第363話。グレモリー・グリモワールの日常…58…同一自我。
名前…カバラ
種族…【エルダー・ノーム】
性別…男性
年齢…なし
職種…【軍師】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】など。
特性…【才能…洞察力、調整】
レベル…99
ゲーム時代、グレモリー(ノヒト)の【イスタール帝国】庇護活動に協力したユーザー有志の1人。
私達は、朝食を食べながら、話し合いを続けていた。
この船室にいるのは4人……つまり、私、ディーテ、なかのひと、ソフィアちゃん。
フェリシアとレイニールとグレースさん、それから、なかのひと、の陣営の人達は別室で食事をしていた。
グレモリー・グリモワール……あなたは、私です。
なかのひと、が突然、【念話】で伝えて来た。
「へ?」
私が、なかのひと?
意味がわからない。
「ん?」
ディーテが、会話の脈絡と関係なく声を発した、私の方を向いた。
「いや、この魚、口に入れたら、見た目のイメージと味が違ったから……」
私は、咄嗟に誤魔化す。
ワザワザ【念話】で話しかけて来るという事は、他の人には聴かれたくない話なんだろうからね。
「どれどれ……あー、わかる気がする。見た目より淡白な味ね。嫌いじゃない味だわ」
ディーテは、言った。
「だよね〜」
私がキャラ・メイクして、あなたを作りました……その後、私とあなたは、900年ぶりに、この世界に異世界転移した時に、自我が分離したのだ、と考えます。
なかのひと、は【念話】で伝えて来た。
なかのひと、は、ソフィアちゃんやディーテと会話をしながら、食事をしながら、私に【念話】を飛ばして来る。
器用な事をするね。
にわかには信じられないんだけれど、その証拠はあるの?
私は、【念話】で伝える。
私は、あなたの記憶を持っています……それは私の記憶でもあるからです……私が設立した製薬会社の名前は、アブラメイリン・アルケミーと言います……私がプライベートで遊んでいたキャラ……つまり、グレモリー・グリモワールのパーティ・メンバーであるピットーレ・アブラメイリンさんの名前から由来しています……私が知る限り、ピットーレ・アブラメイリンさんは、このゲーム最高の【錬金術士】ですから製薬会社の名前として拝借しました……これは、私がグレモリー・グリモワールとしてゲームをしていた時の記憶……つまり、あなたの記憶です。
なかのひと、は【念話】で言った。
アブラメイリン・アルケミーか。
確認したかった事を、なかのひと、からネタバレさせて来たね。
なるほど……ピットーレ・アブラメイリンさんが、なかのひと、に保護されて異世界にいる……という私の予測は外れた訳だ。
つまり、ピットーレ・アブラメイリンさんは、いないのか……。
あ、そうでなくて。
私と、なかのひと、が同一自我だった、という話だよ。
それは……証拠にはならないね……ゲームマスターならユーザーのログは全て見られる……それに私は、ナカノヒトさんの記憶を持たない。
私は、【念話】で伝える。
ゲームマスター権限は、この世界の中では、最も高度なセキュリティで保護されています……なので、ゲームマスターの権能と記憶は、全てゲームマスターという職権を持つ私の方だけに集約された、と考えます……それが、原因で、あなたは私の個人情報に関する記憶が失われたのではないでしょうか?……私の個人の記憶には、ゲームマスターの記憶が含まれています……それを、この世界のセキュリティ機能が一般ユーザーのアカウントである、あなたの方に与えられる事を、良しとしなかった、のではないか、と。
なかのひと、は【念話】で言った。
私は、なかのひと、の話に腑に落ちる部分がある。
私の個人に関わる記憶が不自然に、スッポリ、抜け落ちている事は、今の、なかのひと、の説明と整合性があった。
ゲームマスターの能力や記憶を他者が持つとしたら、それは相当に面倒な事になる。
あらかじめ、そういう状況を回避する為に、何らかのセイフティ機能が備えてあってもおかしくはない。
どういう事?……小学生に説明しているつもりで詳しく話してみて。
私は【念話】で伝える。
まず前提として、あなたには、異世界転移した、という認識がありますね?
