第398話。ディーテ・エクセルシオールは思考する…2。
チュートリアル終了時点。
名前…ケイト
種族…【人】
性別…女性
年齢…20歳
職種…【司祭】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】、【回復・治癒】
特性…【グレモリー・グリモワールの使徒】、【才能…祝福】
レベル…20
【サンタ・グレモリア】神殿の聖職者のリーダー格。
ディーテ・エクセルシオールは、【サンタ・グレモリア】に帰還した。
……と、彼女は、小さな失敗をした事に気付く。
【アリス・タワー】に【転移】したつもりだったのだが、目標転移座標を間違えてしまい、学校と保育園のある建物に出てしまったのだ。
ディーテ・エクセルシオールは、最悪の事態を想定するグレモリー・グリモワールからの指示で、防衛で市街戦を戦う事も考慮して【サンタ・グレモリア】の街区のあちらこちらに転移座標を設置しておいたのだが……少し慌てていた為、【マップ】を広範囲のサーチをする小さな縮尺のままで【転移】した事による失敗である。
グレモリーちゃんから……小さなエリアに転移座標を幾つも置く場合は、【マップ】の縮尺を大きくしないと、転移座標の光点が重複表示されて間違いやすい……と言われていたわね……と、ディーテ・エクセルシオールは思い出して納得した。
チュートリアルを受けて間もない為、【マップ】の扱いには、まだ多少の不慣れさを感じるディーテ・エクセルシオールである。
戦争が始まる前に実感出来て良かったわ……と、ディーテ・エクセルシオールは思考した。
最悪の想定ではあるが、仮に【ウトピーア法皇国】側に【サンタ・グレモリア】の中まで攻め込まれるような事態になったとして、今のようなミスをすれば、取り返しがつかない事になった可能性もある。
ならば、事前に、身をもって【転移】の失敗を体験しておいた事は、ディーテ・エクセルシオールにとっては、むしろ僥倖と言えるかもしれない。
ディーテ・エクセルシオールほどの賢人ならば、同じ過ちは二度繰り返さないのだから。
とはいえ、ディーテ・エクセルシオールは……【ウトピーア法皇国】軍が、彼女の大儀式魔法を生き延びて、神の軍団の伏兵を撃退し、キブリ警備隊が守る堀を越え、【サンタ・グレモリア】の中にまで攻め込んで来るような事態は、ほとんどあり得ない……と思っている。
しかし、グレモリー・グリモワールから……そうしなければならない……と言われていた。
グレモリー・グリモワールが想定する市街戦は、【ウトピーア法皇国】の正規兵による攻撃によって起きるのではないらしい。
グレモリー・グリモワールは……戦争が始まり周辺地域からの避難民などが【サンタ・グレモリア】に保護を求めて来て、彼らの中に【ウトピーア法皇国】側の工作員が紛れ混んでいる場合……などを想定しているようだ。
【ウトピーア法皇国】は【ブリリア王国】の戦力を軽んじている。
おそらく開戦すれば簡単に捩じ伏せられると考えている筈だ。
もしも、グレモリー・グリモワールがいなければ、その見込みは完全に正しい分析ではあるのだが……。
【ブリリア王国】を舐めている【ウトピーア法皇国】が、そんな手の込んだ謀略を仕掛けて来るかしら?……グレモリーちゃんて、本当に心配性よね……などと、ディーテ・エクセルシオールは、思考する。
しかし、過去、そうしたグレモリー・グリモワールによる、いわば予感によって、危機的状況を何度も切り抜けた経験があるディーテ・エクセルシオールは……グレモリーちゃんが言うなら従うけれどね……と、ほとんど無条件で受け入れた。
ディーテ・エクセルシオールにとって、グレモリー・グリモワールは特別な人物である。
グレモリー・グリモワールが単純に人種最強レベルの【魔法使い】であり、ディーテ・エクセルシオールの国である【エルフヘイム】を救世してくれた大英雄であり、人智を超えた知性を持つ知の探求者だから……というだけではなく、何やら得体の知れない大きな運命を持っているような気がしてならない……とディーテ・エクセルシオールは考えているのだ。
だからこそ、ディーテ・エクセルシオールは、【エルフヘイム】の大祭司の職責を退位した後は、グレモリー・グリモワールと共に晩年を過ごす事を決めていたのだから。
しかし、グレモリー・グリモワールは、一度は、ユーザー大消失によって忽然と消えてしまった。
その時のディーテ・エクセルシオールの喪失感は計り知れない。
白状してしまえば、ディーテ・エクセルシオールは、親族が亡くなった時の悲しみより、グレモリー・グリモワールを失った時の方が衝撃を受け、取り乱したのである。
だが、グレモリー・グリモワールは戻って来た。
これから何百年かは、わからないが、寿命が尽きるまで、グレモリー・グリモワールと共に生きる事を固く誓うディーテ・エクセルシオールである。
ディーテ・エクセルシオールは……せっかく学校と保育園に来たのだから、ノヒト・ナカ様への、ご挨拶にフェリシアちゃんとレイニールちゃんも連れて行こうかしらね……などと考えた。
