【44】軍師ロクシー、当て馬を作り直す。〜当て馬は、最強大天使への尊敬があればいい〜
ロクシーは、無言でごくごくと炭酸水を飲み干すと、ニヤリと笑った。
ルチアーノの背筋に悪寒が走る。
そうして、ロクシーがゆっくりと話し出す。
「まず、颯真くんは、ルシアンのバレンタインイベントを見て、ルシアンを"颯真くんの武道家としての価値観"で、『只者ではない』と確信したわけ!
たぶんねー……高校生で格闘技の強者なら、『ルシアンくん、うちの道場に入ってくれないかな!?』くらいは思うよね?」
「成る程です!」
ルチアーノのペンがネタ帳を走る。
「そこで、今回の救出劇を見た。
もう、颯真くんは、弟子入りしたいくらいルシアンを尊敬しちゃってる。
でもさあ……ルシアンは隠れてないけど、隠しキャラクターなの!
つまり!
アンジュちゃんが絡まない限り、この乙女ゲーム内のキャラクター相手だと、ルシアンは隠しキャラクターのまま!
颯真くんは、いくらルシアンに道場に入って貰いたくても、教えを請いたくても、ルシアンとの通信手段が無い!」
ルチアーノがすかさず真紅のシルクのハンカチを噛む。
「……なんと! 橘颯真! 人生の危機ではありませんか!
そして、俺様たちの危機!
つまり、橘颯真の行動を変えると言うことですか!?」
ロクシーが軍師の目を光らせ、一言答える。
「愚問」
ルチアーノがネタ帳を握りしめ、叫ぶ。
「失礼いたしました!
では、橘颯真の行動をいかように変えれば、乙女ゲームが進むのか、この不肖俺様に解説をお願いします!」
ロクシーはサンルイの『ティスル』のシャンパンフルートに、強炭酸水をゆっくり注ぎながら、静かに答える。
「そこに、アンジュちゃん。
アンジュちゃんは、颯真くんの武道家としての理解者でしょ?
今回の事件で分かったじゃない?
颯真くんの将来を真剣に考えてあげてる。
そうなると、どうなる?
颯真くんは、ルシアンに教えて欲しいことを、アンジュちゃんに聞くようになる。
そして――」
ロクシーは一拍置くと、鋭く言った。
「アンジュちゃんは、颯真くんからの相談を、ルシアンにするようになる!
アンジュちゃんは格闘技なんて1ミリも知らないからね!
そして、私からアンジュちゃんに頼むわけ。
『ルシアンが颯真くんの相談に直接乗る時は、学校ではやらないで、颯真くんの自宅でしてあげて❤️
その方が、颯真くんが練習しやすいから❤️』って。
アンジュちゃんはやさしいから、絶対オッケーしてくれる!
でも――ハルから見たら?
アンジュちゃんと颯真くんが、どんどん親しくなっていくように見える!
つまり、颯真くんは格闘技の件を、アンジュちゃんに相談するだけでいい!
それで颯真くんは、当て馬になれるわけ!」
その刹那――
ルチアーノに雷に打たれたような衝撃が走った。
震える声でルチアーノが言う。
「ロクシー先生……天才ですか……!?」
ロクシーはグビッと一口、強炭酸水を飲むと言った。
「まあね。
それより、次のルートよ!
イレイナ! やってくれたよね!?」
ロクシーの言葉に、イレイナがドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)の『モンラッシェ』が注がれたワイングラスを口元に運びながら、ホホホと優雅に笑う。
「もちろんよ。
ルシアンがアンジュを保健室に運んだことにしてあるわ。
今頃、アンジュの分身が保健室の担当の人間に、説明を受けてるんじゃない?
ほら」
イレイナがスッと手を翳すと、モニター画面に保健室の中が映った。
保健の担当の篠崎先生は、アンジュの分身を怖がらせないように、やさしく説明していた。
「今、緊急の職員会議が開かれている。
警察にも通報した。
アンジュさんの親御さんにも松坂先生が連絡を入れた。
アンジュさんは、これから病院に行って精密検査をして、診断書を出してもらう。
親御さんには病院に来てもらうから」
アンジュの分身は頷くだけだ。
「じゃあ先生の車で病院に行こうか?」
その瞬間――
橘颯真が、施錠した筈の保健室の扉を素通りして、保健室に出現した。
「どどど……どういうことですか!? ロクシー先生!!」
モニター画面を見ていたルチアーノの声が、盛大に裏返る。
ロクシーが研ぎ澄まされたナイフのような目で、ルチアーノをギロリと見る。
「颯真くんがいないと、ルートが進まないから!
イレイナにまじないをかけてもらったの!
あんたは黙って見てろ!」
ルチアーノは両手で口を塞ぎ、ウンウンと高速で頷く。
だが、その目はモニターに釘付けだった。
保健室で、颯真が篠崎に言った。
「俺も付いて行って良いですか?」
篠崎がニッと笑う。
「そう言うと思ってたよ。
良いよ、来いよ。
荷物はどうする?」
「ここで電話していいですか?」
「いいぞ」
颯真は陸に電話をして、理由は言わず、アンジュと自分の荷物を保健室に持って来てくれるよう頼んだ。
陸は何も訊かず、直ぐに行くと言ってくれた。
5分もすると陸がやって来た。
保健室のドアの前は野次馬で一杯で、篠崎に一喝されて生徒達は散って行った。
陸も保健室には入れてもらえず、颯真がドアの外で二人分の荷物を受け取った。
「お大事にって、俺と吾郎が言ってたって、アンジュちゃんに伝えてくれよ」
陸はそれだけ言って去って行った。
そして――
篠崎に一喝された中に、ルチアーノと翔太と遥斗もいた。
一瞬、ルチアーノの動きが止まる。
次の瞬間――
「俺様がいるーーーーー!!」
真っ青になって叫ぶルチアーノに、ロクシーの肘鉄がルチアーノの脇腹を直撃する。
「ぁがっ……!」
ルチアーノが脇腹を押さえて悶絶している間にも、ゲーム画面は容赦なく進んでいく。
翔太が捲し立てる。
「アンジュちゃん、怪我してるらしいよ!?
せめてどんな具合か分かんないかな!?」
遥斗は真っ青な顔をして、下げた拳を震わせていた。
「今は無理だな」
ゲームの中のルチアーノが冷静に言う。
その声を聞いたルチアーノ本人が、脇腹を押さえたままモニターを二度見する。
「俺が夜にでも、橘に訊いてみる。
事情が分かったらラインかメールするから」
遥斗と翔太は頷くしかなかった――
沈黙。
モニターの中では、何事もなかったように『ルチアーノ』が動いている。
その前で、ルチアーノ本人だけが完全に取り残されていた。
そして――
「ロクシー先生……!!」
ルチアーノがネタ帳を握りしめたまま、半ば悲鳴のような声を上げる。
「待って下さいよッ!!
俺様が!
俺様の知らないところで!
俺様として普通に動いてるんですけど!?
この俺様が分かるように、最初から説明して下さいよッ!!」
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