第360話。グレモリー・グリモワールの日常…55…大陸間渡航。
ヴァルプルギスの夜。
ゲーム時代、生産系のユーザーが集まって結成された超有名サークル。
嘘か誠か、NASAの技術者や、有名大学の教授や、一流企業の研究者……などなど、そうそうたるメンバーが、このサークルに名を連ねているという。
【ドラゴニーア】艦隊を設計・開発・建造したのも彼らである。
グレモリーのパーティ・メンバーであるナイアーラトテップもヴァルプルギスの夜の元メンバーだった。
正午(【ドラゴニーア】標準時)。
私達は、お昼ご飯を船内の食堂で食べていた。
特等船室の乗客である私達は、頼めば食事はルーム・サービスをしてもらえる。
でも、他に利用客もいないので、食堂は貸切。
せっかくある施設を使わないのは勿体ない、という訳で、食堂で昼食を食べていた。
それでも貴族とかなら、船室で給仕をさせる方を選ぶだろうけれど、私達は貴族じゃないからね。
貴族って人達は、儀礼だとか格式だとか権威だとか、と色々と面倒臭いのだ。
私は、あんな窮屈な生活は耐えられない。
ま、貴族という立場上、庶民から舐められないようにしなければ統治に障りがある、という考えなのかもしれないけれどね。
その点、私なら、舐めて来る相手には、魔法をドンッ、で片がつく。
わかりやすい。
「美味しい?」
「うん、美味しい!」
レイニールが言った。
「とても美味しいです」
フェリシアも言う。
「このフワフワのパンに、濃厚なカボチャのポタージュ……そして、このラムチョップの複雑で深みのある味わい……そして、瑞々しい生野菜のサラダ……どれも素晴らしいです」
グレースさんも言った。
同感だね。
最近、【サンタ・グレモリア】の食事事情は劇的に改善した。
料理長のジェレマイアさんの加入は大きい。
でも、このサンタ・ルチア号の食事には、まだ及ばないね。
圧倒的に、こっちが上だ。
別にジェレマイアさんの腕が、サンタ・ルチア号の厨房スタッフに負けるなんて思わない。
むしろ、調理技術は、ジェレマイアさんの方が上だと思う。
これは、スパイスの種類とか、材料のバリエーションの豊富さとか、厨房機器の種類とか、出汁の素材の種類……などという調理技術以前の問題で、明暗が分かれているのだろうね。
ジェレマイアさんは、予算の枠内で、トリスタンに依頼して色々と材料や調味料なんかを仕入れているけれど、【ブリリア王国】で集められるモノの限界なのだと思う。
【ブリリア王国】は、基本的に物価が安い。
でも、それは、日常品や生活必需品に限った話だ。
塩や砂糖は、国が全量買取をして価格統制をしているから、比較的安定供給されている。
でも、胡椒だとか、マスタードだとか、ケチャップだとか、食用油だとかは、貧しい庶民にとっては、貴重で、相当に高い。
ベーキングパウダーだとか生クリームだとかの特殊な調理素材は、クッソ高い。
ハーブなんかは、そこら辺に生えている種類以外は、そもそも市場に売ってすらいないからね。
そういうモノは、贅沢品という扱いだ。
【ブリリア王国】の一般農家は、そんな贅沢品をワザワザ畑で作るくらいなら、腹が膨れる穀物や芋なんかを余分に作りたい、って、考えている。
生野菜のサラダなんか【ブリリア王国】の庶民は、まず食べない。
【ブリリア王国】の農家が使う肥料は、ほとんど堆肥。
家畜や人種の排泄物を枯葉やなんかと混ぜて発酵させて使う。
なので、寄生虫なんかがウジャウジャいる。
物の本によると……堆肥の発酵を上手に行えば、発酵熱が生じて、寄生虫や細菌なんかを殺せる……らしいのだけれど、完璧に発酵をさせるのは相当に難しい。
農業のエキスパートでも失敗する事があるのだとか。
日本でも、1970年代生まれくらいまでの人達は、結構、お腹の中に寄生虫を持っていたらしい。
つまり、そのくらい、堆肥は扱いが難しいのだ。
ま……寄生虫くらい死にゃしない……という考えもあるのかもしれない。
実際、【サンタ・グレモリア】に移住して来たばかりの人達は、健康診断をすると、まず100%、何らかの寄生虫を体内に持っていた。
私がソレを魔法で分解して虫下ししておいたけれど……寄生虫くらい、いて当然……みたいな認識だったからね。
実際、ほとんどの寄生虫は、普段は実害はない。
