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第357話。月にかかる虹…17…天才の秤(はかり)……つまり天秤(てんびん)。

国立学校中等部一年生。


名前…ペネロペ

種族…【(ヒューマン)

性別…女性

年齢…13歳

職種…【魔法剣士(マジック・セーバー)

魔法…【闘気】、【攻撃魔法】など。

特性…【才能(タレント)鼓舞(インスパイア)

レベル…25


学年首席の天才。

初等部時代、若干12歳で、900年間、未解決だった魔法学の命題を証明するなど、才知の輝きを放つ。

キトリーによるペネロペ評は……天才過ぎて、才能の重さで秤がひっくり返って訳がわからない事になっている。

 ある休校日。

 私は、朝からペネロペの家に向かいました。


 今日は、学校の図書館が虫干しと本棚の掃除で利用出来なかったので、仕方がありません。

 ルフィナも生徒会の仕事で、午後までは手が離せないとかで、後で、こちらに合流予定。

 私の家でも良かったのですが、母に赤ちゃんが出来た事がわかり、今日は父が付き添って検診に行かなければいけません。

 なので、ペネロペの家です。


 私は、父のトラックでペネロペの家にやって来ました。

 ペネロペの家の前で降ろされ、両親は、これから産科医院に向かいます。

 母は、年齢的に、多少、妊娠・出産のリスクが上がって来る頃なので、検診は大事ですからね。

 夕方、父が迎えに来てくれる予定でした。


 私は、母が……お裾分けに……と持たせてくれた、巨大な板ベーコンを担いで、ヨタヨタ、と歩き、ペネロペの家の玄関に到着し、ノッカーを鳴らします。


 板ベーコンは、【パイア】の三枚肉を、丸ごとベーコンにした、その名が示す通りの巨大な板状のベーコンでした。

 それを真空パックにした、高級な贈答品です。

 母は、妊娠のお祝いで、クライアントの食品加工会社の社長さんから、この板ベーコンを5枚も頂きました。

 この社長さんの会社は、以前、経営不振に悩まされていましたが、会計顧問だった母方の祖父の事務所から、母が乗り込んで、一時期経営コンサルタントの真似事をしていたのです。