ミスさえも効率的に捉えるのが、彼女生来の前向きな思考なのである。
ディーテ・エクセルシオールは、グレモリー・グリモワールの2人の子供であるフェリシアとレイニールを連れて、【魔法のホウキ・レプリカ】に跨った。
【マップ】を確認すると、ナカノヒト達一行は、どうやら【アリス・タワー】に向かっている様子。
ディーテ・エクセルシオールとフェリシアとレイニールは、【アリス・タワー】を目指して飛び立った。
・・・
ディーテ・エクセルシオールは、地上を歩くナカノヒト達の一行が足を止め上空を見上げた事に気付く。
どうやら、ナカノヒト達も、ディーテ・エクセルシオール達に気付いたらしい。
ディーテ・エクセルシオールは……先方が、こちらの存在に気が付いたのに、それを無視して【アリス・タワー】に先回りするというのも無礼な話よね……などと考え、急転して、ナカノヒト達一行の近くに着陸した。
「皆様、どうされたのですか?」
ディーテ・エクセルシオールは、一瞬、儀礼格式に則り恭しい挨拶でもしようかと考えたが、その考えを止めて、単刀直入に対応する事とした。
ナカノヒト達一行が来訪した理由は、何か火急を要する用件の可能性もある。
今は戦時体制下なのだから。
ディーテ・エクセルシオールには……ノヒト・ナカ様もソフィア様もファヴ様も、極めて良識ある懐の深い【神格者】様で在らせられる。多少、礼を欠いたとしても、現在の緊急時の対応として、それを咎めたりはしないだろう……という考えもあった。
「【サントゥアリーオ】に向かい、【リントヴルム】を正常な状態に戻しに行きます。その、ついでに寄りました。グレモリーは?」
ディーテ・エクセルシオールが予想した通り、ナカノヒトは、無礼を咎める事もなく、穏やかな口調で訊ねる。
「グレモリーちゃんは、【ノースタリア】北方の国境地帯に向かいました」
ディーテ・エクセルシオールは答えた。
「対【ウトピーア法皇国】の戦闘配置ですね?」
「はい。グリモワール艦隊は、ヨサフィーナ達が指揮して【イースタリア】の北方国境に展開中。私は、【サンタ・グレモリア】を防衛する役目です」
「そうですか。私達は、こちらの国家紛争には介入出来ませんが、個人的には皆さんの武運を祈っています」
「ありがとうございます」
ディーテ・エクセルシオールとフェリシアとレイニール……そして、ナカノヒト達一行が足を止めて街角で立ち話をしていると、【サンタ・グレモリア】領主であるアリス・アップルツリー辺境伯が【アリス・タワー】から小走りでやって来る。
「ノヒト様、ソフィア様、ファヴ様。ようこそ、おいで下さいました」
アリスは、呼吸を整えながら、恭しく礼を執った。
「なのじゃ」
ソフィアは手を挙げてアリスに応じる。
「こんにちは」
ファヴは微笑みかけた。
「早速、【サントゥアリーオ】に向かいます。慌しいのですが、これで失礼しますね」
ナカノヒトは言う。
ナカノヒト達一行は、【飛行】で飛び立った。
ディーテ・エクセルシオール達が、ナカノヒト達一行を地上から見送っていると、ナカノヒト達は上空で一度旋回する。
どうやら【サンタ・グレモリア】の防衛体制を確認してくれているようだ。
ナカノヒトは、神の軍団の神兵……【サンタ・グレモリア】の防衛役としてディーテ・エクセルシオールが残しておいた一個部隊と話をしている。
ナカノヒトから借り受けている神の軍団の大半は、現在、グレモリー・グリモワールの指示で【黒の森】に展開させていた。
ディーテ・エクセルシオールは、【念話】を送り、その旨をナカノヒトに伝える。
事前にグレモリー・グリモワールは、神の軍団の運用について、ナカノヒトから許可はもらっているし、また、ナカノヒトは神の軍団の神兵の全個体とパスが繋がっているので、そんな事は、もちろん知っているのだが……ディーテ・エクセルシオールによる一応の配慮だった。
【調停者】たるナカノヒトに対しては……配慮をして、し過ぎる……という事はない。
ナカノヒトは、【念話】で一言……わかりました……とだけ答えた。
その短い言葉の言外に……神の軍団は、【サンタ・グレモリア】の防衛の為に駐留させているのだから、必要があれば、どんどん運用すれば良い……ただし、あくまでも、神の軍団であるのだから、間違っても捨て駒のようには扱うなよ……という圧力のようなモノを感じて、身の引き締まる思いがするディーテ・エクセルシオールである。
グレモリー・グリモワールは、ナカノヒトに対して無遠慮なのだが、ディーテ・エクセルシオールは、とても同じようには対応出来そうもなかった。
相手は超然たる力を持つ神なのだから。
しばらくして、ナカノヒト達一行は、東の【サントゥアリーオ】の方向に向かって飛び立った。
【神竜】のソフィアが、こちらに振り向いて手を振りながら飛んで行くので、ディーテ・エクセルシオール達も手を振って見送る。
それにしても、ノヒト・ナカ様は、ウエスト大陸の守護竜である【リントヴルム】様を……正常な状態に戻しに行く……と簡単に仰ったわね……などとディーテ・エクセルシオールは思考した。