でも、寄生虫持ちの人が、感染症などに罹患すると、重症化するリスクが寄生虫がいない人より高くなる、という説もある。
お年寄りや子供や妊婦さんなんかも、気を付けなければならない。
なので、私は、【サンタ・グレモリア】の住人の体内に寄生虫を見つけたら、一応、処理するようには、していた。
【サンタ・グレモリア】では、私は、結構な頻度で、魔法的に野菜を衛生処理して、生野菜のサラダを食べるけれど、【ブリリア王国】の庶民は、ほとんど生野菜は食べない。
寄生虫や細菌などの問題で、危ない、という先入観があるからだ。
実際、私が魔法で綺麗にした野菜以外は、生で食べれば……という事になる。
私は、自分の腸に寄生虫を飼いたくはない。
食肉の事情も、あまり、よろしくないんだよね。
【ブリリア王国】の食肉用家畜は、夏場は放牧して野っ原の草を食べさせている。
ティモシーやクローバー……つまり雑草だ。
冬場は乾燥させたり発酵させた麦藁や、ドングリなどを飼料とする。
トウモロコシや麦の実を飼料として与える現代畜産に比べれば、家畜は脂肪を蓄え難い。
【ブリリア王国】の庶民は、基本的に穀物飼料は畜産に使わないらしい。
人種が食べられる穀物を家畜に与えるのは勿体ないと考えているからだ。
【ブリリア王国】の農業生産力は、あまり余裕がある訳ではないからね。
なので、家畜には脂肪が蓄えられていないので、肉質が硬くて味も素っ気ない。
それでも食用家畜の肉は不味いというほど酷くはないし、【サンタ・グレモリア】では、高級肉の代表である【地竜】や【パイア】を始めとして、美味しい魔物肉が豊富だから代替品は幾らでもあるけれどね。
ま、現代日本人的には、たまには脂が乗った牛肉が食べたい時もあるんだよ。
【ブリリア王国】では、特殊な調味料や食材や、美味しくなるように育成された食肉家畜は、貴族の農園で自家用に栽培や飼育されているモノか、輸入品しかないのだ。
輸入食材は、【ブリリア王国】の庶民的にはクッソ高い。
私が、【ドラゴニーア】から個人輸入した調味料やら食材やらは、【ブリリア王国】の庶民からしたら、多分、エゲツない金額なんだと思う。
ま、現代地球の感覚なら、冷蔵設備付きのチャーター飛行機で、海外から食材を個人輸入するような感覚だから、高くても当然かもしれない。
それでも、【サンタ・グレモリア】は【ブリリア王国】から免税特権を受けているから、あの金額で収まっている。
普通の【ブリリア王国】民が、輸入食材を買えば、そこには関税も付加されるのだ。
ジェレマイアさんが、調味料や食材の入手に苦労しているのも仕方がない。
私は、これから、更に【サンタ・グレモリア】の食糧事情の改善を図って行きたいと思う。
ま、それもサンタ・ルチア号が月に一度往復するようになったから、今後は、どんどん【ドラゴニーア】から輸入すれば良い訳だ。
随分と助かる。
私は、900年の間に、銀行預金の利子やら何やらで、巨万の富を築いているから、購入資金は幾らでもあるからね。
私は、食べ物には、お金を惜しまない性質なんだよ。
トリスタンやピオさんは、【サンタ・グレモリア】が関税なしで輸入した海外の産物を、【ブリリア王国】内に転売して、差額で楽して儲けよう……なんて言う。
それを、私は却下した。
そんな事をすれば、右から左に品物を流すだけで【サンタ・グレモリア】は濡れ手で粟のボロい商売だけれど、その代わりに【ブリリア王国】の国民の富が海外に流出してしまう。
そういう中間搾取商売は、あまりやりたくない。
私は、【サンタ・グレモリア】を庇護する。
それは、短期的にではなく、恒久的でなければ意味はない。
【サンタ・グレモリア】が免税特権を利用して商売をして暴利を貪れば、やがて【ブリリア王国】の人達から、【サンタ・グレモリア】が憎まれる事になると思う。
それは、よろしくない。
もちろん、免税特権は【サンタ・グレモリア】が得た正当な権利だから、堂々と利用させてもらうつもりだし、現状の有利な立場を手放すつもりはないよ。
だからと言って、【サンタ・グレモリア】が、あまりにも恨まれ過ぎるのも考えモノだ。
これは、当面、租税免除や、兵役免除としての権利行使に留めておくつもり。
免税特権が、何故、兵役免除に繋がるのか?
