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7.私、間違っていますか?

最終話です。

「ああ、それから今後リーシアに対する発言は気を付けていただきたい。私の妃への侮辱は私への侮辱です」

「王妃、だと!?」


 どうもリーシアの夫は相手を驚かせるのが好きなようである。しかも並大抵の驚かせ方ではない。相手の反応を見ながらいろいろと裏を読み取る上に追撃を重ねて相手の冷静な思考力を奪う実に厄介な手法であった。

 この場においても、シグルム側がどこまで情報を掴んでいるのかを、ぎりぎりまで隠しておいたリーシアを使って見極めていたらしい。抜け目がないというべきか、無駄がないというべきか。そう言えば「一石で何羽落とせるかなぁ?」とかなんとか言っていたような気がする。

 リーシアが生きていたことも、ファラング王妃となったことも知らない。それはすなわち今のシグルムの外交が穴だらけ、ということに他ならない。リーシアのことですらこうなのだから、戦時の機密事項など既に機密であってないようなものである。同盟国がことごとくファラングに呑み込まれたのだから当然の結果ではあるが、もはやシグルム一国で太刀打ちできるはずもなかった。


「聞こえませんか、この声が」


 レザリオの追い打ちは続く。


「民は新たな支配者を喜んで迎え入れてくれましたよ」


 広場に集まった群衆の歓声が城を震わせる。実際シグルムの民は既にファラングを受け入れていた。

 情報戦で圧勝していたファラングはついでにシグルム国内で情報操作もしていた。

 何のことはない、要約すると「ファラングが攻めてくるけど抵抗しなければ頭をすげ変えるだけで悪いようにはしないよ。大国の傘下に入ればたぶん暮らしは良くなるよ」という噂をあちらこちらで流してみたわけである。


「……王妃が生きていたら何と言ったであろうな」


 すっかりしょぼくれ返ったシグルム王がぽつりと言った。そもそも王妃が生きていたらリーシアを国外流出させるはずもなかった、という点はこの際置いておくとして、今この状況をもし彼女が見たならば。


「王妃様のお考えは分かりかねますが」


 そう前置きしてリーシアは答えた。

 その王妃から王妃教育のはじめに言われたことがある。


「王妃とは国益のために王を支えるものだと教わりました。私、間違っていますか?」


 援護射撃は意外な方向からやって来た。


「……いいえ、いいえ、間違ってはおられません。私もそう教わりました」


 肯定を返したのは、王太子の婚約者ミシアであった。

 この時、はじめてリーシアはミシアと言葉を交わした。故シグルム王妃から王妃教育を受けた二人がようやくである。


「リーシア様はファラングの王妃様ですもの。ファラングのために行動なさって当然です」


 彼女のことはよく知らないが、もしかして隣の王太子よりまともな感覚をしているのではないか、とリーシアは思った。

 王妃教育に身が入らなかったのも今なら頷ける。幼かったリーシアならいざ知らず、既に自分で考え行動することが当たり前になっていただろう彼女には「言われたことだけしろ」という教育方針は受け入れ辛かったに違いない。それでも彼女は背負った責任と義務から逃げたりはせず――逃げていたなら今頃この場にはいないだろう――、良しとしない教育方針であってもその教育の根幹をなす教えにきちんと向き合っていたことが窺える。

 ミシアの肯定により、王も王太子ももはや言うべき言葉は見つからないようであった。



 シグルムは降伏勧告を受け入れた。

 シグルム国は地図の上から消え去り、新たにファラング国シグルム領が誕生した。

 シグルム貴族たちは今まで通り所領を治めることになる。もちろん監視付ではあるが。爵位にしても、シグルムでのものより一つ落としたファラングの爵位が与えられる。レザリオ曰く「一応機会はあげるよ。見合った働きをしなければ取り上げる」とのことである。

 レザリオが温情を大盤振る舞いした背景には、リーシアに対するマリオンの売国奴発言がある。リーシアの事情を知らなければ或いはそう考える者がいるだろうことはレザリオも想定していた。もっとも、彼が懸念していたのは後世の歴史家による評価などであり、リーシアに汚点を残さないために、あくまでリーシアはシグルムの民のために尽力し、平和裏に併合を実現させた功労者であると印象付けることが狙いであった。

