挿絵・湖水浴を楽しむ村人達
ディアロックの地にも夏はくる。
一年を通して気候は落ち着いているが全く変化がないわけではなく、夏は暑く冬は寒いのである。
ただ、湿度の高い日本の地獄のような夏を体験した事があるエリクや月野にとっては、この地の夏など毎日が絶好の行楽日和に過ぎなかった。
今日も商店街を散歩しながら、夏の日差しにぐったりとした村人達を見てエリクは首を傾げている。
「 黒凪さん、店員がそんなにぐったりしていては、お客さんが入りづらいですよ 」
黒猫金物店の会計場でぐでっと机に上半身を伏している黒凪を見ながら、エリクは注意した。
「 今はホテルに泊まってる客もいないし、ここにもきっと客は来ないぜ 」
「 確かにそうですね 」
セルフォリア聖国から客が訪れるとはいえ人数は決して多くない。この村に訪れるのは聖王から特別な許可を得た者だけであるからだ。
それは、女神や大精霊のいる場所に不埒な者達が近づかないようにとの聖王の気遣いからきている。そのお陰で、客は少ないが変な輩が聖国から村に入ってくる事も今のところなかった。
「 村長は、こんなに暑いのに元気過ぎるぜ 」
やれやれといった風に黒凪は呟いた。
エリクは無神経な人間だと馬鹿にされたような気になったが、特に指摘はせずに大人の対応をする。
「 黒凪さんはどうしたら元気になるんですか? 」
そうエリクが問いかけると、黒凪の猫耳がピクリと反応した。
「 ⋯⋯村長、前に夏は水辺で水着がどうとか言っていたよな 」
「 ああ、そんな事も言いましたっけ? 」
春の終わりにエリクは食堂で子供達と夏の行事について話をしていた。
村の湖は一部砂浜のようになっており、水かさも浅いところがある。そこでみんなで泳ぎの練習をしようと話していたのだ。その時、エリクは確かに水着の話もしていた。
どこかで黒凪は聞き耳を立てていたのだろう。特に水着の部分を。
「 六牙国でも水浴びの文化はあったが、女性は基本男性の前ですることはなかった。⋯⋯でも村長の話だと海水浴というのは男女それぞれ水着を着て一緒に楽しむものなんだろ? 」
「 なんだか黒凪さんが言うと如何わしい感じがしますが、大体合っています 」
「 そうか⋯⋯ふむふむ⋯⋯⋯⋯なるほどそうか⋯⋯ 」
「 なんか気持ち悪いですよ 」
急に元気になり腕を組んで頷いている黒凪を見て、エリクは心身共に引いた。そして素直な感想を漏らす。
だが、黒凪はそれを気にした様子もなくいきいきと発言をする。
「 ⋯⋯村長、しようぜ! 海水浴!! 」
「 黒凪さんからは不順な動機しか感じられませんが、子供達は喜びそうですね。あと海ではないので湖水浴です 」
「 やるんだな、か、湖水浴! 」
「 そうですね。早速明日にでもやりましょうか 」
「 やったー! 流石村長だぜ 」
元気になった黒凪は店内をはしゃぎ回る。まるで新しいおもちゃで遊ぶ猫のようだ。
その光景を呆れた目で見ながら、エリクは明日の準備について考えるのだった。
────────────⋯⋯⋯⋯
放課後、エリクは子供達を多目的ホールに集めた。明日の湖水浴について話すためである。
「 えー、みなさん。明日は急遽、湖で遊ぶことになりました 」
エリクがそう言うと、子供達は騒めき出した。不安そうな子もいれば、嬉しそうに周りと話をしている子もいる。
「 今から注意事項とご家族へのお知らせが書かれた紙を渡します 」
あらかじめ用意しておいた紙を、新人教師の二人がが子供達に配っていく。
そしてエリクはその内容の説明を始めた。水場で遊ぶのは楽しいが、危険もたくさんある。エリクはきちんと注意すべき点を一つずつ話していった。
「 ──以上です。質問のある人は手を挙げてください 」
