第342話。月にかかる虹…2…入学式。
セントラル大陸の教育制度…その2。
国立学校…無償で教育水準は最高。
公立学校…無償で教育水準は一般的。
私立学校…有償で教育水準は様々。
私は、入学式に出席する為に、両親と弟と一緒に国立学校に向かいました。
父が運転する機動車に乗って家族4人で学校のある中心街に向かいます。
この機動車は父の会社のトラック。
運転席横並びで3人乗りなので、少し窮屈ですが、私と弟が小さいので、何とか家族4人が乗り込めました。
機動車は、実家の稼業である【魔法装置】販売・修理・取り付け施工会社の社用車でした。
車体に父の会社の名前が大きく書かれ、荷台に小型クレーンがついた、いかにも作業車両という無骨なトラックです。
けれども、私は、このトラックで学校に向かう事を、みっともないなんて思いません。
父は、このトラックを走らせて一生懸命に働き、お金を稼いで、私達姉弟に、ご飯を食べさせてくれているのですから。
私は、この父の会社の名前が書かれた、エレガントとは言い難い無骨なトラックを誇りにしています。
・・・
私は、国立学校の駐機場でトラックを降りました。
周りには、高級な機動車や、豪華な箱馬車なんかが駐車してあります。
セントラル大陸は、もう既に【乗り物】の技術革新が起きているので、他の大陸の状況とは異なり、未だに馬車が主要な移動手段という訳ではありません。
むしろ、馬車より、機動車などの方が低コストで利用出来ます。
けれども、箱馬車は都市内の移動手段として、上流階級がワザワザ好んで使っていました。
非効率で不経済……前近代的な気もしますが、それが、むしろ良いのだ、とか。
馬車を牽く為の血統が良い馬を買えて、その馬を飼う厩舎や広大な庭を持ち、馬の世話をする厩務員を雇えて、馬車を操る専門の御者を雇える……という財力を見せびらかす意味があるのです。
さすが国立学校……お金持ちの子女がたくさんいるのでしょう。
「なら、父さん達は講堂にいるからな。動画を撮るから、入場する時こっちを見て笑うんだぞ」
父は、つい最近発売されたばかりのダビンチ・メッカニカ製のカメラを構えて言いました。
このカメラは、神話の時代に存在していた失われた技術を長年の苦心の末に、5割方再現したという最新式。
今日の私の晴れ姿を記録に残す為に、父が……清水の舞台から飛び降りるつもり……で買った物でした。
あ、清水の舞台って云うのは、神話の時代に存在していた伝説の英雄達が生まれた神界にある、有名な高層木造寺院の歴史的建築物なのだとか。
つまり……とても高い場所から飛び降りるくらいのつもりで、意を決して何かをする……というくらいの意味の慣用句だったと記憶しています。
そのくらいに、このカメラは高額な出費だったのでしょう。
私が言うのも何ですが……父は、娘の私を溺愛していますからね。
典型的な親バカなのです。
そんな父が嫌いではありませんが……。
私は、家族と別れて教室に向かいました。
・・・
私のクラスは、A。
少し緊張して教室に入りました。
教室の中では、あちらこちらでグループが出来ていて賑やかです。
男子生徒のグループは騒がしく笑い合い、女子生徒のグループは姦しくしていました。
また同じクラスになれて良かった……とか……一緒の選択科目を取ろう……とか、と話しています。
あの楽しげな集団は、全員、初等部から、そのまま上がって来た子達。
対して、出席番号順に並んだ自分の机に座って緊張気味に、ジッ、と黒板を睨んでいるのは、受験組でしょう。
私も、受験組。
友達はもちろん、知り合いすら1人もいませんので、黙って自分の机に座り、他の受験組の子達と同じように黒板に書かれている入学式の式次第を見ているようなフリをしながら、疎外感をやり過ごす事にしました。
まあ、しばらくすれば、仲良くしてくれる子も出来るでしょう。
・・・
程なくして、女性が教室に入って来ました。
「はい、座って下さい」
女性が言います。
グループで、お喋りしていた子達が、ガヤガヤと席に着きました。
ん?
