第五十一話 校長先生のお話
住宅街の建築物の設計をカリノル卿に任せたエリクは、それとは別にある事を計画していた。実は前々からそのある事をやりたくて仕方がなかったのである。
「 えー、みなさん、おはようございます 」
「 「 「 おはようございます!! 」 」 」
体育館のステージ上の演台でエリクが朝の挨拶をすると、下に並んで座っている子供達が元気に挨拶を返した。
「 はい、元気な挨拶ありがとうございます。それでは今から、当学校初めての全校朝礼を行います! 」
そう堂々とエリクは宣言をする。
前々からやりたくて計画していたある事とは、全校朝礼を行う事であったのだ。
「 まず始めに、転入生の紹介をします。みなさーん、こちらに並んでください 」
エリクに促され、ステージ横で待機していた転入生達が姿を現わす。
彼らはガーゼン帝国から助け出した元貴族の子供達である。晴れてこの村の一員に加わり、今日から学校に入学する事になったのだ。
彼らは元貴族であるため、家庭教師や帝国の学校などで、既にある程度の教育が施されている。
それが良い方向に他の子供達に影響をしてくれればいいと、エリクは考えていた。お互いの知識を教え合って、仲良く交流してもらいたいのである。
「 この子達は、今日からみんなの仲間です。仲良く楽しく一緒に学んでいきましょう 」
横一列に並んだ転入生達を見ながら、エリクは笑顔で言った。
彼らは下は6歳から上は17歳までおり、全員で15人いる。
ガーゼン帝国では18歳で成人とみなされるのと、6歳未満の子供を除いたために、この年齢幅の子供達だけが入学することになったのだ。
学校の授業で学ぶのはこの年齢の範囲の子供達だけだが、エリクとしては年齢を問わず村人達には色々なことを学んでほしい。
しかし、大人達にはそれぞれにやりたい事があるようなので、決して無理強いはしない方針だ。
たまに興味を持った事を調べるために学校を訪れる程度でも、学ぶ事に変わりはないのである。この学校が村人にとって、気軽に学べる場所になってくれれば一番だとエリクは考えている。
転入生の中で年長の17歳の少女が、代表として一歩前に出た。
鮮やかな長い赤髪と、意志の強そうな青い瞳が特徴の少女である。
「 みな様、私の名前はカルテナ・キャルシオー。特技は乗馬、趣味は絵画鑑賞、好物は豆全般。これからよろしくお願いしますわ 」
そう言って、カルテナは右手で髪を払い、目を細めながらにこりと笑った。これが彼女の決め顔である。
「 「 「 おぉー!! 」 」 」
パチパチと拍手が起こり、カルテナは満足気に元の位置に戻った。
「 はい、よろしくお願いします。ではみなさん、ありがとうございました。下がって良いですよ 」
転入生達はステージ横にはけていき、端にある階段を降りて、ステージ下にいた他の子供達の後ろに座った。
最初からいた子供達の方がチラチラと後ろを見ている。転入生達を気にしてそわそわしているようだ。
事前に身分や家柄を気にする必要はないとエリクに言われてはいるが、孤児院出身の彼らにとっては本来なら関わる事のなかった人々である。彼らが気にしてしまうのは、仕方のない事であった。
ちなみに有翼族の子供達はいつも通りで、少しも緊張した様子はない。彼らが恐れるのは月野によって倒された巨大な魔物“ 喰らう者 ”か、飛べなくなる事くらいである。
「 はい、仲間が新たに加わった事で、これからみんなで出来る行事が増えますね。体育祭や文化祭、課外授業とかも良いですねー 」
演台に立ち、エリクがみんなに聞こえるように語り出す。
「 体育祭と言えば、僕は走るのが苦手だったんですよ。ですから毎回、なるべく走らない競技を選んで立候補していたわけです。しかし、クラスリレーというものがありまして、それは名前の通りクラス全員強制参加だったんです 」
いきなり思い出を話し出すエリク。
子供達は座りながら、真剣にその話を聞いている。
「 1クラスで走る距離は決まってるんですが、配分はクラスで決められたんです。一人当たり最大200メートル、最低25メートルという決まりはありましたけどね。⋯⋯僕のクラスは、100メートル走る人と50メートル走る人で分ける事になったので、走るのが苦手な僕はもちろん50メートルを選んだわけですよ 」
ここまで淡々と語っていたエリクであったが、急に嫌なことを思い出したように顔を歪めた。
子供達は何か話の意図があるのかもしれないと、続けて真剣に聞いている。
「 しかし、体育祭当日! 僕の後に走るはずだった生徒が学校を休んだんです!! 」
演台を叩き、感情を込めて語るエリク。
いきなりの大声に、子供達はびくりと肩を震わせた。
「 それを知った時点の僕は、どうせ足の速い人がその生徒の代わりに走るだろうと気を抜いていました。そしてやってきたクラスリレーの時間、おもむろに担任の教師が僕に近づいてきてこう言ったんです!!
