第369話。グレモリー・グリモワールの日常…64…先物取引。
チュートリアル終了時点。
名前…イーリス・リンデゴード
種族…【ハイ・エルフ】
性別…女性
年齢…849歳
職種…【高位祭司】
魔法…【闘気】、【風魔法】、【回復・治癒】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】など多数。
特性…【才能…風魔法、回復・治癒】、【グレモリー・グリモワールの使徒】
レベル…99
元【エルフヘイム】の祭司長。
ナカノヒトが【シエーロ】から戻って来た。
数十万の【天使】を相手にして、あれだけ暴れ回ったというのに、涼しい顔をしている。
「ノヒトよ。もう、行けるのか?」
ソフィアちゃんが訊ねた。
「問題ないと思うよ……。でも、お腹が空いたね。私も軽く食事をしても構わないかな?」
ナカノヒトは言う。
「ノヒト。マグロ丼、最高だよ。ソフィアちゃんに、お米をたくさんもらったんだ。やっぱり、日本人は米を食わないと力が出ないよね〜」
私が、そう言うと、ナカノヒトは、ふふっ、と微笑んだ。
同意を示してくれたみたいだね。
私は、ソフィアちゃんから、精米した米1t、マグロの冊50kg、チョコレート10kg、ホール・ケーキ10ダース……を、お土産でもらった。
見返りとして、【サンタ・グレモリア】の干物と練り物を、毎月、定期チャーター飛空船で、ソフィアちゃん宛に竜城に運ぶ約束をしている。
正式に契約をした。
もちろんキチンと代金は支払ってくれる。
ソフィアちゃんには利が少ない商談にも思えるけれど、【サンタ・グレモリア】の干物も練り物も、他にない珍しい産物で、それを安定して仕入れられるのは、価値がある事らしい。
どうも【サンタ・グレモリア】でクッソほど獲れる、何種類かいる湖魚は、魔力が豊富な【竜の湖】という外部から閉ざされた特殊環境に適応進化した固有種で、他にはいないのだ、とか。
確かに、湖魚は、見た目は、ニジマスやアユやイワナのようだけれど、味は、それぞれ、だいぶ違っていた。
端的に言えば淡水魚としては、相当に美味しい。
いずれも綺麗な白身の味は淡白で上品。
そのまま食べても美味しいけれど、干物や練り物に加工すると、グッ、と旨味が増す。
現在、【サンタ・グレモリア】で、唯一、外貨を稼げる産物と言って良い。
それに、【サンタ・グレモリア】から出る浄化された排水で希釈された堀が、湖魚の産卵場として最適な環境となり、キブリ曰く……膨大な量の魚が湧いて出て来るように増えているそうだ。
堀と湖が、孵化場と養殖場のような状態になっているらしい。
なので漁業資源の枯渇の心配はない。
むしろ、来年の春からは本気になって漁業をしないと、逆に増え過ぎた湖魚のせいで【竜の湖】の生態系が崩れてしまう事にもなりかねないそうだ。
嬉しい悲鳴だよ。
私は、スマホで、アリスとトリスタンとピオさんとチャット通話しながら商談して……ソフィアちゃんに、湖魚加工品の総生産数の半分を相場値を基準に値入れをして卸す契約を結んだ。
相場値ベースという事は、どっちに転んでも、【サンタ・グレモリア】に損はない。
でも、いくらソフィアちゃんが大食漢の健啖家でも、総生産数の半分を仕入れるのは多過ぎる、と思ったら、どうやら売るつもりらしい。
ソフィアちゃんは、今、食品専門商社を立ち上げ中みたいだ。
私も……事業に参画しないか……と誘われている。
返事は……戦争が終わってから……と、一旦、保留してあるけれど、前向きに検討したい案件だね。
神様が手掛ける事業に誘われて拒否する理由もないからね。
「グレモリー。予定が1日遅れても大丈夫かい?おそらく、今日中に【サンタ・グレモリア】に帰還するのは無理です」
ナカノヒトは言う。
「もうアリス達には、帰還は明日だって連絡しておいたよ」
私は答えた。
ナカノヒトは頷く。
「私もマグロ丼を、もらっても良いかな?」
ナカノヒトは言った。
「アルシエルだけは、先に送ってやってくれ。一刻も早く帰りたいらしいのじゃ」
ソフィアちゃんが言う。
「申し訳ありません。祖母達が大変でしょうから、早く戻って、政務を手伝ってあげたいのです」
アルシエルさんは恐縮して言った。
「アルシエルさんの、お婆様が、【シエーロ】の政府内にいるのですか?」
ナカノヒトは訊ねる。
「はい。父は【人】で、母は【天使】で、名をラグエルと言います。ラグエルの両親……つまり私の祖父母は、ルシフェル様とラファエル様です」
アルシエルさんは答えた。
「つまり、【知の回廊】に【精神支配】されてしまった影響で、アルシエルさんの祖父母は、夫婦で敵味方に分かれて戦っている訳ですね?」