私の前の席に誰も座らない?
お休みでしょうか?
入学式に出席出来ないなんて、可哀想に。
私も今朝、階段から転げ落ちて危うく入学式を欠席するところだったのです。
本当に、かすり傷で済んで良かったですよ。
「私が、Aクラスの担任のジュリアマリア・ストラビオーリです。どうぞ、よろしく」
ジュリアマリア先生が、黒板に名前を書きました。
「つーか、知ってるし」
1人の男子生徒が言います。
「いや、俺はストラビオーリって家名、初めて知ったよ」
別の男子生徒が言いました。
途端、教室に、ドッ、と笑いが起きます。
えっ?
今、何か面白いやり取りがあった?
受験組は……初めまして……で問題ないでしょう?
あの男子生徒達……バカなの?
まあ、どうでも良いですけど。
ジュリアマリア先生は、入学式の式次第を説明してくれました。
「では、校内放送でAクラスが呼び込まれたら、講堂に来るように、出席番号順に並んで整然と歩いて来る事。私は式典の進行係だから引率出来ないけれど、受験組のみんなも、講堂までは上級生の代表の子がリードしてくれるから、ついて歩いて来れば良いからね」
ジュリアマリア先生は、そう言って、教室を出て行きます。
「初めまして、私は、ルフィナ。よろしくね」
私は、後ろの席の女の子から話しかけられました。
「私はキトリー。よろしく」
ルフィナと名乗った子を見て、私は少しビックリします。
大人っぽい……。
緩く巻いた長いブルネットの髪。
ややピンク色がかった透き通るように白い肌、大きな目と長いまつ毛、通った鼻筋、薄い唇、完璧な歯並び
美人だなぁ……。
私と同じ、中等部一年生……13歳とは思えません。
見るからに、お嬢様って感じの子でした。
こんな子が、駐機場にあった箱馬車に乗るのでしょうね。
もしかしたら、執事とか、爺やとかが付いているのかもしれません。
「キトリーちゃんってさ……」
ルフィナは言います。
「キトリーで良いよ」
「なら……キトリーって、受験組でしょう?」
ルフィナは訊ねました。
「そうだよ」
「キトリーって、頭が良いんだね。今年は受験倍率が例年より高くて受験組のレベルが高いから勉強を頑張らないと、落ちこぼれちゃうよ……って、ジュリアマリア先生が言ってたんだよ。凄いね」
ルフィナは感心したように言います。
「なら、ルフィナは初等部から?」
「うん。私、魔法適性で入学したから、勉強は苦手なの。ねえ、キトリー、もし良かったら、時々で良いから勉強を教えてくれない?」
ルフィナはニッコリ笑って言いました。
魔法適性有りか……つまり選ばれし者ですね。
私みたいな道端の雑草とは生まれつきの才能が違うって事です。
何で、そんな才能があって、ましてや、こんな綺麗な子に、勉強しか能がない私が、その虎の子を渡してやらなくてはならないのか?
勉強でしか勝負出来ない私の唯一のアドバンテージを、生まれつきの才能がある……それも、こんな美人に、簡単に譲ってやるもんですか。
ルフィナは、相変わらずニコニコと笑っています。
くっ……何だ、この拒絶を許さない微笑みの魔力は?
「私に教えられる事なら、別に構わないけど……」
つい承諾してしまいました……。
「本当?やった。ありがとう。ねえ、キトリーの、お家って、どこ?」
ルフィナは無邪気に喜んで言いました。
「東町だけど」
「私は、中心街の東側だから近くだね?じゃあ、お互いの家で勉強会とか出来るね?」
ルフィナは屈託無く言います。
中心街の東側……。
げっ、高級住宅街じゃないか?
