第378話。グレモリー・グリモワールの日常…73…隷属契約。
【ブリリア王国】と【ウトピーア法皇国】の戦争前の時点。
名前…アーチボルト・ブリリア(アーチボルト・キャメロット)
種族…【人】
性別…男性
年齢…23歳
職種…【王家】
魔法…【闘気】
特性…【風格】
レベル…23
【ブリリア王国】皇太子。
私は、【ラピュータ宮殿】の地上部の敷地内にある【樹人】達の集落で、私の寄子であるシャルロッテ・メリアスと再会を果たした。
シャルロッテは、駆け寄って来て、私を抱きすくめている。
この子は、私の寄子。
可愛い子供みたいな存在だ。
でも、種族的に背が高い【ドライアド】のシャルロッテに抱きすくめられている私の様子を側から見たら、どちらが庇護者か、わからない構図だと思う。
「グレモリー様、お帰りを、お待ち申し上げておりました」
シャルロッテは泣きながら言った。
「ただいま。900年も留守にして悪かったね」
「【英雄】の皆様は、この世界を捨てて永遠に去った、と聞かされておりましたので、もう二度と、お会い出来ないのかと思っておりました」
「ちょっと半日、地球に行ったつもりだったんだけれど、こっちに戻ってみたら、急に900年も年月が経っていたんだよ」
「どうして、そのような事が?」
「わからないね〜」
物理学には、光速度に限りなく近い速度で運動するモノは周囲に対して相対的に時間の流れがゆっくり進み、結果、時間の流れに周囲との齟齬が生じるという……ウラシマ効果というモノがある。
つまり、私は、あの時、何らかの理由で異世界より相対的に早く、また光速度に近いスピードで運動した?
900年もの時間の経過を物理学で説明しようとするなら、私の拙い知識では、コレしか仮説の立てようがない。
「偉大なるグレモリー様にも、わからない事が?」
「うん、森羅万象、わからない事だらけだよ」
シャルロッテ達は、苗木の頃から世話をして、私が知識や魔法を指導して来た。
だから、彼女達は、私を万物の摂理を知る、神の如き存在のように誤解しているフシがある。
でも、私は、もちろん、そんな大それた存在などではない。
ただのゲーム・オタクで、多少このゲームが得意なだけなんだよね。
「そうですか。でも、もう、これからは、ずっと、こちらに居て下さるのですよね?」
「そのつもりだよ。でも、ユーザー大消失の原因がわからないから、また、急に地球に飛ばされてしまうかもしれないんだよ」
「そう……なのですか?」
シャルロッテは不安気に言った。
「うん。私も、自分の身に何が起きたのか、今も、よくわからないんだよ。実際、コッチに戻れたのは、私と【調停者】のノヒト・ナカだけ。他のユーザーは、相変わらず消失したままだからね」
「そうですか……」
「ま、私は、これ以後、自分の意思では地球に帰るつもりはない。意思に反して強制転移させられない限り、ずっといるよ」
「わかりました。あ、こんな所ではなんですので、屋敷に来て下さいませ」
シャルロッテは促す。
私とディーテは、シャルロッテの屋敷に向かった。
・・・
「まさか、シャルロッテが長になっていたとはね」
「はい。私達【ラピュータ宮殿】の管理者を束ねるお立場であった竜之介様が、あのような痛ましい事になってしまわれたので、私が、微力ながら今日まで【ハマドリュアス】達を率いておりました」
痛ましい事……やっぱり、竜之介は死んじゃったんだね。
「竜之介は、どうなったの?」
「ご存知なのでは?」
「いや、死んじゃったんだろうな、ってのは、薄っすら、わかっていたけれど、詳しい事は知らない」
「竜之介様は、私達を守る為に戦って亡くなられたのでございます」
シャルロッテは視線を落とした。
何?
戦って死んだ?
つまり、誰かに殺されたんだね。
そいつは聞き捨てならねーぞっ!
