第356話。月にかかる虹…16…急降下。
国立学校中等部一年生。
名前…キトリー
種族…【人】
性別…女性
年齢…13歳
職種…【生徒】
魔法…なし
特性…【才能…敏腕】
レベル…7
キトリーの自己評は……鈍臭くて、要領が悪くて、勉強が服を着て歩いているようなガリ勉。
私は、掲示板を見上げていました。
そして、探している名前がない事を知り愕然とします。
同時に……やっぱりか……という思いもありました。
こうなるような気はしていたのです。
中間試験が終わりました。
1位は全科目満点+最優秀論文+最優秀弁論+最優秀議論+最優秀魔法+最優秀実技……の圧倒的成績で、盤石のペネロペ。
2位は全科目満点と、その他の評価においてペネロペの次点となったルフィナ。
順当過ぎる結果です。
私の結果は、というと……。
惨憺たるモノ。
私の中間試験の順位は50位以下に沈没し、名前が掲示板に張り出される事もなくなってしまいました。
これで、私の年間順位は30位以下に急降下してしまっています。
不味い……超不味い。
夏休みに遊び呆けていたツケが回って来ました。
……いいえ、それは正確な分析ではありません。
私は、今回の中間試験を、ほぼ狙い通りの点数で乗り切る事が出来ました。
そういう前向きな手応えがあったのです。
夏休みに毎日机に齧り着いていたとしても、この点数への上乗せは微々たるモノだったでしょう。
私の順位が下がった原因は、たかだか3週間やそこいらのサボりのせいなどではないと完全に悟りました。
これは、もっと根本的な問題。
つまり……地頭の性能の差……なのではないのでしょうか。
私は、けして馬鹿ではないはずです。
きっと、ここが公立学校や私立学校ならば、私はトップクラスの順位を問題なく維持出来ていたはずでした。
けれども、ここは国立学校。
将来【ドラゴニーア】の中枢を担うエリートの中のエリートが集まる選ばれし子供達の通う学び舎なのです。
ここに入学するような子達は、地頭が飛び抜けて優秀な子ばかりなのですよ。
例え、夏休み前に成績が振るわなかったとしても、少し本気を出せば、簡単に高い点数を叩き出して来る……本物……の子達ばかりなのです。
対して、私は幼い頃からのガリ勉によって、不自然に武装されているだけの凡人。
そもそもの問題として、本気になった本物のエリートには敵わないのです。
私が、10位以内を維持出来ていたのは、本物達が油断していたから。
本物達は覚醒して、いよいよ本気を出し始めて来たのです。
もはや、私には、自力で本物と対抗し得るだけの奥の手などはありません。
完敗。
完全なる力負け。
昔は神童……後に秀才……今は凡人……とは、よく聞く話。
そもそも、私は、始動が早かったので他の子達に先んじていただけなのですよ。
にも拘わらず、分不相応にも、エリートだけに入学を許された国立学校に憧れて、勝ち目のない戦いに挑んだ愚かな道化。
それが私なのです。
けれども、私は傷付いたり挫折を感じたりなんかは、していません。
この現状は最初から想定していた事ですので。
私は、これからも私の出来る限りの精一杯でガリ勉を続ける事しか出来ませんし、また、入学前から、その覚悟だったのです。
けれども、私には、入学前には想定していなかった状況が発生していました。
それは、鈍色の曇天だった冴えない私の日常を、色鮮やかな快晴へと変えてくれた思いがけない出会い。
ペネロペとルフィナという、人生で初めて出来た、友達と呼べる子達の存在です。
来年も、再来年も……そして、高等部でも2人と同じクラスになりたい。
私は、そんな淡い希望を持ってしまったのです。
その希望を実現する為には、この順位は危機的大問題でした。
期末で、再び50位以下などという順位になれば、私は年間順位で40位を維持出来なくなるかもしれません。
いいえ、今のままなら確実にそうなると思います。
そうなると、私は、来年からはBクラスに転落。
私は、入学前から、ある程度そういう覚悟はしていました。
以前の私は、Bクラスだろうが、Cクラスだろうが、進級出来て、無事国立学校高等部を卒業出来さえすれば良かったのです。
もちろん、学年首席、の椅子に憧れた事もありました。
けれども、それは、単なる夢や願望。
もしかしたら、国立学校に入学したら、私なんかでも急に頭が良くなって、首席を狙えるような頭脳に覚醒するかもしれない……などという荒唐無稽な妄想の話だったのです。
