第346話。月にかかる虹…6…旅行に出発。
【ミレニア】。
【ドラゴニーア】の北東の国境にある街で、ペネロペ、ルフィナ、キトリーが暮らしている。
主要都市ではない辺境の街としては、比較的発展しており、主産業は軽工業。
「【ミレニア】はルフィナの実家の城下町」と呼ばれるほど、ルフィナの実家が経営する財閥グループが【ミレニア】の経済に寄与する割合が高い。
従って、「ルフィナの実家は、【ミレニア】の実質的な領主である」とも言われている。
まだ日の出前。
今日は、ルフィナの別荘に出発する日です。
早い朝食を食べて、私達は、自宅前に荷物を運び出しました。
ぐえっ、重い……。
私のリュックには、参考書が満載。
重過ぎて、とてもではありませんが運べません。
これ、40kgくらいあるのではないでしょうか……。
「キトリー。仕方がないなぁ」
父は笑いながら、重量軽減の【魔道具】を私のリュックの下に取り付けてくれます。
ほっ……これで背骨が折れる心配はなくなりました。
目的地である【ポターノ】までは全行程1週間の旅。
内3泊は、【ナープレ】という都市での滞在も含まれます。
まず、ルフィナの家の自家用飛空船で【ドラゴニーア】北方の主要都市【ルガーニ】へと1日かけて向かいます。
【ルガーニ】は【ドラゴニーア】第5の都市。
【ルガーニ】のある方角は【ミレニア】から見ると真西に当たります。
それにしても、ルフィナの家は自家用の飛空船持ちですか?
まあ、ルフィナの、お嬢様エピソードには、私も慣れて来ました。
もはや、私は……ルフィナが【竜】を飼っている……と聞かされても驚かないでしょう。
いや、本当にルフィナが【竜】を飼っていて、間近で見たら腰を抜かすと思いますが……。
【ルガーニ】に到着したら、その日は、ルフィナの家の別荘に1泊。
この【ルガーニ】にあるルフィナの家の別荘で夏休みを過ごすなら、移動は1日だけで済むのです。
けれども、外国や海に憧れる私の弟の強い希望で、今回は遠方の【ポターノ】が目的地に選ばれました。
私も、海を見た事がないので、見てみたいですしね。
翌朝早く、航路ギルドが運営する定期運行都市間飛空船に乗り込み【ルガーニ】から竜都【ドラゴニーア】を目指します。
竜都【ドラゴニーア】で、また1泊。
竜都【ドラゴニーア】は、世界の中心。
竜都は、都市城壁の外まで延々と都市圏が広がり、都市圏全てを含めれば総人口1千万人を超える、世界最大の超巨大都市。
【ドラゴニーア】の政治、経済、産業、文化、学術……などなどの中枢でした。
訪れるのが楽しみですね。
翌朝早く、定期運行都市間飛空船に乗り竜都から南下。
【ドラゴニーア】南方の主要都市【アルバロンガ】に向かいます。
【アルバロンガ】料理は世界的に有名ですね。
食べるのが楽しみです。
【アルバロンガ】は、料理の他にも非常に活気がある魅力的な大都市みたいなので、ゆっくり観光をしたいところなのですが、今回は寄港地。
【アルバロンガ】で1泊。
翌朝【アルバロンガ】から出発し、いよいよ南の国境を越えて、【パダーナ】に入り旧都【ロムルス】を目指します。
【パダーナ】は外国です。
私、外国って初めてなのですよ。
一番の遠出は、【ミレニア】から南西に向かった【ドミニア】までの国内旅行。
【ドミニア】は、竜都と【ミレニア】の直線上の中間地点にあります。
陸路の移動でした。
陸路の移動はメチャメチャ遠かったです。
そう考えると今回の移動は飛空船なので楽ですね。
【ミレニア】は、【グリフォニーア】と【スヴェティア】に接する国境の街なので、一番近い隣街は外国。
けれども、国境の向こう側は、【神竜】様の【神位結界】の外なので、【ミレニア】より多少危険な為、私は行った事はありません。
まあ、空路なら比較的安全なのですが、陸路での移動は、冒険者を護衛に付ける事が推奨されていました。
ペネロペは、日常的に、国境を越えて、東の森や、北の山に向かって狩りをしているのですよね。
本当に凄いと思いますよ。
【パダーナ】旧都【ロムルス】で1泊。
翌朝、【ロムルス】から旅客飛空船に乗り【パダーナ】の首都【ナープレ】に向かいます。
旅客飛空船は定期運行都市間飛空船とは別物。
人種が造り、人種が操船・運行する飛空船です。
運賃は、結構高いですね。
ルフィナの家が……チケット代を負担してくれる……と言ってくれましたが、さすがに、それはウチの両親が支払う事になりました。
ルフィナの家の自家用飛空船に乗せてもらって、別荘にタダで滞在させてもらうのですから、そのくらいは負担しなければ申し訳ありません。
今回の旅行では、ホテルと飛空船のチケットは各家持ち、別荘の宿泊と自家用飛空船での移動はルフィナの家のご厚意に甘えせてもらう事になりました。
【ナープレ】では3泊します。
