第6話 華麗なる(?)逆襲②
そのタイミングは、音楽が始まってしばらくしてから訪れた。この場にはフェリクスの姿も確認されている。彼は入り口付近で世辞を並べては、主催者の侯爵や周囲の客に愛想を振りまいていた。だが、時折こちらに向けられる鋭い視線は隠しようがない。カイルは小声でレティシアに伝える。
「フェリクスはあそこだ。明らかに俺を意識している。今夜なにか仕掛けるつもりだろう」
「わたしを狙っているクラリッサも、あなたとわたしの様子を観察しているはず。どうせ『少しでも不仲なところを見つけて騒ぎ立てる』のが目的でしょうね」
「ならば先手を打とう。……おまえ、さっき話していた『あの計画』をやるぞ」
「ええ、わたしはいつでも準備できているわ。あなたが足を引っ張らないことを祈るばかりね」
「言ってろ。しくじるんじゃないぞ」
にわかに気配が引き締まる。二人はあえて口にはしないが、実のところ先日の作戦会議の際に「公共の場で、あえて二人が親密そうに振る舞うことで敵をあぶり出す」という作戦を決めていた。いつもは険悪に見える二人が、もしここで仲良くしている姿を見せたら、クラリッサもフェリクスも焦って何らかの行動を起こすかもしれない。それを逆手に取り、彼らの油断を誘うのだ。
ちょうど音楽が一曲落ち着き、新しい舞曲が流れ始める。周囲の貴族たちがパートナーを探し、ホールの中央で踊り始めるタイミングだ。今まで社交ダンスなど興味もないふりをしてきたカイルが、すっとレティシアの前に手を差し出した。
「……踊るぞ」
「なに、それ。わたしがいつあなたにダンスを教えたと?」
「教わる気などない。どうせおまえも足を踏まれるのは嫌だろう? だったら踏むなよ」
「ふざけないでよ、わたしは足を踏んだりしないわ。……仕方ないわね」
レティシアは照れ隠しのように小さく鼻を鳴らしてから、その手を取った。二人がホールの中央へ進み出ると、周囲からは「あの二人が踊るなんて!」と驚きの視線が集まる。特にクラリッサなどは目を丸くして、貴婦人仲間に「あれはどういうこと?」と噂を広めているようだ。
ダンスが始まると、さすがに公爵家の跡取りだけあって、カイルのステップはそつがない。レティシアもまた、幼い頃から仕込まれた技術を遺憾なく発揮し、二人の足取りは見事に噛み合う。まるで、いつもは喧嘩ばかりしているのが嘘のような息の合いように、周囲は驚嘆するばかりだ。
「……意外と上手いじゃない、あなた」
「そっちもな。思っていたよりは踏まれずに済んでいる」
「失礼ね。こっちは本気なんだから、足を踏むなど論外よ」
互いの言葉は刺々しいが、音楽に合わせて繰り広げられる踊りはどこか優雅で、しかも絵になる。さらに観客たちの中には「これは本気で仲がいいのでは?」と早合点する者まで出てくる始末だ。もちろんレティシアとカイルの目的はそれだけではない。ダンスが終われば、クラリッサやフェリクスが動き出すと見込んでいた。
そして予想通り、クラリッサは我慢できなかった。曲が終わり、レティシアが小さく息をついたところへ、彼女はまるで待ち構えていたかのように駆け寄ってくる。
「素晴らしいダンスだったわ。でも、おかしいわね。あんなに息の合った踊りを見せられるなんて、まるで普段から練習していたような……?」
「人のダンスを見て勝手に推測しないでいただける? わたくし、意外と踊りは得意なのよ」
「まあ、そうなのね。ずいぶんと仲良しなのね、あなたたち。わたし、噂ではまったく反りが合わないと聞いていたから不思議で仕方ないわ」
クラリッサは挑発めいた笑顔を浮かべるが、その奥には明らかな焦りが見える。レティシアとカイルが予想よりも親密そうに振る舞ったことで、得意の「二人は不仲」という噂を使いにくくなっているのだろう。そこで必死に疑惑を煽っているのだ。
「反りが合わない? そんなの誰から聞いた噂かしら。少なくとも、わたしは彼と楽しく踊れたわよ」
「カイル様もそう仰るのかしら? 冷たい方だと聞くものだから、なんだか信じられなくって」
すると、ずっと黙っていたカイルが冷酷な目でクラリッサを見据える。まるで挑発を跳ね返すかのような低い声で言い放った。
「さっきまで楽しそうに踊っていた相手の前で、そんなことを言うとはな。あいにく俺は、余所の令嬢に心配されるほど暇ではない。……そもそも、俺たちがどう関わろうが、おまえには関係のない話だろう」
「っ……そ、そうですわね。ええ、もちろん。わたしはただ、レティシアのことが気になっていただけで……」
痛いところを突かれたのか、クラリッサの笑顔が引きつる。彼女がしどろもどろになっている間に、レティシアは追い討ちをかけるように言葉を続ける。
「わたしがどういう人と踊ろうと自由でしょう? あなたも、あまり根拠のない噂ばかり追いかけないほうがいいんじゃないかしら。みっともないもの」
「そ、そんな……」
周囲の貴族たちが「おやおや」と冷ややかに笑う中、クラリッサは大勢の面前で何も言い返せなくなってしまった。軽率に二人の「関係の悪さ」を攻撃材料にしようとしたものの、ダンスによって見せつけられた連携と冷静な言葉の返しによって、一気にその矛先を失ったのだ。
一方、カイルが周囲の様子を探ると、フェリクスがこちらを警戒するように見つめているのがわかった。だが、彼はまだ動く気配を見せない。おそらく、クラリッサの二の舞にならないよう、タイミングを計っているのだろう。カイルはそれを見越して静かにほくそ笑む。
「次はフェリクスの出番か。……おまえ、少し疲れた振りでもしてみろ。あいつが近づいてくるかもしれない」
「わたしに指図するんじゃないわ。でもまあ、言われなくても席を外して気を抜くふりはできるわよ」
レティシアは小さく息をつき、さも疲れたように控えの席へと腰を下ろす。クラリッサはまだ動揺を隠せないらしく、その場から立ち去らないでいるが、周囲はすでに興味を失い始めていた。まるで、彼女がただの空騒ぎに終わったかのように。