「何で?誰に殺されたの?」
「グレモリー様が戻られなくなって後、しばらくして、突如、【天使】政府に政変が起きました。クーデターです。既存の【天使】政府を、新たな集団が討ち倒したのです。それが、現世最高神【天帝】を自称した【知の回廊】に率いられたルシフェル達、新世代の【天使】達でした。彼らは、旧政権に与していた【天使】達を全員、駆逐してしまったのです」
シャルロッテは言う。
その情報はナカノヒトに聞いた。
改めて聴くと、【知の回廊】もルシフェルって奴も、ヤバイ事をしたもんだよ。
1つの種族を絶滅させちゃったんだからね。
その後、【知の回廊】は、クローン技術で種族としての【天使】を復活させたようだけれど、この種族は、元の【天使】達とは、文明的に連続性がない、作られた種族だ。
恐ろしい事だと思う。
「ある日、【天使】の新政府当局が、【ラピュータ宮殿】の引き渡しを求めて来たのです。法手続き上は、彼らの主張は理がある内容でしたが、竜之介様は……グレモリー様の代理として【ラピュータ宮殿】を、グレモリー様が戻られるまで管理する……という希望を【天使】新政府の当局に願いました。しかし、【天使】新政府の当局者達は、竜之介様の要望を一顧だにせず、【ラピュータ宮殿】に侵入して来たのです。竜之介様は、侵入者に対して果敢に立ち向かわれ、幾度か撃退致しましたが……多勢に無勢……とうとう、討ち取られてしまわれました。竜之介様は、身を呈してグレモリー様の、ご指示を守ったというのに……私は、生き残り、こうして生き恥を晒しております。どうか、お許し下さいませ」
シャルロッテは伏して頭を下げる。
私が竜之介に与えていた指示は……【ラピュータ宮殿】と、私の寄子である【樹人】達を守れ……だ。
竜之介は、私の指示を守って死んだのか……。
そして、竜之介を殺したのは、ルシフェル達【天使】現政府の連中。
ギギギギ……許すまじ。
私は奥歯を噛み締めて、必死に冷静になろうとしていた。
感情の赴くままにすれば、今すぐにでも飛んで行って、ルシフェル達を皆殺しにしそうだよ。
「いや、シャルロッテは謝る必要なんかないよ」
私は、【天使】の現政府への怒りを押し殺して、シャルロッテを慰めた。
「そうよ、これは、どういう状況なの?あまりにも無体で、あり得ないわ!英雄名義不動産の接収を可能とした国際条約の精神からも逸脱しているわよ。5大大陸では、そんな接収の仕方はしない。竜之介ちゃんの言い分は、一定の整合性があるもの。少なくとも、いきなり実力行使に及ぶなんて乱暴過ぎるわ。国家による権利の濫用よ!何で竜之介ちゃんが殺されなくちゃならなかったの?【天使】達の行いは、どう考えても、おかしいわ」
ディーテも憤慨している。
「【天使】新政府が……【ラピュータ宮殿】を接収した……と言って立ち退きを迫って参りました。私も竜之介様も、【ラピュータ宮殿】でグレモリー様の、お帰りを待つつもりで、ございましたので、接収無効の仮処分申請をしたのですが却下されました。その後、強制執行と称して【天使】新政府により、衛士、軍が順次投入されて、最後は、竜之介様が亡くなりました」
シャルロッテは同じ説明を繰り返した。
これしか言いようがないのだろう。
【天使】達め……思い上がりやがって……。
無体にも程があるぞ。
でも……ルシフェル達のやり方は、相当に乱暴だけれど……違法か?……と問われたら、辛うじて違法ではない。
ディーテが言うように、相当に際どいやり方だけれどね。
竜之介が接収に抵抗した為に止むを得ず排除した……と言われ……適法な行政執行権の行使の範疇だ……と言われれば、残念ながら法解釈上その言い訳は通ってしまう。
むぐぐぐ、悔しいけれど、ギリギリ適法だ。
でも……竜之介は、人種なんかより、ずっと賢い【ドラゴネット】だ。
そして私は、竜之介に人種文明の社会や習慣や法律などの必要な知識を与えている。
竜之介は、けして無知な野獣なんかではない。
たぶん、ユーザー大消失の事を丁寧に説明すれば、竜之介は【天使】政府の言い分は理解したはず。
その上で、竜之介やシャルロッテ達【樹人】の保護を【天使】政府が約束して然るべき対応をしていれば、知性が高い竜之介は交渉に応じ、【ラピュータ宮殿】を平和的に明け渡したに違いない。
それをせずに、いきなり武力を行使するなんて酷過ぎねーか?
これは、適法だとしても、最大限にクレームを言っても良い案件だよね。
私は、たぶん異世界転移以来、だいぶ性格が丸くなった……と思う。
ゲーム時代の私なら、この手の事が起きれば、頭で考えるより早く攻撃魔法が火を噴いていた。
問題を解決する手段として暴力を用いる事に、何ら躊躇がなかったんだよ。
でも、今は違う。
私は変わった……と思う。
問題解決の手段として、いきなり暴力を選択はしなくなった。
ま、あくまでも、私の中だけでの比較だけれどね。
それは異世界転移以来、私に守るべきモノが出来たからだ。
フェリシアとレイニール、それから【サンタ・グレモリア】の住人の皆との関係性の中で、私の行動原理が変化したのだと思う。
私が理不尽で、かつ傍若無人に振る舞えば、私へのヘイトが私の庇護する脆弱で無防備な人達に向く可能性があるからね。
だから、今は、私の問題解決の為の最優先手段は、話し合い……暴力は可能な限り温存する方針だ。
落ち着けグレモリー……まだ、堪忍袋の尾は、縛っておけ。
シャルロッテ達の為にも、ここは、まだキレるべき時ではない。
す〜……は〜……。
す〜……は〜……。
す〜……は〜……ゲッホ、ゲホゲホ……。
私は、何度も深呼吸して、内なる地獄の暴走機関車を必死に押し止める。
機関車のボイラーは、怒りの為に熱膨張したドス黒い瘴気でグツグツと煮えたぎっているけれど……まだ、辛うじて制御が可能だ。
「納得は行かないけれど、とりあえず状況は、わかったよ。で、シャルロッテ達は、この【ラピュータ宮殿】近郊の森で、900年間、暮らして来たんだね?接収されちゃった後は、街に移住するとかすれば良かったのに。不便な暮らしだったでしょう?」
「実は……私は、ルシフェルとの【契約】によって隷属されております。この地を離れられません」
シャルロッテは悲しげに言った。
ん?
