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凪なる決意

 

 食糧庫での出来事をそのまま桃仙に話したが、やはり危険な事をするなと怒られてしまった。

 だが、夕明が得た情報はかなり有力なものになるらしく、早速、蒼信や他の成蓮側の間者に情報を伝えるようだ。


 その後、暫くしてから桃仙が再び水蓮宮へと訪ねて来た。成蓮達がこっそりと小雪殿へと戻ってきたが、まだ用事が終わっておらず、しかも夕食は登家で済ませて来たらしいので、今日の毒見役はやはり必要ないだろうとのことだった。


 今日は早めに寝ようかと、調理台の片付けをしていた時だった。


 ふと、水音が聞こえた気がしたのだ。鳥や蛙が池に飛び込んだような音ではない。

 何度も何度も反復するような水音がすぐに(かい)を漕ぐものだと気付き、夕明は薄手の上着を肩にかけて、家の外へと飛び出した。


 池の方へ向かうと、小舟の上に成蓮が一人で乗っている姿がすぐに目に入ってきた。


「殿下……!」


 声をかけると、真剣に櫂を漕いでいた表情が一変し、いつもの穏やかな表情へと変わった。


「夜遅くにすまない、夕明殿」


 何とか小舟を桟橋に着けて、小舟の先端に結ばれている縄を支柱にぐるぐると巻いて、固定すると、成蓮はやっと慣れたように桟橋へと上がった。


「いえ、それは構いませんが……。どうかなさったのですか?」


 今、ここにいるということは用事が済んだ、ということなのだろうか。それにしても、またもや護衛を付けずに一人で水蓮宮へ来てしまったのか。


「少し、話があって」


 そう言った時、表情に曇りが見えたのを夕明は見逃さなかった。

 何か、あったのだ。


「分かりました。とりあえず、中へお入り下さい」


「ありがとう」


 家の中へと案内しつつ、夕明はお茶を淹れるために風炉(ふろ)で湯を沸かし始める。竈よりもこちらの方がすぐに湯が沸くので便利なのだ。


「今日、登家に行ってきた」


「はい、伺っております」


 茶葉と碗を用意しつつ、何か摘まめるような茶菓子はあるかと戸棚を探すが、何もなかった。


「そこで今後のことについて話をしてきた」


「今後、ですか」


「……私は帝位に一切興味がない、という話だ」


「……」


 思わず振り返ったが、彼自身は納得しているような様子で頷くだけだった。


「私は自分に関わる人間の命の方を優先したいと伝えた。……登家の者達は納得してくれたよ」


「そう……だったんですね」


 安堵したような笑顔を見せると成蓮も笑みを返してくれた。


「そのあと、理桂兄上に話を付けに行った。……登家を含めた、関係のある家々はそちらに味方すると」


「それは……」


「三つに分かれていた勢力が、二つになるということだ。太子の名のもとに安全な生活を送れるように約束すると言って貰えた。……ただ、一つ条件が出されたんだ」


 急に成蓮の表情が苦いものを食べたように歪んだ。


「何を、ですか」


 言いたくないのか、彼は夕明から視線を逸らす。言葉を選んでいるのか、口を開きかけては閉じた。


「……昼頃に、柳邦兄上の使いが小雪殿へと訪ねて来た」


「えっ?」


「……君を明後日に開かれる内輪の宴に招待したい、とのことだ」


 成蓮の言葉に息を軽くのみ込んだ。柳邦の妹姫達が言っていたことが現実になったのだ。


「ただの宴ではないことは分かっている。理桂兄上が柳邦兄上のもとへと送っている間者の話によると、君に毒見をさせる気でいるらしい。……見せ物として」


「……」


「私はそのような事、絶対にさせたくないし、行かせたくないと思っている。ただ……」


 そこで成蓮は息を深くのみ込んだ。お湯はすでに沸いているはずなのに、お茶を淹れようと身体が動けずにいた。