なかのひと、は【念話】で言った。
あるよ。
私は、【念話】で伝える。
私とあなたは、元は1つの自我です……元の自我は、仕事ではゲームマスターのナカノヒトとして、この世界の中で働き……プライベートではグレモリー・グリモワールとして、この世界の中で遊んでいたのです。
なかのひと、は【念話】で言った。
それって……私は、なかのひと、から分かれた自我だ……という意味だよね。
良く分かったよ。
なかのひと、が私を拘束しに来た理由がさ。
なかのひと、は……私が、なかのひと、の自我から分かれた分身だと考えている……んだろうね。
つまり、この私の中に現在存在している私の自我は……なかのひと、のコントロールから離れた存在だから、いらない……って言いたいのかな?
そんなのは、困るよ。
いや、さっきの原則を【契約】した事によって、私は、なかのひと、の緩やかな支配下に置かれている。
つまり、私の存在を、なかのひと、は受容した、と考える事が出来るんじゃないだろうか?
あくまでも私の存在を是認しない、という立場なら、ワザワザあんな面倒な【契約】なんかせずに、即座に滅殺してしまえば良かったのだから。
ゲームマスターには、それをしてしまえる巨大な権限がある。
自分がオリジナルだ、とか、私がコピーだ、とか言いたい訳?
私は、【念話】で伝える。
言外に……私の意識は私のモノで、それを手放す気はない……と匂わせた。
どちらがオリジナルで、どちらがコピーであるか、というような事は問題ではありません……私達は2人とも完全で独立した自我を持つのです……なので私達は、もはや別個体ですよ……私は、その前提で考えていますし、あなたの人権を尊重します。
なかのひと、は【念話】で言った。
なかのひと、の言葉に嘘はない……と思える。
確証はないけれどね。
音声言語で発せられた言葉なら、【アンサリング・ストーン】で確認出来たのに……。
あ、そう……続けて。
私は、【念話】で伝える。
これは状況証拠でしかありませんが、ともかく聴いて下さい……ゲームマスター権限とは、ゲームマスターにのみ与えられた権能なのです……ゲームマスターの権能は、独立しています……それは他者に譲渡したりコピーしたりは出来ませんし、この世界の基本設定上、ゲームマスター権限をゲームマスター以外が持つ事は不可能です……あなたが個人情報に関する記憶が失われた理由は、おそらく、私達の、元の自我が持つ個人情報に関わる記憶にはゲームマスターの権能の一部が付随している、そうゲームのセキュリティ機能に判定されて、その部分だけは記憶が2人に分離されず、ゲームマスターの権能の容れ物としての機能を持つ私の方にだけ集約された……なので、あなたは個人情報に関する記憶が完全に消失してしまっている……私は、こう考えました……ただし、この仮説の証明は不可能ですが……。
なかのひと、は【念話】で言った。
うーむ。
なかのひと、の仮説は、あり得る話だ。
だとすると、私がゲーム時代に得た物は、なかのひと、にも所有権が認められるのではないだろうか?
