第319話。本物の忠臣。
名前…クリスト
種族…【人とドワーフの混血】
性別…男性
年齢…15歳
職種…【設計士】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【才能…設計】
レベル…6
ソフィア&ノヒト(コンパーニア)傘下マリオネッタ工房所属で、主にスマホやマルチ・グリルや、その他の【魔法装置】部門を担当。
孤児院出身者。
サウス大陸【アトランティーデ海洋国】。
王都【アトランティーデ】王城。
私は、礼拝堂に降り立ちました。
礼拝堂には、【ファヴニール】の使徒である聖職者が何人かいます。
私は、聖職者の皆さんに、挨拶をして、礼拝堂を出て、王都市街に向かおうとしましたが、呼び止められました。
振り向くと、【アトランティーデ海洋国】王女のジュリエットさんです。
「ノヒト様、ようこそ、おいで下さいました。お越しがわかっておりましたら、お迎えいたしましたのに」
ジュリエットさんは、言います。
「いえいえ、王都には所用で来ただけです。お忙しい皆様を煩わせるのも申し訳ありませんので」
「そう仰らずに、せめて、お迎えと、ご挨拶はさせて下さいませ」
ジュリエットさんは言いました。
いやいや、面倒は、出来るだけ御免被りたいのですが……。
「その後、こちらの様子は、どうですか?」
何が、どう、なのか……という感じですが、相手に対して特段言及したいトピックがない時には、コミュニケーションの取っ掛かりとして……最近どう……という問いかけは、万能なのです。
こちらからは、特段聞きたいことはない。
しかし、相手は言いたい事があるかもしれない。
然りとて、あえてアポイントを取って会談をセットするまでの事ではない。
こんな時には、どう、とだけ訊ねれば、何かあれば相手の方から問題や懸念を整理して、こちらに教えてくれます。
効率的で時間の節約になる便利ワードでした。
日本では……この語彙を使うのは、馬鹿な証拠だ……などとも言われますが、私は、そうは思いません。
むしろ正反対ですよ。
私の場合、最近どう、とだけ訊ねられたら、ピリッ、と緊張が走ります。
特に、相手が上席者だったならば。
簡潔、かつ、正確に誤解を生じさせないような言葉を選び、過不足なく何かを伝える、というのは、案外、高次元の能力が要求されるのです。
あれの試算は?
これの進捗は?
それの結果は?
と、具体的に訊ねられれば、答える側は頭を使わなくて済みますが、それも良し悪しだと思います。
管理を専門とする役職の人材なら、そういうふうに具体的、かつ、間違いようがない質問をして、逐一、部下の仕事ぶりを管理するのも良いでしょう。
それが仕事なのですから。
しかし、私が勤めていたようなゲーム会社などの場合、偉い人達は、その創造性に対価をもらっていました。
部下のタスクを管理するのは、その人達の仕事ではありません。
私の上司であるプロデューサーのフジサカさんも、そうです。
そして、フジサカさんは、私に会うたびに……どう……と訊ねて来ました。
何かあれば、その場で情報共有します。
10秒で事足りました。
そんな風にして、すれ違いざまの10秒立ち話で決まった企画が何億円もの利益に化ける事が良くあるのです。
それを、忙しいフジサカさんの秘書を介してアポを取り、日を変えて15分とかのミーティング時間をセットしてもらい、挙句に……〇〇さんの結婚祝いで〇〇部でプレゼントを買うことにしました。つきましてはフジサカさんも一口乗って下さい……などというワザワザ、ミーティングをするまでもない内容だったりしたら、こう言われてしまいます。
君さ、僕の時給幾らか知っている?
