第345話。月にかかる虹…5…夏休み?何それ美味しいの?
本日4話目の投稿です。
夏休みが始まりました。
けれども、私の日常は、あまり変わりません。
毎朝、父のトラックで学校に送ってもらいます。
夏休みは、授業はありませんが、学校の施設は開放されていました。
私は、図書館で毎日夕方まで勉強をしているのです。
教師が持ち回りで、図書館など校内の施設に詰めていますし、大学に進学した我が校の卒業生が夏休みのバイトで助教をしてくれていました。
私と同じように勉強に来る子達も結構います。
ほぼ、私みたいな、魔法適性がない子達ばかり。
魔法適性がない子が高等部に上がる為には、学科試験の年間平均順位で学内平均以上を取り続けなければならないからです。
おかげ様で、私は、平均順位でトップ10を維持していました。
けれども、油断は禁物です。
何故なら、私は典型的なガリ勉。
コツコツ型なのです。
スタート直後から全力で走るタイプでした。
夏休み前の時点で平均以下の順位で魔法適性がない子達は、今頃お尻に火が付いて焦り、夏休み中に高額な授業料を親に支払わせて夏期講習などに行って必ず巻き返して来るからです。
私は、瞬発力がありません。
それに、夏期講習に通うほどには、我が家は富豪ではないのです。
国立学校の生徒が通うレベルの私塾の夏期講習の授業料は、夏休みの60日間で……なんと10金貨ですよ!
高過ぎます。
それだけ稼ぐのに、父は何台の空調機や、映像受像機や、冷凍冷蔵庫を売らなければならないのか?
10金貨を可処分所得として捻出する為には、売上ではなく、純利益で確保しなければなりません。
ウチは、設計開発や製造生産を手がけていませんので、商材は全てメーカーから仕入れています。
なので利幅が小さいのですよ。
平均して10%。
一番売れ筋の映像受像機の価格帯は2金貨ですから、50台売れば差益で、とりあえず10金貨にはなります。
けれども、これは粗利に過ぎません。
ここから、従業員さん達のお給料や諸々の経費や税金を支払うのです。
おそらく、2金貨の映像受像機なら100台以上売らなければ、10金貨の可処分所得は捻出出来ません。
ウチは、修理や、保守点検での二次収入もありました。
こちらは利幅が大きくて、最低でも30%にはなります。
けれども、そんな大量の修理なんか来ませんよ。
修理というのは、あくまでもアフター・サービスなのです。
修理で儲けている【魔法装置】屋なんか、不良品を売り付けている悪質業者ですよ。
なので、私は高額の授業料が勿体ないので、夏期講習を諦めざるを得ませんでした。
両親は……夏期講習代を出す……と言ってくれますが、先の費用捻出の計算をした上で、そんな贅沢な事は、とても頼めません。
私は、きっと生来の頭脳のスペックはあまり高くない方なのだと思います。
なので、ウカウカしていると、後方からダッシュしてくる巻き返し組みに追い抜かれてしまうでしょう。
ウサギとカメ。
神話の時代に存在した、英雄達が遺した寓話にそんなモノがありました。
私は、自分が鈍亀である事を自覚しています。
私は粘り強く何かに取り組む事は出来ますが……明日から急にパワーを2倍出せ……というような急激なギア・チェンジは出来ません。
そういうのは、一種の才能なのでしょう。
私は……普段サボっていても、いざとなったら2倍の力を出せる……ような人達を羨ましく思いますよ。
才能があって器用なウサギ達が本気で走ったら、とてもではないのですが、鈍亀の私には追い付けません。
なので、ウサギがサボっている間に、どのくらいリードを作れるのか、が鈍亀である私の勝負の分かれ目なのです。
現時点での成績順位10位以内なんていうモノは、本気を出したウサギとのハンデとしては微妙なライン。
なので、私には、夏休みに遊んでいる暇などは、ないのです。
ましてや、私は、夏休みの後半……8月から、ルフィナの家の別荘に招待されてしまいました。
