第341話。月にかかる虹…1…キトリー。
セントラル大陸の教育制度。
初等教育…5歳〜12歳(義務教育)
中等教育…13歳〜15歳(義務教育)
高等教育…16歳〜18歳
大学…19歳〜22歳
など。
セントラル大陸の中央国家【ドラゴニーア】と、東の【グリフォニーア】と、北の【スヴェティア】の3国の国境に位置する地方都市【ミレニア】は、国家としては【ドラゴニーア】に所属しています。
とはいえ、【ドラゴニーア】、【グリフォニーア】、【スヴェティア】は同盟国で貿易や往来の自由が認められているので、国境の壁や関所などはありません。
街道に……ようこそ、どこそこ、へ……と書かれた標識で国境が示されているだけです。
ただし、【ドラゴニーア】に定住権を持たない【グリフォニーア】と【スヴェティア】の国民が、【ドラゴニーア】に住む事は出来ません。
これは【ドラゴニーア】の移民制限政策によります。
【ドラゴニーア】は世界最高の豊かさと、治安の良さと、社会保障制度が充実している国です。
移民を無制限に認めれば、世界中の人が【ドラゴニーア】に集まって来てしまいますので。
【ミレニア】は、【ドラゴニーア】全土を守って下さっている、至高の叡智を持つ天空の支配者【神竜】様の【神位結界】の加護を受けた土地ではありましたが、南西方面以外は、【結界】から外れる領域である為、魔物の脅威が身近な場所でもあります。
とはいえ、【ドラゴニーア】軍が常駐していますし、城壁には無数の【魔導砲】や【魔導・ガトリング】の砲座があるので、【ミレニア】が魔物に脅かされる事は滅多にありません。
時々、魔物の発見警報……つまり神殿の鐘が鳴り響く事はありますが、それも含めて私達【ミレニア】の住民の日常でした。
今日も早朝から、鐘が鳴っていますが……ああ、またか……と思う程度の認識です。
今朝のような、カーン、カーン、カーン……という緩打鐘は……近郊で【中位】以上の魔物を発見しました……という合図。
この発見警報が鳴って慌てふためくようでは、【ミレニア】では暮らしていけません。
カンカンカンカンカン……という乱打鐘が鳴ると【中位】以上の魔物の接近警報。
私は、物心ついてから、何度か、これを聞いた事がありました。
その時には、家族全員で地下室に逃げ込みます。
不謹慎かもしれませんが、当時は怖かったというよりも、いつもと違う非日常感に何だかワクワクした記憶がありました。
さらに、神殿から緊急放送が流れたら、避難勧告。
これは、まだ本物を聞いた事がありません。
月に一度、街の避難訓練の際に試験放送が流されるだけです。
最後に、ウオーーーーン、ウオーーーーン……という不気味なサイレンが鳴りました。
このサイレンも毎月の避難訓練でしか聞いた事はありません。
このサイレン……何でも、人種の本能に働きかけて、不快感や不安感を喚起するような周波数帯の音をワザと使用しているらしく、とても嫌な音なのです。
けれども、警報の目的から言えば必要な事なのでしょう。
サイレンが鳴ると城壁内に魔物が侵入したか、あるいは、軍では対抗出来ないような魔物の脅威(強力な個体か、魔物の群)が街を襲っている、という合図。
このサイレンの本物が聞こえたら、【ミレニア】に駐留する軍だけでは当該の魔物に対抗出来ないか、あるいは既に【ミレニア】駐留軍は魔物に壊滅させられた後、という事。
つまり試験ではない本物のサイレンを実際に耳にする状況というのは、軍が対応不可能な魔物が街を襲っていて、まだ自分は街に取り残されているか、はたまた逃げ遅れたという意味ですので……絶望的ですね。
ですが、サイレンは、例外中の例外。
万が一の最悪の事態です。
基本的に、【ミレニア】の住民にとって、魔物くらいは珍しくもありません。
【ドラゴニーア】軍は精強だと評判ですから、余程の事がない限り街の中にいれば安全なのです。
もちろん、油断は禁物。
【ミレニア】は、【創造主】様の御技で創られた不滅の街ではありません。
この街の城壁や家屋は脆いのです。
鉄骨を芯にした石積みと煉瓦造りの城壁や街並みが脆いというのも不思議な感じですが、竜都など主要都市の建物は……どんな事があっても絶対に壊れない……らしいので、それと比較すれば、脆い、としか表現出来ません。
なので、【ミレニア】の各建物には必ず地下室が備えてありました。
建築基準法で、地下室の設置が義務付けられているのです。
地下室は、一応避難用のシェルター。
商家である我が家では、半ば商品倉庫になっていますが……。
私が図書館で調べたところによると、【創造主】様が、お創りになった不滅の構造物でなければ、地下数m程度の地下室では【高位】の魔物には、まるで意味をなさないらしいのですが、ないよりはマシというモノなのでしょう。
もしも【超位】の魔物に街が襲われたなら?