「理桂兄上は行ってほしいと」


「理桂殿下が、ですか……?」


「何でも策があるらしい。……だが、私は――」


 そこで成蓮の言葉が途切れた。苦悶に満ちた表情は、本当は理桂の提案を受け入れたくないことを物語っているようだった。


「……」


 この提案と、柳邦からの誘いを受けて、成蓮に平穏な日々が手に入ると言うならば。

 一瞬にして、夕明の心は決まった。


「引き受けます」


「っ……」


「理桂殿下がただの毒見役である私を柳邦殿下のもとへと行かせることには何か訳がおありなのでしょう。それで、物事が良い方に向かうなら──私は行きます」


 迷いはなかった。命の危険も伴うことは分かっている。


「……君を犠牲にするようなことはしたくない」


「その言葉、何度もお聞きしました。……ですが、私自身、犠牲になろうなんて思っていません。死んだら、殿下を守れないじゃないですか」


 やっと強張りが解けて、夕明はお茶の支度を進める。すっかり沸騰してしまったお湯を冷ましつつ、用意していた茶葉を熱い温度でも美味しく飲める茶葉へと替えて、お茶を淹れ始めた。


「殿下が今、戦っておられるのは存じております。それならば、私も私なりの方法で戦いたいのです。もちろん、命を取るような事はもう考えませんけど」


 成蓮の目の前にお茶を出す。


「私は毒では死にません。大丈夫です」


 思っていたよりも自然に笑うことが出来たと思う。それでも納得が出来ないのか、成蓮の表情は悲しそうに歪んでいた。


「どうか、殿下達は望むままにおやり下さい。私は私の役目を果たしますから」


「……すまない」


 唇を噛み締め、俯いてしまう成蓮に夕明は微笑を浮かべる。本当は成蓮のためなら、この命さえも惜しくはないと思っている。

 だが、それを言ってしまえば彼は前に進むことが出来ないと分かっていた。


 嘘ではないが自分は死ぬつもりなんて、毛頭ない。最後まで成蓮のために役目を果たす。

 それが自分の持つ矜持なのだから。




・・・・・・・・・・・・・・




 翌日、柳邦のもとへ宴に参加すると使いを通して知らせた。ただし、条件として成蓮も同席させると伝えて置いたが、その条件はなぜか快く承諾されたらしく、蒼信達が怪しんでいた。


 瞬く間に宮殿中に斉夕明というただの毒見役が柳邦殿下の宴に招待されたという話が広がり、その日の昼頃には雨鈴が真実かどうかを知るために凄い形相で水蓮宮を訪ねて来た。


 憤慨している雨鈴には悪いが、事情が事情なので詳しくは話せないと伝えたが、あの顔は納得していないだろう。物事が上手く収まったら、あとで詳しく話さなければならないようだ。


 宴に同席するのは成蓮と護衛である蒼信、桃仙だけだ。何でも宴は柳邦と妹姫達の生母である張妃までもが参加し、さらには親しい貴族達、親類の者も呼ぶらしい。

 蒼信に言わせれば、帝位を継ぐことに対しての前祝のつもりだろうと言っていた。


 だが、帝による次の帝位継承者への「勅書」は出されていない。まだ、はっきりと帝が決まったわけではないのに、随分な浮かれようだと溜息を吐くしかないだろう。


 その一方で、理桂側はというと、数日前から理桂太子が病床に臥せっているという噂がちらほら流れているようだ。

 もちろん、それは柳邦側を油断させるための嘘らしいが、それを信じている人がどれほどいるのかは分からない。


 張妃、もしくは柳邦に親しい者が常に見張っているという帝の周りの目を掻い潜り、どのようにして勅書を手に入れるつもりなのか、夕明には想像出来ていなかった。


 それでも、ただ自分は毒見をするだけだ。柳邦の欲望のためでも、理桂の提案のためでもない。ただ一人、自分が生涯仕えたいと思った成蓮のために。


    


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