第359話。グレモリー・グリモワールの日常…54…飛空貨客船サンタ・ルチア号。
前回からのおさらい。
グレモリーは、庇護する【サンタ・グレモリア】を着実に発展させていました。
しかし、北の軍事強国【ウトピーア法皇国】が、【サンタ・グレモリア】が所属する【ブリリア王国】への侵略を計画している事がわかります。
グレモリーは、【サンタ・グレモリア】を守る為に、【ウトピーア法皇国】への迎撃を決意しました。
戦争勝利の鍵は、グレモリーが所有するグリモワール艦隊と、最終兵器。
風雲急を告げる【サンタ・グレモリア】。
グレモリーは、間に合うのでしょうか?
10月1日。
私は、船上の人だ。
グリモワール艦隊と、私の最終兵器……【ホムンクルス・ベヒモス】の、ヒモ太郎、を連れて来る為に、【ドラゴニーア】に向かい、そこから【門】を通って【シエーロ】の自宅に向かう旅。
私が庇護する【サンタ・グレモリア】が所属する【ブリリア王国】に攻め込んで来ようとしている【ウトピーア法皇国】と一戦交える為だ。
しばらく窓から見ていたけれど、もう【サンタ・グレモリア】は見えない。
私達が乗り込んだ、飛空貨客船サンタ・ルチア号は、高度を上げてから、いよいよ加速を始めた。
揺れは、ほとんど感じないね。
この船の技術は、本当に凄い。
しばらくして……。
「当船は、ただ今、高速巡航速度……時速900kmに到達致しました。これより、しばらくは船内の施設などを自由にお使い下さい」
サンタ・ルチア号の船長さんからアナウンスがあった。
この船の乗客は、私と、フェリシアとレイニールと、グレースさん……それに、マリオネッタ工房から出張して来ている例の凄い性能の【自動人形】であるクワランタだけ。
ほとんど、貸切状態だ。
クワランタは、機械だから、施設は利用しないだろう。
つまり、あのアナウンスは、私達だけの為に行われたモノ。
私達の為に、船内施設には、スタッフやクルーが準備を整えて配置されているのだ。
何だか、そう考えると、施設を使ってあげないと申し訳ない気持ちになるね。
「さてと、みんな、ビュッフェにでも行ってみようか?」
「行きた〜い」
レイニールが言う。
「はい、行きます」
フェリシアが言った。
グレースさんは和かに頷く。
私達は、ビュッフェに移動した。
・・・
ビュッフェ。
ビュッフェというのは、確かフランス語で立食形式の食事を意味するのだという記憶がある。
うろ覚えだから、違うかもしれない。
それを転じて、鉄道などの食堂車を意味する言葉になったのだと何かで読んだ。
これは、つまり、ビュッフェという名称は、地球人による異世界への輸入語だと思う。
そういう地球人が持ち込んだ言葉や文化や習慣は、結構、異世界にも、ありふれている。
例えば、クリスマスがそうだ。
こちらには、イエス・キリストはいない。
イエス・キリストの生誕を祝うクリスマスの起源は、異世界には存在しないのだ。
だけど、異世界にはクリスマスという言葉は普及していて、12月25日には、親がサンタクロースに扮装して、子供達にプレゼントを渡したりする文化はある。
それだけ、ユーザー達は、異世界の歴史に多大な影響を及ぼして来た事の証明でもあるんだよね。
それが、900年前に、一瞬にして、ユーザーは全員消失してしまった。
「コーラってある?」
私は、ビュッフェのスタッフに訊ねた。
「ございます。プレーンと、レモン・フレーバーと、チェリー・フレーバーがございます」
「プレーンだね」
「畏まりました」
朝ご飯から、さほど時間が経っていないので、お腹は空いていない。
私は炭酸飲料を注文した。
炭酸飲料って、たぶん好きだったと思う。
思う、っていうのは、記憶の欠落部分に関係するから、よくわからない。
でも、日本人時代は、毎日、コーラを飲んでいたんじゃないかな〜、っていう気がするんだよね。
口が、コーラを欲しがっている。
コーラに限らず、今の【ブリリア王国】には炭酸飲料自体がないから、このシュワシュワに飢えていたんだよね。
昔はあったはず。
何故なら、かつて【ブリリア王国】は先進国の一角だったからだ。
でも、今の【ブリリア王国】には、昔の栄光の面影はない。
途上国に没落してしまっている。
この炭酸飲料に付いている、清涼な氷や、ストローも【ブリリア王国】は特権階級でしか、おいそれとは利用出来ない。
【サンタ・グレモリア】では【竜の湖】で獲れる水産物や、隣接する原野フィールドで獲れる魔物肉の鮮度管理の為に大量の氷を惜しげもなく使っているけれど、アレは、私が造った【魔法装置】があればこそ。
【イースタリア】では、清潔な氷は、超高級品だった。
庶民の為の商店街なんかに氷はない。
ストローも同様に途上国の【ブリリア王国】では、メッチャ高かった。
このサンタ・ルチア号のビュッフェに置いてあるストローは、植物樹脂製。
プラスチックではない。
環境に優しい素材だけれど、別に異世界のNPC達は、環境保護の為に植物樹脂を使用している訳ではないだろう。
異世界は、石油化学製品は、ほとんど普及していないからね。
どうしてかな?
