第343話。月にかかる虹…3…スクール・ヒエラルキー。
本日2話目の投稿です。
入学式から数日が経ちました。
校内施設見学、健康診断、体力測定、教科書の支給、選択科目の説明会、クラブ活動の勧誘……こういうイベントは、国立学校も、公立学校も、私立学校も大差ないと思います。
けれども、国立学校は、敷地が広くて施設が立派ですね。
大学のキャンパスのようでした。
明日からは、いよいよ授業が始まります。
楽しみですね。
授業が楽しみなのが、おかしいですか?
逆に訊きますが、学校で他にどんな楽しみが?
クラブ活動?
放課後の遊び?
友達を、たくさん作る?
恋愛?
青春の思い出作り?
ふふふ……バカを言わないで下さい。
私は、3度の食事より勉強が好きなのです。
勉強が好きなだけ出来て、その上、無料。
こんな天国のような環境が他にあるでしょうか?
いや、あろうはずがありません。
そもそも生徒・学生の本分は学業。
勉強以外に、学校へと通う意味などある訳がありません。
まあ、私は友達はいませんし、小さな頃から勉強しかして来なかったので、同年代の子達が、どんな遊びをしているのかも全く知らないのですが……。
私は、入学式以来、ずっとペネロペとルフィナと一緒に行動していました。
いや、正確には、ペネロペとルフィナに連れ回されている、と言った方が良いでしょう。
勝手がわからず苦労している私を、初等部出身の2人がリードしてくれているのです。
で、ペネロペとルフィナですが……この学校のヒエラルキーのツートップでした。
ルフィナは、1年生ながら、中等部の生徒会長。
前任生徒会長が卒業する前に、当時まだ初等部生だったルフィナを後任に指名したそうです。
信任投票の結果、中等部のほぼ全員の支持を受け、ルフィナは生徒会長に就任したのだとか。
教職員と生徒からの信望も極めて厚いのです。
ルフィナは、私に……勉強を教えて欲しい……などと言っていましたが、成績は常にトップレベル。
本人曰く……勉強が苦手……だなんていう言葉は、謙遜を通り越して、もはや嫌味ですよ。
ただし、ルフィナのホワホワした柔らかい外見の印象から、嫌味に聞こえないので美人は得です。
私は騙されませんけれどね。
ルフィナは、存外、腹黒いところがあります。
ルフィナの対外的イメージは、品行方正で才色兼備。
内実は、抜け目ない腹黒。
私のルフィナに対する分析結果です。
ルフィナの家は、【ミレニア】を本拠とする財閥でした。
金融、不動産、建築・土木、運輸・流通、卸売・小売……と手広く扱う創業者一族。
ルフィナの実家を……【ミレニア】の実質的な領主だ……とさえ言う人がいます。
ルフィナの一族に家名はありませんが、間違いなく上流階級。
ルフィナは、完全無欠の、お嬢様でした。
ペネロペは、にわかには信じられませんが、全科目ぶっちぎりトップの成績。
文・武・魔法……オール満点。
ニックネームは、ミスター・パーフェクト……。
ペネロペって、一応、女性ですよね?
ミスター、は、如何なものかと?
ペネロペは、その気になれば、飛び級で、すぐにでも一流大学に進学出来る頭脳の持ち主でした。
いいえ、より厳密に言えば、魔法学や数学や理学ならば、大学で指導する立場にもなれるそうです。
ペネロペは、授業を一度聴いて、教科書を一度読めば、全ての内容を完璧に理解してしまうのだ、とか。
むしろ……教科書の内容が間違っている。正しくは、こうだ……と主張して、国の偉い人達が議論した結果、数百年ぶりに教科書に記載されていた定説が覆される、などという事態にすらなっているそうです。
え?
あの、アルバトロスの定理、を解いたり、グレモリー・グリモワールの不可能予想、を証明したのはペネロペだったのですか?
頭が激しく混乱しています。
このペネロペが?
どちらかと言えば、おバカにしか見えないペネロペが……ですか?
