第392話。グレモリー・グリモワールの日常…87…縦深防御と水際防御。
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名前…ザック
種族…【人】
性別…男性
年齢…33歳
職種…【騎士】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【グレモリー・グリモワールの使徒】、【才能…騎射】
レベル…20
【サンタ・グレモリア】駅馬車隊、副隊長。
【ブリリア王国】北方都市【ノースタリア】。
長らく戦争を繰り返して来た【ウトピーア法皇国】と国境を接する2領の内の1つだ。
その2領とは、ここ【ノースタリア】と、リーンハルトが統治する東の【イースタリア】。
最近、【サンタ・グレモリア】が【イースタリア】から独立したから、現在、【ウトピーア法皇国】と国境を接する領地は3領になっているけれどね。
ま、細かい事は、どうでも良い。
【黒の森】の西端が国境を覆う【イースタリア】と違って、ここ【ノースタリア】と【ウトピーア法皇国】との国境は原野だから、人種の往来が簡単。
人種の往来が簡単ならば、大規模な軍隊の行軍も簡単という訳。
つまり、ここ【ノースタリア】は、対【ウトピーア法皇国】との最前線なんだよ。
【ブリリア王国】と【ウトピーア法皇国】の間で行われた戦争は、直近の国境紛争までの大小全ての戦役が、この国境の原野領域を中心に行われて来た。
マクシミリアンが王軍と近衛騎士団を率いて国王親征をしたのも、リーハルトが【イースタリア】領軍と騎士団を率いて援軍に馳せ参じたのも、【ノースタリア】なんだよ。
ま、【ウトピーア法皇国】側の兵力が多い時は、【ブリリア王国】側が【ノースタリア】に篭城する事もある。
その場所は、【ウトピーア法皇国】軍は、【ノースタリア】を包囲しながら、軍を分け、【ブリリア王国】深くまで軍を進める事もあったらしい。
そういう時は、主戦場が、より【ブリリア王国】の内部に移動する場合もあるんだけれどね。
今回の【ブリリア王国】対【ウトピーア法皇国】の戦争の……【ブリリア王国】側の作戦立案は、全て、【サンタ・グレモリア】が決定した。
私が他人の命令で戦う事はない。
私が戦う時は、私の意思で戦うし、私が作戦を決定する。
この方針は譲らない。
ま、戦争に勝ったら、いつもと同じようにマクシミリアンの手柄にしてやるけれどね。
でも、私は、作戦を決定するまでは、私が信頼する色々な人達の意見を聴く。
その上で、私が最終的に決断するのだ。
何度も行われた作戦会議。
当初、ディーテもピオさんもマクシミリアンもリーンハルトも、今回も、この【ノースタリア】北東の原野が主戦場だと、断言していたんだよ。
「決めつけは良くないんじゃね?」
私は言った。
みんなから一笑に付されたよ。
地球では、ドイツが、フランスに攻め込む際に、アルデンヌの森から奇襲を仕掛けた。
私は、うろ覚えの電撃戦の概要を説明したんだよ。
【ウトピーア法皇国】軍が、あえて進軍困難が予想される【黒の森】の中を突っ切って来るかもしれない、と。
「率直に言って、【ウトピーア法皇国】の方が戦力が上。奇襲をする意味が薄いのでは?」
ピオさんが言う。
「そうね。敵前線の正面を迂回して手薄な本陣を叩くメリットと、ワザワザ【黒の森】の中を進軍して、魔物と遭遇するデメリットと天秤にかければ、奇襲は選択しないんじゃないかしら?」
ディーテも言った。
いや、なんだか嫌な予感がするんだよ。
私の嫌な予感は的中率が高いんだからね。
「ハンニバルのアルプス越えとか……源平合戦の源義経による、一ノ谷の戦いの鵯越の逆落とし(後世の創作の可能性あり)とか……こういう通行不可能だと思い込んでいる場所を踏み越えての奇襲は、成功すれば戦術的に超有効なんだよ」
私は、敵軍が【黒の森】から来る場合のルートにも、防衛線を張る事を強硬に主張した。
「ハンニバル、ミナモト……って、誰?」
ディーテは首を捻る。
「とにかく、【黒の森】方面にも防衛線を築くよ」
「でも、ただでさえ、敵の方が兵力が多いのよ。少数の私達が軍を分けるのは愚策じゃない?」
ディーテは懸念を示した。
「ディーテ様の仰る通りです。もしも、【ウトピーア法皇国】が、いつものように【ノースタリア】へ全軍を投じて来た場合、【ノースタリア】では苦戦が予想されますね」
ピオさんまでも反論する。
「あのう、発言をしてもよろしいでしょうか?」