はい。
時給、10万円ですよね。
そしてフジサカさんの秘書さんも高給取りです。
私も、そういう非効率で不経済な事が大嫌いでした。
入社以来、フジサカ・イズムを薫陶されて育って来ましたからね。
時は金なり。
時間当たり幾つのタスクをこなせるか、がプログラマーの価値なのです。
「【パラディーゾ】のローズマリー大巫女様より、ご連絡がありました。ノヒト様が【ラドーン遺跡】と【ピュトン遺跡】に町を作って下さり、総数1千人の雇用を、我が国に与えて下さるとか?ありがとうございます」
ジュリエットさんは言いました。
「いえいえ、何ほどの事もありません」
「あのう……1つ、お願いが、ございます」
ジュリエットさんは、言います。
「何でしょう?」
「【パラディーゾ】と【ラニブラ】に進出なさった、ソフィア&ノヒト社の支社を、我が国にも誘致したいのですが、ご検討下さいませんか?」
ジュリエットさんは言いました。
「わかりました。少し、待って下さいね。……もしもし、ハロルド、【アトランティーデ海洋国】の王都【アトランティーデ】にも、コンパーニアの事業拠点と【スクエア】を造ります。後で、【アトランティーデ海洋国】の担当者に連絡をして、話を聴き、進出が可能なら諸々の段取りをして下さい……はい、よろしく……。ジュリエットさん、OKです。後は、ハロルドと話を詰めて下さい」
私は、その場でハロルドに連絡し、話を決めてしまいます。
「ありがとうございます」
ジュリエットさんは言いました。
「いえいえ。では、私は所用がありますので、行きますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ジュリエットさんは頭を下げます。
ほらね、話が早い。
こんな件も、あえて私に連絡が来たら……そんな事で……という類の依頼です。
タイミングが悪ければ……クッソ忙しい時に……と思ってしまうかもしれません。
しかし、一国の王家や政府から、コンパーニアの方に直接依頼が行くのも、どうかと思いますしね。
ハロルド達、コンパーニアの経営陣は、民間人です。
王家からの依頼は、即ち、圧力や命令、と取られ兼ねません。
そういう誤解は、【アトランティーデ海洋国】の王家の人達も避けたいはずです。
彼らも……もしも私の不興を買えば……と想像するでしょうからね?
まあ、そんな事で、私は腹を立てたりしませんが……相手がどう思うかを、私にはコントロールする事が出来ません。
なので、その場合、外交ルートなどを複雑に経由して、双方に失礼がないように、とか、誤解がないように文書で、とかいう面倒な形で話が伝わって来るのでしょう。
もしかしたら、事前の根回しなどで、関係ない人達まで、余計な仕事に煩わされるかもしれないのです。
それらの外交リソースに使われる人件費や、浪費される時間は、無駄以外の何物でもありません。
どう?
……の、おかげで、それらの煩雑な手間暇が、わずか30秒で解決しました。
最近どう?
は、馬鹿が使う貧弱な語彙などではなく、優秀な効率化ツールなのです。
私は、王都【アトランティーデ】に降りて商業ギルドに向かいました。
・・・
商業ギルド【アトランティーデ】支部。
私は、商業ギルドに入りました。
受付で目的を告げて、早速、買取査定を、お願いします。
大量の【宝物庫】に膨大な魔物素材が入っているので、その場での査定は不可能。
査定結果が出るのは明日以降になりました。
「ならば、結果が出たら、連絡を下さい」
私は、結果をスマホのメールに送るように依頼します。
買取は銀行ギルドへの入金で済ませて、【宝物庫】は、【自動人形】・シグニチャー・エディションに回収に来てもらえば良いでしょう。
私は、挨拶をして、商業ギルドを後にします。
・・・
王都【アトランティーデ】中心街。
私は、ソフィアから頼まれた、お迎えをしに向かいました。
場所は、商業ギルドからも、ほど近い中心街の一角。
とある集合住宅でした。
私は、指定の部屋まで向かいました。
金属のノッカーを叩くと、扉の小窓が開きます。
「どちら様でしょうか?」
若い女性の声がしました。
「はじめまして、ノヒト・ナカと申します。ソフィア・フード・コンツェルンのソフィアから依頼されて、お迎えに来たのです。ジリオ・シエンツァさんは、いますか?」
「ソフィア様の!今、お開けします」
若い女性は、小窓を閉じて、慌てて扉を開きます。
「こんにちは」