ペネロペは成績最優秀者がなる学年総代を、過去、全学年で務めていました。
まあ、ペネロペの実績が事実なら、そうなるでしょう。
ペネロペと同級生になった私は、もう、ずっと学年総代は、諦めなければならないでしょうね。
くっ、天才め。
私が、どれだけ努力して少しずつ知識を覚えているのか……。
毎日毎日、予習と復習を何度も何度も繰り返して、ようやく、辛うじて秀才というレベルを維持しているというのに。
さらに、ペネロペは、戦闘実技担当主任教官であるジョナサン先生や、魔法担当の主任教官も務めていらっしゃるイングラム・キプリング校長先生を、初等部の頃から圧倒するほどの実力なのだそうです。
ジョナサン先生は、元【ドラゴニーア】竜騎士団。
ご両親ご兄弟と不慮の事故で相次いで不幸があり……もし自分が戦死したら一族の墓所を維持・管理する者がいなくなってしまうから……と止むを得ず退役なさいましたが、現役バリバリの戦闘職です。
そのジョナサン先生を、ペネロペは武器戦闘訓練で歯牙にもかけないのだ、とか。
また、イングラム校長先生は、高名な【賢者】。
エリート養成機関である【ミレニア】国立学校でさえ、優秀過ぎるペネロペのレベルに合わせた魔法の指導を行える人材がいなかった為に、【スヴェティア】の【エピカント】からワザワザ招聘された方でした。
ペネロペ1人の為にです。
ちょっと、もう意味がわかりません。
「ペネロペは、何で飛び級で大学に進学しないの?」
私は当然の疑問を訊ねました。
「そんなの決まってんじゃん。国立学校は、食事が3食無料で、制服も無料で支給してもらえて、シャワーも無料で浴び放題だからだよ。大学なんかに飛び級しちゃったら、その特典が受けられなくなるじゃん。ウチは、貧乏子沢山だから、アタシの食事代や被服代が浮くだけで、随分、家計が楽になるんだ。アタシ、食い意地が張っているしね」
ペネロペは言います。
そんな理由?
「なら、飛び級して、なるべく早く大学を卒業して社会に出て働けば良いのでは?その方が、トータル収支はプラスになりそうなモノだけど?」
私が学年総代を取る為には、ペネロペの存在は目の上のタンコブです。
絶対に勝てっこない優秀なライバルには、さっさと飛び級してもらった方が、私としてはありがたいのですが……。
「チッチッチ……」
ペネロペは、人差し指を立てて、それを左右に動かしました。
イラッ。
何故かわかりませんがムカつきます。
「アタシは現在、返済義務のない奨学金をもらっているんだよ。奨学金は返す必要がないんだし、1年でも長く学校に通った方が得でしょう?それにね、アタシは冒険者登録をして大卒初任給の40倍は稼いでいる。収入が大卒社会人より多いんだから、支出を抑える選択をした方がトータルで得なんだよ。冒険者としての収入は所得税も安いしね」
ペネロペは言いました。
なるほど、無償奨学金は確かに羨ましい。
それから、高額なバイトもしている、と。
セントラル大陸の大卒初任給は、だいたい金貨2枚と銀貨5枚。
つまり、ペネロペの月の稼ぎは、金貨100枚。
年間なら金貨1200枚……。
えっ?
ペネロペは、チャージのオールスター選手並に稼いでいる計算になります。
「ルフィナ。ペネロペって、虚言癖があるとか?」
「ペネロペの言っている事は、全部事実よ。この子、嘘が吐けない性格だから」
ルフィナは言いました。
ペネロペとルフィナは幼馴染の親友。
なるほど……。
うーむ、理解が追いつかない事は、とりあえず放置しておきましょう。
私のペネロペに対する分析結果は……荒唐無稽。
ペネロペという存在は、もはや意味不明でした。
私は、ペネロペとルフィナから何故か気に入られたらしく、ずっと一緒に行動させられています。
2人が常に私の側にいるので、私は知らない内に、校内ヒエラルキーの頂点に立つグループの一員になっていました。
グループと言っても、ペネロペとルフィナ……に私がオマケでいるだけですが……。
まあ、イジメとかに遭わないので、有難いです。
