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第十二話 ロックが死んだ日

第十二話です。宜しくお願いします。

 ――昔、あるところに、小さくてロックが好きな男の子がいました。



 その男の子は、自らの願いを叶える為に、仮面を付けることを選びます。

 仮面の少年の誕生です。

 仮面を付けた男の子は、自らの願いを叶えることができましたが、その願いはやがて終りを迎えます。

 残ったのは何にもない自分と仮面だけ。



 男の子はその虚しさに耐え切れなくなり、仮面を付けるのを止めました。



 あるところに、生真面目で優しい少女がいました。

 少女は、厳しい両親の言う通りにする生き方しか知りませんでした。

 自分の生き方に辟易していた少女は、ある時、成長した仮面の少年と出会いました。

 仮面の少年は、その少女の悲痛な生き方を見て、再び仮面を付けます。

 少年は少女に生きる希望を与えることができましたが、彼自身の虚しさが消えることはありません。



 仮面の少年を哀れに思った少女は、自らも仮面を付けることを選びました。



 あるところに、大きな力に憧れる少年がいました。

 その少年は、かつて自分を救ってくれた力の正体を探していました。

 ある時、その少年は、仮面の少年に出会います。

 そして少年は、虚しさに苛まれる仮面の少年の中にその正体を見つけます。

 その力は、かつて自分を救ってくれた人のように美しく、誰の元にも燦然と輝く魔法のような力でした。

 仮面の少年にそれをみた少年は、その力に触れるべく、仮面の少年と共に歩むことに決めます。



 そして彼も、仮面を付けることを選びました。



 ――それは仮面を付けなければ生きられない悲しい少年の物語。




 メジャーレーベル、エレファント・ストーン・ミュージックのやり手プロデューサーにスカウトを受けた翔子は、自らの夢に近づく為、彼の元に話を聞きに行っていた。

 その都心の大きなビルの中には、今をときめくアーティストたちのポスターがところ狭しと貼られ、翔子は落ち着かない様子廊下を水谷に連れられて歩いていく。



 「いやー、本当に来てくれて嬉しいよ!」

 「いえ、こちらこそありがとうございます。」



 おしゃれ過ぎてこれまた落ち着かない応接室に通された翔子は、水谷と向き合って座った。



 「早速だけど、今うちではある大きな企画を進めていてね。」

 「企画ですか?」

 「“新時代のロック・アイドルの発掘”という企画でね。君みたいに本当にロックができるアイドルを探していたんだ。」

 「ア、アイドル・・ですか?」



 翔子は水谷の言葉に訝し気な顔をする。だが、翔子のその反応も水谷の想定範囲内だ。



 「誤解して欲しくないんだけど、あくまでもアイドルという媒体は、もっと多くの人にロックの素晴らしさを知って貰う為の手段なんだ。」

 「・・ロックの素晴らしさを?」

 「ああ、僕も昔からロックの大ファンでね。君のライブにもあの仮面バンドを見に行ったんだけど、それよりいいものを見つけたんだ。」



 表情を曇らせる翔子だが、少なくとも水谷がロック好きというのは嘘ではないようだ。



 「アイドルと言っても、あくまでもロックでないと駄目なんだ。つまりただカワイイだけの女の子には務まらない。君みたいな子じゃないとね!」

 「でもやっぱり私にアイドルなんて・・・。」

 「それでは、君は何になりたいのかな? 最も、なりたいものになれるほど、この業界も甘くないのはよくわかってると思うけど。」



 水谷の言っていることは、痛いほど正論であった。それでも翔子は、拳を握りしめて自分の思いの丈を伝える。



 「わ、私はおこがましいかもしれないですけど、ビートルズやピストルズ・・クラッシュ、オアシスみたいなロックスターになりたいんです!」

 「君の気持は僕にもわかるよ。だけど日本人の女の子の君が、彼らのようになるのは、とても難しいことなんだ。」

 「知っています・・・。」

 「だけどそれは不可能って訳でもない。今回の話は君の意にそぐわないかもしれないけど、これはきっかけなんだ。君が諦めない限り、その夢はこの先にある!」



 真剣な眼差しで熱弁をふるう水谷。大人の邪まさを微塵も感じさせない彼の発言には、何とも言えない説得力があった。翔子は彼の言葉に吸い込まれていく。