「ノヒト様。私は、ジリオの妻、シメネーラと申します」
若い女性……シメネーラさんは、頭を下げました。
シメネーラさんは、【ダーク・エルフ】。
見ると、子供でしょうか、若い女性が背後にいます。
一見して混血児とわかる容貌。
【ダーク・エルフ】の特長である褐色の肌と尖った耳……しかし、とても小柄で、身長は130cmほどしかありません。
シメネーラさんの背後にいた混血の女性は、何やら、武器を持っていました。
「イフォンネッタ。それをしまいなさい。この方は、大丈夫です。ノヒト様、娘のイフォンネッタです」
シメネーラさんが、紹介してくれます。
「で、ソフィアから、連れて来るように、と言われたのですが、出られますか?荷物などがあれば、私は【収納】を持ちますので運びますよ」
「家財は、今、夫が輸送の手配に行きましたので、ありません。あ、どうぞ、お上がり下さい。夫も間もなく戻って来るはずですので。ご覧のように狭い部屋で、何も、おもてなしは出来ませんが」
シメネーラさんは、言いました。
私は、お言葉に甘えて、部屋の中で待たせてもらう事にします。
・・・
ジリオさんと、シメネーラさん夫妻の自宅の居間。
私は家財がスッカリ空っぽになった居間に残された、テーブル・セットに腰をかけて、シメネーラさんから出された、お茶を飲んでいました。
うーむ、この家族と、ソフィア・フード・コンツェルンが結びつきませんね。
端的に言って、この家は、ボロ。
どういう経緯で、ソフィアが、この家族を知り、スカウトしたのか、が、よくわかりません。
「ジリオさんは、どういった経歴の方なのですか?」
私は、訊ねました。
「夫の前職は【オフィール】で、商務省に勤務しておりました役人でございます。担当は、交易と関税。実は、【オフィール】の女王陛下……いえ、元女王陛下に対して、提言書を以って直言申し上げ、不興を買って任を解かれ、投獄された経緯がございます。その後、元女王陛下がクーデターに倒れましたので、釈放されましたが、現政権の政治的立場とは相容れないので、半ば亡命のように出奔して【アトランティーデ海洋国】に参りました。その後、夫の大学時代の同級であったヴァレンティーナ・ベルルーティ女史より、ありがたくも、仕事口の、お誘いを受けて、ソフィア・フード・コンツェルンに再就職が叶ったのです」
シメネーラさんは言います。
ほほう、ヴァレンティーナさんの人脈なのですね。
ならば信用のおける有能な人材なのでしょう。
そして、亡命なので、【オフィール】からの刺客などを警戒して、武器を持っていたのかもしれません。
しかし、女王に意見して牢屋に入れられる、とは、ジリオさんという人物は、随分と剛毅なのですね。
私は、ジリオさんという人に興味を持ちました。
・・・
程なくして、ジリオさんが帰宅します。
まず、私は居間で待たされ、シメネーラさんが玄関に夫を迎えに行き、何やら、私が来訪した理由などを話していました。
そして、ジリオさんが居間にやって来ます。
「ノヒト・ナカです」
「ジリオ・シエンツァで、ございます」
私達は、挨拶を交わしました。
ジリオさんは、【エルダー・ホビット】。
うん、だからハーフの娘さんが小柄だったのですね。
【エルダー・ホビット】は、ヴァレンティーナさんと同種族。
【ホビット】の上位種で、【聖格者】です。
なるほど、有能な人材であるのは、間違いなさそうですね。
【転移】で運ぶ事を説明すると、ジリオさんは恐縮しながら同意します。
どうやら、つい今しがた、ヴァレンティーナさんから連絡が入って、私の訪問を知っていたようですね。
ジリオさんは、既に、ヴァレンティーナさんからスマホを送られて所持しているようです。
ジリオさん一家の【転移】適応を調べました。
問題なし。
と、【ドラゴニーア】に飛ぶ前に、私は好奇心に駆られました。
「ジリオさん。【オフィール】の女王に諫言をなさったのだとか?どんな内容なのですか?」
「ははは、お恥ずかしい。実は、提言書の下書きがあります。大した文章ではありませんが、お読みになりますか?」
ジリオさんは訊ねました。
「是非」
ジリオさんは、鞄から1束の書類を取り出して、私に手渡します。
ジリオさんが書いた女王宛ての提言書には、【ムームー】への侵攻の不正義が相当に強い言葉で批判されており、【ドラゴニーア】や【アトランティーデ海洋国】と歩調を合わせ、穏当に外交を行うべきだ、という内容が詳細なデータを根拠に理路整然と纏められていました。
