第399話。ディーテ・エクセルシオールは思考する…3。
チュートリアル終了時点。
名前…ローレン
種族…【人】
性別…女性
年齢…19歳
職種…【助祭】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】、【回復・治癒】
特性…【グレモリー・グリモワールの使徒】、【才能…慈悲】
レベル…15
【サンタ・グレモリア】神殿の聖職者。
ディーテ・エクセルシオールは、【サンタ・グレモリア】の首脳達と昼食を食べていた。
メニューは、両手で持っても余るほどに大きなローストビーフ・サンド。
セントラル大陸ではパニーノと呼ばれるサンドイッチである。
これは、【神竜】のソフィアからの差し入れ、あるいは、陣中見舞いとして、グレモリー・グリモワールが、お土産に貰って帰って来たものだった。
どうやら、ソフィア・フード・コンツェルンというソフィアが経営する会社で製造された商品であるらしい。
ディーテ・エクセルシオールは、ナイフとフォークを使い、行儀良くパニーノを食べる。
パニーノは、水気を通さず、また食品の劣化を防ぐような処置が施された紙に包まれていた。
この紙に包んでおけば、【収納】アイテムから取り出しておいても、しばらくは乾燥と鮮度劣化を防げるらしい。
また、食べる時にも、四角い紙が2辺で綴じ合わされたような形状……三角形の袋状になった角を下にしてパニーノを持てばパニーノの欠片や具材やソースが溢れて、衣服や辺りを汚す心配もないという配慮がされている。
ソフィア・フード・コンツェルンによる独占特許の包装紙であるらしい。
誰でも思い付きそうな単純な発想なんだけれどね……と、ディーテ・エクセルシオールは、独特の形状をした包装紙を眺める。
この包装紙の技術がソフィア・フード・コンツェルンと、他社商品との差別化なのね……と、ディーテ・エクセルシオールは感心した。
単純な食品の商品開発であるなら、すぐに競合他社も類似商品を発売する。
市場を独占する事は出来ない。
しかし、ソフィア・フード・コンツェルンは、こういう競合他社には真似出来ない独自の技術開発によって商品の付加価値を高め、市場を席巻しているのだ。
至高の叡智を持つソフィア様が、こうして次々に新商品を開発しては市場の話題をさらうのだから、競合他社は戦々恐々としている事だろう……と、ディーテ・エクセルシオールは思考する。
この包装紙の目的から言って、本来なら、このパニーノは手掴みで齧り付くのが正式な作法なのかもしれないが、ディーテ・エクセルシオールには、それをする勇気はなかった。
お行儀が悪い……という観点よりも……口が小さくアゴが細い【エルフ】が、この大きなパニーノを一口で頬張ろうとすれば、顎関節が外れてしまうのではないか……という不安が先に立ったのである。
ディーテ・エクセルシオールは、ローストビーフのパニーノを一口大に切り分けてフォークに刺し、食べた。
美味しい。
パニーノのソースは、感覚器官が鋭敏な【エルフ】には、やや刺激が強いとも思えるスパイシーな風味だったが、それが嫌味ではなく、むしろ、もう一口を欲するような、完成された味わいであった。
今日の昼食は、このローストビーフのパニーノを【サンタ・グレモリア】の市民全員にも配って、皆で食べている。
戦時には将兵も市民も同じ食べ物を食べると一体感やコミュニティへの帰属意識が増し、士気を上げる……というのは、昔から言われている事だった。
ローストビーフのパニーノと一緒に飲むようにと言われたアイス・カフェラテは、とても甘い……が、悪くはない。
スパイシーなパニーノのソースと、甘口のカフェラテが、お互いを無理矢理にバランスさせるような、乱暴な均衡をもたらした。
ソフィアが言うには……真なるマリアージュ……であるらしい。
ウフフ、なるほどね……ディーテ・エクセルシオールは、笑う。
ソフィアの意図がわかったような気がしたからだ。
マリアージュ……つまり、お互いに遠慮し合って譲り合った上での妥協の産物である調和ではなく、言いたい事を本音で言い合って、殴り合った上での相互理解……みたいな事なのかしら?