 この会社は、地元の小売店相手にハムやベーコンなど一般家庭の日常食用の加工肉を卸していました。

 昔ながらの製法で塩だけを使って作られたハム・ベーコン。

 それが最近、食品添加物や化学調味料を用いた安価な商品に押されて、販売が低迷していたのです。

 この会社は、機械化と合理化を進めて低価格でハム・ベーコンを提供する道を模索していましたが、母は、その方針に異を唱えました。


 素材を吟味して【パイア】の肉や、【センチュリオン】産の岩塩などを使い、高級路線を推し進めて……手間暇をかけた昔ながらの製法……を前面に押し出しましょう、と。


 通常、三枚肉のベーコンなどは、仕込みの際には、肋肉(ばらにく)を丸ごとを調味・加工しますが、出荷の際には適当な大きさに切り分けてパックされます。

 普段使いのハム・ベーコンを丸ごと売ると、不便ですし、単価も上がってしまいますので。

 低価格帯の商品では、初めからスライスして売る場合も増えて来ているのだとか。

 良かれと思って、消費者の利便性を追求して来た訳です。


 が、母は、あえて、それを肋肉(ばらにく)丸ごとの状態で高級贈答品として販売を始めたのです。

 そして、肉の表面に、ロゴを焼印して、一目で、その会社のハム・ベーコンだとわかるようにしました。

 これが大当たり。


 普段使いのハム・ベーコンとしては、確かに多少利便性は犠牲になりますが、贈答品としてのインパクトは絶大。

 また、百貨店の加工肉売り場でも、この大きなままのハム・ベーコンは、置いておけば目を引きます。

 看板代わりになりました。


「店員さん。その肉の塊、何?」


「はい。ベーコンです」


「そんなに大きいの?」


「はい。【パイア】の肋肉(ばらにく)ですから」


「へえ、面白い。でも、大き過ぎて、買えないわね」


「お好みの薄さと、量に切り分けますよ」


「あら、それなら、試しに買おうかしら」


「極薄に切って、カリカリに焼くのも美味いですが、分厚く切ってステーキ風や、煮込みに使っても最高の出汁がでますよ」


「良いわね。なら、薄切り200gと、厚切りで300gを5ブロック買うわ」


 ……と、いう具合に。


 この販売戦略の利点は、加工工場には、ほとんど設備投資がいらない事。

 既存の設備で生産が可能です。

 小分けに切ったり、スライスする必要がない為、むしろ作業工程は楽になりました。

 手が空いた従業員を他の作業に配置転換出来るので、以前と同じ人件費で生産量が上がりました。


 また……手間暇をかけた昔ながらの製法……というコンセプトを前面に押し出した事も競合他社に対する強みとなります。

 何故なら、機械化・合理化を推し進めて、大量生産で低価格のハム・ベーコンを生産している大手の食品企業は、このやり方を真似しようとしても、腕の良い職人さんが社内にいませんので。

 昔ながらの製法で美味しいハム・ベーコンを作るには、熟練した職人さんの勘や経験が必要なのです。

 そう簡単には人材を育成出来ません。


 また、合理化によって利益を上げている大手企業が、自社の今までの経営方針に逆行するような不合理な手作業によるハム・ベーコンの製造に、どのくらい本気で設備投資を行うのか、という問題もあります。

 母がコンサルタントをした会社は、当面は、安泰でしょう。


 それにしても……父っ!

 あの人は、私の背中にこれを、()で載っけましたよ?!

 私は、子供を、おんぶするような格好でベーコンを背負っていました。

 これ、1枚が30kgあるのです。

 どう考えても、運ぶには台車がいるでしょう?!

 お、重い……。


 扉が開いて、ペネロペのお姉さんが迎え入れてくれました。


「キトリーちゃん、いらっしゃい……って、何を持って来たの?」

 ペネロペのお姉さんは驚きます。


「おはようございます。こ、これ……母から……お裾分けです……ベーコンです」

 私は、背中に亀の甲羅を背負っているような体勢なので、ペネロペのお姉さんの足元しか見えません。


「ありがとう……た、助かるわ。ペネロペっ、ちょっと手伝ってっ!」

 ペネロペのお姉さんがペネロペを呼びました。


「はいよ〜……。お、キトリー、来たか?って、何、担いでんの?」

 ペネロペは、家の奥からやって来て言います。


「べ、ベーコン……お、重い……」


 ペネロペが軽々と板ベーコンを受け取り、ヒョイッ、と肩に担いで運んで行きます。

 相変わらずの馬鹿力ですね。


「姉ちゃん。冷蔵庫いっぱいで入らない」

 ペネロペが言いました。


「真空パックだから、未開封なら、常温で3ヶ月保つって……」

 私は、ペネロペの家の玄関にへたばりながら、言います。


 この板ベーコンは、塩抜きなどをしなくても、そのままで美味しい減塩タイプなので、賞味期限は少し短め。


「なら、地下食材庫に入れとくよ〜」

 ペネロペは、言いました。


「キトリーちゃん、大丈夫?」

 ペネロペのお姉さんが心配します。


「だ、大丈夫です。辛うじて……」


 ん?

 お姉さん、何か、普段と印象が違いますね?


 いつもはノーメイクの、お姉さんが、今日は薄くお化粧をして、髪もセットしていたのです。

 お出かけするのかな?


 私は、ペネロペの家のリビングに向かいました。

 ペネロペの家で勉強する時は、いつも、この部屋です。

 一応、ペネロペの部屋は、離れにあるのですが、あちらは足の踏み場もないので入れません。


 ペネロペの家は、勉強をするには、なかなか過酷な環境でした。

 チビちゃん達が走り回る家の中で勉強に集中するのは、荒業です。

 小さな怪獣達は、参考書を開く私の所に、代わる代わる本や玩具を持って来ては……読んで……遊んで……と言って来ますので……。

 一番下の弟君は、さっきから私の膝の上に居座っています。


 ん?

 ああ、【グリフォン】の縫いぐるみですね?


 ペネロペの家の一番下の弟君は、私に【グリフォン】の縫いぐるみを差し出して来ます。


 いや、【グリフォン】の縫いぐるみを手渡されても、私は別に【グリフォン】は、いりませんよ。

 何ですか?

 戦い?


 ああ、君が、【(ドラゴン)】の縫いぐるみを持って、私が【グリフォン】の縫いぐるみを持って、戦闘ごっこをするのですね?