異世界にも石油はある。
多分、魔法という環境負荷が低くて、エネルギー効率が良くて、使いやすい便利なモノがあるので、ワザワザ地面の下から石油を採掘したり精製したりして利用する必要がなくて、関連技術が発展しなかったのだと思う。
日本では、このストローを意識高い系のカフェなんかでは、パスタで代用していた。
環境保護の為であるらしい……。
乾麺の状態の穴が空いたマカロニのオバケみたいな長いパスタをストロー代わりにするってヤツ。
あれって、私なら簡単に作れるね。
工場で大量生産して売れば儲かるかな?
いや、貧しい【ブリリア王国】では、上流階級くらいにしか売れないだろうね。
【ブリリア王国】では、パスタは純然たる食べ物だ。
それに庶民は、飲み物を飲む時に、小洒落たストローなんか使わない。
あの地球にあったカフェのパスタ・ストローって……環境保護をアピールしているつもりなんだろうけれど、私は、アレはどうかと思う。
何か、物凄い矛盾を感じるんだよね。
だって、そのパスタは、一度の使用後に全て廃棄してしまうのだから。
食品として食べられるモノを使い捨てにする事には、日本人として素朴に忌避感がある。
ま、他人が使ったストローを集めて、後でパスタ料理に再利用されたりなんかしても、私は、その料理を食べたくはないけれどね。
私が、何を言いたいか、というと、あのパスタ・ストローを生産する為にも化石燃料はジャンジャン使われている。
アレは1本1本手打ちされている訳じゃなくて、工場での大量生産品なのだから。
あそこまで、環境保護に拘るなら、いっその事……ウチの店は環境保護の為に、ストローは廃止しました……と言うなら……なるほど、潔い……と共感も出来るけれどね。
どうも、エスタブリッシュメントな階層の意識高い系の人達がやる事は、どこか少しずつ感性がズレているんだよね。
超巨大な邸宅に住み、24時間使えるジャグジーとかに浸かりながら、ベルーガのキャビアを食べて、高級シャンパンを飲んで、世界の環境保護を憂う……とか……。
オマイの、その馬鹿デカイ家の暖房費は幾らだ?
その暖房機器を動かす電力は、どうやって賄っている?
24時間ジャグジーの、お湯を沸かして、水質浄化設備を稼働させている電力は?
高級外車を乗り回して、遊びで飛行機に乗りまくって海外旅行に行ってるけれど、それはソーラー発電車?ペダル動力の人力飛行機?
ソーラーパネルを製造するのにも、化石燃料は大量に必要だし、ジェット燃料って一体何だと思っているのだろうか?
ま、本人達に面と向かって、こんな説教臭い事を言う気もないけれどね……私だって、聖人君子なんかじゃないんだからさ。
あの人達は、いわば環境保護主義というハイソなライフ・スタイルに自己陶酔しているだけで、別に環境なんかどうでも良いのだと思う。
環境保護が大事なのは、みんな知っている。
化石燃料をバカバカ使いまくっているエスタブリッシュメント層が説教してくるから、その人達より化石燃料の使用量が少ない一般の日本人達は、反感を覚えるんだよね。
あの人達は、それに全く気付いていない。
本気で環境保護をするなら、まず自分達が率先垂範して、自給自足の弥生時代の生活様式で暮らしでもしたら良いと思うよ。
あの人達が全員それをするなら、私は心から尊敬して、財産を全部環境保護主義の人達に寄付してあげたって良い。
あの人達は、絶対にそれをしないだろうけれどね。
それをやらないなら説教なんかして欲しくない。
人間は、生きているだけで環境負荷だ。
私達は、地球環境を完全に破壊してしまえば生きられない。
それをすれば人類文明は滅亡する。
だから環境を保護しなければならない、なんて、全地球人が本能レベルでわかっている。
それでも文明の進歩と環境の帳尻を合わせながら、私達は、日々、地球環境に負荷を与えながら、完全に地球環境を破壊してしまわないように気を付けて一生懸命に考えて合理的に生き続けなければならない。
くだんないパスタ・ストローとかより先にやるべき事があるはず。
例えば、化石燃料に、代替する綺麗なエネルギーの発明の為に資産を投じる、とか。
発展途上国に、先進国が、環境負荷の少ない発電設備を無償で提供する、とか。
あのエスタブリッシュメント層の人達には、その資金も社会的な影響力もあるのだから。
因みに、私は、そういう本当に意味がありそうな研究をしている大学に寄付をしていた。
少額だけれどね。
ま、それでも、私も偉そうな事は言えない。
私は、恵まれた先進国の日本に生まれ育っているんだからさ。
でも、少なくとも、私はライフ・スタイルの為なんかに環境保護を利用したりはしない。
私は、自家用車を買わないで、自転車で通勤するとか、冬場に暖房を切って、厚着してしのぐとか、その程度の事をするだけだ。