【ナープレ】は海に面しているので、海を見る事が出来ますね。
【ドラゴニーア】の南に接する隣国【パダーナ】。
その首都【ナープレ】は、【ドラゴニーア】第2の都市【ラウレンティア】に匹敵する大都市です。
この【ナープレ】は、一般的な首都の常識から外れた珍しい都市でした。
世界の首都は、ほとんどが主要都市と呼ばれる【創造主】様が、お創りになった都市である事が普通です。
しかし、【ナープレ】は違いました。
【ナープレ】は、人種が造った都市なのです。
世界は【創造主】様が創ったが、【ナープレ】は【ナープレ】の民が造った……というのが、【ナープレ】住民の誇りでした。
また……【ナープレ】を見ずに死ぬな……という言葉で知られるほどの美しい街並みがある事でも有名です。
【ナープレ】は、国の中央にある事が普通の首都ではありません。
【パダーナ】の中央都市で【創造主】様が創った主要都市なのは、【ロムルス】という都市で、こちらは旧都と呼ばれていました。
旧都……つまり、以前は【パダーナ】の首都だったのです。
800年ほど前、【パダーナ】の首都は、【パダーナ】中央都市【ロムルス】から、南の海岸線に面した【ナープレ】に移されました。
遷都された理由は諸説ありますが、単純に【ナープレ】が【ロムルス】より発展したから、というのが一番有力な説です。
【ナープレ】で3泊過ごした後は、旅客飛空船に乗り、いよいよ【ポターノ】へ。
【ポターノ】は海岸線で隣接する【ナープレ】の隣街でした。
【ポターノ】は海岸線に切り立った崖の斜面に切り拓かれた特殊なロケーションの街なので、飛空船が寄港できる港がありません。
なので、飛空船が海上に着水して海港に入るのだそうです。
このような1週間の船旅でした。
高速飛空船で直行すれば2日で着くそうですが、燃料コストや安全性を考慮すれば、今回の行程がベスト。
それに、私の弟や、ペネロペの家の下のチビちゃん達は、まだ幼いので、強行軍は可哀想ですからね。
「カイル。荷物に入れるから、それは外しなさい」
母が弟に言いました。
「ヤダーッ!」
弟は、走って母の元から逃走し、私の背後に隠れます。
「んもう、なら、失くさないでね。自分で、ちゃんと持っておくのよ」
母は溜息を吐きました。
「うん、わかった」
弟は満足気に頷きます。
弟は、新しく買ったばかりのシュノーケルのゴーグルを装着していました。
まだ、海を見るまでは5日かかるのですよ。
気が早過ぎます。
父は、留守番をしてくれる専務さんに、申し送り事項の最終確認をしていました。
専務さんは、祖父の代から我が家に長年勤めてくれている【ドワーフ】の職人さんです。
私達、姉弟にも優しくしてくれる、3人目のお爺ちゃんみたいな存在でした。
私の実の祖父母達も、皆健在です。
父方の祖父母は、我が家に同居していました。
家業からは引退して、悠々自適の隠居生活です。
母方の祖父母は、中心街に住んでいました。
母方の祖父は、現役バリバリの会計士。
母方の祖母は、専業主婦です。
伯父や伯母(母の兄と、その奥さん)と一緒に同居していました。
「若、気を付けて行ってらっしゃいませ。楽しんで来て下さいね」
専務さんは朗らかに言います。
若……というのは、父の呼称。
我が家に住み込む職人さん達は、そんなふうに父を呼びます。
それから、私の事を……お嬢……弟の事を……坊……などと呼んでいました。
これは、一種の職人言葉なのだそうです。
私は物心ついた頃から……お嬢……と呼ばれていたので、それを変だとは思っていませんでした。
それが普通ではない事を教えてくれる友達も、私には1人もいませんでしたので……。
けれども、私は、最近この呼び方が少し恥ずかしくなって来ていました。
何故なら、中小企業の経営者の娘など、本物の、お嬢様などではないと気付いてしまったからです。
本物の、お嬢様とは、ルフィナみたいな子を言うのですよ。
「留守中の事、頼みます」
父は頭を下げました。
「はいはい、お任せ下さい」
専務さんは言います。
約束の時間となり、ルフィナの家から迎えの【乗り物】がやって来ました。
父方の祖父母や従業員の皆さんに見送られて、私達は、【乗り物】に乗り込みます。
・・・
私達は、【ミレニア】の港に到着しました。
既に、ルフィナ家、ペネロペ家は勢揃いしています。
私とルフィナとペネロペで、お互いの家族を紹介し合いました。
私達3人は、お互いの家へと頻繁にお邪魔していますので、それぞれの家族を知っています。
ルフィナ家は、ルフィナの両親とお兄さん。
ルフィナの祖父母さん達は、今回は留守番するそうです。
既に、ルフィナは7月の間に、祖父母さん達と一緒に海外旅行に行って来たのだとか。
【グリフォニーア】の【ウェネティ】ですか?