現実的な分析では、私は精々頑張って、中等部はギリギリBクラス……外部受験組が入学して来て、ライバルが増える高等部では、Cクラスが目一杯だろう、という予測を立てていました。
それさえも、何か想定外の躓きがあれば、年間学力順位平均以下という結果となり、国立学校から退学を宣告されて、公立学校に都落ちする事だって十分にあり得るのです。
私は、自分の実力を客観的に推し量れていました。
最大限の努力をした上で、この順位ならば、もはや仕方がありません。
けれども、今の私は、どうしてもペネロペとルフィナのいるAクラスに残りたいのです。
今回の試験の結果は、私が想定した最善に近い点数でした。
もう、これ以上の得点向上は、私には厳しいという実感があります。
一方で、年間順位で現在、私の下位にいる生徒達は、まだまだ余力十分。
期末試験でも、全科目平均で、あと5点10点は楽に上乗せして来るでしょう。
つまり、私は年間順位で追い抜かれます。
ウサギとカメ、の寓話を再び思い出しました。
カメは、ウサギが油断している間に十分なセーフティ・リードを稼いでいたからこそ、競走に勝利する事が出来たのです。
カメは、本気で走り始めたウサギの後塵を拝したら、二度と順位を逆転する事は出来ません。
私の……予想外に幸せな学校生活……は、どうやら1年だけで終わってしまいましたね。
私は、別に平気ですよ。
また、クラスに誰も会話する相手がいない、いつもの学校生活に戻るだけなのですから。
学校で誰からも注意を向けられない空気のような存在になるのは、小さな頃から慣れっこなのです。
そんな事あるかーっ!
私だって人並みに楽しい学校生活を送りたいのです。
学校生活の楽しさや、友達の素晴らしさを知らなければ、どうという事はなかったのですが、一度、毎日友達から思いやりを持って話しかけてもらえる学校生活の楽しさを知ってしまった私は、もう昔のような悲惨な学校生活になど戻れる訳がありません。
けれども、学校に友達と呼べるのは、ペネロペとルフィナだけなのです。
2人と別々のクラスになってしまったら、私は、もう寂しさや、クラスメートからの意地悪に耐えられないでしょう。
私は、ペネロペとルフィナに励まされながら、悲嘆に暮れていました。
・・・
自宅の駐機場に到着。
私は、トラックを降りて、トボトボと家の方に向かいます。
「ただいま……」
私は、自宅の工場側から帰宅しました。
「お嬢、お帰りなさい……ん?何だか元気がないですね?」
専務さんが私の様子を心配します。
「「お邪魔しまーす」」
ペネロペとルフィナが言いました。
「ああ、お嬢様方、いらっしゃませ」
専務さんが2人を歓迎します。
私が、あまりにも落ち込んでいるので、ペネロペとルフィナは、心配して私の家にやって来ていました。
・・・
私とペネロペとルフィナは、私の部屋に上がります。
私は、参考書を出して、黙々と勉強を始めました。
私に出来る事は、今は、これしかありません。
「まあ、あれだな、勉強方法の見直しをしてだな……」
ペネロペが言いました。
「こらっ、ペネロペ……」
ルフィナがペネロペの言葉を遮ります。
「あ、ゴメン。説教臭い事を言いたい訳じゃないんだよ。試験勉強を効率的な、やり方に変えてみるって方法は、あり得るんじゃないかなぁ……っていう提案だよ、提案」
ペネロペは、バツが悪そうに言いました。
「私は、鈍臭くて、要領が悪いんだよ。効率的な勉強のやり方なんて知らないもん」
「キトリー。あのね……これは、知識を学ぶ目的においては、邪道、だから今まで黙っていたんだけれどね。本質的な知識や教養を身に付けなくても、表面だけを取り繕って、とりあえず目先の試験の点数だけを上げる方法って……実は、あるのよ。予備校や夏期講習が熱心に教えているのは、ソレ。試験対策テクニック。本質的な知識や教養を身に付けようとして、体系的で演繹的で網羅的な学習をしているキトリーが、長い目で見れば正しい学びをしている事は自明なのだけれど、この手の、情報を深掘りしないで、試験に取り上げられる項目だけを機械的に記憶して、労力を重点注力する事で、特定された試験範囲のみに特化して点数を伸ばす、いわゆる攻略法みたいなモノは、試験対策には効果がある事も事実なのよね。まあ、こういう内実を伴わない付け焼き刃の知識って、すぐ忘れるし、実世界では利用価値が低い知識だから、将来、社会に出た時には、まるで役に立たない事がほとんどなのだけれど……。急激に順位を上げた子達は、ほとんど全員この方法で点数を伸ばしたのよ」
ルフィナが言います。
ん?
