗った男は酒でも飲んでいるかのような赤ら顔で団子鼻。無造作に伸びた髭は顔じゅうを荒野のように覆っていた。大柄で腹もだいぶ出ているようだが、その雰囲気からして相当な腕の持ち主だろうとフェリックスは感じていた。ドラゴンの皮で作られた紅く鈍く輝く銀色の鎧を身に纏っている。その兜は少し変わっていて、ドラゴンの頭を模して造られているが、その顔は背後に向かっている。右手には血まみれのダガーが握られていた。
「この老人には悪いことしたよ。本当にすまんと謝ったんだ。」
「ジョドーが俺を裏切ったのか?」
「ああ、こいつの孫をかっさらって閉じ込めておいたんだよ。けど、見張りのオークのヤツが喰っちまってなあ。これしか残ってないって言ったら、こいつ逆上しやがってよぅ。」
ゲキドは左手に持ったモミジのような白い手首をフェリックスに掲げて見せた。
「・・・フェリック・・ス様。。」
倒れていたジョドーは、まだ死んではいなかった。
「も・・申し訳も!」
グシャ・・とゲキドの靴の下で嫌な音がした。
湧き出るように彼の靴底から血が川のように流れだしている。
「わしが話してる途中だろうが。まいったなあ、このオヤジには。」
ゲキドはハハハと屈託なく笑った。
「外道が。」
フェリックスの瞳に炎のような揺らぎが見て取れた。
「まあ、気にせんでくれ。外もけっこう派手にやってるようだし、わしらもそろそろ、始めようか。」
ゲキドは左手の手首をゴミのように投げ捨てた。
それが合図だったのか、階段の踊り場にいたフェリックスに暗殺食人鬼が潜んでいた物陰から一斉に飛びかかった。
しかし、フェリックは驚く様子もなく、2匹の暗殺食人鬼を突き倒すと、一気に踊り場から飛び降り、追ってくる暗殺食人鬼を連続で突き刺した。
暗殺食人鬼の血が吹き飛び、その屍を乗り越えてやってくる暗殺食人鬼を次々と突き殺して行く。すべての暗殺食人鬼を突き殺してゲキドの前に立ったフェリックスの姿は鬼神のような有様であった。
「流石にフリーシア最高の槍使いだ。褒めてやるわ。」
12匹の暗殺食人鬼を倒されても、ゲキドは嬉しそうにしていた。
「その減らず口を聞けんようにしてやる。」
「面白いな。わしも一応は武人でな。1対1で殺りあうのは好きな方なんだ。」
ゲキドはダガーを構えた。
槍に対しての短剣では相当に分が悪いが、ゲキドは苦にする様子もない。腰にはファルシオンと思しき剣もあるのにだ。外では兵士の怒号が一層激しくなってきていた。
「陽動作戦とは陳腐な。」
「陳腐? それはどういう意味だ?」
「古臭いと言う意味だ。ありていに言えばバカの一つ覚えだ。」
「そうかな? 古臭いという事は、昔からよく使われるという事だろう。効果があるからよく使われ、皆が使うから陳腐になる。それだけの事だ。それだけ陽動に引っ掛かる馬鹿が多いと言う事だろ。」
フェリックスはゆっくりと大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。呼気が細く笛のようになって喉を鳴らした。
「グロウ!」
魔槍の穂先が間合いの外から一直線にゲキドの顔をめがけて伸びた。
ゲキドがひょいとそれを躱す。
「クリンパ!」
槍が縮むのに合わせて、フェリックスが一気に間合いを詰めると、今度は物凄い速さの突きを連続で繰り出した。その突きをゲキドは軽やかに躱す。巨躯の持ち主でありながら、その様は蝶が舞うように不規則でとらえどころがない。
フェリックスの突きは人間業とは思えぬ素早さだ。ゲキドもすべては躱しきれずに時々は鎧を突かれる。しかし、この鎧の防御力は並外れているのか、まともには貫かせてくれそうもなかった。
(槍の伸縮は持ち主の呪文に呼応するのか。伸びると柄がやや細くなるところを見ると槍として使い物になる最大射程はおよそ10mという所か・・・)
ゲキドは外見に似合わず、状況を冷静に分析する。
彼は強くもあるが、本来は戦略戦が得意な頭脳派の武人なのである。
(よくできてるが・・・まるでオモチャだな。なんで、こんなものをヤツは欲しがるんだ?)
