第五十四話 悩める少年達②
「 まずは私が話すよ 」
湖の近くで輪になり、お悩み相談会をする三人。
一番目に話すのは、双子姉妹の姉であるサリルである。真剣な表情で他の二人を見たサリルは、意を決したように口を開く。
「 私の悩みは、すばり妹の事だよ 」
「 お前、姉の方だったのか 」
ダルテは双子姉妹を知ってはいたが、顔がそっくりな二人の区別をつける事はまだ出来なかった。
だが、そのつっこみを気にする事なく、サリルは話を続ける。
「 妹のタリルが⋯⋯ 」
サリルは言いづらそうに顔を伏せた。
「 妹のタリルが、恋してるみたいなんだよ 」
「 ⋯⋯あ、そう 」
「 ⋯⋯鯉? 」
ダルテは興味なさげに目を細め、ルベライトは別のものを思い浮かべて首を傾げた。
「 相手は有翼族の男の子よ。一歳年上で黄緑の髪が特徴のお茶目な子なのよ。その男の子もタリルに積極的で、最近よく一緒に遊んでるのよ 」
「 ⋯⋯別に良いだろ 」
「 ⋯⋯鯉⋯⋯じゅるり 」
深刻そうに話すサリルの言葉を聞いて、ダルテは呆れ顔になった。まさか妹の恋愛について相談を受ける事になるとは彼も思っていなかったのである。
ルベライトに至っては、鯉料理を思い浮かべて涎を垂らしている。
「 この間なんか、ササマキ君が、あっササマキ君っていうのはその男の子の名前よ。そのササマキ君が、タリルの前で羽を広げて左右に体を揺らしながら踊ってたのよ 」
「 何だそれは、一体どういう意味があるんだ? 」
「 ⋯⋯刺身、煮付け、塩焼き 」
ダルテに問われ、サリルは真剣な顔でごくりと唾を飲み込んだ。
その隣で、ルベライトも別の理由でごくりと唾を飲み込んだ。
「 ⋯⋯あれは求愛行動に違いないよ 」
「 き、求愛行動だと!? 」
「 ? 」
サリルは深く頷いた。
驚きながらも顔を赤く染めるダルテ。
一方やっと鯉料理の想像から帰ってきたルベライトは、本当に不思議そうに首を傾げた。
「 そうよ。求愛行動よ。ああして雌を惹きつけようとしている鳥を、私は見た事があるんだよ。きっとササマキ君もタリルを惹きつけようと踊っていたに違いないのよ 」
「 それは本当なのか? 俺は有翼族に詳しくないから分からないが⋯⋯ 」
「 踊ると人を惹きつけられるの? 」
確信を持って語るサリルに、ダルテは疑わしげな表情を向けた。ガーゼン帝国には有翼族はいなかったので詳しい知識はないが、鳥と習性が一緒だとするのは失礼ではないかとダルテは思ったのである。
一方ルベライトは、踊りで人を惹きつけるというところに興味を持ったらしく、何やら一人思案している。
「 で、それの何が問題なんだ? 」
話を進めるためにダルテがサリルに質問をした。
「 問題だよ。まだ私達は11歳なんだよ。結婚するには早すぎるよ 」
「 結婚を心配するのは、気が早いだろ 」
「 早くないよ。ナツキノさんの話によると有翼族はお互いに承諾すれば何歳でも結婚出来るらしいよ。だから、私がまだ先の事だと思っていても、二人が本気になればいつでも結婚する可能性があるんだよ 」
そう話しながらサリルは悲しそうな顔をする。
「 結婚すればタリルはきっとササマキ君のところにいくよ。そうしたら、私は寂しいよ。タリルには幸せになって欲しいけど、それはもう少し先の事だと思ってたんだよ。⋯⋯心の準備、出来てないよ 」
「 お、おい泣くなよ 」
「 泣いてないよ 」
「 ⋯⋯泣きそうな顔だ 」
今にも泣き出してしまいそうなサリルを見て、ダルテまで悲しくなってしまう。彼の姉も帝国ではすぐに結婚してもおかしくない歳であり、それを想像すればサリルが寂しがる気持ちも分かったのだ。
大切な家族が誰かを好きになって幸せになるのは喜ばしい事であるが、その一方でその家族が大切で離れがたく、他の誰かに取られたような気持ちになってしまうのは、ダルテにも理解出来る。
そして、家族の幸せを素直に喜べない自分が嫌で、サリルは更に悩んでしまっているのだろうと、ダルテは考えた。