 「私も産業ロックを否定するつもりはありません。だけど本当に私、そんなことできるんでしょうか?」

 「いいや、君にしかできないんだよ!」



 翔子の本来の思惑とは外れる形になってしまったが、翔子はそこに自らの可能性を見出す。

 程なくして翔子は、水谷のスカウトを正式に受入れ、新時代のロック・アイドルとしてのデビューへと向けて歩み出した。



 ★



 翔子がエレファント・ストーン・ミュージックのスカウトを受諾してから数日、彼女はデビューの為のプロモーションやレコーディングで大忙しであった。

 自宅と東京のスタジオを行き来する日々が続き、翔子は学校の授業も満足に受けられなくなっていた。



 「あれ? 高岡さん、今日も早退?」

 「う、うん・・またこれから東京へ行かなきゃいけないの・・。」



 昼休みに帰る準備をしている翔子へ、学級委員の新渡戸 実希が心配そうに聞いた。



 「大変だね。授業のノートとかで良かったら、貸すから言ってね!」

 「ありがと。また明日ね!」



 翔子を気遣う優しい実希に笑顔で別れを告げ、翔子は慌てて教室を飛び出して行った。

 実希が翔子を見送ると、そのすぐ後に一際目を引く女生徒が教室へ入ってくる。実希はあからさまに嫌な顔をする。



 「あれ? 翔子、もう帰っちゃったの? 少し話をしようかと思ってたのに♪」



 八方美人な優等生である実希が嫌な顔をする人物といえば、一人しかいない。岩巻のサマーオブラブこと矢須 汐里だ。



 「残念だけど、・・高岡さんならもう帰ったよ。」

 「そうやって、あからさまに嫌な顔されるとあたしもすこ~しキズついちゃうな♪ あたしとあなたの仲じゃない?」

 「君は得体がしれなくて信用性に欠けるんだよ。それに、君となれ合ったつもりはないよ。」



 いつも温厚な実希が、攻撃的な表情で汐里に反論する。とても友人同士とは思えない二人の言葉の応酬にクラスは一時騒然とする。



 「何だ? あの委員長が少し怒ってるぞ?」

 「相手の子、かわいいけど思いっきり浮いてるね。」

 「痴話喧嘩か?」



 二人のことを知る真人は、そんな状況を見かねて仲裁に入った。



 「二人とも、ここはあれだから場所を変えた方がいいよ!」

 「ハロー♪ 安藤君♪ お昼でも一緒にどう?」

 「安藤君は下がってて! 君ももう自分の教室へ帰って!」

 「まあまあ、二人とも・・。」



 真人が仲裁に入っても、事態は更に悪化していく。いつも通り不敵な汐里に敵意むき出しの実希。その光景はまるで。



 「何だよ、本当に痴話喧嘩かよ?」

 「委員長とあのヒッピーみたいな子が、安藤君を取り合ってるの?」

 「大人しそうに見えて、安藤君て以外にプレイボーイだったんだね。」

 「なんで安藤だけ・・。世の中不公平だ・・・。」



 教室に流れる変な空気に耐えかねて、真人は二人を連れて教室の外へ出る。そして三人は人気の少ない、屋上へと続く階段の踊り場へと移動した。

 楽し気な汐里と不快な表情の実希。連れてきたのはいいが、真人は頭を抱えた。



 「キャハハ! あたしたちまるで三角関係みたいね♪」

 「茶化すのは止めて! 私も少し言い過ぎたけど、学校では話しかけないで貰えるかな? 学校では学校の顔があるんだ。」

 「皆驚いてたもんね♪」



 まだまだ一触即発の二人に気が気ではない真人。ヒヤヒヤしながら動向を伺う。



 「別に私は君が嫌いな訳じゃない。お願いだから、彼や私をそっとしておいて・・・。安藤君行こう。」

 「う、うん!」



 汐里を一人残して二人は階段を降り始める。一瞬沈黙した汐里だが、いつもの口調で今度は真人を呼び止める。



 「ところで安藤君、彼は元気なのかしら? お姫様は遠くへ行ってしまうわよ♪」



 ★



 自宅、学校、スタジオを行き来する連日の強行軍で、ウトウトしながら翔子は東京のスタジオへと向かう。流石の彼女も疲労の色を隠せなかった。

 その日、スタジオに到着すると、そこにはいつになく嬉し気な水谷がいた。



 「翔子ちゃん、ついに君のデビューイベントの日が決まったよ!」

 「ほ、本当ですか?」

 「ああ、こないだ聴かせたデビュー曲を歌ってもらうから、ギターも合せて仕上げていこう!」

 「あの曲ですか・・・。」



 あまり乗り気ではない表情の翔子。こないだデビュー曲だと言って聴かされた曲は、キャッチ―なだけで、ギターもシンセサイザーも何だか煌びやか過ぎて、正直あまり翔子好みとは言えなかった。