実は、ソフィアは、そんな哲学的な事は何も考えてはおらず、その場の勢いで、それらしい事を言っただけなのだが……圧倒的な武威と知性を持つ守護竜が喋る言葉は、こうして市井の人々には、ソフィアの権威や偉大さを補強するような形で都合良く誤解されて行く事が常であった。
この点においては、【神竜】という存在をプログラムしたナカノヒトなら、正確にソフィアの、何も考えていない具合を理解出来たであろう。
カフェインの摂取が心配な幼い子供達用にはバニラ・オレが用意されていた。
こちらもダダ甘い……が、子供達は大喜びである。
食事をしながら、諸々の懸案事項を話し合う。
グレモリー・グリモワールに決裁を依頼する前の、政策素案なども議題に上がった。
気が早い事に、もう戦後の計画も取り上げられている。
【サンタ・グレモリア】の人々は……グレモリー・グリモワールが出陣した以上、この戦争は必ず勝つ……と信じて、全く疑っていないのだ。
ディーテ・エクセルシオールも、それは同じ考えであるが、彼女のそれは、グレモリー・グリモワールの能力と、敵である【ウトピーア法皇国】の戦力を、相対的に評価・分析した結果。
一方で、【サンタ・グレモリア】の首脳と市民が抱くグレモリー・グリモワールに対する信頼は、無条件かつ無制限のモノなのである。
あたかも神に対して抱くような、信仰心に近いかもしれない。
実際に、先頃、チュートリアルを受けた者達の、ほぼ全員に……【グレモリー・グリモワールの使徒】……という特性が発生していた。
これは、守護竜の使徒である聖職者などが持つ特性である。
ディーテ・エクセルシオール自身にも、【グレモリー・グリモワールの使徒】の表示が現れていた。
と、言う事は、冷静に戦力評価を分析したつもりになっているディーテ・エクセルシオール自身も、グレモリー・グリモワールへの信仰によって無条件の信頼を寄せているだけなのかもしれない。
ディーテ・エクセルシオールは、かつて、ノース大陸の守護竜である【ニーズヘッグ】の首席使徒であった。
その前……【アースガルズ】にいた頃、年若いディーテ・エクセルシオールは【アースガルズ】の守護竜である【ヨルムンガンド】の使徒でもあったのだが……。
私って、コロコロと信仰対象を取っ替え引っ替えして、見ようによっては無節操よね……などと、ディーテ・エクセルシオールは思考する。
ディーテ・エクセルシオールが暮らす世界は、多神信仰が正しい、として創造された世界であった。
なので、複数の神に祈ったり、自らの信ずる主祭神を変える事も認められている。
一部、一神教や唯一神信仰などという邪教や偽教の類の教義では、それは、最大の罪、などと言われているが……これは誤りで虚偽なので、顧る必要もない。
【神竜】、【ファヴニール】……そして、ナカノヒト。
この世界は、異論を差し挟む余地もなく多神が実在するのだから。
だが、ディーテ・エクセルシオールのように、ステータスとして明示されるレベルで主祭神が変わる事は珍しかった。
1400年……1400年も長く生きていれば、そういう事もあるわよね……と、ディーテ・エクセルシオールは、自己肯定した。
物事を前向きに捉えるのが、彼女の美点。
過ぎた事をクヨクヨと後悔するような性分なら、長命な【聖格者】など、とてもやってはいられないのである。
どんなに努力をしても、どうやっても取り返しのつかない事は、もはや初めから悩む意味などはないのだ。
この点において、ディーテ・エクセルシオールとグレモリー・グリモワールの価値観は完全に一致している。
実際の話、【聖格者】の中には、くだらない事に思い悩んだ挙句に永過ぎる生涯に絶望して、自ら人生を終わらせてしまう者も少なくないと聞くわね……ディーテ・エクセルシオールは思考した。
自らの内心と向き合って、人生が開ける事など何もない……と、ディーテ・エクセルシオールは1400年の経験から知っている。
ディーテ・エクセルシオールは、哲人、賢者、大学者と呼ばれるような者達とも、数多く親交を持って来たが……自己との対話……などに重きを置く者は、少なくない確率で、その後おかしくなってしまったのだ。
自死してしまった者も1人や2人ではない。
人種は、自己ではなく他者と向き合って生きて行くべきよ……と、ディーテ・エクセルシオールは思考する。
これが、長く生きて来たディーテ・エクセルシオールが悟った精神衛生を保つ為の秘訣であった。
自らの【使徒】を持つ信仰対象となっているグレモリー・グリモワールは……つまり、信仰心という観点で言えば、神と同列になっている。
そんな事を益体もなく考えながら、ディーテ・エクセルシオールは、クスリッ、と笑うのだった。
私がグレモリーちゃんの熱狂的な信者なのは昔っからじゃない。
ディーテ・エクセルシオールは、グレモリー・グリモワールと初めて会った900年前のあの日を思い出しながら思考するのだった。
・・・
昼食後、ディーテ・エクセルシオールは、【サンタ・グレモリア】病院の診療のサポートを終えてから、再度【黒の森】に出掛けようとしている。
【黒の森】に張った罠……つまり、対【ウトピーア法皇国】軍を迎撃・殲滅させる大規模儀式魔法陣は、もう完成していた。