サリルの悩みが少し理解出来たダルテは、泣きそうな彼女の背中を優しく撫でる。
「 まだ本当に両思いかも分からないだろ。それに、その妹は悲しむ姉を蔑ろにするような奴なのか? お前が妹の幸せを願うように、妹もお前の幸せを願っているはずだ。もし結婚したとしても、そんなにすぐに遠くにはいかないと思う 」
「 ⋯⋯ダルテ君、とっても優しい人なのよ。私元気になったよ 」
背中を撫でてサリルを慰めるダルテ。
サリルもおとなしく撫でられている。
そんな彼らをじっと見ながら、ルベライトは首を傾げて言った。
「 ⋯⋯求愛行動? 」
それを聞いたダルテは、顔を真っ赤に染め急いでサリルの背中から手を離した。
「 ち、違う! 落ち込んでいたから慰めていただけだ!! 」
「 ⋯⋯違うの? 」
ダルテは慌てて否定した。
しかし、ルベライトの中で求愛行動とは人に好かれるような行為となっているため、彼に否定されて不思議そうにしている。
「 そんな事より、次はお前の番だぞ。ちっこいの 」
ルベライトを見ながら、ダルテは誤魔化すように言った。
そんな彼の言葉を聞いた後、ルベライトは自分に指を指して声を上げる。
「 ルベライト 」
「 ん? 」
「 ルベライト! 」
「 あ、あぁ、名前か。⋯⋯ルベライトの悩みはなんなんだ? 」
ダルテに名前で呼ばれ、満足そうに頷いたルベライトは、自分の悩みを語り始める。
「 最近兄貴が構ってくれない。村長の仕事が忙しくて、大変だから仕方ないけど、寂しい。⋯⋯それなのに今度、料理教室を開くって張り切ってる。また一緒の時間が減って嫌だ 」
「 ⋯⋯ルベライトも一緒に参加すれば良いんじゃないか? 」
「 背が小さいから台所に手が届かない、そんなんじゃ役に立てない 」
邪魔にはなりたくないと、ルベライトは首を横に振った。
「 あの村長がおま⋯⋯ルベライトを邪魔に思うわけないだろ 」
「 そうだよ。村長さんは、人一倍ルーベ君にでれでれあまあまだよ 」
村にやって来て日が浅いダルテでさえ、村長兄弟の仲の良さは知っている。
ダルテに慰められすっかり元気になったサリルも、うんうんと頷いた。
「 あまあまだからこそ、ちゃんと迷惑を考えて行動しないと駄目だめ。兄貴は俺の大抵の願いは叶えようとしてくれる。でも、俺は甘えてばかりじゃなくて、兄貴の役に立ちつつ、俺も一緒にいられて幸せな状態が良い 」
「 なるほどな。小さいくせに色々考えてて偉いな 」
難しい顔をして話すルベライトの頭を、ダルテは褒めるように撫でた。
それにサリルがつっこみを入れる。
「 ダルテ君、ルーベ君は私達と年齢そんなに変わらないよ 」
「 ⋯⋯へ? 」
「 ルーベ君はこんな見た目だけど、11歳くらいなんだよ 」
言葉の意味が理解出来ていないようすのダルテは、自分が今頭を撫でている相手をじっと見た。どう見ても5歳か6歳くらいにしか見えない。
撫でられているルベライトは、嫌がってはいないがどこか複雑そうな顔をしている。
「 説明が面倒。でもサリルの言う通り。俺は10年は生きてる。⋯⋯撫でられるのは、嫌いじゃないけど 」
「 ふーん。人族とは少し違う血が入ってるのか? 」
「 そんなとこ 」
ルベライトが神の子であることは、彼自身も最近知った事実である。説明が難しいので、ルベライトはダルテの言葉に素直に頷いておいた。
「 うーん、料理に参加出来ないのなら、試食係にでもなればいいんじゃないか? 」
「 ⋯⋯それって役に立つ? 」
「 姉さんも最近料理を練習しているが、やっぱり食べてくれる人がいると、自分だけのために作るよりやる気が出るらしい。誰でも美味しいと言ってもらえたら嬉しいだろ 」
「 ダルテ君、なかなかいい事言うよ 」
ダルテの言葉にサリルも同意する。
二人の意見を聞いて、ルベライトはふむふむと考えている。そして、しばらくするとダルテの方を見て話し出した。
「 分かった、兄貴に言ってみる。⋯⋯ダルテもお姉さんと一緒に料理教室に来て。きっと楽しい 」
