【22】その応援席には、誰も座らない。〜三つの空白と、次なる恋イベント〜
遥斗が何も言えずにいると、ルチアーノがふんと鼻を鳴らした。
「俺様の友達、中野の為に考え抜いて、コールもうちわも電飾も止めたんだ……!!」
そして、シルクの赤いハンカチを噛むと続けた。
「俺様は……俺様の存在で、中野を応援する!!
お前はアンジュちゃんと応援しろ!!」
言うだけ言うと、ルチアーノは奥の席にいるルシアンの隣に行ってしまった。
遥斗が固まっていると、アンジュがにこりと微笑んで言った。
「ハルよ。
椅子に座らぬのか?
ルシアンに手伝わせようか?」
遥斗はアンジュの背もたれに手を掛け、立ち上がろうとして――
「……ヒィッ……!」と悲鳴が出そうになるのをぐっと堪え、「大丈夫です!」と返事をしながら椅子に座った。
なぜなら――
アンジュの椅子の素材は、明らかに体育館の応援席の椅子とは違ったからだ。
(……まさか……また理事長先生絡み……!?
そして、ルシアンくんが設置したとか……!?
……嘘だろ……)
すると、アンジュが楽しそうに宣告した。
「よろしい!
では、バスケットボールとやらの解説を頼む!」
アンジュはバスケットボールのルールを、全くと言っていいほど知らなかった。
遥斗は、体育でもやったのにおかしいな、と思いながらも、アンジュの素直な疑問に答えていた。
遥斗の解説に真剣に耳を傾ける、アンジュの美し過ぎる笑顔は可愛らしくて。
二人で白鳥学園に点が入るたびに、歓声を上げたり。
アンジュの青い瞳に、自分が映っている。
ただ、それだけで遥斗の胸は高鳴っていく――
が。
途中で気付いてしまった。
アンジュの右隣は三つ席が空いていて、ルシアンが座っている。
ルシアンの右隣はルチアーノだ。
その三つの席には――
誰も座らない。
満員の応援席で、誰も座らない。
立ち見も出ているのに、誰も座らない。
遥斗は試合どころでは無くなってしまった。
(……どうして……!?
何で誰も座らないんだよ……!?
座れば良いのに……!!)
遥斗が顔面蒼白でオロオロしていると、アンジュがにこりと微笑んだ。
「ハル、渡したい物があるのだ!」
「……えっ……?」
遥斗がぽすんと椅子に座る。
アンジュは小さなバッグから、真っ白な封筒を取り出した。
「家に帰ったら、見てくれ!」
もう、日差しは夕方を告げていて――
体育館の窓から差し込む光が、アンジュの真っ白な頬を薔薇色に染め、アンジュのサラサラの金色の髪がふわりとなびく。
遥斗は小さく訊いた。
「……なに?」
アンジュがふふっと笑う。
「それは秘密だ!」
その可憐な愛らしい笑顔。
遥斗は黙って封筒を受け取ると、リュックにそっと仕舞った。
そして、練習試合は終わった。
結果は白鳥学園の圧勝。
それまで大人しくしていたルチアーノが叫ぶ。
「白鳥、いい波乗りこなすぅ〜!
翔太は、いい波引き寄せるぅ〜!
リリカル、万歳〜☆☆☆」
そして、翔太に向かって深紅の薔薇の花束を投げる。
翔太は空中でキャッチすると、ニカッと笑った。
「ルチアーノくん、サンキュー!」
ルチアーノが高速で拍手する。
その隣に、ルシアンは居なかった――
それから、アンジュと遥斗は学校からの最寄り駅まで一緒に帰った。
いつものように、遥斗の半歩前を歩くアンジュは、とても誇らしげだ。
(翔太が勝って、アンジュちゃんも嬉しいんだ……)
遥斗は、練習試合の応援に来て良かったと心から思った。
そして、駅に着くと、アンジュはくるりと振り向き、煌めくような笑顔で言った。
「ハル!
勉強会も翔太のバスケットボールの応援も、とても楽しかったぞ!
封筒を見るのを忘れるな!
では!」
その瞬間――
遥斗は、地獄のようなお泊まり会兼勉強会も、なぜか空白だった三つの応援席も、ルシアンの存在も――
何もかも、どうでも良くなった。
(俺は……やっぱりアンジュちゃんが好きだ……!)
そして、遥斗も微笑むと答える。
「僕もですよ、アンジュちゃん!
封筒を見たらメッセージを送ります。
また明日!」
そうして、二人は別々の沿線へと別れた。
ぐふふ……。
理事長室に連なるロクシーの豪華な寝室で、ニヤニヤと笑うロクシー。
目の前にはパソコンが開かれている。
「どうなるかと思ったけど……これでハルの気持ちは持ち直した!
今夜封筒を開けば、ダメ押しになる!
絶対に次の恋愛イベントが起きるわ……!」
その横のスマホの向こう側に映るルチアーノも、ほくそ笑む。
「あの愚か者め……!」
ロクシーがギロリとルチアーノを睨む。
「あんたがハルを気に入らなくても、どーでも良いけどね……ルシアンを何で止めなかったのよ!?」
ルチアーノがギクリとし、笑いを引っ込める。
「……な、何のことでございますか……!?
俺様はロクシー先生の言う通り、予定していた中野の応援は辞めましたよ!?」
ロクシーが定規で手をパンパンと叩く。
「しらばっくれるな!
あの誰も座らない三つの席よ!
ルシアンがやったんでしょ!?」
「……それは〜……!!」
ルチアーノがシルクの深紅のハンカチを噛む。
「いくらこのメリバルートに転生した乙女ゲームから脱出する為とは言え……ハルとアンジュちゃんを二人きりにしなくてはならない……!!
ルシアンは、あの何も無い空間で耐えたのでありますッ……!!
ズッ友……健気!!」
次の瞬間、ロクシーがバシンと大きく定規の音を立て、ルチアーノがピョンとその場で跳ね上がる。
ロクシーは盤面を見据える軍師の目で言った。
「まあ、良い。
それで、ルシアンの暴走を止められたのならね!
でも、明日の昼休みは、あんたに掛かってる……!!
気を引き締めて、取り掛かるように!」
ルチアーノは深く頭を下げると、言った。
「……モチのロンでございます……!!」
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