ほほう。
ジリオさんは謙遜していましたが、これは、なかなか読ませる文章ですよ。
そして、見事なまでの現状分析力。
この人は、仕事が出来ますね。
そして、女王に対しても恐れずに正論をぶつけて批判出来る性根も気に入りました。
この文章からは、女王の不興を買って処断される事すら覚悟した者の迫力が伝わって来ます。
民や国に仕える、本物の忠臣とは、ジリオさんの事を言うのでしょう。
官僚は、こうでなければいけません。
残念ながら、【オフィール】の女王には、この提言書の内容を理解出来なかった……いや、自らの欲望の為に、提言書の内容を無視したのですが……。
私は、ジリオさんが気に入りました。
ソフィアは、得難い人材を手に入れたようですね。
「ジリオさん。ソフィアの事をよろしくお願いしますね」
「いえいえ、こちらこそ、お願い申し上げます」
ジリオさんは、深々と頭を下げました。
シメネーラさんと、娘さんのイフォンネッタさんも頭を下げます。
因みに、この家族は、私が【神格者】である事は知らない様ですね。
リアクションでわかります。
「さあ、行きましょう。必要なモノを全て持って下さい」
「では、大家さんに、部屋の鍵を返却して参りますので、3分ほど、お待ち下さい」
ジリオさんは、急ぎ足で部屋を出て行きました。
・・・
キッカリ3分後。
ジリオさんが戻りました。
「ヴァレンティーナさん。今から、ジリオさん、と、ご家族を連れて行きます」
私は、スマホで連絡をします。
ヴァレンティーナさんからは……お待ち申し上げておりますので、いつでも大丈夫でございます……との返答がありました。
あ、そう。
ならば良し。
私達は、【ドラゴニーア】に【転移】しました。
・・・
【ドラゴニーア】。
ソフィア・フード・コンツェルン。
私達が到着すると、転移座標を設置してある部屋でヴァレンティーナさんが待っていました。
待ちながらも、周囲にいる大勢の【自動人形】・シグニチャー・エディション達に忙しく指示を飛ばしているのは、お約束。
いつもの事です。
「あ、ノヒト様。ありがとうございます」
ヴァレンティーナさんは言いました。
「はい。連れて来ましたよ。後は、お任せして良いですね?」
「はい。1日でも早く仕事を手伝ってもらいたかったので、助かりました」
ヴァレンティーナさんは言います。
「ヴァレンティーナ。妻のシメネーラと、娘のイフォンネッタだ。よろしく頼む」
ジリオさんは、家族を紹介しました。
「ヴァレンティーナ・ベルルーティです。さあ、ドラゴニーア・ホテルに部屋を取ってありますので、奥様と、娘さんは、そちらに。家は、来月の頭から入居出来ますよ」
「何から何まで、ありがとうございます」
シメネーラさんは礼を言います。
「ジリオ、すぐ働けるかい?仕事が雪崩のように襲い掛かって来ているんだよ。もう、さすがに手一杯なんだ」
「ははは、わかったよ」
ジリオさんは、言いました。
「奥様、慌ただしくて、すみません。ご主人を、早速、お借りします」
ヴァレンティーナさんは言います。
「はい。扱き使って下さい」
シメネーラさんは言いました。
「おいおい。こいつは、本当に人使いが荒いんだから、焚きつけるような事は言わないでくれよ」
ジリオさんは言います。
「あら、牢屋で拷問された事を思えば、仕事の忙しさくらい何ですか?あなたの力を必要としてくれる職場で、十分な報酬を頂いて働けるのは幸せだと思わなくては」
シメネーラさんは言いました。
「それもそうだね」
ジリオさんは笑います。
皆、笑いました。
「ノヒト様。ありがとうございました」
ジリオさんは、改めて私に礼を言います。
シメネーラさんと、イフォンネッタさんも、深く頭を下げました。
ジリオさんは、早速、用意された自分のオフィスに向かい、シメネーラさんとイフォンネッタさんは、複数の【自動人形】・シグニチャー・エディションに随行されて、当面の仮住まいとなるホテル・ドラゴニーアに向かいます。
さてと、私は、どうしますかね。
お昼ご飯には、まだ時間があります。
内職でもしますか?
いや、たまには、ファミリアーレの訓練の様子でも観に行きますかね。
私は、竜城に【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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