――― 2週間前 ―――
「ゲキド将軍、ヒマ~?」と顔を出す。ゲキドはザンキとチェスをしていた。ザンキには部下の一人ショーン=ベンが付き添っている。ショーンは軽くカオスに会釈をかわした。一方、ゲキドの周りで甲斐甲斐しく身の回りの世話をしている小男は慌てて跪いた。
「見ればわかるだろう。今はとても忙しい。」
「ゲキド将軍にお願いがあるんだけどなあ。」
「命令なら聞かんよ。ウォルフ! ワインだ。カオス様にもお持ちしろ。」
「は、はい。」
ウォルフと呼ばれた小男は急いで部屋を出ると、新しいワインとグラスをお盆に乗せて戻ってきた。小男はワインをグラスに注ぐと恭しくカオスへと差し出した。
「カ・・カオス様。どどど、どうぞ。」
お盆を持つ手が震えていた。
「これはこれは。旨そうだね。ありがとう。」
カオスがひょいとグラスに手を伸ばすと、小男の震えは絶頂に達したのか、ワイン入りのグラスをお盆から転げ落としてしまった。
「もも申し訳、ワケワケ! ずずずずず・・・」
小男は吃音症なのか、あまりの緊張で言葉にならずに、うめき声のようになっていた。
「いいよいいよ。緊張することは誰にでもあるんだから。」
ニコニコと笑って慰めるカオスは、悪の総帥らしからぬ人の好さであった。
「それにゲキド将軍に命令だなんて。お願いって言ってるでしょ。」
顔は笑っているが、眼はあくまで冷ややかである。
「面白そうなら引き受けてもいいがね。」
「面白いとも。」
ゲキド将軍がカオスの話に注意が向いた瞬間、ザンキが部下のショーンにさりげなく目配せすると、盤上のゲキドの城の駒がスッと隣の枠に移動した。誰が触れた訳でもないのに、音もなく移動したのだ。ただ、盤上の駒の所が少し濡れているだけ・・それもすぐに乾いて消え失せてしまった。
「将軍にはさあ、十秘宝の一つの≪魔槍≫を取ってきてもらいたいんだよね。」
「ああ、あの有名なランスロットの城か。」
ザンキは顎髭を指で摘まむ。沈思する時の彼のクセである。
「今日の月齢は何だったかな、ザンキ。」
「雲一つない真っ暗な星空。新月だよ。」
「なら2週間後だ。それでいいかなカオス殿。」
「いいとも。引き受けてくれるんだー、良かったー。」
「ウォルフ。お前が行け。」
「そ、そんな。ボ・・ボクは殺し合いなんかできません。知ってるじゃないですか、将軍。」
消え入りそうな声でウォルフは答えた。膝がガクガクと震えているのが、はた目にも明らかだった。
「じゃあねぇ、期待してるよぉ。そうそう、ゲートは僕が開けておくから、安心してねえー。」
そう言うと、まるで雑用係のような悪の帝王はゲキドの部屋を後にしたのである。
「ホントに僕が行くんですか、しょうぐん-ーん。」
ウォルフは涙を流して震えていた。
「当たり前だ。お前が指揮するんだ。オークとゴブリンが100もいれば十分だろ。」
「そ。・・そんなあ・・・・・。」
ウォルフは気を失った。
「さて、こっちの勝負もケリを付けようか。どっちの番だったかな?」
「将軍の番でございます。」
ショーンが涼しい顔でザンキに促した。
「なあ、ザンキ。」
「なんですか?」
「今の話だが、ガスを貸してくれないか?」
「お断りだね。僕がMJ12を貸し出さないのは知っているでしょ。」