いやいや、私はイジメなんかに、へこたれませんよ。
立ち向かいます。
私は、公立学校の初等部では、ずっとイジメられていましたからね。
私みたいな勉強しかしないガリ勉が学校で疎まれるのは、子供社会では、ありがちな事なのでしょう。
なので、イジメには慣れっこです。
イジメは、嫌がらせ程度なら放置。
不愉快ですが対抗措置が取れません。
けれども、イジメっ子が不法行為に及ぶ場合は、容赦しませんよ。
私は、戦います。
まあ、だいたい、最初にガツンとやっておけば、後は、イジメてくる連中も、あまり酷い事はしてこなくなりますよ。
暴力を振るわれたり、侮辱や名誉毀損をされたり、金銭的な被害を与えられたりすれば、私は断固として適切な対応を取りますので。
そのせいで、同級生は、私に近付いて来なくなりますが、私は学校で勉強が出来れば、友達なんかいりません。
けれども、この学校では、今のところ、ペネロペとルフィナという完璧な【結界】があるおかげで……イジメに対処する……などという無駄な労力を使う必要がないので、ありがたいです。
私は、合理主義者なので。
ルフィナとペネロペの存在には助けられています。
・・・
翌日から授業が始まりました。
私は、大半の授業でペネロペとルフィナと同じ選択科目でした。
まあ、学業優秀者が選ぶ科目は、だいたい同じになります。
けれども、ペネロペとルフィナは、魔法学と戦闘教練を取っていますが、私は、それらを取っていませんでした。
私には魔法適性がありませんし、戦闘などは生涯するつもりもありませんので。
代わりに私が選択したのは、政治学と経済学。
中等部でガッツリ政治経済を教えてくれるのは、国立学校だけです。
今日は、政治学の初日。
楽しみですね。
休み時間に教室を移動して、政治学の授業に備えていると……女子生徒のグループが私の席の周りを取り囲みました。
あー、これは不穏当案件ですね。
私は、イジメられっ子としては、大ベテランなので、すぐにわかりましたよ。
私の【結界】となってくれるペネロペとルフィナは、選択科目が違うので、ここにはいません。
「ねえ、あなた、ペネロペさんとルフィナさんにつきまとっているけれど、どういう了見なのかしら?あの2人は特別な方々なのよ。あなたのような、みすぼらしい人が近付けるような方々ではないの。わかるかしら?」
女子生徒グループの1人が言いました。
ふむふむ、どうやら、彼女がリーダーっぽいですね。
つきまとう、だなんて、あり得ません。
どちらかと言えば、私が、2人に引っ張り回されているのですから。
「こんにちは。私はキトリーです。あなたの、お名前は?」
「あなたになんか名乗る名前は持ち合わせていないわ」
女子生徒は言いました。
周りにいる取り巻き連中は下卑た表情で、クスクス、と笑います。
あら、そう。
この女子生徒は、巻き髪で髪色がパールホワイトなのが特徴なので、とりあえずクルクル・パーと呼びましょう。
「それに、あなた、毎朝小汚いトラックで登校なさっているでしょう?我が校の品位が下がるから、やめて下さらないかしら」
クルクル・パーは、言いました。
私は、家業に誇りを持っています。
あの小汚いトラックは、真面目で誠実が取り柄の父が使う商売道具。
それを侮辱するとは、このクルクル・パーは失礼ですね。
「なるほど。とりあえず、仰りたい事は、概ねわかりました。あなたから、そのような申し入れがあったと、私の父と、学校側には伝えておきますね」
「なっ!お前、チクる気か?」
クルクル・パーの取り巻きの1人……太った女子生徒が私の制服の肩辺りの布地を乱暴に掴んで言います。
私の制服のボタンが弾け飛びました。
はい、器物破損確定。
私は、太った女子生徒を睨み付けました。
「こいつ、生意気な目をしやがって……怪我したいのか?」
太った女子生徒は、スパイクが付いた小さな鈍器のような物をポケットから取り出します。
まあ、実用より、脅しに向くようなタイプの武器ですね。
お、それで殴るのか?