 まあ、アイドルという名目上、いつもやっているようなあからさまなパンクやハードコアをやるわけにはいかないのは分かっているのだが。



 「で、これがイベントで着る君の衣装だよ。今からイメージしといてくれないかな。」

 「これ・・・着るんですか?」



 翔子は紙に描かれた衣装を見て、言葉を詰まらせる。

 歌が歌なのだから、当然衣装も衣装だ。過剰に煌びやかで、アイドルっぽいフリフリな装飾は、普段ボーイッシュな格好を好む翔子にとって明らかに抵抗があった。

 が、しかし水谷もその辺は織り込み済みだ。



 「少し抵抗あるかもしれないけど、まずは皆に君の存在を知ってもらわなければならないんだよ。最初はわかりやすさが大事なんだ。」

 「わかってます・・・。」

 「ごめんね。だけどこれはビジネスなんだ。失敗すれば、その先はない。僕は君を成功させたいんだ!」



 以前の翔子であれば、絶対に受け入れられないスタイルではあるが、この時の翔子には水谷の言葉を信じるしかなかった。

 翔子は表情を曇らせながらも、水谷の説得に頷く。



 「ところで翔子ちゃん、何か顔色悪いみたいだけど?」

 「ちょっと寝不足で・・・。でも大丈夫です!」



 水谷は翔子の体調を気遣う。だがその話には続きがあった。



 「そうだよね、やっぱり学校は変えた方がいい。」

 「はい?」

 「こっちに芸能人向けのいい学校があるんだ。出席日数とかの融通も利くし、そうすれば、君も活動に専念できるからね!」

 「そんな・・転校なんて・・急に言われても・・・。」



 俯いて目を泳がせる翔子。流石にそこまでの覚悟はできていなかった。茉希や杏奈、そして晴斗や真人たち、愛すべき軽音部員たちの顔が浮かぶ。



 「気持ちはわかる。だけど皆いずれは離れて行くんだ。それにもう君の体は君一人のものじゃない。わかってもらえないかな?」

 「水谷さんの言う通りです・・・。だけど少しだけ、少しだけ時間を頂けませんか?」

 「ああ、あまり時間はないけど、大事なことだからご両親と相談してしっかり考えてね。」



 翔子は自分の認識が甘かったことを実感していた。しかし、彼らがいる当たり前の日々を全て捨て去ることなんて考えられない。

 今一度自分自身と向き合い、翔子は人生の決意の時を迎えようとしていた。



 ★



 以前、晴斗と実希が出会った雑居ビルの屋上。髪を下して眼鏡を外した実希は、ベースを背負い、今日も物憂げな顔で暮れかかった遠くの空を見つめていた。

 「ガチャッ」と扉が開いたのに気付いて、実希はゆっくりと振返る。



 「またここにいたのか? たまにはセッションでもしてみないか?」

 「ううん、ありがとう。でも彼がいなかったら、やっても意味ないでしょ?」

 「そうだな・・・。」



 高校生離れしたその体格の少年は、昔翔子と同級生であった佐々木 蒼太であった。

 蒼太は実希の元へと歩み寄り、彼女は再び空を見上げて呟きだす。



 「私ね、本当はロックなんてどうだってよかったのかもしれないんだ・・。」

 「あれだけ弾けるのにか?」

 「私がベースを弾けば、彼が喜んでくれた・・・。ただそれだけだった。」

 「そうか・・・。」



 実希の話を聞いて、気の利かない返事をする蒼太であったが、彼女はそれで満足気だ。

 


 「君はもし彼がいなくなったらどうするの? ロック続けるの?」

 「わからん。だが俺は、奴が残していったものを伝えていきたいと思う。」

 「フフ・・。君は強いんだね。」



 オレンジ色の光が二人の顔を照らした。辺りは段々と暗くなっていく。

 実希はいつも、その景色に束の間の心の充足を得ていたのだが、後ろの方からあまり聞きたくはなかった声が二人の耳を過る。



 「なーに? 二人で愛でも語り合ってたの? 私も仲間に入れてよ♪」

 「笑えない冗談だね。一日に二回も君に会うなんて、今日は縁起が良くないよ。」



 扉から出てきたのは、汐里であった。気分を害された実希は、振返って表情を強張らせる。



 「ひどーい♪ せっかく大事なことを教えてあげに来たのにな~♪」

 「大事なこと?」

 「そうよ、さあ、安藤君♪」



 汐里の後ろから静々と入って来た真人は、いつになく暗い表情で実希と蒼太の前に立った。

 二人は不思議そうな顔で俯く真人を見る。



 「どうしたの安藤君? 矢須さんに良くないことでも吹き込まれたの?」

 「いや、違うんだ。彼が・・・。」



 真人はゆっくりと顔を上げると、未だ状況が呑み込めない二人を見て、声を震わせながら言い放つ。



 「彼が・・・消えたよ。」



 二人の心に戦慄が走る。実希は目を見開き、持っていた携帯電話を地面に落とすと、その場に崩れた。 愕然として立ち尽くす蒼太。汐里は表情一つ変えずに彼らを見て囁いた。



 「そうよ・・・ロックは死んだわ♪」

ここに来て、新たにブックマーク登録して頂いた方、どうもありがとうございます。話は終盤ですが、最後までお楽しみ下さい。

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