「 はーい! 牛乳は持っていっても良いですか? 」
「 駄目です。星弥は黙っていてください 」
子供達の後ろの方で座っていた月野が質問をしたが、エリクに冷たくあしらわれた。
勇者であり牧場主でありかつ用務員である月野は、実質体育教師のような事も普段している。
月野本人は子供達が怪我をしないように見張りながら、色々な体を動かす遊びを教えているだけである。
だが現在、他の教師達からはすっかりそれ担当の人として認識されていた。
それから何人かから質問があったが、エリクは先ほどの月野に対しての返答と違い一つひとつ丁寧に答えていった。
「 ではみなさん、今から必要な物を配っていきます 」
何もない場所にエリクが手をかざす。するとその場に白い光が広がり、その中から色々なサイズのビーチサンダルが現れ出した。
日本にいた時の記憶からエリクが幸せポイントを使って出したものである。ビーチサンダルは物によるが、建築物などとは違い大体1、2ポイントで出すことが出来るので負担は少ない。
その光景を見て一部の子供達と新人教師二人は大変驚いている。最近ガーゼン帝国からやってきたばかりの者達は、エリクの常識から外れた力に慣れていないのである。
一通りビーチサンダルを出し終わると、エリクは子供用サイズと大人用サイズを大体の感覚で分けた。
一つずつ具体的な物を想像して出しているわけではないので、エリクの記憶から自由に選出され、色やサイズがバラバラなのである。
「 それぞれの足の大きさに合うものを選んでいきます。みなさん先生の前に並んでください 」
子供用サイズのビーチサンダルの山の前で教師達が横に並ぶ。といっても、アルクリースと新しく入ったバニラとレージに、月野とエリクを足して5人だけである。
それぞれの列に子供達が並ぶ。
教師達は子供達に好きな色を聞きながら、それぞれの足のサイズに合ったビーチサンダルを選んでいく。いつの間にか月野は自分のサンダルも選んでいて、早速履いている。
全ての子供達が選び終わると、月野はエリクに近寄ってきた。
「 神島ー、俺のアロハシャツも出してくれ! 」
「 今は子供達の分の時間です。星弥の分は後で出してあげますから今は我慢してください 」
「 分かった、後で頼むぞ 」
テンションの上がっている月野をとりあえず静かにさせてから、エリクはまた何もない場所に手をかざした。
ビーチサンダルの次は水着を出す予定である。
白い光の粒から色鮮やかな物が次々に出てくる。それは大量のアロハ柄の海水パンツであった。
「 星弥がアロハシャツとか言うから、アロハ柄ばかり偏って出してしまったじゃないですか! 」
「 俺のせいかよ!? 」
出してしまった物は仕方がないので、エリクは後で村の男性達に配ることにした。
アロハ柄を一旦頭の中から振り払ったエリクは、次はきちんと子供用の水着売り場を想像した。男女共に色々な子供用水着が光と共に現れる。
「 はぁ、集中するので結構体力を使います 」
出した水着を男女別に分けていく。エリクは分け終わると、男物をアルクリースとレージに渡した。
「 更衣室で大きさの合うものを選ばしてあげてください 」
「 分かった、行ってくる。⋯⋯男子生徒は私達について来なさい 」
アルクリースとレージは男子生徒達を引き連れて、体育館横の更衣室へと歩いていった。
それを見送ったエリクは女物の方をアテナやアロマ、新人教師のバニラに渡していく。
渡し終わると、アロマがエリクに指摘した。
「 女物の水着、私達が着れそうなサイズがないわよ 」
それにアテナとバニラも頷いて同意をする。
エリクはそこにある水着を見た。確かに女物の水着は子供用サイズばかりで大人用のサイズがなかった。
