24話 内緒
俺は俺のわがままを最後まで突き通すと決めた。
寝ている彼女に「またな」と伝え、ゆっくりとドアを閉める。
そしてナースステーションに少し震える足で向かって歩いた。
「すみません」
「あら松本くん。帰るの?気をつけてね」
「はい。いや、その……アメリカのことで」
「そのことについて私たち看護師から言えることは何もないの」
「そのこと自体を聞きたいわけじゃないんです」
「そう、それじゃあ何かしら」
「……どうしても伊達さんのお出かけは無理なんでしょうか」
「それは前に話した通りよ」
「――でも、これが最後のチャンスなんです!」
「松本くん……」
「彼女はこれから大きなリスクを背負うんです。もしかしたら万が一、それがあると彼女はわかっています。俺だってそんなこと」
「あのね」
「1つだけ、1回だけでも、彼女の夢を叶えることはできないんですか?彼女の望みはたった1つなんです。それは俺の夢でもあるから、どうしても叶えたくて諦められません!」
「言いたいことはわかるけど」
「彼女はまだ16歳です。まだ高校生なんです……」
「松本くんの気持ちはよくわかるわ。でもね」
「看護師さんだからダメなんですか?お医者さんに言わないとダメなんですか?俺がただの高校生だからなんですか?」
「松本くん!……私たち看護師が、何も感じないと思ってるの?」
「……そういうわけじゃ」
「彼女がしたいことを、私たちだってできるならさせてあげたい」
「それなら!」
「でも、彼女の命には代えられないでしょ」
「……それは」
「みんな思ってるわ。彼女が少しでも幸せな時間を過ごせるようにって」
「どうしても、どうにもならないんですか?」
自分が無鉄砲で、バカなやつだってわかっている。
でも今、ここしかないのだ。
「松本くんには申し訳ないけどこの話はここまで。もう目を覚ます時間だから。彼女もあなたもまだ子どもだということはわかってるわ。でも、もう高校生でしょ。少し考えて……お願い」
「……すみませんでした。また金曜日に来ます」
「待ってるわ」
「あの!」
「何?」
「今話したこと、彼女には内緒にしてくれませんか?」
「今回はそうするわ」
「ほんとに、すみません。失礼します」
俺はあの女の子の夢1つも叶えられないのだろうか。
俺の夢になって、俺が欲張るからうまくいかないのだろうか。
無力さが心に刺さって痛い。
看護師さんが正しい。俺は子どもだけど、聞き分けなければいけない年齢だということもわかっている。
……わかってるけど。
彼女と出会ってから、容易に想像できるような現実ばかりを突きつけられる。
でも、俺は黙って受け入れることができるほど大人じゃない。
人生で初めて諦められないことができた。
きっと普通の人なら諦める。
そう思って諦めてきたことがたくさんある。
でも今、初めて諦められない。
――だから俺は最後の手段を取ることにした。
冬の空気が、俺の顔を冷たく傷つける。
それでもペダルを漕ぐ足にグッと力を入れひたすらに自転車を漕いだ。
『11月15日月曜日』- - - - - - - - - -
高校で1番イベントは修学旅行だよね!
それをお裾分けしてもらったら、私はもう本物の女子高校じゃない?(*'ω'*)
そういえばお友達と同じ班になれた?
あと全然関係ないんだけど、聞いて欲しい話があるの。
私は今日サンタさんがいないって知ってしまいました(泣)
小児科の看護師さんに「今年は陽菜子ちゃんもサンタさんだね」って言われて、意味を聞いたら……(o_o)
- - - - - - - - - -
そういえば去年の日記に、サンタさんにプレゼントをもらったと書いてあった気がする。
その時は冗談だと思って軽く流したが、あれは本気だったようだ。
今年は今から俺は彼女にプレゼントを用意している。
そのための勝負が今日だ。
『11月19日金曜日』- - - - - - - - - -
友達と同じ班になれました(*'ω'*)
最大級の高校生をお裾分けするために、来週しおりをコピーしてくるね!
そして伊達にそんな悲しいこと言った人は誰かな?
俺が一言物申します(笑)
しかしそんな陽菜子ちゃんに、松本サンタが行くので大丈夫です( ̄^ ̄)ゞ
任せとけ!
- - - - - - - - - -
任せてもらうためには、俺が行動しなければいけない。
「松本です。帰ります」
「気をつけてね」
看護師さんとは若干気まずいけど、きちんとナースステーションに声を掛けてから帰る。
そして俺はそのままカフェに向かった。
「ごめん、待たせたかな?」
「いえ、全然。今日はお時間をいただきありがとうございます」
目の前の男性は、慌てた様子でネクタイを直しカバンをドサっと置いた。
俺は彼女に内緒で、この人に直接お願いをすることにした。
正直強行突破過ぎるかとも思ったが、背に腹は代えられない。
コーヒーを持って向かいの席に座り、カップに口をつけることなくその人は話し始めた。
「まずは何より、いつも陽菜子と仲良くしてくれてありがとう」
「こちらこそありがとうございます。今日もわざわざすみません」
「いや、むしろこちらから話したいこともあったからちょうどよかったよ」
「そう、ですか」
「それで最初に伝えたいことなんだけどね」
俺は彼女の父親に連絡した。
アメリカに行く話を聞いたうえで相談したいことがあると。
彼は快く金曜日に、時間を作ってくれた。
しかし先に話したいことがあると言われ、少しの緊張が走る。
それでも、俺は夢を叶えるために目の前の男性の目を見た。
「まず、僕のことは直樹さんと呼んでくれないかい?」
「へ?」
「お父さんなんて呼べないだろ?だから名前で呼んでくれ」
「あ、ありがとうございます」
「それでね、僕は正都くんから連絡が来た時嬉しかったんだ」
「ほんとですか?」
「僕は君が言いたいことはなんとなくわかっている」
「す、すみません」
俺は思わず目をつぶった。
俺の浅はかな考えなんて、きっとこの人にはすべてお見通しだと思ったからだ。
しかしうっかり失礼な態度を取ってしまうほど、直樹さんは衝撃的なことを口にした。
「父親として正直に言うと、本当は断りたかったんだ」
「え?」
「アメリカ行きなんて、僕も妻も断りたかったら断っていいって言ったんだ。なにせ親としては反対だったからね」
「えっと……」
「でもこの話を陽菜子に内緒にするのは違うかなと思って、一応伝えたんだ」
「はい」
「そしたら陽菜子は君みたいになりたいって言ったんだよ」
「は?」
「人のために優しくなれる、そんな人になりたいって言うんだよ」
俺は直樹さんが何の話をしているのかわからなかった。
彼女が俺みたいになりたい?
ありえない。優しいのは俺じゃない。彼女だ。
「これからも陽菜子のような人が出てくる。実際陽菜子の後に3人発症しているわけだしね。まだ診断がついてないだけの人もいるかもしれない」
「そう、ですね……」
「だから陽菜子の覚悟を応援するしかないって妻と決めたんだ」
「えっと……すみません。何を言ってますか?」
彼女の父親はコーヒーを一口飲んで、真剣な顔で俺の目を見た。
俺は俺と彼女の夢を叶えるために来たのに、話は逸れる一方。
困惑する俺をよそに、直樹さんは大きく息を吸ってから優しく笑った。
「――え?」