ナカノヒトは眉間にシワを寄せる。
「はい。と、申しますか……。【天界】の最高位にあるのは【熾天使】という位階にある7人の【天使】なのですが……当代の【熾天使】の1人はルシフェル様。3人は、ミカエル様、ガブリエル様、ラファエル様で……いずれもルシフェル様と子を成しております。その子供達の内3人が【熾天使】に名を連ねております。私の母もその1人です。なので【天界】の内戦は、夫婦や、親子や、祖父母孫などで両陣営に分かれて戦っている状況なのです」
アルシエルさんは答えた。
「ふむ。つまり、【シエーロ】の中枢は、現在そのルシフェルの親族で占められておる訳じゃな?」
ソフィアちゃんが訊ねる。
「そうです。ルシフェル様は、【天使】の中でも、傑出した方なので、遺伝的に優秀な子が多く、結果的に、【天界】の中枢は、ルシフェル様の血筋が多くなっております」
アルシエルさんは答えた。
ふーん。
つまり、【シエーロ】の【天使】コミュニティは、そのルシフェルのハーレム・コロニーみたいな状態になっている訳だね。
それって、近血交配の問題とかは、大丈夫なのかな?
ま、私が心配する事でもないけれどね。
アルシエルさんによると、ルシフェル、ミカエルなどの第一世代は、全て【知の回廊】に改造手術された個体みたいだ。
ナカノヒトは、彼らを【改造知的生命体】と名付けた。
第一世代っていうのは、本当はおかしい。
何故なら、ゲームの設定では【天使】達は、900年前の時点で、既に何万年も世代を継いで来た種族なのだから。
それって、つまり、その【天使】達は、滅びた、って事だよね。
どうして?
そんな事は、状況証拠を元に推測すれば簡単だ。
【知の回廊】が、【改造知的生命体】を使役して、【シエーロ】の原住民である【天使】達を絶滅させてしまったのだろう。
【知の回廊】……とんでもない事をしでかしたね。
だからこそ、ナカノヒトに自我を抹消されたのだけれど。
2百年ほど前に起きた【天界】の内戦で、【知の回廊】にある【改造知的生命体】製造施設が壊れて使えなくなったのだ、とか。
それ以後、【天使】達は、【改造知的生命体】同士による通常繁殖によって子供を産み育てて来たそうだ。
この通常繁殖で産まれた子供世代以降の種族は、大概は【天使】となり、少数が【人】や【エルフ】や【ドワーフ】……または、それらの混血として産まれたらしい。
【天使】は長命で、通常繁殖を始めてから、まだ2百年しか経っていないので、近血交配は、起こっていないそうだ。
なるほど。
「ルシフェルって奴のハーレムなんだね?」
私が呟くと、皆、微妙な空気になった。
ディーテやグレースさんまで、苦笑いしている。
いやいや、別に、色欲とか男女の寝室の話とかじゃないから……生物学的な意味で蜜蜂やアリなんかのハーレム・コロニーのイメージだから……。
「わかりました。では、アルシエルさん、すぐに行きましょう」
ナカノヒトは、私の言葉をスルーして言った。
おーい。
私は、【天使】達の種族的な近交弱勢を心配して言ったんだよ。
近交弱勢とは、遺伝子が近いモノ同士が交配を繰り返すことによって、種族群の中に遺伝形質の弱い個体が増加していく事を云う。
これは純然たる生物科学的問題提起なんだからね。
「ありがとうございます」
アルシエルさんは、ナカノヒトに頭を下げる。
くっ、完璧に私の発言はなかった事にされたね。
もう、良いよ。
ナカノヒトは、アルシエルさんを連れて、【シエーロ】に【転移】した。
「さてと、グレモリーよ。其方に訊ねたい事がある」
ソフィアちゃんが改まって言う。
「ん?何?」
「我が、これからやろうとする事について神界の出身者としての助言が欲しいのじゃ。神界の経済の知識は、我らの世界より数段高度じゃからの」
ソフィアちゃんは言った。
「地球出身者の助言が聴きたいのなら、ノヒトに訊けば?」
私は、あんまり経済には詳しくないんだよ。
ま、ナカノヒトも私と同一自我だったけれど、彼は、ゲームマスターだ。
ゲームマスターは、竜城のメイン・コアとか、【知の回廊】とか、【世界樹】とか、に自由にアクセスして、あらゆる知識を調べられるからね。
私よりは、経済の話題にも対応出来るはずだ。
「ノヒトは、【調停者】じゃ。この手の話は市場介入と考えて、嫌うと思うのじゃ」
ソフィアちゃんは言う。
なるほど。
そっち系の話か。
確かに、ゲームマスターは中立公正。
市場介入政策には関知しない立場を取るかもしれないね。
ま、話の内容にもよるんだろうけれど。
「わかった。で……具体的に何をやろうとしているの?」
「うむ。我のやろうとしている事は、世界食料再分配政策じゃ」
ん?