【ウェネティ】も美しい観光地として有名です。
数年前に起きた、【アルカディーア】との戦争では、【ウェネティ】を始めとする【グリフォニーア】の都市は【アルカディーア】軍による市民虐殺や掠奪の被害に遭いましたが、かなり復興が進んでいるのだとか。
ルフィナの家族は……少しでも復興の助けになるように……と、【ウェネティ】で散財・豪遊しまくって来たそうです。
総額で幾ら使ったのか……怖くて聞けませんでした。
ペネロペ家は、年齢の高い順に……お姉さん、お兄さん、ペネロペ、上の弟さん、妹さん、下の弟さん……という家族構成。
見事な順番で男女を産み分けたものです。
ペネロペの上の2人は、もう成人していました。
お姉さんはペネロペの家の家事と育児を受け持ち、お兄さんはルフィナの実家の会社で勤務、ペネロペが冒険者として稼いで、家族6人で暮らしているそうです。
ペネロペの両親は、既に亡くなっていました。
ペネロペのお父さんは、【ドラゴニーア】軍の兵士として魔物と戦い戦死したそうです。
ペネロペのお母さんは、病死。
ペネロペは、あまり気にしていないように見せていますが、きっと寂しさを我慢しているだけなのだと思います。
「荷物は家の者が格納庫の方に運び込むから、必要な物があれば、手荷物として持ってね」
ルフィナが言いました。
ルフィナの家族の他にも、メイドさんやボーイさんが複数帯同します。
皆さん優秀な方で、家事、雑務はもちろん、護衛も兼ねていました。
そして、当然いますよ、爺やさんが……。
正式には、執事らしいのですが、ルフィナは……爺や……と呼んでいます。
で、私達が乗る船ですが……。
「これが、ルフィナの家の船?大きいね?」
私は、圧倒されています。
で、デカい。
全長100mはあります。
「うん。ウチでは2番目に大きな船ね。足は遅いんだけれど、小さな子達がいるから揺れない方が良いと思って」
ルフィナが言いました。
えっ?
2番目……つまり、ルフィナの家には複数の自家用飛空船があり、これより、さらに大きな船もある、と?
私達は、ルフィナの家の自家用飛空船に乗り込みました。
さあ、出航です。
飛空船は、低いエンジン音を響かせて離岸しました。
・・・
私は、船内で、ずっと勉強をしていました。
ペネロペとルフィナと、ルフィナのお兄さんに勉強を教えてもらっていたのです。
私の両親は……旅行中くらい参考書を手放したら……と言いますが、そんな事は出来ません。
私から勉強を取ったら何が残るというのでしょうか?
いいえ、何も残りません。
もはや、私は……勉強が服を着て歩いている……と言っても過言ではない存在なのです。
けれども、これだけの時間と労力を費やしても、私の学内順位は10位止まり……。
もしかしたら、私って本当は、おバカなのではないのでしょうか?
だとしても……いや、だからこそ勉強が必要なのです。
弟は、しばらくは窓の外を興味深そうに眺めたり、ペネロペ家の年が近い子達と、はしゃぎ回ったりしていましたが、船内でランチを食べた後は眠ってしまいました。
今朝は早かったですし、昨夜も興奮して、なかなか寝付けなかったようですからね。
子供は、無邪気です。
弟は、自宅では宿題をする程度で、あまり勉強はしていません。
にも関わらず、学校の成績は常に上位。
おそらく、弟も、やがて国立学校の中等部に進学出来るのではないでしょうか……。
世の中って、結構不平等です。
まあ、私は私……神様から与えられた能力を最大限に使えば、他の人と比較する必要はありません。
夕方、【ルガーニ】に到着し、ルフィナの家の別荘で夕食をご馳走になり、1泊しました。
ルフィナの家の別荘は、広かったです。
・・・
翌朝。
私達は、定期飛空船で、竜都【ドラゴニーア】に向かいました。
自家用飛空船から、航路ギルドが運営する定期飛空船に乗り換えた理由は、コストの問題。
ルフィナの家の自家用飛空船には燃料が必要です。
【高位魔法石】に充填された魔力が燃料でした。
航路ギルドの定期飛空船には燃料補給の必要がありません。
なので定期飛空船で移動する方が、ずっと安いのです。
そして飛行速度も定期飛空船の方が格段に高速。
さらに揺れもなく、安全でもあります。
定期飛空船は、就航以来、無事故。
理由は解明されていないらしいのですが、飛行中の定期飛空船は魔物から襲撃される事もありません。
【創造主】様が創った定期飛空船は優秀。
現代の最先端科学でも、定期飛空船と同じ性能の船は再現出来ません。
ならば【ミレニア】から定期飛空船に乗れば良いのでは?
残念ながら、定期飛空船は主要都市間でしか運行されていないのです。
1日かけて、私達は、竜都【ドラゴニーア】に到着しました。
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