リアルお嬢様だったか……。
「只今より、入学式、及び、進級式を始めます。新入生は、誘導に従って講堂に入場して下さい。まずはAクラス、移動を開始して下さい」
教室に放送が流れました。
私達は、立ち上がります。
・・・
私達は、上級生に引率されて、廊下を歩き講堂に入場しました。
「キトリー。こっち向いて、キトリー、キトリー」
……父です……。
父は、三脚に固定したカメラを覗きながら、私に、ブンブン、と手を振っていました。
私は、仕方なく、父の方を見て、愛想笑いを作ります。
私達は、整然と並んだ椅子に順番に着席しました。
Aクラスは最前列。
並びは、出席番号順なので、私の隣はルフィナ。
反対側は空席でした。
やっぱり、私の一つ前の出席番号の子は、お休みみたいです。
ステージに上がった礼服の女性がマイクの前に立ちました。
彼女は、先程、私のクラス担任と自己紹介をしたジュリアマリア先生です。
「これより、入学式、及び、進級式を挙行致します。まずは、本校校長イングラム・キプリングの挨拶です」
ジュリアマリア先生は、言いました。
・・・
入学式は、順調に式次第を消化して行きます。
来賓の祝辞で、この学校の卒業生だという、神竜神殿の大神官付き筆頭秘書官のチェレステ【高位女神官】様が祝辞をなさいました。
えっ!凄いっ!
超VIPじゃん?
チェレステ筆頭秘書官様って、【ミレニア】出身だったんですね?
ちっとも知りませんでした。
て、いうか……大神官アルフォンシーナ様付きの筆頭秘書官という役職は、もしも万が一、大神官様に何かあれば、次期大神官にお成り遊ばすという方。
つまり、【ドラゴニーア】の最重要人物の後継者。
そんな超大物が入学式の祝辞をしに来るだなんて……。
これが公立学校だったなら、精々が名前も聞いた事がないような地元の名士か、良くて、地元選出の元老院議員が来れば御の字みたいなモノ。
チェレステ様が来るなんて、やっぱり国立学校は凄い。
・・・
いよいよ、入学式も終わりに近付きました。
式次第の最後を飾るのは、新一年生代表のスピーチ。
「中等部1年生総代、ペネロペさん、前へ」
ジュリアマリア先生が厳かに言いました。
学年総代とは成績最優秀者に与えられる立場。
各学年に、たった一つの椅子。
高等部の最終学年で総代を務めれば、それは即ち卒業生総代……つまり首席で卒業した、という扱いになります。
国立学校の高等部を首席で卒業となれば、資格や免許や年齢制限に関わるモノ以外ならば、望むままの進路が何でも選べました。
進学だろうと、就職だろうと、です。
私達、中等部から入学した受験組は、初年度は総代にはなれません。
来年から、この総代の椅子を争う訳です。
シーン……。
「ペネロペさん……欠席ですか?」
シーン……。
「ペネロペさんは、いないのですか?」
講堂の中がザワザワして来ます。
「ジュリアマリア先生、ペネロペから連絡は?」
男性の教師が、ジュリアマリア先生の元に近づいて、話しかけました。
男性教師は、小声で言ったのですが、マイクがその音声を拾っています。
「ジョナサン先生……欠席の連絡は受けていません」
ジュリアマリア先生が答えました。
「アイツの事だから、入学式の日時を勘違いしているのでは?」
男性教師のジョナサン先生は訊ねます。
「2週間前にリハーサルをしていますし、日時も何度も確認しています。本人は知っているはずですよ」
ジュリアマリア先生は答えました。
「事故に遭ったとか?」
ジョナサン先生が訊ねます。
「そんな、縁起でもない」
ジュリアマリア先生は言いました。
「誰か、特進クラスで、今朝、ペネロペを見た者は?」
ジョナサン先生が、マイクで講堂に整列する生徒達に訊ねます。
特進クラスとは、成績優秀者、または、受験時の得点上位者が集まるクラス……つまり私達Aクラスでした。
生徒達は、皆、首を振ります。
つまり、出席番号で私の前の子が、学年総代のペネロペという生徒なのですね?