私は、勉強が遅れるので、行きたくなかったのです。
けれども、腹黒いルフィナの卑劣な罠にハマりました。
ルフィナは、私の家に遊びに来る度に、私の弟に……夏休みになったら、海に行きたい?山に行きたい?……と甘言を吹き込み、すっかりルフィナの家の別荘に行く気になった弟を篭絡してしまったのです。
私が知らない内に、ルフィナは、私の両親からも許可を取り付けてしまいました。
ルフィナの恐るべき政治力です。
今更、ルフィナの別荘に行く事を楽しみにしている弟をガッカリさせる事は出来ません。
結局、私の家族と、ペネロペの家族は、8月からルフィナの別荘に行く事になりました。
くっ、勉強が……。
別荘では、ペネロペとルフィナが私に勉強を教えてくれるそうですし、ルフィナのお兄さんも別荘には帯同して、私達の勉強を見てくれるのだ、とか。
非魔法系の分野では世界最高峰の【ドラゴニーア】大学。
ルフィナのお兄さんは、そのドラ大に通うスーパー・エリートでした。
将来はルフィナの実家の稼業を継ぐそうです。
確かに、天下のドラ大生に勉強を教えてもらえるチャンスは貴重でしょう。
けれども、観光のハイ・シーズンに観光地なんかに出掛けて行けば、絶対に気が緩みます。
勉強の邪魔をする誘惑が、そこら中に、いっぱいなのですからね。
【ポターノ】は世界的な観光都市。
年間の税収の8割を夏のバカンス・シーズンに稼ぐのです。
風光明媚な絶景と、美味しい料理と、最高のサービス。
日中は、ヨットが湾内に浮かび船上パーティーが開かれ、メインストリートでは毎日パレード。
夜は毎晩、海上に花火が打ち上がり、高級ホテルでは仮面舞踏会。
全部、本で読んだ知識でしかありませんが……。
正直言って、そういうモノに憧れがない、などと言えば嘘になります。
私だって一応女の子なのですから。
でも、私のような勉強しか能がないガリ勉のダサい田舎娘は、一度そういうモノにハマると危ないのです。
免疫がないので、首まで沼にハマって、享楽というピラニアに食い散らかされて、骨だけになってしまうでしょう。
気を付けなければ……。
とりあえず、夏休みにルフィナの家の別荘に行く事は了承しました。
なので私は、夏休みの前半の間に、勉強の貯金をしておかなければならないのです。
最低限、中間試験までの分は、完璧に頭に叩き込んでおかなければいけません。
ひえ〜、時間がない。
国立学校は、食堂が無料。
夏休み中も、事前に予約をしておけば、お昼ご飯が食べられました。
お昼ご飯中も1秒も時間を無駄には出来ません。
私は、パスタをすすりながら、参考書を読んでいます。
ちっ、ソースが参考書に跳ねた。
昨日買ったばかりなのに……。
勉強し終わった参考書は、中古書店に転売すれば、多少の小銭にはなりました。
なので、なるべく汚したくありません。
中古書店に買取してもらった小銭を新しい参考書を買う元手の足しにする訳です。
くそっ。
ピザか、サンドイッチにしとけば良かった。
・・・
午後になって、ルフィナが図書館にやって来ました。
なんでも、午前中に生徒会の仕事があったのだそうです。
「ねえ、キトリー。【ポターノ】に行くんだから、この後、一緒に可愛い水着を選びに行かない?」
ルフィナは言いました。
「学校指定の水着で十分。必要ない」
可愛い水着?
は?
意味わかんないし。
それ着て何をするの?
水着なんか泳げれば良いんですよ。
「でも、【ポターノ】に来る人達は、お洒落だから、スク水だと、逆に浮くと思うわよ」
ルフィナは言います。
「なら、泳がなければ良い」
「泳がなくてもバカンス・シーズンの【ポターノ】では水着にサマージャケットを羽織ったりして過ごすのが、普通なのよ」
ルフィナが言いました。
えっ?
そうなのですか?
知りませんでした。
それって、常識?
観光ガイドには書いてありませんでしたが?