隷属?
「どゆこと?」
「私は、【ハマドリュアス】達を守る為に、ルシフェルとの交渉に応じてしまったのです」
シャルロッテは言う。
竜之介亡き後……シャルロッテは、ルシフェル個人から取り引きを持ちかけられた。
その内容は、【ラピュータ宮殿】に暮らす【樹人】は、ルシフェルと【契約】を結び、隷下に入る事。
その上で、近郊の森の管理と警備に従事しろ。
さもなければ武力を用いて【ラピュータ宮殿】の【樹人】達は、全員殺す、と。
人質交渉か?
そんな非道が許されるのか?
いいや、断じて許せん。
私は、怒りのマグマが、もう爆発寸前だ。
シャルロッテは、【樹人】達を守る為に、ルシフェルの条件を飲む。
つまり、ルシフェルと【契約】して、彼の奴隷となる道を選んだのだ。
そうして、今日まで900年間、森での警備や管理などをさせられて来た。
もちろん、ルシフェルや【天使】新政府からは報酬などはもらえない。
無報酬での労役を強いられる傍ら、シャルロッテ達は、自分達の食料は自給自足するという酷い生活だったのだ。
【樹人】達は、食物を経口摂取する他、光合成によっても栄養が取れる。
なので、空気と水と日照があれば、飢餓に陥る事はない。
だからといって、経済活動をしなくても生活出来る訳ではないのだ。
衣服や生活必需品の類、住居や工房などの施設・設備、子供らに教育などを受けさせるなら書物の類も必要だろう。
それらを手に入れるには、お金がいる。
この集落の、みすぼらしさを見ると、シャルロッテ達が、どれだけ苦労して来たのかがわかるよ。
私の、血管はビキビキ切れ始めている。
でも……でも、まだ我慢だ。
ルシフェルは、明らかに奴隷制禁止の世界の理に違反している。
これは、さっきの接収手続きとは違って明確な違法行為だ。
それも、相当に程度が悪辣。
人権蹂躙。
ブチ切れても良い状況だ。
でも、これはナカノヒトの守備範囲。
もしも、私が、短絡的にブチ切れて、ルシフェル達を皆殺しなんかにすれば、戦争になる。
そうすれば、せっかくシャルロッテが900年も守って来てくれた、【樹人】達にも犠牲が出るかもしれない。
ここは、暴れたい所を、グッ、と堪えて……ナカノヒトに仕事をしてもらおう。
とりあえず、私が個人で対応するのは……ルシフェルのクソ野郎に、シャルロッテ達の奴隷契約を解除させる事まで……その先は、ナカノヒト案件だ。
「グレモリー様。虜囚となった事を、お許し下さい」
シャルロッテは泣きながら、私に詫びる。
「いや、シャルロッテが生きていてくれただけで嬉しいよ」
「ありがたき、お言葉……」
「で、配下の【ハマドリュアス】達は?」
「寿命で亡くなった個体もおりますが、皆、子孫を遺しております」
「そうか、良かった。900年間、シャルロッテが皆を守ってくれていたんだね。ありがとう」
「ありがたき……」
そう、言ってシャルロッテは、言葉を詰まらせた。
私は……シャルロッテ達に、最低限の荷物だけを持って、速やかに【ラピュータ宮殿】を離れ、私の自宅【マジック・カースル】に引っ越し出来るよう、準備しておくように……と指示をする。
今すぐにでもシャルロッテ達を連れて行きたいけれど、それは出来ない。
何故なら……シャルロッテ以下【樹人】達は、森の管理と警備を行え……というルシフェルとの【契約】が生きているからだ。
シャルロッテ達は、ルシフェルから【契約】を解除してもらわない限り、この森からは動けない。
ちっ、【シエーロ】には守護竜がいないから、【契約】無効の裁判が行えない。
ゲームマスターであるナカノヒトなら、【契約】の解除が出来るけれど、シャルロッテ達は、私の寄子。
ルシフェルのクソ野郎に私が直接クレームをいって、【契約】の解除を要求する事くらいは、しても良いはずだ。
場合によっては、【天使】現政府に対して国家賠償を請求する。
私とディーテは、ルシフェルのクソ野郎に対して【契約】解除の要求をする為に、再び【ラピュータ宮殿】に戻った。
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