そんな事を想定する意味がありません。
何故なら、【超位】の魔物に遭遇するという事は、生存を諦める、という事と同義。
生命が助かるかどうかは、運次第。
たまたま通りかかった【超位】の魔物が、お腹いっぱいで餌を欲しがっていない、などの幸運な状況でもなければ、【ミレニア】にある、どんなに堅牢な建物の中に立て籠もっても無駄な努力。
【超位】の魔物には、【ミレニア】など1日で廃墟に変えてしまえる絶対的な力があるのです。
世界最強の【ドラゴニーア】軍でさえ、万全の準備を整えて待ち構えていても少なくない犠牲を払ってようやく倒せるような【超位】の魔物に、私達、一般市民が抗えるはずもありません。
さてと、まだ起きるには早い時間です。
けれども、私は、早朝から目が冴えてしまっていました。
魔物の発見警報の鐘の音が原因ではありません。
あんなモノは、言うなれば日常の環境音の類。
もはや慣れっこですよ。
私が、珍しく母に起こされずに早起きしている理由は、今日が入学式だからです。
自分の部屋に吊るされた、国立学校の真新しい制服を見ると、ウキウキして眠れませんでした。
私が今日から通学する事になる学校の制服です。
地元では、選ばれし子供達しか入学を認められない国立学校。
その制服に身を包んで街を歩くのが【ミレニア】の子供達にとっての憧れでした。
【ドラゴニーア】では5歳から15歳までの子供は、義務教育を受けなければいけません。
一般的な公立学校は、あくまでも……社会の一員として不足なく生きていけるように……という事が教育の主眼となっています。
私立学校は、各校によって様々な特色があり、中には一流と見做される教育を実践する学校もありますが……安くとも年間で金貨何枚……場合によっては年間で金貨数百枚以上……という単位の高額な費用がかかりました。
今日から私が通う国立学校の費用は無償。
けれども、カリキュラムも教師陣も施設も超一流。
将来【ドラゴニーア】で指導的な役割を担うエリートを養成する機関という位置付けで設立されていました。
国立学校の高等部を卒業する学生の半数が最高学府の大学に進学します。
大学を卒業すると、国家官僚や、ギルドや企業の幹部候補としてのレールに乗る事が出来ました。
正にパワー・エリート。
私が目指す将来のビジョンです。
残りの半数も、地元の役所やギルドや一流企業に就職する事が出来ました。
それも管理職候補という待遇で、です。
こちらの将来でも悪くはありません。
国立学校を高等部まで卒業出来れば、どちらに転んでも将来安泰。
つまり国立学校の卒業生は、人生の勝ち組なのです。
5歳からの児童が通う初等部、13歳からの生徒が通う中等部、16歳からの学生が通う高等部があり、私が今日から通学するのは中等部です。
思春期である私の自己承認欲求を満たしてくれるステータス・シンボル。
それが国立学校の制服なのです。
私は、自分で言うのも何ですが……幼い頃から利発な子供でした。
親戚一同や近所の人達からは……神童……などとチヤホヤされて育ったのです。
けれども、私は国立学校初等部への受験に失敗してしまいました。
学科試験は、おそらく満点に近い点数を取っていたはずです。
問題は、実技……特に魔法。
残念ながら、私には魔法の素養がありませんでした。
【ドラゴニーア】では国立学校の初等部の入学試験では、学科試験の評価比重が高くありません。
幼い時期の学力の差は、あまり将来の能力の差には関係がない……と見做されている為なのです。
幼い子供達を評価する場合(国立学校に入学を認められる)には、【ドラゴニーア】では魔法適性が重視されていました。
魔法適性は、幼い頃の素養が大人になってからも、ある程度、担保出来るからだと思われます。
魔法適性がなくとも、本物の天才なら初等部に入学を許される場合がありました。
そういう生まれながらの特別な子供は、マークシート方式の筆記試験の点数ではなく、記述方式の論文で認められる必要があります。
テーマは試験当日に発表され、単にテーマに沿ってそつなく論文を書けても全く評価はされません。
その道の専門家を一読で唸らせるような内容(学会で通用するレベル)の論文を書き上げなければならないので、付け焼き刃の知識や一夜漬け、あるいは、お受験対策などでは、到底通用しません。
残念ながら、私は、単なるガリ勉の秀才。
生まれながらの天賦の才知などはありません。
なので、私は試験に落ちてしまいました。
挫折。
幼い私の心を傷付けるには十分な現実です。
以来、私は、猛勉強をしました。
友人達が、放課後に遊びに行く姿を横目に、毎日毎日、図書館に通って勉強していたのです。
商家を営む両親が店を閉めて、私を図書館に迎えに来る夕刻まで脇目も振らずに机にかじりついて勉強しました。
おかげで、視力を悪くして、眼鏡がトレードマークの女の子になってしまいましたが、私は、そんな事は意に介さず本と参考書と辞書の虫になったのです。
おかげで、見事に国立学校の中等部に合格を果しました。
私は、ベッドから出て、制服に着替えて姿見の前に立ってみます。
何だか野暮ったく見えますね。
寝癖のせいでしょうか?