危ない危ない、恥をかくところでした。
学校指定以外の水着って……あー、5年くらい前のやつしか持っていません。
さすがにアレは着られないでしょうね。
「水着って高いでしょう?新しい参考書を買ったから、お小遣いもない。そもそも、水着って何で布地の面積が狭いのに、あんなに高いのか意味がわからないんだよね?」
「うふふ……。ご心配なく。実は、ウチの系列子会社のアパレル・メーカーで今シーズンの水着の試作品の余りがあるのよね。もう廃棄しちゃうから、欲しいのがあれば、貰っても良いんですって?どうする?」
ルフィナが訊ねます。
「何でさ?夏のシーズン真っ盛りなのに、廃棄するの?書き入れ時なのに?」
「ファッション系の季節モノって、先取りが命なのよ。もう、今時期は、夏モノのキャンペーン期間でもないし、サンプルは使わない。今は、秋モノを売り始める頃よ」
ルフィナが説明しました。
「そうなんだ。あー、確かにウチも最近は冷房の売れ行きが下がって来てるなぁ。ボチボチ、売場変えの時期か……」
「ねえ、どうする?廃棄されるサンプルだから、全部タダで貰って帰れるんだけれど」
ルフィナは笑います。
ぬぐっ。
私は商売人の娘だから、タダとか無料とかって言葉には弱い。
どうせ捨てるなら、勿体ないから、いらないモノでも、とりあえず貰っておくかって気持ちにもなる。
「そ、そうなの?なら、着るかどうかは、わからないけど、一応、見るだけ見てみようかな」
「そう、こなくっちゃ」
ルフィナは言いました。
私は、学校から通信機で父の作業場に連絡をして事情を話し、帰りはルフィナの家の【乗り物】で送ってもらう事を伝えます。
父は、喜んで許可をくれました。
私の家族は、私が学校の友達とお出かけしたりする事が嬉しくて仕方がないようです。
・・・
私とルフィナは、ルフィナの家の【乗り物】に乗って、ルフィナの家の会社の系列子会社のアパレル・メーカーのオフィスに向かいました。
エレベーターを降りると……。
「あ〜、涼しいぃ〜」
ペネロペがいました。
ペネロペは、冷房の真下に仁王立ちして、シャツの首元を引っ張り、冷気を服の中に流しています。
何を、はしたない事をしているんだか……。
「ペネロペも呼んでおいたのよ」
ルフィナは言いました。
「おっ、やっと来たか?」
ペネロペは笑います。
「狩りの成果はどう?」
ルフィナが訊ねました。
「まあまあ。7月の初旬は鹿ばっかりだったけど、中旬から上向いたよ。バッチリ稼いで来た。ジャーン!」
ペネロペがギルド・カードを見せびらかせます。
「み……ミスリル級!凄いっ!」
私は、思わず声を上げてしまいました。
冒険者の等級で、ミスリルを超えると、超が付く一流と見做されます。
「パーティを組まないで、フリーでやっている冒険者としては、【ミレニア】最高クラスだぜ。どうだ!」
ペネロペは、人差し指で、鼻の下を擦りながら自慢しました。
「おめでとう」
ルフィナは、パチパチ、と手を叩きます。
「凄いね」
実際、大したモノです。
素直に凄いと感心しました。
「うん。私、【アトランティーデ海洋国】の冒険者ギルド本部からスカウトされちった。高等部を卒業したら、いつでも歓迎するってさ。1年研修を受けて、即、地方の副ギルマスからスタートだって。破格の条件らしいよ」
ペネロペは言います。
えっ?
世界冒険者ギルドの本部採用で、いきなり副ギルマス?
