第400話。閑話…ワー・ウルフ(狼魔人)の家族。前編。
【魔人】
【魔人】は、人種と魔物の中間種として【創造主】によって創られた知的生命体である。
全ての種で、知性と戦闘力は高い。
日本サーバー側でスポーンした個体や、その子孫は、人種の敵性種族と位置付けられ、特に【天使】とは天敵という設定がされている。
北米サーバー側でスポーンした個体や、その子孫は、設定上、人種の敵性種族ではない。
【魔人】の種族は、繁殖によって子孫を増やせる他、魔物と同じようにスポーンする事もある。
繁殖においては、同種族間ならば問題なく繁殖が行えるが、異種族間では生まれた子供には繁殖力がなくなる為1世代しか混血は生まれない。
大半は孤高の存在ながら、一部は群を作る習性を持つ種族もある。
日本サーバー側でスポーンした【魔人】と、その純血の子孫達は、成長すると自動的に【超位】級の力を得るが……北米サーバー側でスポーンした【魔人】と、その純血の子孫達は、弱体化補正がかかっており、レベル・アップや熟練値などの強化を経なければ、戦闘力は向上しない。
【ワー・ウルフ】のアウレリオは、酷く混乱していた。
【黒の森】の中に、奇妙なモノが突如として出現していたからである。
今朝まではなかった祭壇のようなオブジェクトが、不自然に存在していたのだ。
場所は泉に面した岸辺で、少し開けた辺り。
こんなモノは、なかった。
それは間違いない。
何故、そう確信が持てるか、というなら、この水辺は、動物や魔物が水を飲みに集まる為、アウレリオが狩場の1つとして見回るのが、ここ1月あまり毎朝の日課だったからだ。
アウレリオが仕掛けた狩猟罠もある。
アウレリオは、警戒を高めた。
明らかに、おかしい。
夢でも見ているのだろうか?
祭壇の上には、実に美味そうな、ご馳走が湯気を立てて並んでいるのだ。
空腹のあまり幻覚が見えているのかもしれない。
「アウリィ……食べ物よ」
妻のオクタビアが言った。
オクタビアにも見えているという事は、どうやら幻覚ではなかったらしい。
しかし、素晴らしく美味そうな匂いがする。
脊髄反射的に、口の中に唾液が湧いて来た。
子供達は、眼を爛々と輝かせて、今にも、あの、ご馳走に駆けて行きそうな様子である。
「待てっ!怪しい。何かの罠かもしれない」
「罠?何の為に?」
妻のオクタビアは訊ねた。
そうだ……それが、わからない。
仮に罠だとして、何故、祭壇などを設けた?
動物や魔物を狩る為の罠なら、あんな仰々しいオブジェクトなどいらない。
ただ、罠と餌を仕掛けておけば事足りる。
つまりは、アウレリオが仕掛けたような実用的なモノをだ。
何故あんなモノを造ったのだろう?
いや、むしろ……いつの間に、どうやって……造ったのか、と問うべきだろうか?
誰かが、ここで土木・建築などを始めれば、アウレリオが気付いた筈だ。
この水場は、落ちぶれた今のアウレリオが管理する唯一の狩場なのだから、
それに、あの、ご馳走は何だ?
明らかに、知性ある人型の知的生命体を饗応する為と思しき宴席という設がされている。
祭壇の上には、立派なテーブル……見事な細工を施された4脚の椅子……4人分の豪華なフルコース……グラスに注がれたワイン……食器やカトラリーも一見して価値が高い物だと見て取れた。
これは、何だ?
そもそも、誰が何の為に?