「ジュリアマリア先生。今朝は、ペネロペを見ていません」
私の横にいたルフィナが言います。
「そうか。いつもの寝坊なら良いんだが……」
ジョナサン先生は、心配そうに言いました。
「私、ご実家に連絡してみます」
ジュリアマリア先生は言います。
「私が、行きましょう。ジュリアマリア先生は式を進行して下さい」
ジョナサン先生は言いました。
2人の教師は目配せして、それぞれの行動に移ろうとした時……。
ダダダダダ……。
私達がいる講堂の後方から、何やら足音が聞こえて来ました。
誰かが講堂に通じる廊下を走って来ているようです。
「は〜い。います、ペネロペは、いますっ!」
「ペネロペさん……きゃっ!」
ジュリアマリア先生は、両手を口に当てて、声を上げました。
「来たか……って、なっ?!」
ジョナサン先生も、振り向いて、驚きの声を上げます。
講堂の生徒達も、一斉に教師2人の視線の先を見ました。
「「「「「えっ?!」」」」」
講堂の中を慄然とした雰囲気が支配します。
黒い鎧を着て、革の鞄を2つ斜掛けに背負った少年……いや、少女が、講堂の後方の出入口から入場して来ました。
え?
何この子?
き、汚い。
そして、臭っ!
いや、そんな事より、あれって、まさか血?
おそらくペネロペという名前だと思われる、少年のような少女の風体は……短い髪はボサボサ、身体からは異臭を放ち、何やら赤黒い血液のようなモノで全身がベタベタに汚れていました。
この子が学年総代?
何かの冗談?
脳が思考を放棄したように、私には、この状況が全く理解不能でした。
「いやぁ〜、間に合ったよ。危ね〜危ね〜、新学年初日から遅刻するとこだったよ」
ペネロペという生徒が言います。
「ペネロペ……その格好は?」
ジョナサン先生は、唖然として訊ねました。
「あ〜、家に寄って制服に着替えてから来たら、間に合わないっぽかったから、出先から直で来ました」
ペネロペという生徒は答えます。
「いや、そうでなくて、何で鎧?しかも、メチャクチャ汚くて、臭いぞ」
ジョナサン先生は、眉をしかめました。
「あ〜、これね?聞いて下さいよ、ジョナサン先生。2週間前から【牙鼠】を狩る為に、東の森に入ってたんだけどさ。一昨日の夜に、運悪く、【ホーラブル・ベア】に出くわしちゃって……。奴さん今時期は、冬眠のはずなのに、今年は暖冬だからかなぁ……お目々パッチリで起きてたんだよ〜。もうさ、お互いに隙を見せたらヤラれるのがわかったんだよね。動けなかったんだよ。それで、まんじりともせず、一晩中睨み合い。でも、向こうが先に焦れて立ち上がって襲いかかって来たから、待ってましたとばかりに懐に潜り込んで喉笛に……ザクッ!紙一重だったけれど、気合いと根性の差で勝てたね。で、返り血を頭から浴びて、この有様だよ。早く、お風呂に入りたかったんだけど、間に合わないっぽかったから、全速力でダッシュして直接来たんだ。寝てないし、ダッシュで来たから、もう、ヘットヘト……くたびれたよ……」
ペネロペという生徒は身振り手振りを交えて話します。
【牙鼠】?
【ホーラブル・ベア】?
そんな恐ろしい魔物と戦って来た?
あの子は、一体、何を喋っているの?
えーっと、私は今ここで何をしているんだっけ?
私の隣で、ルフィナが……また全部、ペネロペが持って行っちゃったわね……と笑っていました。
「そうか……それは、ご苦労だったな。とりあえず、学年総代としてのスピーチ……いや、もう一言で構わないから、みんなに挨拶だけして、すぐにシャワーを浴びに行きなさい」
ジョナサン先生は、叱るでもなく、ただ呆れたように、ペネロペという生徒に言います。
「は〜い……えっと、みんな今年も仲良くして下さい。新入学生の皆さん、よろしく……ペネロペです」
ペネロペという子は、血塗れの顔で、ニカッ、と笑って言いました。
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