「ならこうしよう。わしがこの勝負に勝ったら、ガスを貸す。」
盤面は膠着状態で勝敗の行方は分からなかった。
「負けたら?」
「負けないがね。負けたらお前の望みをかなえてやるよ。」
「ハハ。いいよ、乗った。」
「ならば、商談成立だな。」
「ささ、将軍の番ですよ。」
ザンキはこみあげてくる笑いを押さえられそうにない。次の一手でゲキドのキングは詰む。ゲキドはほんの少し首を傾げたように見えたが、おもむろに自分の騎士に手を伸ばした。
そして・・。
「チェックメイト。」
ゲキドのナイトがザンキのビショップを退けると、ザンキのキングは行き場を失った。
唖然とするザンキを前に、「さっきからわしのルークが邪魔だ邪魔だと思っておったんだよ。おや、気のせいだったかな。」と、事も無げに言い放った。
<ランスロット城 城門前 >
「痛いよ痛いよ痛いよ痛いよ痛いよ。ウォオオオーーーーン!! 痛てえええ!! 光が光が突き刺さるウうぅぅうう!! 痛ええええええええ!!!! 光が・・・光が痛えーーんだよぅぉぉ!!! ウリィィイイィィィーーー!!!」
「ウォルフ様、逃げやしょう! 門が硬くて破れねえでしゅ!!」
身の丈3mはあろうかという獣人の隣で、城攻めを行っていた巨漢のオークが血だらけでウォルフに訴えた。
この獣人、獣人の中でもとりわけ有名な人狼である。そしてこの人狼は・・・あの気の弱い小男のウォルフが変身した姿である。しかも今の姿は人間の姿の時とは比べ物にならない。狼男ウォルフの身長は3m近い巨体になり、ひ弱で痩せぎすのあの体は、今や筋肉の塊と鋼のような剛毛に包まれていた。
「何だと、テメエ! 俺は体が痛てええんダヨ! 死ぬ気でブチ破りやがれぇぇえ!」
その獣人は、言い終える前に巨漢のオークの顔を鷲掴みにした。
「ぶるぅきゅるうう!!!(放してください!!!!)」
「いいから、とっとと行きやがれええ!!」
おそらく300kgはあるであろう巨漢のオークをウォルフはバスケットボールでも投げるように、門に向かって投げつけた。
「ぶきゅうるるるぅうぃ!!」
ぐしゃ! と音がして、城の門に打ち付けられたオークは全身の骨が砕けて死んだ。門の全体に血しぶきが貼りついている。だが、硬い樫の木で作られた門に亀裂が走って、補強の鉄枠が歪んだ。
「なんだ。最初からこうすりゃ良かったんじゃないの。」
ウォルフは近くにいるオークやゴブリンの頭をガッツリと掴むと、手当たり次第に門に向かって投げつけ始めた。たちまち門は赤いペンキで塗りたくられたようになり、門の下にはオークやゴブリンの肉塊でいっぱいになった。オークやゴブリンの兵たちは、城攻めどころではなくなった。ウォルフの傍にいれば、石礫の代わりに城門に向かってぶん投げられるのだ。あっという間に蜘蛛の子を散らすようにウォルフの周りから逃げ出したが、ウォルフは恐ろしい程の素早さで手下を捕まえては門に向かって投げつけ始めた。
「大変です。城門が、このままでは持ちません!」
「慌てるな! もうすぐ、ランスロット様がやってくる! それまで持ちこたえるんだ!」
エミールは部下を叱咤する。
「城壁から矢を放て! 火矢を使え! あの狼を焼き尽くせ!」
城壁をよじ登ろうとするゴブリンもいたが、エミールの指揮する城の衛兵に阻まれている。しかし、ウォルフの凶暴な攻撃の前に、城門が破られるのも時間の問題であった。