凄過ぎる。
銀行ギルドや、冒険者ギルドや、商業ギルドなどの……いわゆる主要ギルドは支部のギルド・マスターで、一流企業の本社部長クラスと同格。
副ギルマスなら、課長クラス。
本来なら高等部新卒でなれるような役職ではありません。
けれども、十数年前に、【アトランティーデ海洋国】が魔物に占領されている【大密林】に大規模な軍事侵攻を試みた事がありました。
その時、世界冒険者ギルドのグランド・ギルド・マスターである剣聖も一軍を率いて出兵したのです。
剣聖の軍は、大半が剣聖の門下生達でした。
結果は、惨敗。
10万人に及ぶ剣聖率いる方面軍で、生存者は、たった2人だけでした。
因みに、その侵攻作戦で主力を担った【アトランティーデ海洋国】の皇太子率いる数十万の飛空船軍も全滅。
その出兵時に剣聖の率いる軍には、世界冒険者ギルドの職員も多数参加していたのです。
剣聖を含むたった2人の生存者を残して、10万人が全滅。
侵攻軍に参加して亡くなった冒険者ギルドの職員達は全員が百戦錬磨の猛者ばかりでした。
つまり、現在、世界冒険者ギルドは慢性的な人材不足。
それがペネロペを高待遇で勧誘した間接的原因かもしれません。
もちろん、ペネロペが極めて優秀である事は言うまでもありませんが……。
「で、どうするの?」
ルフィナは、どことなく寂しそうな表情で訊ねました。
ペネロペが、冒険者ギルドからのスカウトに応じれば、高等部を卒業したら、ペネロペは任地に赴きます。
物心付いた頃から、いつも一緒にいたペネロペとルフィナは、離れ離れになるでしょう。
ペネロペとルフィナも、いずれは、お互いの人生を歩むとはいえ、それは当然同じ大学に進学して卒業してから、と思っていたはず。
高等部を卒業してすぐ、というのはルフィナには予想外だったのかもしれません。
「断った」
ペネロペは言います。
「何で断ったのよ?」
ルフィナは少し語気を強めて訊ねました。
そうです。
世界冒険者ギルドの副ギルマスの椅子を蹴っ飛ばすとか、常識的に考えて、あり得ません。
「いや、アタシの今の収入よか、少ないしね」
ペネロペは頭の後ろに両手を組んで言います。
「バカッ!収入が多少減ったって、安定した仕事じゃない。社会的信用も高いから、ローンや保険にも加入出来るわ。今のペネロペの暮らしは死と隣り合わせで、死んでも何も保障がないのよ。真剣に考えたの?」
ルフィナはペネロペを叱りました。
ルフィナは、自分の寂しさより、ペネロペの将来の事を思いやって言っているのです。
私もルフィナの意見に賛成ですよ。
仮に、現在のペネロペが世界冒険者ギルドが提示した条件より、たくさんの収入を得ているとしても、冒険者稼業なんか、一生続けられる仕事ではありません。
冒険者の平均寿命は、40歳と言われています。
凄く短いです。
戦闘力の高い低いに拘わらず、この数値は、ほとんど変わりません。
どんなに強い冒険者でも、死ぬ時は簡単に死んでしまうのです。
かつて、一世を風靡した、勇者ファーンのパーティでさえ、【マラク遺跡】に挑んだきり、還らぬ人、となったのですから。
冒険者は、あらゆる事が自己責任。
死んだら終わり。
人種は、呆気なく死んでしまいます。
おそらく、ペネロペよりも強い、剣聖の門弟や冒険者ギルドの精鋭で編成された10万の軍隊ですら、魔物には全く歯が立たなかったのですから。
「ルフィナ、怒るなよ。冒険者ギルドは……高等部を卒業した後なら、いつでも歓迎するから、気が変わったら連絡してくれ……って言って来ている。だから、とりあえず、高等部の後は進学を目指す事にした。ルフィナやキトリーと、もう、しばらく一緒にいたいからな」
ペネロペは、ニカッ、と笑いました。
「もう、バカ」
ルフィナは少し嬉しそうに言います。
私達は、その後、水着を選びました。
私は、全ての中で一番地味な紺色のクラシックなセパレート。
ビキニなんていう部類のモノではなく、布地の面積が広いタイプでした。
ペネロペには……オバちゃん水着……と馬鹿にされましたが、良いのです。
ペネロペは真っ赤なビキニ。
けれどもペネロペが試着すると、セクシーというよりは、アマゾネスって感じです。
こらこら、鏡に向かってボディビルダーみたいなポーズをしなさんな。
ルフィナはピンクのワンピース。
大人しめ?
いやいや、とんでもない。
背中がバッコリ開いていました。
背後から見たら、痴女がいるのかと思いますよ。
さあ、3日後から、私達は、海に向かいます。
ペネロペとルフィナには内緒ですが、私も、かなり楽しみでした。
私、実は海って初めてなのです。
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