それが出来てしまうのが、神。
それは神同士の事情であって、神ならぬ人の身であるディーテ・エクセルシオールには想像を絶する世界の話である。
私達は、人種の事情に対応しなくては……とディーテ・エクセルシオールは、益体もない思考を止めて、気持ちを切り替えた。
・・・
ディーテ・エクセルシオールは、アリスを始めとする【サンタ・グレモリア】の首脳陣と会議をしたり、スマホで【イースタリア】方面に展開しているヨサフィーナ達と情報共有をする。
万事、順調に推移していた。
【サンタ・グレモリア】と【イースタリア】は、グレモリー・グリモワールから、ディーテ・エクセルシオールが任された場所なのである。
手抜かりがあってはならない。
「ディーテ様、アリス様。今、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
アリスの重臣であるグレース・シダーウッド子爵がディーテ・エクセルシオールとアリスに声をかけて来た。
「平気よ。何かしら?」
ディーテ・エクセルシオールは……改まって何だろう……と考える。
公的な何かなら、さっきの会議の席で言えば良いのだから。
「はい。つい今しがた妹が到着致しました。本来なら、まずグレモリー様に、お目通りするところでございますが、ご出陣なさっておいでですので、全権代理であるディーテ様に、お目通りして頂きたいと存じます」
グレースは言った。
話には聞いている……とディーテ・エクセルシオールは思い出す。
確か、修行の為に冒険者をしていたが、この度、その修行の旅を一段落させて、姉のグレースを頼り【サンタ・グレモリア】のアリスの下に仕官を求めて来たのだったわね……とディーテ・エクセルシオールは思考した。
既に、グレモリー・グリモワールは受け入れる事を決定しているらしい。
であるならば、ディーテ・エクセルシオールが、とやかく言う事もなかった。
「わかりました。会いましょう」
ディーテ・エクセルシオールとアリスとグレースは、駅馬車のターミナルに向かう。
・・・
駅馬車ターミナルには、幾つものトランクを側に置いて立つ女性がいた。
「ヴァネッサで、ございます。ディーテ・エクセルシオール様でいらっしゃいますね?ご威名は存じております」
ヴァネッサは、深く頭を下げて言う。
「ディーテ・エクセルシオールです。どうぞ、よろしく」
続けてヴァネッサは、アリスにも丁寧に挨拶をした。
ディーテ・エクセルシオールは、ヴァネッサの事を【鑑定】する。
彼女は【暗殺者】の【職種】を持っていた。
ディーテ・エクセルシオールは、ふと、グレモリー・グリモワールから言われていた……【サンタ・グレモリア】に【ウトピーア法皇国】側の工作員が潜入して来る可能性……という話を思い出す。
まさかとは思うけれどね……とディーテ・エクセルシオールは思考した。
「【サンタ・グレモリア】への移住者は、街の庇護者であるグレモリーちゃんが決めたルールに従うと【契約】してもらうのが決まりなんだけれど……アリスちゃんの家臣になる者は、それに加えてアリスちゃんへの忠誠を【契約】してもらわなくてはならないわ。構わないかしら?」
ディーテ・エクセルシオールは言う。
すぐ、その場でヴァネッサは、【サンタ・グレモリア】のルールを遵守し、アリスに対して忠誠を誓う、と【契約】を結んだ。
ディーテ・エクセルシオールは、一安心する。
これで、もし万が一、ヴァネッサが【ウトピーア法皇国】側の工作員であったとしても、街のルールとアリスへの忠誠が拘束力を発揮して、【サンタ・グレモリア】への敵対行動は取れなくなるからだ。
「今、ここ【サンタ・グレモリア】が、どういう状況にあるかは、ご存知かしら?」
ディーテ・エクセルシオールはヴァネッサに訊ねる。
「はい。姉から聴いて知っております」
「では、とりあえず、あなたには、アリスちゃんに付いて護衛をしてもらうわね」
ディーテ・エクセルシオールは考えた。
ヴァネッサは、そこそこ強い。
街の最精鋭組織である駅馬車隊の士官クラスよりも戦闘力は高かった。
それに、【暗殺者】ならば、同業者からの襲撃にも的確に対応出来るだろう。
護衛として不足はない。
「はい。全力で相勤めます」
ヴァネッサは、表情を引き締めて言う。
「グレモリーちゃんが戻れば、何か他の任務を与えられるかもしれないけれどね」
「わかりました」
「では、ヴァネッサ。あなたは、しばらく私の部屋に同居になるから、荷物を運んでしまいましょう」
グレースは言った。
「はい、姉さん」
ヴァネッサは答える。
「グレモリー様が、お戻りになれば、部屋を用意してくれるでしょう。タワーの中に空部屋は、たくさんあるのですが、使途未定の部屋は、まだ内装が出来ていないのです」
アリスが説明した。
グレースとヴァネッサを手伝って、手すきの駅馬車隊員が荷物運びを始め、一同は、【アリス・タワー】に向かう。
そろそろ昼食時だった。
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