資産や雑多なアイテム類なんかは、折半したって別に構わない。
でも、グリモワール艦隊と、【ホムンクルス・ベヒモス】のヒモ太郎は、渡せないよ。
アレらは、【ウトピーア法皇国】との戦争では、絶対に必要な戦力だ。
アレらがなければ、この戦争に負ける。
最悪、【ブリリア王国】が、どうにかなっても、それは仕方がない。
でも、【サンタ・グレモリア】だけは、【ウトピーア法皇国】なんかに好きにさせる訳にはいかないよ。
ここは、頼み込んで、土下座してでも、グリモワール艦隊とヒモ太郎だけは、私が貰い受けなくちゃならない。
最低でも、【ウトピーア法皇国】との戦争が終わるまでは、レンタルしてもらえるように交渉しなくちゃ。
グレモリー・グリモワール……だから、どうする、という訳ではありません……私が知り得る情報から導き出した事実だと思われる考察を、もう1人の当事者である、あなたにも教えただけです……そうするべきだと思いましたので。
なかのひと、は【念話】で言った。
とりあえず、1つの考察として聞いておくよ……で、私の資産は、どうするの?……ナカノヒトさんに返せ、とか言う訳?……アレは私んだよ……【契約】しちゃったから命令されたら逆らえないけれど。
私は、【念話】で伝える。
私は、思いっきり、ふっかけた。
最悪、グリモワール艦隊とヒモ太郎だけを一時的にレンタルしてもらえれば、ギリギリ妥協出来る。
でも……最初は全部寄越せ……って、言ってみた。
これで、最終的に半分ずつの折半なら良いところだろう。
立場は、なかのひと、の方が圧倒的に強い。
資産を全部持っていかれても、私は従わざるを得ないのだから。
「グレモリー・グリモワール。あなた名義の資産は、もちろん、全て、あなたの所有物である事をゲームマスターとして完全に保証しますよ」
なかのひと、は音声言語で言った。
へ?
全部くれた……それも随分と呆気なく。
それなりに価値があるアイテムだってあるんだけれど。
本当に、いらないの?
いらないのなら、私が貰おう。
私には、あのアイテム類が必要だ。
後から……返してくれ……って言われても、もう返さないからね。
ディーテとソフィアちゃんは、なかのひと、が急に意味不明な事を言ったので、驚いている。
私は横目で【アンサリング・ストーン】を確認していた。
【アンサリング・ストーン】は光らない。
良し。
「ありがとう、ナカノヒトさん」
私は、お礼を言った。
良かったよ。
これで私は戦える……というか、勝てる。
・・・
朝食後、私と、なかのひと、は2人だけでサンタ・ルチア号の甲板に上がった。
他のメンバーは、合流して船内にいる。
パスを通じてフェリシアとレイニールの視点で様子を見ると、ソフィアちゃんが大量のケーキをテーブルに並べて、フェリシアとレイニールに勧めていた。
フェリシアとレイニールは……どうするべきか……と困惑気……。
いつも私が……他所様から勝手に物をもらっちゃダメだ……って2人に言い聞かせているからだね。
フェリシア、レイニール……食べても良いよ……その代わり、キチンと、お礼を言うんだよ。
私は【念話】で、フェリシアとレイニールに伝えた。
フェリシアとレイニールは、ソフィアちゃんに、お礼を言って、ケーキを食べ始める。
2人が喜んでいるのが、パスを通じて伝わって来た。
ふふふ、良かったね。
「グレモリー・グリモワール。【ホムンクルス・ベヒモス】の扱いだけは気を付けて下さいね」
「気を付けるよ……。で、フルネーム呼びは、いつまで続けるの?ナカノヒトさん」
「グレモリー。とりあえず、世界の理を遵守して、私の身内は攻撃しないで下さい。それさえ、守ってくれるのなら、いきなり、あなたを滅殺しなくて済みます」
「ノヒト。わかったよ。逆に言えば、それを私が破ったら、私とノヒトが元は同一自我でも、ノヒトは躊躇なく私を滅殺するっていう事なんでしょう?」
「そういう事です」
「てか、アブラメイリン・アルケミーの情報は少し前に知っていてさ。私は、ピットーレ・アブラメイリンさんが、ノヒトに保護されているのかと思っていたんだけれど……。つまり、いないんだね?」
「はい。残念ながら、名前を拝借しているだけです」
「そっか……会いたかったよ」
「ナイアーラトテップさん、オリジナル・6さん、ピットーレ・アブラメイリンさん、エタニティー・エトワールさん……私も会いたいです」