ナカノヒトからグレモリー・グリモワールが購入し、ディーテ・エクセルシオールに与えた桁違いの性能を誇る魔力回復薬の【ハイ・エリクサー】を大量に飲む事で……ディーテ・エクセルシオールは、通常なら魔法技術が進歩した【エルフヘイム】であっても国家魔導師を総動員して長期間を要するような規模の大儀式魔法を、たった1人で構築してしまったのである。
これは、今後、戦争の形態が変わるかもしれない……と、ディーテ・エクセルシオールは思考した。
それは、現在【イースタリア】方面に展開し、戦争の準備の為に防衛陣地などを魔法建築した、ヨサフィーナ達からも同様の見解を得ている。
つまり、ディーテ・エクセルシオールは、既に儀式魔法による罠の敷設を終えていた。
彼女が、再び【黒の森】に出掛けようと考えたのは、ちょっとした同情心からである。
ディーテ・エクセルシオールは、午前中に見かけた、あの【ワー・ウルフ】の一家を保護しようと思い立ったのだ。
ディーテ・エクセルシオールは、正直に言えば、人種の天敵である【魔人】が、どうなろうと知った事ではない。
しかし、グレモリー・グリモワールなら、きっと保護しよう、とした筈である。
私は、今、グレモリーちゃんの全権代理なのだから、グレモリーちゃんなら助けてあげようとするであろう知的生命体がいるなら、助けてあげなくちゃね……と、ディーテ・エクセルシオールは思考した。
あの【ワー・ウルフ】の家族は、きっと、お腹を空かせているに違いない。
ディーテ・エクセルシオールを獲物として狙う程なのだから。
ディーテ・エクセルシオールは、お世辞にも食べ応えがあるような肉付きではない。
また、冷静に考えれば【黒の森】の中を、鼻歌交じりに独りで歩いているような者は強者である、と簡単に想像出来そうなモノである。
にも関わらず、あの【ワー・ウルフ】の家族は、ディーテ・エクセルシオールを執拗に付け狙っていた。
【ワー・ウルフ】を含む【魔人】は、知性が高い。
普通なら、そんな判断が出来ない訳はないのだ。
つまり、それ程に彼らは、追い詰められていたのだろう。
保護してあげなければ、大人の番はともかく、子供達は保たないはね……と、ディーテ・エクセルシオールは思考した。
保護というのには、飢餓から助ける事の他に、もう1つの意味がある。
つまり、ディーテ・エクセルシオールが仕掛けた大儀式魔法からの保護であった。
【ウトピーア法皇国】が【黒の森】の中を侵攻して来て、国境を侵犯すれば、ディーテ・エクセルシオールは迷わず大儀式魔法を発動するつもりである。
そうなれば、儀式魔法の効果範囲内にいる【黒の森】を住処とする動物や魔物も、【ウトピーア法皇国】軍と同時に全滅するのだ。
ディーテ・エクセルシオールは、必要とあらば、そのくらいの事は平気でやる。
【エルフ】とは、敵を殺す為には手段を選ばないのだから。
しかし、グレモリー・グリモワールは、それを避けようとするだろう。
グレモリー・グリモワールという人物の価値基準は面白い。
自身が圧倒的な破壊をもたらす暴力装置である癖に、妙に、赤の他人に対してすら情が深いところがある。
ディーテ・エクセルシオールは、知っていた。
グレモリーちゃんは、常日頃から、傍若無人で極悪非道の悪役を気取ってはいるけれど、あの子の性根は誰よりも心優しい。
特に、人種への殺戮に関しては、それが世界の理と国際法で認められた正当な実力行使であっても、明らかに忌避感を見せる。
きっと、意図せず戦場に紛れ込んで死んでしまうような知的生命体がいたら、それが人種の敵性種族である【魔人】であっても心を痛めるに違いない。
実際に、ディーテ・エクセルシオールは、戦いの後、味方はおろか敵の為にさえ、霊廟や墓地を造って遺体を埋葬し鎮魂の為に祈るグレモリー・グリモワールの姿を何度も見た事があった。
世間の人達は、死体を【不死者】化するグレモリーちゃんしか知らないから、彼女を恐れて忌み嫌うのよね……ディーテ・エクセルシオールは思考する。
また、グレモリー・グリモワールは、ディーテ・エクセルシオールや【ハイ・エルフ】の古老達が、対【ウトピーア法皇国】への戦術として、焦土戦術、を意見具申した時にも、それが相当に効果的な戦術であるにも拘わらず、即座に却下したのだから。
きっと、グレモリーちゃんは、焦土戦術によって【ウトピーア法皇国】を完全に叩けても、その後に【ブリリア王国】の民が荒廃した国土の復興に苦しむかもしれない、と考えたのだろう……と、ディーテ・エクセルシオールは思考した。
戦争に勝てば、賠償金で、そのくらいの損害は帳消しに出来る……などと短絡的な事を考えないのがグレモリー・グリモワールという心優しい魔女の本性なのである。
従って、ディーテ・エクセルシオールは、グレモリー・グリモワールの全権代理として、いかにもグレモリー・グリモワールがやりそうな……【ワー・ウルフ】の家族の保護……などという、不合理な行動を取ろうと考えたのだ。
さてと、グレモリーちゃんなら、どうやって、あの【ワー・ウルフ】達を手懐けるのかしらね……と、ディーテ・エクセルシオールは思考する。
ディーテ・エクセルシオールは、アリス達に諸々の指示を出した後、【黒の森】に向かって【転移】した。
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