何ですと?
「そうだな。例えば、論文読解の著述式問題なんかは……このキーワードが出たら、その文脈中に結論がある……とか……こういうパターンで、出題者はミスリードを誘って来る……とかいう、知識や教養に直接関係ないテクニックばかりを反復訓練させて、試験対策の為だけの無意味な小狡い知恵を覚えさせるんだよ。ペーパーテストの弊害ではあるな。もちろん、そういう特殊な技能が、短時間で文章の全文を読めない時などには、要点を素早く把握する手段として役に立つ事は否定しないけどな」
ペネロペも言いました。
「キトリーは、ジュリアマリア先生が良い参考書だって推奨しているモノを使って勉強しているでしょう?その参考書は、知識や教養を血肉として身に付ける為に有効な教材なの。でも、試験対策用の参考書……つまり、ジュリアマリア先生が、悪い参考書って呼ぶようなモノは、単に、出題傾向と、その対策に特化した、いわゆるハウツー本なのよ。それを使えば、本質的な知識なんかなくても、試験の点数だけを、ある程度伸ばせるのよ」
ルフィナは言います。
「アタシは、アレは本当に下らないと思うよ。アルフォンシーナ・ロマリア大神官様が、何年に、こんな施策を打ち出した……それは、これらのキーワードと関連付けて覚えなさい……とかいうヤツな。あれは、知識としては無意味だ。本来なら、アルフォンシーナ様が、その施策を打ち出した背景と意図と結果を分析して、現代に起こり得る他の政治的懸案にも応用が可能かどうかを議論出来なければ、そんな知識はクソの役にも立ちゃしないんだから」
ペネロペが言いました。
「えーと……2人の言う事を総合すると、つまり、私の順位が下がった原因は、他の生徒に比べて、私の頭脳が劣っている訳ではない、って事?」
「そうよ。キトリーは、キチンと政治哲学や経済学や法学や科学を学んでいる。対して、他の大半の子達は、出題傾向に対策をして、利用価値のない無意味な試験特化スキルを身に付けているだけ。だから、キトリーは悲観する必要なんかない。事実、ディベートや論文の評価点は、キトリーは上位10人から全く落ちていない」
ルフィナは言います。
「そうだな。その10人は、今のウチの学年では本当に優秀な生徒と言って差し支えない。まあ、自分が、そこに含まれているから言う訳じゃないけどな」
ペネロペは言いました。
「なら、私も、その試験対策スキルってヤツを身に付ければ、順位は回復する、って事?」
「するわよ」
ルフィナは言います。
「楽勝だよ。あんなモン、単なる想定問答みたいなモンで機械的にパターンを当てはめりゃ良いだけなんだから。キトリーなら試験範囲ごとに1週間も集中的に反復訓練すれば、試験の点数を取るくらいは簡単だよ」
ペネロペは言いました。
「それ、教えてっ!すぐ、今すぐにっ!」
「教えるわよ。その為に来たんだから。でも、この試験対策ハウツーは、あくまでも内実を伴わない付け焼き刃のショートカットに過ぎない事を理解しておいてね。キトリーが普段しているような地道な勉強は、学業の本分から云えば完全に正しいのよ。だから、今までのやり方を全部捨てようだなんて短絡的な事は考えないでね。あくまでも、勉強時間の、ごく一部を、試験対策に振り分けるようにして欲しいわ」
ルフィナは言います。
「わかったから、早くっ!」
「キトリー。頼むぜ。アタシは、キトリーがペーパーテストを攻略する為だけの機械みたいになったら嫌だからな。同じガリ勉でも、ペーパーテストを解く為だけにガリ勉するような連中は、本物の愚か者なんだからな。ああいう連中は、将来、社会の害悪にすらなる」
ペネロペは言いました。
「わかったよ」
こうして、私は、試験対策ハウツーの基礎を、ペネロペとルフィナから教わりました。
なるほど。
つまり、試験対策とは、概ね……思考力ではなく、情報処理能力を問われ……知性ではなく、コツが要求されるという事。
ルフィナが準備して来た、試験対策用の参考書……いわゆる悪い参考書を解いて行くと、中間試験で私が誤答した問題もスラスラ正解が書けてしまいます。
これは、確かに手っ取り早いですね。
今後、私は、勉強時間の1割程度を試験対策に振り分ける事にしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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