ラベル
自分がからっぽの瓶だということに気がついてしまえば、なんてことのない問題だった。
何もかも、なんてことのない問題だった。
人はラベルし、ラベルされながら生きている。
人はみんな試薬瓶だ。中に何が入っているかわからない、茶色の試薬瓶。
人は、ラベルされることを嫌う。
周囲に「お前はこういうやつなんだ!」と決め付けられ、ラベルされることを嫌う。
そして、一度貼り付けられたラベルは、のりでしっかりとくっつけられて、なかなかはがれおちないし、もしはがすことができても、はがし終わった後には、べたべたののりの層が残っていて、おんなじラベルが再び貼り付けられる。
同じように、人はラベルされることを求める。
周囲に「私はこういうやつなんだ!!」と必死にアピールして、自分の望むラベルを張ってもらおうとする。
しかし、このラベルののりづけは甘くて、ちょっと水にぬらしただけで、簡単にはがれおちてしまう。
はがれおちたラベルを、再び貼り直してもらうために、人はまた、ラベルしてもらうことを望む。
同じように、人はラベルし間違える。
人は、美しい見た目に惑わされて、劇物に「妙薬」のラベルを張り付ける。
そのラベルを勘違いして飲みこんだ人は、予想だにしない中身を飲み干し、何が起こったかわからぬうちに死ぬ。
人は、汚い見た目に惑わされて、妙薬に「劇物」のラベルを張り付ける。
そのラベルを見て勘違いした人は、病によくきく妙薬を流して捨て、その価値を知ることもない。
それならば…中身のない私に、ラベルを付ける人間は、大阿呆だろう。
私につけられる正しいラベルなど、
「からっぽ」
以外、ありえぬのだから。