元【ウトピーア法皇国】の情報士官で、私の【眷属】となったナディアが言った。
「ナディア。何?」
「【ウトピーア法皇国】軍は、主力7個軍で【ノースタリア】を攻撃、【黒の森】から別動3個軍で【イースタリア】を攻撃する計画です」
ナディアは言う。
ほーらね。
……と、いう具合で、【ウトピーア法皇国】は、軍を分けて、いつもの【ノースタリア】の原野ルートと、私が主張する【黒の森】縦断ルートを進軍する計画である事がわかったんだよ。
「なるほど。【人】の癖に森を進軍して来るだなんて、生意気ね。なら、森の中の戦い方を教えてあげなくちゃ」
ディーテは言った。
「何たる慧眼!恐れ入りました」
ピオさんは、私を、軍神、だとか、と言って持て囃す。
で、現在の迎撃体制となった訳なんだよ。
それから、別の作戦会議で、こんな議論もあった。
今回の対【ウトピーア法皇国】戦は、国境付近での水際防衛戦術を採用する。
でも、初め、ディーテやヨサフィーナさん達【ハイ・エルフ】の古老達は、違う意見だった。
彼女達は、得意なゲリラ戦に持ち込もうと……王都【アヴァロン】まで敵を引き込んでの縦深防御……を主張していたんだよ。
都市や街や集落を捨て、場合によっては、焼き払い、全ての物資を運び出して、【アヴァロン】や南方に退く。
焦土戦術。
敵は、現地調達による補給が不可能なので、本国からの補給に頼る事になる。
長く伸びた補給線に、ゲリラ戦を仕掛け、敵の兵站を破壊する。
敵がどんなに強力な大軍でも、人種は飲食の必要もあるし、戦うには燃料や弾薬も必要だ。
敵は、100万を超える大軍。
その膨大な食い扶持と消費燃料を賄うのは、現代地球の完成されたロジスティクスを活用しても大変だ。
現代地球より文明が遅れた異世界では、ほとんど曲芸じみた困難さが予想される。
【ウトピーア法皇国】だって、そのくらいの事は理解しているだろう。
おそらく、100万を超える圧倒的な武威をもって初戦に完膚なきまでの大勝をして見せ、【ブリリア王国】の戦意を挫き早々に降伏させる算段なのだ。
つまり、【ウトピーア法皇国】は長期戦は想定していない。
なので……縦深防御による遅滞戦術とゲリラによる兵站破壊……という戦略は有効になる。
ディーテやヨサフィーナさん達は……3か月あればで、敵の半数を餓死させられる……と、言っていたよ。
「死んだ味方の肉を食い始める頃を叩けば、簡単に全滅させられるわね」
ディーテは愉快そうに言った。
怖っ!
本当に【エルフ】の戦い方は、容赦ないよね。
でも、私は、縦深防御戦略を却下した。
そんな事をすれば【ブリリア王国】の方も無傷では済まない。
顕著な問題として、まず食料生産力が低下する。
工業生産力も下がり、経済は停滞するに違いない。
そんな、やり方で戦争に勝っても、戦後に荒廃した国土を復興しなくちゃならないからね。
もしかしたら、飢餓や大不況が起きるかもしれない。
焦土戦術なんて論外だ。
なので、今回の戦略方針は、国境付近での水際防衛戦術を採用。
味方市民への被害を最小限にする。
・・・
病院船ナイチンゲールと、輸送艦フリングホルニは、【ノースタリア】上空に停泊した。
港には降りない。
いざという時、地上の船は、無防備だからね。
「こちら、ナイチンゲール艦長のグレモリー・グリモワール。下船するけれど、どこに向かえば良いのかな?」
私は、【ノースタリア】の航空管制に通信で訊ねた。
「少し、お待ち下さい。えー……領主屋敷の正門に、お越し下さい……との事です」
管制官は応える。
「領主屋敷って、どれ?」
「南側の大きな建物です。中央の尖塔に【ノースタリア】の旗が掲揚してありますので、すぐわかります」
「あ、そう。【ノースタリア】管制、ありがとう」
「ご丁寧にどうも。ようこそ【ノースタリア】へ……」
管制官は言った。
この航空管制官達は、【ブリリア王国】の国家公務員。
主要航路を除いた各国領空の都市間航路を航行する、あらゆる飛行物体は、各国の航空管制に従わなければならない。
戦争とかになれば話は別だけれどね。
一方、主要航路とは、【創造主】が創造した定期運行都市間飛空船が、全自動運行で飛ぶ航路の事。
主要航路の航路管制は、航路ギルドが一元管理している。
航路ギルドの職員は、各国から独立した中立な存在。
こちらは、戦時でも管制・誘導を無視する事は出来ない。
管制を無視すれば国際法違反になる。
定期運行都市間飛空船は、全自動運行なのに航空管制が必要なのか?