【ブリリア王国】では徴兵制がある。
【ブリリア王国】民は、税金を余分に払えば、その徴兵を免れる事が出来るのだ。
【サンタ・グレモリア】は【ブリリア王国】からの税金を免除されている。
つまり、徴兵免除の税金も免除されていると解釈出来る訳だ。
なので、【サンタ・グレモリア】の住人が【ブリリア王国】の軍隊に徴兵される事はない。
私は、【サンタ・グレモリア】で志願制の領軍を組織しているけれど、【ブリリア王国】の軍隊に【サンタ・グレモリア】の住人を参加させるつもりはない。
【サンタ・グレモリア】の住人は、私の庇護下にある人達なのだ。
他人に、身柄を、どうこうさせる気は絶対にない。
貿易関係は、免税特権を持つ【サンタ・グレモリア】だけが富を独占しないような形で【ブリリア王国】の住人にも恩恵を与える方法を模索している。
例えば、【サンタ・グレモリア】にマクシミリアンの直轄事業として、輸入代理店を開業させるとか。
【ブリリア王国】国営のタックスヘイブンとして【サンタ・グレモリア】の土地をマクシミリアンに貸す訳だ。
でも、これ……関税の意味から言えば本末転倒かもしれない。
関税は、安価な輸入品の流入を制限して国内産業を保護する目的で使われるのだから。
ピオさんからも苦笑いされてしまった。
私は、経済や貿易は素人だから、その辺は難しい。
とにかく、免税特権は、何らかの形で活用はしたいね。
要は、【ブリリア王国】の住人にも、利益があるスキームを開発すれば良い訳だ。
・・・
私達は、食事を終えて、甲板に出てみる。
時速900kmの巡航速度で屋外に出られるのも、この船の凄さだ。
強力な【防御】で風圧は完全にシャットアウトされている。
また、もしも乗客が甲板から落っこちても、【理力魔法】による自動転落防止ギミックで、甲板の上に安全に戻されるのだ。
コレは、正直、私には真似出来ない技術。
凄まじい性能だよ。
たぶん、ナイアーラトテップさんクラスの超一流の生産系ユーザーが設計と造船に携わっているのだと思う。
そんな事を、クルーの皆さんと雑談していたら……この船の設計と造船は、【神話の時代】の伝説的生産系ユーザー・サークルのヴァルプルギスの夜だ……って、教えてくれた。
ヴァルプルギスの夜、って、ナイアーラトテップさんが元々所属していた古巣だね。
私のパーティに移籍する前は、ナイアーラトテップさんは、ヴァルプルギスの夜、のエース設計者だった。
もしかしたら、本当に、この船はナイアーラトテップさんの設計によるのかもしれない。
さすが、ナイアーラトテップさんだよね。
眼下には、険峻な山々が連なって見える。
【ルピナス山脈】だ。
【ルピナス山脈】は、ウエスト大陸の旧中央国家【サントゥアリーオ】と、南方国家【イスプリカ】の国境に横たわる大山脈。
現在、ウエスト大陸の中央国家【サントゥアリーオ】だった領域は、ウエスト大陸の守護竜【リントヴルム】が人種を追放して【神位結界】を通行止めにしてしまい【大森林】に変わり果てている。
なので、サンタ・ルチア号は、最短距離ではなく、迂回路を飛行しているのだ。
南回り航路。
北回りは、【ブリリア王国】と敵対的な【ウトピーア法皇国】の領空を通過しなければならないので、通れない。
「さてと、そろそろ、船内に戻るよ」
「「は〜い」」
フェリシアとレイニールは返事をする。
グレースさんは和かに頷いた。
・・・
夕食。
サンタ・ルチア号は、夕ご飯も素晴らしかった。