 わかりました。


「クワァーッ!負けないぞーっ!イテテテ〜ッ!」


 くっ、【グリフォン】ではなく、【グリフォン】を操る私の顔面に、いきなりの先制攻撃を仕掛けて来るのは反則……掟破りだと思いますが……。

 ちっとも勉強が出来ません。


 私の家の場合なら、暇を持て余した隠居の祖父母が同居していますので、両親が不在の時には幼い弟の面倒を看てくれました。

 なので、私は勉強の邪魔をされる事はありません。


 けれども、ペネロペの家には、子供達世代しかいませんでした。

 ペネロペの家では、一番上のお姉さんが、みんなの、お母さん役なのです。


 その、本来ちびっ子達を看てくれるはずの、一番上の、お姉さんは、今日は、おデート……。

 地元の公証役場の公証人という、お堅い職業の方を、ルフィナのお母さんから紹介されて、今日、初めて会いに行くのです。


「ペネロペ。午後からシッターさんを頼んであるからね。ご飯は冷蔵庫にあるし、キトリーちゃんの分も作ったから、温めて食べなさい。あと、あなたの()()汚すぎるわ。掃除しておきなさい。以前から何度も言ってあるわよね。今日、掃除しないなら、廃品回収業者を手配するからね。良い?」

 ペネロペのお姉さんは言いました。


「あ〜、はいよ〜」

 ペネロペは、億劫(おっくう)そうに答えます。


「じゃあ、出かけるわよ。パオロは、いつもの時間に帰るはずだから」

 ペネロペのお姉さんはバッグを持って、靴を履いて言いました。


 そのバッグと靴は、夏休み中に、【ナープレ】のバーゲン・セールで買ったヤツですね?

 品が良くて、とても可愛いと思います。


 パオロとは、ペネロペのお兄さん。

 ルフィナの家の会社に勤めていました。


「はいよ〜」

 ペネロペは言います。


 今まで一度も見た事がないほど、お洒落をした、お姉さんは、ペネロペに留守番を任せて少し緊張気味に出かけて行きました。


 ・・・


 ペネロペの家で昼食を食べて午後。

 シッターさんが2人やって来て、私は、小さな怪獣達から解放されました。


 疲れた……。


「キトリー。あのさ、時給払うから、私の部屋の片付けを手伝ってくんない?」

 ペネロペは言います。


「えっ?()()部屋を?」

 私は、難色を示しました。


 ペネロペの部屋は、彼女の()()部屋を兼ねている為、とにかく、破滅的に雑然としていて、グチャグチャなのです。

 ()()を片付けるなら、いっその事、引っ越した方が合理的な気すらしますよ。


「銀貨1枚で、どう?」

 ペネロペは言いました。


 ぎ、銀貨1枚!

 私の、お小遣い2ヶ月分です。

 参考書換算なら5冊買えますね。


 けれども、敵は、()()ペネロペの部屋。

 これは、慎重に考えなければ……。


「じゃあ……銀貨1枚と銅貨50枚っ!」

 ペネロペは、右手で指一本を立て、左手で五本指を広げて言いました。


「乗った」

 私は、片付けの手伝いを引き受けます。


 ・・・


 私は、ペネロペの家の離れにある、ペネロペの部屋、兼、()()()()へと、やって来ました。

 ペネロペの仕事とは冒険者稼業です。


 けれども、この乱雑さ……。

 汚過ぎます。


 私は、とりあえず、リストを作成して、整理する事から始めました。

 捨てる物と、保管する物と、売却する物とを選別しなければ……片付ける……と言っても、物理的にスペースがありません。


 ぐえっ!

 なんで、干からびた【河鮫(リバー・シャーク)】の頭部なんかが置いてあるのですか?


「ペネロペ。これいるの?」


「あ、それな。【河鮫(リバー・シャーク)】の歯は、矢尻の素材として高値で売れるんだよ」

 ペネロペは、私とは他の場所を片付けながら言いました。


 これは……売却……と。


 私は、無造作に置かれた、何かの動物の毛皮を持ち上げます。


「ぎゃ〜っ!」

 私は、その下から出て来たモノを見て、思わず悲鳴を上げました。


 うわー……これは……。


「何だ?」

 ペネロペが、こちらを見ます。


「いや、大丈夫。一瞬、生きてるかと思ったから……死んでるんだね?」


「あっ、それ、ずっと探してたんだよ。鎧の修理の素材に使おうと思ってさ」

 ペネロペは言いました。


 私が見つけたのは、死んだ昆虫です。

 確か【ローチ】という魔物。

 ゴキブリの化け物です。

 小さいので子供でしょうか?