 では、王と王太子、そして王太子の婚約者はどうなったのか。

 敗戦国の頂点にある者として、その命を捧げるべきという見方もあるだろう。しかしながら、王族としての責任や義務を果たさなかった者に王族として意味ある死を与えるのは、レザリオとしては納得しかねることであった。王族としてふさわしく生きることをしなかったのだから王族として死ねると思うなよ、と言いたくもあった。

 そもそもリーシア自身は復讐など望んでいなかった。結果的に見れば、リーシアが受けた婚約破棄及び敵国への献上という理不尽に対する復讐は達成されたと言えるが、それはリーシアの意図したところではない。

 ここで王や王太子の首を刎ねても、リーシアは別に嬉しくも何ともないのである。

 それゆえ、彼らの処遇は、監視の下平民としてシグルムの片田舎で暮らす、というものであった。

 生ぬるいと思われるだろうか。だが、今まで王族としての恩恵を受け、人に傅かれて生活してきた王と王太子にとっては、一瞬の死よりも苦しい生であるかもしれない。彼らもまた、王族に生まれたがために無能の烙印を押された犠牲者なのかもしれなかった。


「リーシア様、いえ、リーシア王妃様」


 謁見の間を後にしようとしたリーシアに、声をかけたのはミシアであった。


「どうぞおしあわせに」


 いつか彼女たちに向けて言った言葉がリーシアに返ってきた。

 あの時リーシアは心の中で「なれるものならば」と付け加えたが、彼女はどうだろう。

 たとえそう思われていてもいい。

 これからのリーシアは、ファラング王妃としての務めを果たしながら、自分のしあわせについても考えていくことができるのだから。


 ――なれるものならば、しあわせに。


 リーシアのために怒ってくれる夫と一緒ならば、それは可能であるような気がした。



 さて、「せっかくシグルムに来たのだし」と夫に連れ出された先に待っていた馬車の中で、リーシアの父が銅像のように固まっていた。


「お待たせしました、お義父さん」


 リーシアとレザリオを乗せてから走り出した馬車は、どうやらリーシアの生家へと向かっているようである。

 愛想良く話しかけるレザリオに対し、父は冷や汗をかきながらしどろもどろ答えている。

 ファラングという大国の王からいきなり「義父上」と呼びかけられた時の彼の動揺を察してほしい。リーシアの父は小心者なのである。どうやら先んじて交わされた二人の会話を経て「お義父さん」という呼び方に落ち着いたようだが、恐らくその会話で父の寿命はいくらか縮んだと思う。

 着いた生家ではまず母が卒倒し――どうやらリーシアより母の方が神経は繊細であったらしい――、弟は幽霊でも見るような目でレザリオとリーシアの顔を交互に見た。姉は嫁ぎ先で元気にしていると車中で父から聞いた。

 とかく責任感と義務感が強いばかりに淡々としているように見えるリーシアだが、人並みの情は持ち合わせている。家族の元気な姿を見て、守りたかったものを守ることができたという実感をリーシアは得たのである。

 リーシアの表情から寛いでいる様子を見て取り、レザリオもまた微笑むのであった。





 後世の歴史家は語る。


 シグルムの最後の国王は先見の明をもって『王妃の器』と目されるカトルディ侯爵家令嬢リーシアを敵国ファラングへと送った。

 時のファラング国王レザリオ・ウルム・ファラングはその才覚を認め、リーシアに王妃の冠を与えた。

 リーシアは祖国のために尽力し、ファラングによるシグルム併合を平和裏に促した。

 シグルム併合後のシグルム王の記録は残されていない。恐らくはシグルムの片田舎で平凡な人生を全うしたと思われる。


 リーシアはレザリオの片腕として、特に外交面ですばらしく有能であったと言われている。ファラングは多くの国を併合したが、少なくともレザリオの時代には国の内外に争乱の影は見当たらなかった。

 リーシアを王妃としたレザリオもまた英邁な君主として名高く、ともに民に広く親しまれ、語り継がれている。


 今は昔の物語である。



これにて完結です。

五話ぐらいのつもりでいたのですが、ええ、悪い癖で書けば書くほど長くなりました。切りどころに悩んだというのもありますが。

いろいろご意見・ご感想はあると思いますが、作者からまず一つツッコんでおきます。シグルム王様いいとこもってった!!いやでもリーシアの事情を知らない後世の人が少ない資料で考えるとそういう見方もあるよね、と。じゃないとリーシアがファラングに行った経緯が謎すぎる。

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