アウレリオは、空腹の為に考えが纏まらない。
「わからない。でも、こんな森の中に、あんなモノが唐突に出現するのは、どう考えても怪し過ぎる」
「でも、もう5日もロクに食べていないのよ。この子達が保たないわ……。いっそ、罠でも、子供達の為に、あの料理の一皿だけでも、確保出来れば……」
オクタビアは悲愴な覚悟を示した。
確かに、オクタビアが言う事にも一理ある。
事態は切迫しているのだ。
子供達の毛艶は失せ、明らかに栄養失調の兆候を示している。
飢餓。
子供達……特に、下の子のベネディクトは、あと2日もすれば……死ぬ。
「わかった……俺が調べて来る。罠がないか、それから、あの食事に毒などが入っていないか……」
「お願い……。でも、気を付けて……」
オクタビアは頷く。
アウレリオは、気配を消して、辺りに最大限の警戒をしながら、祭壇に近付いた。
調べた結果……罠らしきモノは見つからない。
料理にも毒物の類は入っていないようだ。
辺りを見回す。
アウレリオは、注意深く森のあちこちを探り、彼の家族以外には誰もいない事を確認した。
アウレリオは、意を決して、祭壇の上に家族を招き寄せる。
最終的な毒味として、アウレリオが料理を一通り口にしてみた。
「う、美味い……」
アウレリオは、思わず呟く。
「大丈夫なのね?」
オクタビアは訊ねた。
「あ、ああ……毒はない。ただの料理だ……」
アウレリオは言う。
それが、おかしい。
この森の中に、ただの料理などが何故用意されているのか?
誰かが置いて行った?
何故?
意味がわからない。
酷く混乱するアウレリオをよそに、オクタビアは子供達を促して食事を始めた。
「ベネディクト……まずはスープを、胃が空の状態で固形物から食べると身体に良くないわ」
オクタビアは、下の子に注意をした。
・・・
アウレリオとオクタビアの子供達……つまり、彼らの娘であるペトロニアと、息子であるベネディクトは、夢中で食事をする。
アウレリオとオクタビアも、子供に食事をさせながら、料理を食べた。
6日ぶりの食事。
アウレリオは、空っぽの胃に食料が入って血糖値が高まり、体温が上がって行くのがわかった。
これで、人心地つく。
あまりにも美味しい料理であった為に、すぐに皿は空になってしまった。
「もう、ないの?」
幼いベネディクトは、母親のオクタビアに見上げて訊ねる。
「そう、みたいね」
オクタビアは、ベネディクトの口の周りをナフキンで拭ってやりながら言った。
「いや、ちょっと待て、このキャビネットの中から、何か匂う……」
アウレリオが椅子から立ち上がって、テーブルの横に設置されていた三段の引き出しがあるキャビネットに近付く。
アウレリオは、キャビネットにも罠がない事を確認して、恐る恐るキャビネットを引き出した。
「これは……」
アウレリオは、驚嘆する。
キャビネットの一番上を引き出すと、そこには大皿に乗った巨大な肉のローストが切り分けられる前のブロックの状態で入っていた。
たった今、食べ終えたばかりのメイン・ディッシュだったモノである。
キャビネットの二段目には、大量のパン。
キャビネットの一番下には、ワインのボトルが半ダースと、蜜を溶かした果実水のボトルが半ダース。
「これは、何なんだ?」
アウレリオは、もはや理解不能であった。
もしかしたら、自分達家族は全員死んでしまって、既に、あの世にいるのではないだろうか?
アウレリオは、ふと、キャビネットの上に封書が置かれているのを見つけた。
封蝋された立派な紙が巻かれた封書である。
「何だと?!」
アウレリオは驚きの声を上げた。
「どうしたの?」
オクタビアは、キャビネットからパンを取り出して、子供達に配りながら訊ねる。
「これを見てくれ」
アウレリオは封書を持って、宛名を、オクタビアに見せた。
封書には……【ワー・ウルフ】の家族へ……と書かれている。
【ワー・ウルフ】の家族とは……間違いなく、アウレリオ達一家の事を指していると思われた。
この辺りにいる【ワー・ウルフ】は、彼らしかいないのだから。
アウレリオは、怖ず怖ずと、封蝋を剥がし、紙を広げて中を読み始めた。
「【ワー・ウルフ】の家族へ……お腹が空いているようなので、食事を用意しておいた……料理が入ったキャビネットは持って帰っても構わない……追伸、【竜の湖】北岸周辺の【黒の森】に、近いうちに厄災や、大嵐や、洪水が起こり、流星雨が降り注ぐ。それらが収まるまでの間、【竜の湖】東岸の【大森林】の方に避難しておきなさい。明日からは、そちらに食事を用意しておく」
アウレリオは、オクタビアにも聴かせる為に、手紙の内容を音読する。
「ああ……神様。お恵みをありがとございます」
オクタビアは、跪いて、天空に向かって祈りを捧げた。
「オクタビア。神って、我らの神【フェンリル】様か?」
アウレリオは訊ねる。
「いいえ。【創造主】様の方よ。幾ら強大なる【フェンリル】様でも、このような奇跡を成して、私達を、お救い下されるだけの神力は、お持ちではないでしょう?それに、そもそも【フェンリル】様は【ティル・ナ・ローグ】にいらっしゃるのだし。このような奇跡が出来る方がいるとするなら、それは、きっと最高神たる【創造主】様だけよ」
オクタビアは、目に涙を浮かべながら言った。
アウレリオも、オクタビアの言う通りのような気がして来る。
【創造主】が?