「オリジナル・6さんのハンドル・ネームの由来は?」
「モントリオール・カナディアンズ、トロント・メープルリーフス、ボストン・ブルーインズ、デトロイト・レッド・ウィングス、シカゴ・ブラック・ホークス、ニューヨーク・レンジャース」
正解。
「ログを読んだ?」
「仮に読んだとして、こんなに瞬時に呼び出して、なおかつ、淀みなくスラスラ言えると思う?私も、ホッケーを観るのは好きだからね。スケートは全く滑れないけれど。因みに、私が一番好きな選手は、ウ〇イン・グレ〇キーだよ」
なかのひと、が好きな選手って事は、私が好きな選手でもある。
私がエドモントン・オイラーズの若きスターだったグレ〇キーの存在を知ったのは100年以上昔のNHLの古いアーカイブだった。
私のアイドル。
私は、ゴールの裏にずっと居座ってプレーするホッケー選手なんてグレ〇キー以外に知らない。
「どうやら、私と同一自我なのは間違いないっぽいね?」
「まだ、疑っていたのかい?【アンサリング・ストーン】の前で話していたのに」
「まあ、とりあえず信じておくよ……はぁ〜」
ピットーレ・アブラメイリンさんに会えるか、と期待していたんだけれどね。
「あなたには、ディーテ・エクセルシオールという友人がいるだけマシです。私は900年前の友人は誰もいません」
なかのひと……もとい、ノヒトは、私の心情を正確に読み取って言う。
さすが、同一自我。
以心伝心だね。
「どゆこと?ノヒトも、同じ記憶があるんでしょう?」
「私にはゲームとしての記憶しかありませんよ。それが、おかしいのです。何故、あなたは900年前のディーテ・エクセルシオールとの冒険の記憶があるのですか?ゲームですよ?ディーテ・エクセルシオールは、NPC。友情を育むような要素がありますか?私は、少なくとも、ディーテ・エクセルシオールとの思い出は、ゲームのシナリオの強制イベントでパーティ・メンバーになったNPCという認識でしかありません。特に友情のような感慨はないのです」
ん?
確かに……ノヒトの言う通り。
私は、今まで何も疑いを持っていなかったけれど、ゲーム内のキャラクターと個人的に親しい交流を持っている記憶があるなんて、何か変だ……。
でも、私には間違いなくディーテ達との私的な関係性を示す記憶がある。
「そう言われてみれば、変だね……。でも、私には、ディーテに限らず、ゲームの中で出会ったNPC達の記憶がある。これって、ゲームマスター的には、どう解釈する?」
「私が、個人情報に関する記憶を引き受けた事で、あなたの記憶には空白が出来た。それを埋める為に、何かが起きて、記憶を補完した、とか?」
「つまり、ゲームマスター的には何もわからないんだね?」
「案外、遠くない考察のような気もしますけれど?」
「いいや。その説を取るなら、私のゲーム内の記憶は、私が作ったモノだという事だよね。何故、ディーテにも同じ記憶があるの?」
「なるほど。つまり、私がゲームで遊んでいる間に、ゲームの中では、あなたとディーテが交流して、共通の思い出を持ち、友情を育んでいた、と。そういう事になりますね?」
「私は、どうやら、ゲームの外に所縁が薄いみたいだね。ゲームの外より、ゲームの中での記憶の方がリアルなんだよ。つまり、私は、実在する人間ではなくて、ゲームの中のデータなんじゃないかな?」
そんな気がする。
私は、ノヒトの記憶の残渣なのかもしれない。
ま、だからって、悲観したりしないけれど。
私には、ゲームの外の記憶が、あまりない。
家族や友達の事も覚えていなかった。
だから、外の世界に対する思い入れは希薄。
私には、この異世界こそが自分の、日常、なんだって気がする。
「その説を取ると、今度は、あなたがゲームの外の一般教養を持っている事が説明出来なくなります」
「うーん……」
「少なくとも、私は、この異世界の状況を現実と考えていますし、ソフィア達の事を家族として認識しています」
「そうだね。考えても答えが出ない事は、考える意味はないんだからね」
「そうです」
ま、とりあえず、ゲームマスターなかのひと、と知り合いになれて、どうやら平和的な関係を築いて行けそうだよね。
何よりだよ。
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・・・
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