「 本当ですね。今出します 」
女性陣が見守る中、エリクは水着を出そうとした。しかし、光は発生するが肝心の水着はなかなか出てこない。
冷や汗をかき始めるエリク。
そんな彼をアロマは不思議そうに見ている。
「 エリク、どうしたのよ? 」
「 ⋯⋯ぐっ 」
何故か苦しそうにしているエリクに、月野がゆっくりと近づいて行く。
「 神島、お前トラウマを思い出さないようにし過ぎて女性用の水着が出せないんじゃ⋯⋯ 」
「 くっ、そうですよ。あの女子大生囲まれ事件の記憶が僕を苦しめるんです 」
女子大生囲まれ事件とは、神島月野松田の三人で海水浴に行った結果、月野目当ての水着の女子大生に囲まれてしまった出来事である。
とても事件と名のつくような大層な出来事ではなく、トラウマになった神島が勝手にそう呼んでいただけであった。
そして神島の記憶を持つエリクにとっても、それはまだトラウマとして残っているのだ。
「 一体何があったの? 」
トラウマを思い出し冷や汗をかきながら固まるエリクを横目に、アロマが月野に質問をする。
「 前に海水浴に行った時、俺目当てに水着の女性達が集まってきてな。神島はそれに巻き込まれたんだ。運動神経の良い松田はすぐさま逃げたが、普段家でゲームばかりしていた運動音痴の神島は逃げ遅れた。そして悲劇が⋯⋯ 」
「 まつだって誰よ? 」
深刻そうに語っている月野に空気を読まずアロマが質問をする。
「 ⋯⋯それは今はあんまり関係ない。⋯⋯こほん、その悲劇というのは、生まれて初めて水着の女子に囲まれ興奮した神島が鼻血を出して倒れたあげく、その状態を女子達に踏まれまくったというものだ 」
「 何それ、かっこわる⋯⋯ 」
月野の説明とそれに対するアロマの感想を聞いて、エリクは気を取り戻しすぐさま訂正をした。
「 違います! 倒れた原因は迫り来る女子大生のみなさんの勢いが恐ろしかったからですよ! それに鼻血を出したのは倒れた後に彼女達に顔を踏まれたからです 」
「 ⋯⋯どっちでもいいから早く出してよ 」
力説するエリクに、アロマが呆れたような声で催促をする。
「 どちらでもよくないです! 」
きちんと訂正をして少し落ち着きを取り戻したエリクは、もう一度手を空中にかざした。海水浴場の記憶を頭の隅に追いやり、なるべく客のいない無機質な水着売り場を想像する。
光と共に様々な女性用の水着が現れ始める。だが、売り場を想像し過ぎたために水着を着たマネキンまで勢いで出してしまった。
「 仕方がないです。ユリオラさんの店に運びましょうか 」
女性陣が水着を楽しそうに選んでいる横で、マネキンを両脇に抱え疲れきった顔で呟いたエリクであった。
────────────⋯⋯⋯⋯
水着を出した翌日。エリク達は湖の砂浜に来ていた。
楽しそうに砂で遊ぶ子供達や、泳げない子供に泳ぎを教える村人、子供よりはしゃぐ一部の大人達などで大変賑やかである。中にはエリクが今朝出した浮き輪やビート板を使っている者も見える。
そんな中、エリクはルベライトを連れて砂浜の見回りをする事にした。
「 ルーベ君、お魚柄の海パンすごく似合ってますね 」
「 ふふん、ありがと兄貴 」
ルベライトも昨日のうちに選んだ水着を着ている。カラフルな魚が横に並んだ柄の海水パンツだ。選んだ理由は美味しそうだからである。
褒められて満足気なルベライトは、ビーチサンダルを履いた足でペタペタと足音を鳴らしながらエリクと手を繋いで一緒に歩いている。
そんな仲良し兄弟が最初に向かったのは、砂の山を作って遊んでいるカルとローナのもとである。
「 おっ、村長とルベライトだ 」
「 見てみて山を作ったんだよ 」
ローナが砂の山を自慢気に見せてくる。