何故?
いや、何も問うまい。
アウレリオは……仮に【創造主】が、自分と家族を不憫に思って救いの手を差し伸べてくれたのなら、その厚意に対して僅かでも疑念を抱く事は不敬である……と考えた。
そのように神を疑う者には、もしかしたら【創造主】は翻意をして、アウレリオ達家族を見捨てるかもしれない。
とりあえず、【竜の湖】の東岸に広がる【大森林】に行けば、明日も食事を用意してくれる、と書いてある。
別に、出かけて行って実際には食事がなかったとしても、アウレリオ達の家族には、もう失うモノなど何もないのだ。
ここは、とりあえず信じてみれば良い。
「ねえ、【黒の森】に、災厄や大嵐や洪水が起きて、流星雨が降るって……」
オクタビアは不安げに言った。
「ああ、これは神からの警告だ。何故かはわからないが、俺達は、神に救われたのだろう。この神からの手紙を信じて、神が言う通りに【大森林】の方へ避難しよう」
アウレリオは言う。
「そうね。私も、それが良いと思うわ」
オクタビアも同意を示した。
群の仲間は?
いや、無理だ。
群に危機を報せに行けば、殺される可能性がある。
それに、もしかしたら神は、あの群を滅ぼす事が目的で、災厄なるモノを引き起こそうとしているのかもしれないのだ。
アウレリオが昔のよしみ……などと考えて、危機を報せに行けば、神は、アウレリオ達の家族も一緒に滅ぼす可能性もある。
みんな、許せよ……。
アウレリオは、心の中で、かつての仲間達に詫びる。
部族の長の命令でアウレリオ達は追放された。
しかし、長の命令だとはいえ、群には、追放されたアウレリオ達家族に対して同情的な仲間もいたのである。
だが、アウレリオは、家族を守る事を選択した。
神の意には逆らえない。
・・・
アウレリオは、手紙に書いてある通り、キャビネットを担いで、家族で【大森林】の方角へと移動を始めた。
今日は、おかしな事ばかりおこる。
早朝から、【エルフ】が1人で【森の中】を歩いていた。
全く魔力を感じない脆弱な女が……である。
あんな弱そうな女【エルフ】が、何やら楽しげに歌を口ずさみながら、この森の中を歩いているだなんて……どう考えても、おかしい。
だが、アウレリオ達は、空腹であった為、とりあえず、その【エルフ】を狩る事にした。
すると、突然【古代竜】とエンカウントしたのである。
アウレリオ達は、すぐに安全な距離まで退避したのだが……。
あの、女【エルフ】は、何と【古代竜】と話し始めたのだ。
アウレリオ達は、そのまま逃げ去った為、その後、どうなったのかは、わからないが……実に、おかしな事である。
いや、おかしいと言えば、この1月半あまりの出来事は、おかしな事続きだった。
まず、9の月の初めに【竜の湖】に偵察に向かった時に端を発する。
あの夜は新月……【湖竜】の生まれる周期だった。
アウレリオは、部族の長から命じられ、いつものように周期スポーンの様子を偵察に赴いたのである。
もしも、【湖竜】が、北に進路をとるならば、群に報せ、避難をしなければならないからだ。
アウレリオは、長からの信頼が厚い部族一の戦士だったのである。
あの時は……今回も特段危険な任務ではない……と思った。
それは、完全な見込違いだったのだが……。
【ワー・ウルフ】は、【潜伏】が得意だ。
仮に【湖竜】に見つかっても、隠れて逃げるだけならば、どうにか対処は出来る。
それに、アウレリオは、部族の中で最強の個体。
だからこそ、長からも信頼されて、毎回、重要な周期スポーンの偵察の任務を与えられていたのである。
【古代竜】は、恐るべき知性を持っているが、周期で生まれたばかりの個体は、まだ判断が稚拙だ。
脆弱で矮小で愚かな人種達ならばともかく、高い位階の【魔人】であるアウレリオであれば、隠れて逃げ、追跡を巻く事は訳もない。
しかし、逆に言えば、生まれたての【湖竜】は危険な存在でもある。
生まれたてで、情緒が不安定な状態の【湖竜】は、暴虐を露わにする事があるからだ。
ある程度、年月を経た個体は、攻撃色が薄れ、やがて無為な破壊はしなくなる。
自然界の獲物を狩って、縄張りの周囲に止まり、比較的穏当に暮らすようになるのだ。
とはいえ、【湖竜】は、強大な力を持つ。
危険な存在である事には違いはない。
あくまでも、程度の問題だ。
だが、生まれたての個体は、とにかく暴れたがる。
生き物を見れば、見境なく攻撃して食い殺すのだ。
だからこそ、アウレリオは、あの夜も、森の辺縁部にまで出かけ、【竜の湖】の様子を見に行ったのである。
そこで見た光景は、到底信じられないモノだった。
全身黒づくめの服に身を包んだ、若い人種の女が、【湖竜】と戦っていたのである。
強大な魔法とブレスの応酬。
凄まじい空中戦。
やがて、若い人種の女は、大勢の仲間を呼び出した。
大勢の兵士、大勢の魔導師……そして、複数の【古代竜】までいたのである。
【召喚士】?