やってみろ、ホレホレ。
人生終わらしたるからな。
私は、イジメには立ち向かいます。
泣き寝入りなんかはしません。
けれども、腕っ節ではイジメっ子に敵わないので、法律の力を借ります。
セントラル大陸の法体系の基本には、自己責任と能力という大きな2本の柱がありました。
法律用語で云う……自己責任……とは、セントラル大陸では、個人の権利に付随した概念として定義されています。
例えば、セントラル大陸では武器類の所持は、一部の無差別大量殺傷兵器の類を除いて、全て合法でした。
届け出をして、違法な用途に使用しない旨の【契約】を結び、国や自治体が行う安全講習会に参加しさえすれば、武器所持の為に、免許も資格もいりません。
未成年者も届け出をして、違法な用途に使用しない旨の【契約】を結び、保護者や看護責任者が全ての責任を担保すれば武装出来ます。
大砲だろうが、戦車だろうが、所持出来ました。
個人の権利の1つとして武装する権利が【ドラゴニーア】とセントラル大陸臨海4国の憲法に明記されているからです。
その武器を使用して他者を不当に傷付けたり、不当に殺害したり、犯罪に利用したりすれば罪に問われる、のは当たり前。
そんなモノは議論するまでもありませんね。
なので、説明は省きます。
問題は、武装する権利に付随して武器類の管理に関する自己責任が自動的に発生する事でした。
つまり、自分の武器が盗まれて、犯罪に利用されたら、武器管理者も重罪に問われます。
管理をずさんにしていて武器類が盗まれてしまい、その武器が犯罪に使われて被害者が亡くなってしまった場合などは……殺害には全く関わっておらず、殺人事件に自分の武器が利用されただけであっても、最悪の場合、死刑になる事がありました。
まあ、これは、相当悪質な場合の判例ですが……。
つまり、セントラル大陸では、武装する権利を行使する者は、当然、武器類の管理を徹底しなければならないのです。
これが法律用語で云うところの自己責任。
そもそも、個人の権利とは、自分以外の全ての人達の権利を侵害しない場合にだけ認められる限定的なモノなのです。
個人の権利が、社会の安全に優先する事など絶対に、あり得ません。
この自己責任原則が存在するので、セントラル大陸の一般市民が大砲やら戦車やら銃器などを所持する割合は、極めて少ないのです。
厳重に管理しなければならないので、戦車などを所持すると保管コストが莫大になりますし……犯罪者は、犯罪に利用しようとして戦車を保管している市民を狙いますからね。
割に合いませんし、危なっかしくて、普通の一般市民が戦車なんか所持出来っこありません。
剣や槍の単純な武器類ですら、冒険者が肌身離さず持つ最小限のモノに限られ、自宅に剣や槍をコレクションしたりするのはリスクが高過ぎて、武器類のコレクターなどの物好きな一般市民はいないのです。
太った女子生徒が正規の手続きに則って、この武器を所持しているとするなら、この武器は【契約】によって、不法行為には使用出来ないはずです。
しかし、これ見よがしに示威に利用しているのですから……これは、他人が管理する武器。
おそらく、保護者が管理する武器を勝手に持ち出しているのでしょう。
使用出来ない武器など脅迫に使えるか、馬鹿め。
こいつ、国立学校の生徒とは思えない馬鹿ですね。
まあ、多少、魔法適性があれば、馬鹿でも初等部には入学出来るので、こういうカスが一定数いても不思議ではありません。
脅迫に利用するだけで罪になりますが、いっその事、それで私を殴って、親子共々、社会的に抹殺されるが良い。
「ヘレンさん、やめなさい。武器はダメよ」
クルクル・パーが多少慌てて命じました。
「ふっ、お前、助かったな。これに懲りたら、生意気な態度を改めろよ……このブスが」
太った女子生徒……ヘレンは、ニヤつきながら武器をポケットにしまいます。
ふっ、脅迫に武器を持ち出した時点で、お前は、もう絶対に助からないけどな……この豚が。
法律用語で云う……能力……とは、他者に対して損害を与える能力を有する者は、その結果生じる全責任を負う能力も、また有している、とする概念です。
つまり、セントラル大陸では、未成年だから、とか、飲酒して酩酊していて記憶がない、とか、精神症で責任能力がない……などが、裁判において量刑の決定に考慮される事はありません。
つまり、子供であっても悪意を持って意図的に不法行為を行える能力がある者は、年齢を理由に罪を減免されたり、許されたりはしないのです。
子供であっても悪意を持って意図的に罪を犯せば、大人と同じ罰を受けます。
ヘレンは、もう犯罪者。
後悔するが良い。
「今日は、忠告だけで止めておいてあげるわ。ペネロペさんやルフィナさんに少し親切にされているからって、あまり大きな顔をして調子に乗らない事ね」
クルクル・パーは、そう言って、私から離れて行きました。
取り巻きの女子生徒達も、自分達の席に着きます。
私は、千切れたボタンを拾い、それを制服の内ポケットに入れて……内ポケットの中にあった小型記録装置のボタンを押して、直前の会話と映像を保存しました。
ふふふ……【魔法装置】屋の娘を舐めるなよ。
これで、少なくともヘレンに関しては、罰を受ける事が確定です。
家族揃って泣く事になるでしょう。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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