 小さいとはいえ、1m近くはあります。

 気持ち悪い……。


 私は、手近にあった鉄の小手をはめて、【ローチ】を……保管……のエリアに移動させました。

 いくら……死んでいるので人畜無害だ……などと言われてもゴキブリを素手で触るのは、絶対に無理です。


 ・・・


 ペネロペの部屋は、5時間かけて、辛うじて()()らしくなって来ました。

 まだ、部屋などとは呼べません。

 廃棄物が、山のように出ました。

 どうして、こんなにゴミを溜め込めるのか、私には理解出来ませんよ。


 ほどなくして、ルフィナが合流し、ペネロペのお兄さんのパオロが帰宅しました。


 私達は、夕食を食べます。


「俺、一人暮らしをしようと思うんだよ」

 パオロは言いました。


「何で?」

 ペネロペは言います。


「姉ちゃんが結婚するかもしれないだろ?結婚の条件は、この家に同居してくれる事が前提となる」

 パオロは言いました。


「まあ、ウチはチビ達が小さいかんな」

 ペネロペは言います。


「そうなると、成人している俺が、ここにいたら、姉ちゃんの旦那さんが、俺に気を使うだろ?」

 パオロは言いました。


「そうかもしんないな」

 ペネロペは言います。


「だから、この機会に独立しようか、と思ったんだ」

 パオロは言いました。


「あー、なら、私の蓄えを取り崩して兄ちゃんにヤルよ。それで家を買うか、部屋を借りな」

 ペネロペが言います。


「いや、大丈夫だよ。辺縁部で安いアパートでも借りれば、俺の給料でも何とかなる」

 パオロは言いました。


「会社に近い中心街に住みなよ」

 ペネロペは言います。


「贅沢だよ。辺縁部から通えば良いって。辺縁部のアパートなら、銀貨7枚あれば、それなりの広さの部屋には住める。ペネロペの蓄えは、チビ達の学費やら何やらに使ってくれ」

 パオロは言いました。


「兄ちゃん、甘いよ。辺縁部からの通勤時間は、片道2時間……往復4時間だ。兄ちゃんには通勤時間はコストだって発想がないよ。良いかい?兄ちゃんの給料の手取りは月に金貨1枚と銀貨5枚。時給に換算すれば、だいたい銅貨10枚だろ?つまり、兄ちゃんの1時間を拘束する費用は、銅貨10枚分と単純計算出来る。往復の交通費は、銅貨5枚。つまり、通勤時間で4時間かければ、兄ちゃんは毎日銅貨45枚を通勤に消費している事になる。これは、月の勤務日が大体24日とすると、月に金貨1枚と銅貨80枚のコストと見做せる。給料の手取りが月に金貨1枚と銀貨5枚の兄ちゃんが辺縁部から通勤して、月に金貨1枚と銅貨80枚を消費しているとするなら馬鹿馬鹿しいだけだろう?これには、長時間の通勤による疲労や、睡眠時間を削ったりする弊害は考慮されていないんだぜ?仮りに家賃が倍でも、通勤時間が歩いて数分の方が断然得だ。だから考えなおしな。アタシが当面、家賃は払ってやるから、会社近くの中心街に家を買うか部屋を借りなよ。その方が、断然経済的だね。そうして、もしかしたら通勤時間で消えていたはずの時間を勉強する時間に回して、技能を身に付けたり、資格を取ったりしな。それで、給料を上げて、将来、チビ達の為に還元した方が経済的だし合理的だよ」

 ペネロペは、立て板に水のようにスラスラと言います。


「なるほど……。なら、いつも悪いけど、今回もペネロペに援助してもらおうかな……」

 パオロは申し訳なさそうに言いました。


 ペネロペは、どうして、そんな合理的な考えが出来るのに、部屋があんなにメチャクチャな事になってしまうのでしょうか?

 謎です。


 きっと、ペネロペは……天才過ぎて、才能の重さで(はかり)がひっくり返って、訳がわからない事になってしまっているのでしょう。

お読み頂き、ありがとうございます。

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・・・


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最近本編よりおもしろくなってる気がする(´∇`) [一言] ああ、自分のプライベートゾーンは汚いのに仕事場や他の人が使う場所は整理整頓が出来る人いるよね… そういえば青竜の肉って焼いてば…
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