いや、生体反応を感じない。
あれは、まさか……部族の神話に伝わる【死霊術士】?
そうだ、間違いない!
若い人種の女は、呼び出した【不死者】達に命令して、【湖竜】を一方的に血祭りにあげてしまった。
強い!
若い人種の女は、惨殺した【湖竜】の死体を前に高らかに笑っていた。
あどけなさが残る少女には似つかわしくもない、背筋が凍るような恐ろしい笑顔……。
アウレリオは、一目散に駆け出す。
そして、健脚で知られる【ワー・ウルフ】の脚でも3日かかる道を、たったの一昼夜で踏破して群の元に戻った。
そして、部族の長の前で、見て来た事を詳らかに話して聴かせたのである。
その結果……アウレリオは、信頼を失った。
勇敢な戦士、優秀な偵察者、部族の次期長候補……積み上げて来た全ての信頼を……。
「アウレリオ。貴様は、臆しておるのか?」
長は落胆したように言った。
アウレリオは、ハッ、と我に返る。
自分の手や身体を見ると、ジットリと冷や汗を流し、震えていたのだ。
誇り高い【ワー・ウルフ】の戦士が恐怖に支配される事などあってはならない。
ましてや、冷や汗を流し、耳をたたみ、尻尾を巻いて、ガタガタと震えるなど……。
部族の長は、アウレリオに命じた。
もう一度、偵察に向かえ、と。
これは、長から与えられた、汚名を晴らすチャンスだ。
同時に……二度とみっともない姿を見せるな……という最後の宣告でもある。
アウレリオは、2日で【竜の湖】に戻った。
砦が出来ていた。
信じられない。
あの恐ろしい魔女は、【竜魚】を手懐けていた。
【竜魚】は、部族最強の【ワー・ウルフ】であるアウレリオならば倒せる魔物であったが、好んで狩ろうとは思わない。
【ワー・ウルフ】が苦手とする水に潜ってブレスを放って来る厄介な獲物だったからだ。
【竜魚】を、まるで愛玩動物のように飼い慣らしている、だと?!
あの魔女は、一体何者なんだ?
魔女は、従者を従え始めた。
【エルフ】と思しき2人の子供。
そして、魔女の砦はどんどん大きくなった。
・・・
アウレリオは群に戻り、見て来た事を、長に伝える。
信じては、もらえなかった。
無理もない。
アウレリオ自身、見て来た事が信じられないのだから。
アウレリオは、再び偵察に向かった。
・・・
アウレリオは目を疑う。
あの砦は村になっており、人種が我が物顔で、住み着いていだからだ。
あそこは、歴史上一度たりとも人種の定住などを許さなかった、恐るべき【湖竜】の縄張りであるのに。
アウレリオが、その事を伝えると、長からは……追放……という処分を言い渡された。
虚偽の報告をするなど、あってはならない……アウレリオは、信頼を裏切ったのだ、と。
こうして、アウレリオは、家族を連れて、群を離れざるを得なかったのである。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外の、ご説明ご意見などは書き込まないよう、お願い致します。
ご意見などは、ご感想の方に、お寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




