第6話 華麗なる(?)逆襲③
そして数分後、予想通りフェリクスがレティシアの元へやってきた。カイルは少し離れた場所に立ち、状況を見守っている。フェリクスはあくまでも紳士然とした笑顔を浮かべながら、レティシアに声をかけた。
「お久しぶりです、レティシア嬢。先ほどのダンス、とても素晴らしかったですね。まさかあのカイル様と、あれほど息が合うとは思いませんでしたよ」
「わたしも驚いているところです。……フェリクス様はいつからこちらに?」
「つい先ほど到着したばかりです。お二人の噂はよく耳にしますので、ぜひ実際の様子を拝見したくて。……ところで、カイル様とは本当にうまくいっているのですか?」
まるで親しげに話しているかのようだが、その目は嘘を見抜こうと探っているのが明白だった。もしここでレティシアが少しでも動揺すれば、「やはり婚約者同士は不仲」という話が再燃するだろう。もしくは、フェリクスが「だから公爵家は問題がある」と騒ぎ立てるかもしれない。
しかしレティシアは涼しい顔で微笑み返す。先ほどカイルと打ち合わせた通り、あえて堂々と「親密ぶり」をアピールするのだ。
「ええ、まあ。少なくとも、舞踏のステップを合わせる程度には息が合っていると思いますわ。……わたくしとしては、これ以上ないぐらい頼りになるお方だと感じていますの」
「そ、そうですか。なるほど、あの冷徹なカイル様をそこまで信頼されているとは。ご立派なことですな」
フェリクスは一瞬だけ視線を泳がせる。うまく揺さぶれないと悟ったのか、わざとらしく「では後ほど、お二人でお相手していただければ嬉しい」などと告げ、足早に去っていった。表情には焦りがにじみ出ており、どうにか別の手を打とうとしているのが伺える。
それを見届けたカイルは、満足げにレティシアの隣に戻ってきた。
「いい演技だったな。あいつ、作戦を変更する気らしい。さすがに『二人は不仲』というネタは使えないと判断したのだろう」
「あなたに褒められたなんて気持ち悪いわ。……でも、わたしだって最善は尽くしたの。どうやら奴らが焦っているのは間違いないみたいね」
「そのようだ。あとは奴らが慌てて墓穴を掘るのを待つだけだな。もちろん、こちらももう一押しするつもりだが」
こうして、パーティの後半に向けてフェリクスとクラリッサの動きはますます混乱し、最終的には二人の捏造した「おもしろおかしい噂」が逆に露呈することになる。詳細は省くが、さまざまな筋からの証言が重なり、二人が裏で手を組んでレティシアとカイルの婚約を破綻させようと画策していた疑惑が浮上したのだ。中には金の流れを示す書類の存在をほのめかす者まで現れ、クラリッサとフェリクスは急に歯切れが悪くなる。
「ちょっと、そんな話、聞いたことないわ……!」
「何かの間違いだ。こんな大勢の前で根も葉もないことを……!」
必死に否定を試みる二人だが、一度広がった疑惑の目はどうにもならない。レティシアやカイルが直接糾弾したわけではないのに、当の本人たちが自滅する形になったのだ。周囲が「やはりあの二人は性格が悪いが、それにしても上手く立ち回ったわね」とささやくほどの逆転劇だった。
夜も更け、パーティの余韻が薄れ始めた頃。ホールの隅で互いを見失わないよう、それでも近づきすぎない距離を保ちながら、レティシアとカイルはひととき会話を交わしていた。
「予想以上に派手な展開になったわね。クラリッサはもう二度とあの厚化粧の笑顔を見せられないんじゃない?」
「フェリクスもあれでは名誉挽回などできないだろう。ま、あいつがどんな形で逃げようと俺たちには関係ないが、しばらく大人しくしているだろうな」
「これで、わたしたちの不仲説を使って騒ぐ輩は消えるかしら。まあ、まだ油断はできないけれど、少なくとも当面は平和に過ごせそう」
「おまえの顔を見て平和を感じるかは別だがな。……でも、今夜は役に立ったぞ」
「当然よ。わたしがへまをすると思った? あなたのほうこそ、口数は少ないくせに必要なところでは的確に突いてくれて助かったわ」
お互い素直な感謝の言葉を口にするわけではないが、そのやり取りにはわずかながら柔らかい空気が流れている。人目を憚るようにして言葉を交わすわけでもなく、堂々とパーティ会場の片隅で並んで立っているだけなのに、なんとなく二人の距離が前よりも近くなっているように見える。
「さて、そろそろお開きかな。名残惜しいとは思わんが、あのうるさいクラリッサの顔をまた見るのも癪だからな」
「そうね。疲れたし、帰りましょうか。……ああ、馬車は別々よ。勘違いしないでちょうだい」
「安心しろ。おまえと並んで帰るなど真っ平ごめんだ」
最後まで憎まれ口を叩き合いながらも、二人は同じ方向に向かって歩き始める。その背中を見送る人々は「やっぱり性格が悪い同士だ」「でもなんだか息が合っているみたいね」と口々にささやいていた。まさしく華麗なる(?)逆襲を成功させた二人は、今度はどんな連携を見せるのか――興味を抱く者も少なくなかった。
果たしてこれが二人の本領発揮なのか、それとも序章に過ぎないのか。レティシアとカイル自身も、胸の奥底でかすかな高揚を感じながら、まだまだ続くであろう波乱の日々を思い浮かべていた。少なくとも今夜は、噂の種を逆手に取り、最悪の相手を痛快に打ち負かした達成感が、ほんのひとかけらの笑みとともに二人の間を満たしているのだった。