まあ、どうでも良いですね。
世間的には制服の中身なんか関係ないのです。
ラベリング、タグ付け、権威の象徴……。
ご近所さんにとっては、国立学校に入学する人物に興味があるであって、私自身の能力には、ちっとも興味なんかないのですから。
国立学校初等部の受験失敗の後で、ご近所さん達が、口さがなく私の事を噂していたのを知っています。
私は、あの人達を見返してやりました。
どうだ、参ったか。
【ミレニア】に、この制服を着ている子を馬鹿にする人はいません。
でも、そんな嫌な思い出は、今日で全て忘れてしまいましょう。
今日からは、薔薇色の学校生活が始まるのです。
私は、胸を張って、朝食を食べに自分の部屋から出て階下のリビングに降りて行きました。
胸を張り過ぎて、足下が疎かにになり、幼い弟が階段に並べていた玩具を踏ん付けて、階段の中程から、リビングまでゴロゴロと転落したのは、ご愛嬌です。
打ち身だけで済んで良かったですね。
大怪我をしたら、入学式の晴れの日をふいにするところでした。
・・・
「キトリー。入学おめでとう」
父が言います。
「「おめでとう」」
母と弟が言いました。
「ありがとう。私、一生懸命頑張って勉強するからね」
私は、家族に言います。
「キトリーは、父さんの一族で初めての国立学校生だよ。鼻が高いなぁ」
父は言いました。
「母さんの一族でも初めてよ。凄いわ」
母は言います。
我が家は、【ミレニア】では比較的裕福な家庭でした。
父の家系は【ミレニア】で代々【魔法装置】の販売と修理、また取り付け施工業を生業としています。
自宅とは別に店舗、兼、作業所を持ち、20人ほどの従業員を雇うくらいの規模で商売をしていました。
つまり父は、社長さんです。
母の実家は、【ミレニア】では有名な会計士一族。
中心街のビルにオフィスを構える【ミレニア】最大手の会計士事務所を経営しています。
母自身も、その事務所の共同経営者でした。
両親は、直接口に出しては言いませんが、私と弟に、それぞれの生業の跡を継いで欲しいのだと思います。
順当なら弟が父の会社を継ぐのでしょう。
弟は私より手先が器用ですし、機械いじりのような遊びが好きみたいです。
まだ幼い弟ですが……彼がやりたい……と言えば、私は家業の相続権を弟に譲るつもりでした。
つまり、私の進路は順当ならば会計士という訳です。
けれども、国立学校に入学した以上、少し話が変わってきますね。
とりあえず大学進学を目指して……その後は、上級官僚、ギルド職員、企業幹部……銀行から融資を受けて起業する事も可能かもしれません。
夢は膨らみますね。
私の現状を鑑みれば、会計士になら多少頑張ればなれると思います。
会計士資格を得れば、後は、母の実家の事務所に雇ってもらえるでしょうから、進路に保険はありました。
また、両親の事業も順調。
数年以内に我が家が経済的に困窮するような事にはならないと思います。
つまり、私には、多少、将来の夢を高望みしてチャレンジする余裕がありました。
両親も……やりたい事をしなさい……と言ってくれています。
さてと、私は、将来、何になりましょうか?
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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