極端な意見かもしれないけれど……私は、個人的に、ファッションで環境保護をやっている連中こそが環境破壊の首謀者だと思うよ。
ま、こんなのは取り留めもない考えだね。
閑話休題。
フェリシアとレイニールも私を真似して炭酸飲料を注文していた。
グレースさんはカプチーノ。
「辛い……」
レイニールが顔をしわくちゃにして、炭酸飲料の味を表現する。
フェリシアの方も、炭酸飲料の味は微妙らしい。
まあ、初めて飲んだら、そんな感じになるよね。
「ははは、無理して飲まなくても良いよ。それは私が飲むから、普通のジュースを飲みな」
フェリシアとレイニールは、炭酸のないジュースを注文した。
今度は、美味しかったみたい。
うん、良かったね。
グレースさんは、カプチーノに砂糖をたくさん入れて、味わっていた。
何でも、コーヒーは【ブリリア王国】では、超高級品らしい。
それを味わってみたかったのだ、とか。
ふふふ……グレースさんも、飲み慣れないコーヒーの苦味に顔をしかめていたけれど、無理して飲んでいる様子は微笑ましいね。
【ドラゴニーア】の都市内巡回飛空船公社が運航するチャーター飛空貨客船……サンタ・ルチア号。
名前から、運営やユーザー……つまり地球人が建造した船だとわかる。
さっきのサンタクロースの理屈と同じ。
たぶんキリスト教のシラクサのルチアか、それを由来とするイタリア南部のサンタ・ルチア港から、名付けられているのだと思う。
異世界には、サンタ・ルチアという聖人はいない。
「ねえ、この船の名前って、英雄が名付けたんじゃない?」
「良く、ご存知で。当船は、【神話の時代】に英雄達の技術者が建造した船でございます」
ビュッフェのスタッフが答える。
そうだと思った。
異世界のNPCが造ったにしては、技術力が桁違いに優れているからね。
たぶん、この船に使われている技術は、私にも簡単にコピー出来ないと思う。
「900年前の技術か……」
千年近く昔の技術が、現代技術より優れているなんて、地球の感覚では、少し奇異に感じるけれど、異世界では、それが普通だ。
異世界のNPC達が【神話の時代】と呼ぶ年代は、ユーザー達が現代地球の技術を導入して、それをゲーム内の魔法を使って、かなり好き放題な事をしていたからね。
私も、その一人だけれど……。
このゲームには魔法があったから、900年前のユーザー達が、たくさん活動していた時代には、ある意味ではゲームの中は、現実世界よりも技術的に進歩してしまっていた、とも言える。
人類の夢……永久機関が実用化されていてエネルギー問題なんかなくなっていたし、末期癌でさえ治療出来た。
そこから、いきなりユーザーが居なくなって、【ブリリア王国】は地球の中世並の文明水準に衰退してしまっている。
その落差は激し過ぎるよね。
私は【サンタ・グレモリア】を発展させたいけれど、900年前の文明水準に戻すのは、私一人では、厳しいだろうな。
ま、やれる事を着実に一歩一歩やるしかないね。
とにかく、今は、【ウトピーア法皇国】を撃退する……それが私の、やるべき事だ。
あ、大変な事を忘れていたよ。
グリモワール艦隊を持って来るには、【門】を通らなくちゃならない。
アレは、事前に申請をして通行許可を取らなくちゃならないんだった。
艦隊を【ドラゴニーア】の領空に航行させる為にも許可が必要だ。
当たり前だよね。
空母打撃群を事前の許可もなく、主権国家の領空に、いきなり出現させたりなんかしたら、外交問題なんかでは済まない。
安全保障問題になって、下手したら、いきなり攻撃されて撃沈されてしまう。
あー、私は、おバカだね。
こんな重要な手続きを忘れているだなんて……。
ま、でも今、気付いたからギリギリセーフだよね。
たぶん、申請すれば、今なら、すぐ許可は下りると思う。
何故なら、今の異世界にはユーザーが私以外にはいない。
きっと、ゲームの時代みたいに竜都【ドラゴニーア】の竜城から、【シエーロ】へ通じる【門】を利用する人で順番待ちのトラフィックなんかは起きていないと思う。
あの【門】は世界の遺跡20か所を全てクリアしなければ開かない。
今の異世界のNPCに、遺跡20か所クリアなんて、相当ハードルが高いと思う。
もしかしたら、利用者が誰もいない可能性だってあるよね。
異世界のNPC最強クラスのディーテですら、遺跡20か所クリアは、私と一緒だったから成し遂げられたんだから。
よし、今から、予約を入れてやれば問題ない。
気が付いて良かったね。
私は、【門】を管理する【ドラゴニーア】政府の対応窓口に連絡をした。
お、900年ぶりだったけれど、アドレスには、ちゃんと通じたよ。
要件を告げると、少し待たされけれど、問題なく諸々の許可が下りた。
これで良し、と。
もう忘れている事はないよね。
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