何じゃ、そりゃ?
まず、ソフィアちゃんは、世界最大の食品商社を起業する。
次に、その巨大な食品商社で、食品流通の圧倒的なシェアを占める。
そうして食品市場をコントロールする。
「それって、市場を寡占して独占しようって事?」
「まあ、それに近い状況にはなるじゃろうな」
「それは確かにノヒトは嫌うだろうね。不公正だから」
「いや、不公正取引をしようとは思わぬ。それは、ノヒトに誓っても構わぬのじゃ。我は、食品……特に穀物の世界的な価格安定を図りたいのじゃ。これこそが、我が食品専門商社を起業する裏の意図じゃ」
裏の意図も何も……そもそも私は、ソフィアちゃんの起業の表の意図を知らないから、何とも言えないなあ。
表の意図とは……世界の食文化の発展……そして……ソフィアちゃん自身が食べる事が好きだから……さらに……お金儲けもしたい、と。
なるほど。
ならば、その裏の意図とやらの説明を聴いてみよう。
ソフィアちゃんの説明によると……。
例えば、とある外国のA国で穀物の凶作が起きたとする。
A国は穀物が凶作の為に、価格が高騰し、場合によっては飢饉が起きるかもしれない。
一方、その時にB国では豊作だったとする。
ソフィアちゃんは、豊作のB国で余剰の穀物を低価格で大量に買い付ける。
ソフィアちゃんは、B国で買い付けた穀物をA国に運び、安価で大量に売却。
こうする事で……。
A国では、凶作で少ない穀物を、B国からの輸入で賄え飢饉は防げる。
A国に無辜の民は、飢餓で死ななくて済む。
また、B国から足下を見られて、高額で売り付けられる事もない。
B国では豊作による余剰穀物の販路が出来て値崩れが防げる。
自国農家の収益力を毀損しなくて済む。
飢饉が防げれば、社会不安などに起因する国際安全保障上のリスクを減らせる。
戦争なども未然に防ぐ事が出来るかもしれない。
ソフィアちゃんの会社は、儲けた利益で、A国の農家に支援を行って、A国の農業生産力と食料自給率の低下を防ぐ。
これをしないと、本来なら飢饉で穀物価格が高騰し、凶作の為に減った収量を、単価の値上がりでバランス出来たはずのA国の農家は損失が膨らみ、場合によっては廃業を余儀なくされ、A国の農業生産力が低下してしまうからだ。
この構図は、単年での状況だけでなく……ある年に不作で、ある年に豊作……というような年毎のバラつきにも対応出来る。
これを、毎年毎年、永久に繰り返せば……凶作による飢饉と、豊作による値崩れという……偏った状況を均して、世界的な穀物価格の安定を図れる、と。
「これは、結果的に【ドラゴニーア】の国益にも適うのじゃ。しかし、【ドラゴニーア】の元老院は、これに予算を認めぬ。他国を無条件に利する政策は、どんなに高潔な理想があったとしても、自国民の税金を使う事の支持は得られぬ……という理屈じゃ。元老院は我の意図を勘違いしておる。これは正義などという下らない理念を標榜する政策ではない。キチンとした現実的利益を【ドラゴニーア】に、もたらすのじゃ。それを、元老院は理解せぬ。じゃから、我が私財を投じてやる事にしたのじゃ」
ソフィアちゃんは言った。
うーむ。
ソフィアちゃんがやろうとしている事は、商売人が聞いたら卒倒するくらい銭金勘定の観点から言うと勿体ない話だね。
元老院の人達が、賛成しなかった理由も、それだろう。
つまり、ソフィアちゃんの考えは、儲けを捨てているようなモノだからね。
経済原理に反する経済政策は成功しない……って云うんだけれど……。
真っ当な商売人なら、豊作のB国で買い占めた安価な穀物を、飢饉で穀物価格が高騰したA国に高く売り付け、儲けようとするはずだ。
A国は、どんなに高くても穀物を買わざるを得ないのだから。
ソフィアちゃんが、やろうとしている事は、その真逆の政策。
それってビジネス・モデルとして成立するのだろうか?