必要なんだよ。
原則、各国の都市間航路は低空域で、主要航路は中・高空域なので、ニアミスは起こらない。
でも、【創造主】が創造した初期オブジェクトの主要都市にある国際港に離着陸する時などは、全自動運行の定期運行都市間飛空船と……人種が操縦する国際航路を飛ぶ飛空船と……主に国内を飛ぶローカルな飛空船が、混在する複雑なトラフィックが発生する。
主要航路の管制と各国の都市間航路が重複する場合は、航路ギルドの航空管制が優先する事が国際法によって定められているのだ。
で、ここ【ノースタリア】は初期オブジェクトの主要都市ではないから、定期運行都市間飛空船は離着陸しない。
だから、【ブリリア王国】の国家公務員が、私の管制・誘導をしてくれた訳。
この航路管制ルールの例外は、航路を外れた広大な空域。
そこは誰の管制も受けない自由な空。
ゲーム設定上……自由空域……と呼ばれている。
自由に飛べる代わりに、航空事故などを起こしたら、全て自己責任。
国際法の1つである航空交通法を無視した危険な飛行をして、他人に損害を与えたら、シャレにならない賠償金を支払わなければならなくなる。
でも、大空を自由に飛べるのは、このゲームの醍醐味の1つだからね。
これは、空域管理がガッチガチの現代の地球では味わえない事だよ。
・・・
私は、病院船ナイチンゲールから【魔法のホウキ】に乗って、【ノースタリア】の領主屋敷の方角に向かった。
途中、都市中央にある聖堂に寄る。
転移座標を設置させてもらった。
事前に、国王のマクシミリアンから話が通っているから、一応、転移座標は設置出来たけれど、聖堂の聖職者は、余所余所しい態度。
ま、この人達は、妖精教会の聖職者だからね。
私が【サンタ・グレモリア】の庇護者だって事は、この人達は知っている。
私は、【サンタ・グレモリア】と【イースタリア】では、市民に【リントヴルム】を祀り祈らせていた。
その事は、妖精教会側も知っている。
だから、宗派的には、私と、この聖職者の人達の立場は対立していた。
でも、私は知っている。
妖精教会の末端の聖職者の人達は……人々の為に尽くしたい……という宗教家として真摯で素朴な良心を持っている事を。
【サンタ・グレモリア】で私の実質的な部下として、病院や学校や保育園で働いてくれている【サンタ・グレモリア】神殿の聖職者や……【イースタリア】で貧困者救済をしたり、石鹸工場を運営している【リントヴルム】聖堂の聖職者も、元は、全員が妖精教会からの改宗者だからね。
腐っているのは、妖精教会の上層部だけなんだよ。
だから、私は、【ノースタリア】聖堂で喧嘩を売ったりなんかしない。
むしろ、感じ良く振る舞った。
マクシミリアンの妖精教会排撃は、まだ本格的には始まっていない。
一応、マクシミリアンは、私が提案した……聖職者の免許制……を導入して、妖精教会解体の布石は置いているけれど……現状はまだ、妖精教会の聖職者達全員に無条件で免許を発給しているから、妖精教会側からの反発は今のところ限定的だ。
これから戦争をしよう、って時に敵はなるべく少なくしておいた方が良いからね。
戦争に勝ったら、マクシミリアンは、その戦争勝利による政治力強化と、市民からの支持を背景にして、一気に妖精教会をブッ壊す。
発給していた聖職者の免許を全て取り上げるのだ。
その時には、私の部下として働いてくれている聖職者の中から、【アヴァロン】中央聖堂の聖堂長を選びたいと思う。
いっその事、【サンタ・グレモリア】神殿を、【ブリリア王国】での中央聖堂にしちゃっても良いね。
ま、それは【リントヴルム】の意向次第だ。
今、ナカノヒトとソフィアちゃん達は、【リントヴルム】を復活させようとしている。
【サンタ・グレモリア】がある【ブリリア王国】は、ウエスト大陸にあるのは周知の通り。
ウエスト大陸の守護竜で、信仰の主体は【リントヴルム】だ。
【ブリリア王国】の神殿長を叙任する権限は、本来、【リントヴルム】が持つ。
私が、自分の希望を持っていても、【リントヴルム】が……ダメ……と言えば、それまでの事。
【リントヴルム】がソフィアちゃんや、ファヴ君みたいに気さくな守護竜なら、私の提案を考慮してくれるかもしれないしね。
ま、なるようにしか、ならない。
私は、聖職者さん達に、お礼と挨拶をして、【ノースタリア】聖堂を後にした。
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・・・
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