二人の間には高さ50センチくらいの砂山があり、山の頂上には木の棒が刺さっていた。
「 立派な山ですね 」
「 うん、すごい 」
「 「 えへへ 」 」
褒められたカルとローナは照れた後、山の側面に穴を掘り始める。どうやらお互い反対側からトンネルを掘り真ん中で繋げたいようだ。
山くずしとトンネル繋ぎがごっちゃになっている気がしたが、エリクは二人が楽しいならそれで良いと思い指摘はしなかった。
次にエリク達は人が集まり盛り上がっている場所に向かった。主に有翼族達が集まっているようである。
「 師匠、右だ! あっ、行き過ぎ、左左やっぱ右。そして前、前、前進! 」
人混みの中央にはスイカが置いてあり、その周りを目隠しをした月野が木刀を持ちながらふらふらと歩いている。
そんな月野にナツキノが大声で指示を出しているが、全く役に立っていなかった。誰が決めたのかは分からないが彼を誘導役に選んだのは大きな過ちである。
スイカとは全く違う場所まで歩いていった月野は、そこで大きく腕を振り上げた。
──ドガッーン
丁度その場にあった大岩が真っ二つに砕け散る。
周りの有翼族達から歓声が上がった。もはやスイカの存在が忘れ去られている。
「 あれ、スイカがあったら砕け散るどころか粉砕されていたかもしれませんね。結果的に良かったです 」
「 スイカ、助ける! 」
スイカを守るためにルベライトは駆け出した。
素早く両手で地面に置いてあるスイカを抱えると、近くで他のスイカを普通に切っている燈凪のところに焦りながら運んでいく。
「 おぉ、ルベ坊。ありがとうな 」
「 早く食べないと粉砕されるから 」
「 がはは、そりゃ大変だな。なら村長もルベ坊もここで食べていくといいぞ 」
周りでは燈凪が食べやすく切ったスイカを村人達が美味しそうに食べている。
エリクとルベライトもそれに加わり、甘くみずみずしい赤い果実を味わった。食べ始めるとルベライトも焦りが消えたのか、シャクシャクと美味しそうにスイカを頬張っている。
そして二人が満足した頃、いつの間にか月野とナツキノも近くでスイカを食べていた。先ほど砕いた大岩の残骸は片付け終わったようだ。
スイカを頬張る月野の隣には、昨日エリクに持ち込みを禁止されたはずの牛乳の缶が置かれている。
そんな月野を真顔で見た後、エリク達は次の場所に向かった。
獣人若手三人衆の近くである。
湖に入って陽露と氷雨が遊んでいるようだ。
彼らの真ん中には浮き輪が浮かんでおり、輪っかの中には水の大精霊オーシャンがいる。体がぬるぬるしているので滑り落ちそうなものだが、何故か浮き輪をしっかりと掴めていた。
そして、水の中で楽しむ二人と一精霊と違い、黒凪は一人水際に座ってその光景を眺めているだけであった。
エリクはそんな黒凪におもむろに近づく。
「 黒凪さん、水に入らないんですか? 」
「 ⋯⋯村長か。俺は猫だから泳げないんだ 」
話しかけられた黒凪は、エリクの方に振り向く事なく呟く。
「 それ、前にアルクリースさんに教えてもらったので知っていますよ。獣人と動物は別の生き物だって。⋯⋯別に泳げる猫も普通にいますしね 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
黒凪は黙った。言い返す言葉が見つからなかったからである。
「 あと黒凪さん、一見陽露さん達を眺めていると見せかけて、その奥で遊んでいるアテナさんを見てますよね 」
そうエリクは黒凪に鋭く指摘した。
事実、陽露達の奥ではアロマとアテナが水をかけ合って遊んでいる。
「 ⋯⋯にゃー 」
黒凪は鳴き声を出した。猫のふりをするくらいしか誤魔化す方法を思いつかなかったからである。
お読みいただきありがとうございます。