「くそっ! シュルツの兵はいったい、何をしているんだ!」
城の外は火矢でついた炎と煙で一面火事となっている。
ランスロット城は、山城である。城とは言っても、中で生活する者もいて、小さな集落の人口くらいの人間が城で暮らしていた。そして山麓にはシュルツと言う大きな町がある。ここの方が人間の数は多い。3~4千人くらいの人口はあろうか。城の防護も大事だが、領民を守るのは領主の仕事でもある。そこには常駐している兵士たちが居て、ランスロット城に何かあれば城に駆け付け、敵を挟撃するのだ。むしろこっちの方が兵としては人数が多い。
だが、火の手まで上がっているのに、援軍が駆けつけて来る様子は一向になかった。
なぜなら、シュルツの街ではあの甘い歌声が響き渡っていたからである。
「やあ、ここにいたのだなあ。」
道化のように太った大男が、花束を抱えてビショーのいる隣の家の屋根の上に登ってきた。ザンキの直属の部下でMJ12の一人ガス=ボーメンである。「どっこらしょ。」と老人のような掛け声をかけて登ってきたガスは屋根に腰かけたとたんにブゥ――!と大きなおならをした。
「すまん。すまん。歩き疲れてなあ。町を一回りしてきたんだなあ。」
ガスはとにかく巨大である。特に”腹が”である。腹が気球のように丸く、こじんまりした首から上の体と、細く短い手足がオモチャの様であった。
ビショーはこう見えても面食いである。醜く太った厚かましいガスが大嫌いであった。歌っているから「来るな!」とは言えないし、ここから動くことも出来ない。歌声は風上にいた方がより遠くまで届くからである。仕方がないので、ビショーは左手でシッシッと追い払う仕草をした。
「なに? こっちへ来いだと? 残念だけど、そっちには行けないなあ。ケフゲフ。」
ガスは下卑た声で笑うと、手に持ったラッパのような黄色い花をムシャムシャと食べ始めた。
「こいつはトランペットフラワーと言ってね。こいつを食うと幻覚を見て錯乱したり、昏倒したりするんだ。チミの傍に行ったら、おでは寝てしまうし、チミは幻覚を見て倒れてしまうかもしれん。そうなったらお互い大目玉だ。ゲフゲフゲフ。」
トランペットフラワーというのは朝鮮朝顔の事である。園芸用ではダチュラの名で知られるが、マンダラゲやキチガイナスビという別称も持っている有毒植物である。成分としてはアトロピンを含んでおり、覚醒剤のような症状をもたらし、重篤になると死に至る。
(じゃあ、なんで、あたしのいるところに来るのよ!!)
「耳栓をしてても、チミの歌声はガンガンきてなあ。眠っちまいそうになるんだ。寝てもいいように、こっちにきたのだなあ。ゲフゲフゲフ。」
(こっちだって傍にいられると臭ぇーんだよ! くっそー眠らせてやる!! そして置いてきぼりじゃあ!!)
(チィ! 槍がまともに通らない。あの鎧、かなりの強度だ。鎧の隙間を狙うしかない!)
フェリックスの連撃はさらに速さを増した。
(クク・・鎧の隙間を狙ってきたか。だが、そう簡単には・・・)
ゲキドは心の中でうそぶいたが、次第にフェリックスに押され始めた。フェリックスに対峙しつつも、階段を上らされ始めたのだ。
(足でも狙う気か!)