私達は、特等船室の乗客だから、料理はフル・コース。
船室の等級で食事のグレードも変わる。
料金をケチらなくて良かったね。
もう、満腹だよ。
・・・
夕食後、サンタ・ルチア号は、ウエスト大陸の東方国家【ガレリア共和国】の首都【マッサリア】に寄港した。
今回は、簡単な補給だけで、出航する。
私が依頼すれば、今後は、【マッサリア】とも輸出入は、可能だという事だ。
うーむ、【ガレリア共和国】とは、どんな交易が有効なのか、ピオさんやトリスタンとも話し合って考えたいね。
・・・
深夜、サンタ・ルチア号は、【ガレリア海】を渡る。
【ガレリア海】は、ウエスト大陸とセントラル大陸の間にある海だ。
海峡?
いやいや、馬鹿デカいよ。
異世界の大陸間にある内海は、ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸を隔てる大西洋より広い。
間違いなく大海だ。
フェリシアとレイニールは、もう眠ってしまっている。
海を見せてあげたい気もするけれど、起こすのは可哀想だ。
グレースさんは、海を初めて見て、見渡す限り全て水という光景に感嘆している。
さて、私達も眠ろう。
船旅1日目は、こうして過ぎて行った。
・・・
10月2日。
翌日は寝坊した。
いや、確信犯で二度寝したんだけれどね。
昨日は、海を見ていて夜遅かったし、【サンタ・グレモリア】にいると色々と日々のルーティンや、やらなければいけない事もあるから、うかうか寝坊もしていられない。
たまには、寝坊も良いだろう。
私が目覚めると、サンタ・ルチア号は、もうセントラル大陸に到達していた。
呆気ないね。
私は、朝ご飯、昼ご飯をスキップして、久しぶりに寝たいだけ寝たよ。
フェリシアとレイニールとグレースさんは、普通に食事をしていたけれど、私を起こさずに寝かせておいてくれた。
おかげで、良く眠れた。
精神的には余裕が出来た気がする。
寝溜めが出来たね。
戦争が始まったら、【ハイ・ポーション】を飲みながら戦って、何日も眠れないかもしれない。
頭の中は寝溜めでコンディションが良いけれど、身体の方がガッチガチだ。
床ずれ、まではいかないけれど、筋肉がヤバい。
フェリシアとレイニールから、魔法の訓練代わりに、【治癒】で筋肉をほぐしてもらった。
うん、だいぶ良くなったね。
ルーム・サービスで遅いランチを注文して食べた。
・・・
夕刻、セントラル大陸西方国家【リーシア大公国】の大公都【モンティチェーロ】に寄港する。
ここでも補給だけで、サンタ・ルチア号は荷の積み降ろしはないので、税関は簡易的なモノ。
本格的な税関は【ドラゴニーア】に入って西方都市【ラウレンティア】に入港した時になるらしい。
ま、交易相手国は【ドラゴニーア】なのだから当然だ。
もう、陽が傾いている時間帯なのに【モンティチェーロ】港は活気があるね。
多数の商船やタンカーが港に接岸し、たくさんのガントリークレーンがコンテナを積み降ろししている。
さすがは異世界文明の先進地であるセントラル大陸。
港を見るだけで、【ブリリア王国】とは比較にならないほど栄えているのがわかる。
いずれ、ここ【リーシア大公国】とも、交易が行えれば良いね。
補給を終えて、サンタ・ルチア号は、【モンティチェーロ】港を出発した。
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