『 走ってみるか、神島!! 』
走るかっ、走るわけないだろ、と僕は心から思いました。ですがその担任の教師は僕の返事を待たずに、笑いながら立ち去って行ったんです。そうして、僕は足が遅いくせに二人分走る事になってしまったのです⋯⋯ 」
今度は悲し気に俯くエリク。
子供達はその様子を心配気に見ている。
「 悲劇はまだ終わりません。その僕の後に走るはずだった生徒は、あろう事かクラスで一番足の速いやつだったんですよ。つまり、走る量は100メートル。足して150メートルも僕は走らなければならない。足が遅いのにです 」
ゆっくりと、顔を上げるエリク。その顔は何かを悟った表情をしている。
子供達はごくりと唾を飲み込んだ。
「 ⋯⋯走りましたよ。頑張って150メートル。僕は走ったんです。⋯⋯⋯⋯まあ、僕のクラスは最下位でしたけどね。いえ、僕のせいではありませんよ。バトンを渡された時に既に最下位でしたから。ですが、周りの雰囲気はこうでした。
『 神島、何やってんだよ⋯⋯ 』。
はっ!? 何で全て僕のせいになってるんですか!! そもそも僕は足が遅いという自覚があって、50メートルを選んだわけです。ここで僕を責めるなら、当日休んだ足の速い生徒や、その生徒の代わりに100メートル余分に僕に走らせた担任も責められるべきでは⋯⋯? というか、バトンが渡された時点で最下位だったのですから、クラス全員の責任ですよ。僕を責められる権利のある人なんていないはずです!! 」
興奮した様子のエリクは、声を荒げて言った。だが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「 つまりですね、僕が一体何を言いたいかといいますと⋯⋯ 」
しっかりと前を向いて、エリクはステージ下に並んで座っている子供達を見回した。
「 ⋯⋯校長の話は長い、それだけです 」
体育館に静かな時が流れる。
校長らしく教訓を語る事も特にせず、エリクはそのまま一つ頷き微笑むと、静かにステージ横にはけていったのだった。
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子供達の人数が増えたことによって、高学年と中学年、そして低学年の3クラスに年齢によって分けられることになった。
それに伴い、元貴族組からバニラという20代の女性と、レージという30代の男性が教師として新たに加わった。
バニラは子供好きで家庭教師の経験があり、レージはガーゼン帝国の高等貴族学校で教師をしていた実績がある。どちらも教えることに慣れているので即戦力だ。
だが、この二人の知識量を足しても、アルクリースの膨大な知識には遠く及ばないのである。
「 では、基本はレージが中学年クラス、バニラが低学年クラスを頼む。私は高学年クラスを中心に他のクラスの補助も行う。ラグス達も授業によっては助けてくれるので大丈夫だと思うが、分からないことがあれば何でも私に聞くといい 」
職員室にて、新しく入った二人に向かってアルクリースが優しく話す。
二人は美しきエルフの先輩教師を尊敬の眼で見ている。事前にラグスからアルクリースの情報を教えてもらっており、彼の教養の高さや清廉さを知っているからである。
だがそれは、あくまでもラグスから聞いた情報だ。過酷な状況に自ら飛び込み、自分を追い詰めることを強く好むアルクリースの本性を二人は知らない。
「 「 はい、よろしくお願いします 」 」
新人二人は、爽やかに返事をした。
そして、遠慮がちにバニラの方が手を挙げる。
「 あの⋯⋯、さっそくですが質問いいですか? 」
「 遠慮なく言ってみるといい 」
優しい笑顔のアルクリースに促され、バニラは勇気を出して発言した。
「 えっと、⋯⋯朝礼で村長さんが話していたことなんですが、あれは一体何を伝えたかったのでしょうか? 」
実は体育館の端の方で、アルクリースとこの二人もエリクの“ 体育祭の思い出話 ”を聞いていたのだ。
話が終わりステージ横に立ち去ったエリクを、その時二人はぽかんとした顔で見ていたのを、アルクリースは知っている。
「 なるほど、村長の⋯⋯いや、学校では校長か。校長の今朝の話には、実は人生の教訓が秘められていたのだ 」
「 ⋯⋯人生の教訓ですか? 」
今度はレージの方が首を傾げながら疑問を口にした。
「 校長はあえてその答えを言わなかった。子供達に自ら気づいて欲しかったのだろう 」
「 そんな考えが校長先生にはあったんですね 」
難しい顔で頷きながら語るアルクリースを見て、バニラは真剣な表情になる。
「 例えば、50メートル走るはずが教師に頼まれ150メートル走る事になったところだ。校長は嫌でも最後までやり遂げた。その話から、苦手な事や嫌な事でも積極的に挑戦する心を、子供達に伝えたかったのだろう 」
アルクリースの解説に、新人二人はハッとした。
「 そしてせっかく頑張ったのに、結果としては校長のクラスは最下位だった。この話からは、努力しても失敗する事はあるという、現実の厳しさも教訓として教えているのだ 」
アルクリースの説明に、新人二人は驚きを隠せない。
「 最後に、最下位なったのは連帯責任であるのに、周りの者が校長を責めた事だ。これは子供達に誰か一人のせいにする事が悪い事だと教えている。誰かを責めるより、問題点を明らかにして次に繋げる。これが重要だと説いているのだ 」
アルクリースの説示に、新人二人は感銘を受けた。バニラは涙目になり、レージは興奮している。
「 校長先生は素晴らしい方なんですね⋯⋯ 」
「 今度からはもっと真剣に考えながら、校長先生のお話を聞く事にします!! 」
感動している新人二人を見ながら、アルクリースは微笑みながら頷く。
「 ⋯⋯そうだ。村長は素晴らしい人だ 」
学校の廊下にて、エリクに近寄っていくルベライト。そのまま迷わずその小さな手を、兄であるエリクに差し出した。
「 兄貴、さっきの話どういう意味? 」
「 ああ、あれですか⋯⋯ 」
ルベライトの手を取り、エリクは笑顔で答える。
「 ⋯⋯ただの愚痴ですよ。あの時の教師絶対許すまじ!! 」
エリクはそう言いながら、顔の中心にしわを寄せるように変顔をした。
「 ふふっ! 」
仲の良い兄弟は、笑いながら廊下を歩いていく。
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