確かに、ソフィアちゃんが示した、やり方は、一応、収支はプラスになるような計算式にはなっていたけれど……一民間企業が担うには、リスクが大き過ぎるような気がするんだよね。
それに……人の欲望に反するスキームは、資本主義では潰れる……と思う。
資本主義というエンジンは、人の欲望がガソリンなんだからね。
ソフィアちゃんのやりたい事が、どんなに素晴らしい崇高な理念であっても、それは変わらない。
人の欲望は俗世の汚い現実であると同時に、強力な推進力を生む活力なんだと思う。
「あのさ、それは、リスクが大き過ぎると思うよ。私ならやらない」
「そうか……。じゃが、世界の穀物価格の安定化策は、我が永年温めてきた構想なのじゃ。これが実現出来れば、世界の平和に寄与するはずなのじゃ」
「穀物価格の安定化策ならば地球にはあるよ。まず、収穫される農産物を任意の量・任意の価格で売買する事を事前に約束出来る制度を作る。収穫量が多くても少なくても、相場が高くても安くても、事前に約束した量と金額で売買しなくちゃならない訳。これで、価格の変動の影響を小さく出来るよね。また、適正価格を定める調整機能としても作用するはずだよ。これを地球では、商品先物取引って言うんだ。穀物だけじゃなく広範な農作物や、鉱物や、債権や、企業株式……などなど色々な先物取引があるよ」
私は、ソフィアちゃんに、地球の先物取引や先物市場の形態を、知っている限りの知識で話した。
ソフィアちゃんは先物取引を、【創造主】から与られた知識によって知ってはいたらしい。
でも、それが、価格変動のリスク・ヘッジに役立つ方法論だという事は思い至らなかったのだ、とか。
「なるほど。商品先物とは、相場で行う博打のようなモノだと忌避しておったが、地球では、キチンとした役割を果たしている仕組みなのじゃな?」
「そだね。ノヒトも知っていると思うよ」
私の拙い知識が、ソフィアちゃんの目的達成の為に、多少なりとも役に立ったならば良いんだけれどね。
ソフィアちゃんは、今後……食品専門商社による国際的な食品流通網の整備……と……商品先物市場制度の導入……という両輪で世界の穀物価格の安定を図る事にしたらしい。
・・・
ナカノヒトが【シエーロ】から戻って来た。
アルシエルさんは、無事、親族と会えたらしい。
ナカノヒトは、夕食のマグロ丼を、かっ込んでいる。
また、美味そうに食うね〜。
「ごちそうさまでした……。さて、お待たせしました。【シエーロ】に向かいましょう」
ナカノヒトは言った。
「ようやくか?すっかり夜になってしまったのじゃ」
ソフィアちゃんが文句を言う。
「もう、安全保障上の懸念は払拭されましたから、皆は、残りますか?」
ナカノヒトは言った。
確かに、私が自宅に戻って艦隊やアイテム類を回収して、ナカノヒトが輸送してくれれば、それで目的には事足りる。
私とナカノヒトだけで【シエーロ】に向かえば良い。
「行くのじゃ。置いていかれるのは嫌なのじゃ」
ソフィアちゃんは言った。
「僕も、【シエーロ】には興味があります。いつでも行けるように、転移座標を設置しておきたいです」
ファヴ君が言う。
結局、私達は、全員で【シエーロ】に【転移】に向かった。
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