「 そうだよ。私とタリルも参加するつもりなのよ。ダルテ君も参加すると良いよ 」
「 俺が料理教室に!? んー、分かった。姉さんに言ってみる 」
元気になった二人の誘いに、ダルテは頷いた。
「 やった。俺兄貴に言ってくる 」
「 わーい。私もタリルにダルテ君と友達になったって報告してくるよ 」
そして二人は慌ただしく学校に向かって走り去っていく。
ダルテはその後姿を呆然と眺めた。
「 ⋯⋯俺の悩みはどうなったんだ 」
気がついたら湖が夕日に照らされている。
悩みは聞いてもらえなかったが、不思議なことにダルテの心はここに来た時より落ち着いていた。
両親を失ったことは今でも悲しい。だが、ダルテにはまだ自分のために頑張ってくれる姉がいる。
早く姉に先ほどのことを謝りたい。ダルテはそう思い、足早に家に向かう。
ダルテが家に着くと、カルテナが台所で夕飯の支度をしていた。
現在料理を勉強中のカルテナは、まだ手間のかかる凝ったものは作れない。今日の夕飯は、少々野菜の切り方がいびつな野菜炒めと、焼きベーコンとパンだ。パンは最初から出来上がったものが支給されている。
「 姉さん、さっきはごめん。それから、ありがとうございます 」
帰ってきたダルテに突然お礼を言われ、カルテナは首を傾げた。そして、彼の顔を見て嬉しそうに笑う。
「 なんか、さっきより良い顔になったわね 」
「 ⋯⋯まあね 」
そのままダルテは手を洗い、カルテナの手伝いを始めた。
「 ねぇ、今度さ、父さんと母さんの話をしようよ 」
「 ⋯⋯ダルテ。そうね、二人で話をしましょう 」
二人共今まで両親の話を避けていた。悲しむ姿を見せて、お互いに心配をかけないように気を遣っていたのだ。
だが、お互いに溜め込むことで、相手に余計に心配をかけていることに、落ち着いたダルテは気づいたのである。
「 あとさ、今度一緒に料理教室に行こうよ。村長が、村人向けに開くんだって 」
「 それは良いわね。是非参加しましょう! ⋯⋯作れる料理を増やしたいのよ 」
カルテナは嬉しそうにやる気を見せた後、野菜炒めを見てため息を吐く。彼女はゆで卵と野菜炒めばかりの食卓に飽きてきたところであった。
「 これからも、一緒に頑張りましょう 」
「 うん、姉さんに良い人が見つかるまで、二人で頑張ろう! 」
「 ⋯⋯それは余計なお世話よっ! 」
「 あははっ 」
住宅街に楽しげな笑い声が響いたのだった。
────────────⋯⋯⋯⋯
「 ササマキ君、大変なの 」
「 あっ、タリル。そんなに急いでどうしたの? 」
お悩み相談会があった翌日、タリルはササマキの家にやってきていた。
昨日、姉であるサリルが嬉しそうに話していたことを、彼に伝えるためである。
「 サリルが昨日楽しそうにダルテ君の話をしていたの! あれは恋する乙女の顔なの!! 」
「 ⋯⋯え? ダルテって誰? 」
興奮するタリルに、ササマキは首を傾げた。
「 最近ガーゼン帝国からやってきた、猫顔で赤毛のイケメンなの! 」
「 な、なんだってー! どうしよう、まだ踊りが完成してないのに! 」
イケメンと聞き慌てだしたササマキ。
タリルはそんな彼に呆れた視線を向けた。
「 あんなヘンテコな踊りでサリルに好きになってもらえるわけないの! それと、私はまだササマキも認めてないの。今日からどちらがサリルに相応しいか観察するの 」
「 そんなー、僕を応援してくれるんじゃないのかい? 」
「 タリルはサリルの幸せが一番なの。だからそこは公平なの 」
羽根をばたつかせ慌てるササマキの隣で、タリルは決意に満ちた瞳をしている。
ササマキの本当に好きな相手はサリルであり、タリルは彼が姉に変なことをしないように、今まで監視していたのである。
つまり、サリルとタリルは似た者姉妹であった。
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