普通なら、攻撃は高い所にいる者の方が優位に立つ。しかしフェリックスの持っているのは槍である。彼よりも上に行けば防御の薄い足回りを狙われるのは必定と言えた。しかも槍は伸縮自在の魔槍である。普通なら届かない頭部への攻撃も十分にありうるのだ。
いつの間にか、ゲキドは階段の踊り場まで登らされてしまっていた。
「グロウ!!」
フェリックスの渾身の一撃はゲキドの顔面を貫くかのように見えたが、すんでの所で躱された。
フェリックスの口元が少し緩む。
「ゲラー! クリンパ!」
魔槍バベルの穂先がクイッと曲がって鎌のようになった。
フェリックスはこれを狙っていた。
大柄のゲキドは下から突き上げて来るフェリックスを下に見ることになる。自ずと顔は下を向くことになるから、兜の背後が上を向いて首ががら空きになる。
ガシィィ!!
鋼鉄の刃同士がぶつかり合うような激しい音と共に、縮む魔槍バベルがフェリックスの手を離れた。何かに引っ掛かったかのようにゲキドのもとへ縮んでゆくのだ。
呆然とゲキドを見るフェリックスに一瞬のスキが出来た。(まずい!)フェリックスがそう思った瞬間に激痛が左の肩に走った。血が流れ、抑えた右手が見る間に赤く染まる。わずかのスキを見逃さなかったゲキドのダガーがその肩に突き刺さっていた。
「悪いな。お前の魂胆は初めから分かっていたよ。こっちも隠していてすまなかったが、この鎧もただの鎧じゃない。」
ゲキドの兜はドラゴンの首を模しているが、その向きは後ろに向いている。そのドラゴンの口が大きく開かれ、そこから赤黒いヌメヌメとした蛇のようなドラゴンの首が飛び出して鎌となった魔
槍の刃をしっかりと噛んでいた。
この鎧の名は<恥ずかしがり屋のドラゴンの鎧>と言う。十秘宝ではないが、魔道具としてはA級と言って良いだろう。
外で大きな音がして、悲鳴が何重にも木霊する。どうやら城門が破られたらしい。
「私を殺せば、用は済むんだろう。私を殺して、早く立ち去れ!」
負けを悟ったフェリックスがゲキドに言った。
「まさか。あいつらがそれで納得するとでも思っているのか? それにわしはな。殲滅戦しかやらんのだよ。」
「なんだと!」
フェリックスがそう言った瞬間、彼の背中に数本の矢が突き刺さった。今度は致命傷である。
「グロウ!」
魔槍バベルが伸び、ゲキドはフェリックスの首を一撃で刎ねた。ゲキドはゆっくりと階段を降りてその首を拾うと。
「後は、お前たちで喰え。首はダメだがな。」
死体に近づいて来ていた暗殺食人鬼たちの猿轡がポロリと落ちた。奴らはハイエナのようにフェリックスの死体に群がっていった。
「それにしても、この格好じゃまるで・・・アレだな。」
長柄の鎌を手に持ち、フェリックスの首をぶら下げている姿は、まさしく死神の姿のようだった。
XXXXXX 次 回 予 告 XXXXXX
廊下を走る男の後ろ姿
ドアを開ける男の顔は恐怖に怯え、汗だくである。
男を見つめる室内の人々はきょとんとした顔をしている。
床に落ちるスプーンの映像
(効果音と共に、モーツァルトの交響曲第25番ト短調 k.183 第1楽章が流れる。)
窓から飛び込んでくる猫。
驚くドレイクとエストロ。
爆風で吹き飛ぶホーリーの家
それを見守るジョーグとプリエス。
カイドーの手元で炎の球が次第に巨大化していく
「人を殺せないやつが、魔物を殺せるか!」
「もう、嫌だ!」
脇腹に刺さっているナイフ
「バカね。」
「おいら、今回もモブだけで出番なしかよー!」
MJ12は今後も出てくるわけなんですけど、彼らの特殊能力をまだすべては考えてないんでございますよ。まいったね。。それぞれ何かを操る能力にしようかとは思っているんですけどね。ちょっと厳しい描写もありそうで困ってるんですわ。さて、今回も面白いといいなあ。。。




