第五十話 住宅街計画
学校から集会場を通って反対側の空き地に、現在エリクは仁王立ちで立っている。
そこに大きな紙の束を持った、細身の中年男性がやってきた。姿勢の良さと漂う清廉な雰囲気が、彼の育ちの良さを表している。
「 村長さん、お待たせしました 」
男性は本当に申し訳なさそうにお辞儀をした。
「 いえいえ、全然待っていませんよ。カリノルさん 」
「 そうですか? それなら良かったです。⋯⋯それで、あの、言われた通りに屋敷の設計図を何枚か持って来ましたが⋯⋯、何故集合場所が野外なんですか? 」
ラグスを通じて事前に設計図を持って来るように言われていたカリノル卿は、エリクが指定した集合場所が野外である事を疑問に思っていた。
新たに建設する住宅について、まだ何も決まっていない状況で相談するのなら、室内で良いからである。
「 室内には建てられませんよ 」
質問の意味が分からないといった様子で、エリクは首を傾げた。
「 いや、それはそうなんですが⋯⋯。今日建てるわけではないですよね? 」
「 今日建てますよ 」
「 ⋯⋯え? 」
「 ⋯⋯え? 」
向かい合った二人は、お互いに不思議そうに首を傾げた。
カリノル卿はあまりに無謀なエリクの発言に、気を使いながらも質問をする。
「 ですが、建築資材も何もないですよ? 」
「 はい、ですからカリノルさんに必要な物を言っていただきたいんです。出来れば大きさや数も細かく僕に教えてください 」
「 は、はあ⋯⋯。それは喜んでお教えしますが、建材はどこに発注するんですか? 聞いたところ、ここはセルフォリア聖国としか交易をしていないようですが⋯⋯ 」
「 発注先ですか? 強いて言うなら神です 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
突拍子もないエリクの発言に、カリノル卿は言葉をなくした。
その唖然とした彼の表情を見てまずいと感じたエリクは、すぐに言い直す。
「 だ、大地から魔法によって作り出す、とでも言いましょうか⋯⋯ 」
「 ⋯⋯おぉ、それはすごい! 村長さんは素晴らしい魔法使いなんですね!! 」
裏表のないカリノル卿の褒め言葉に、エリクはひとまずホッと胸を撫で下ろした。
今までの村人達には何となく流れで受け入れられてきたが、本来なら神の子だの神の力だの言えばおかしな人だと思われるのが普通である。
この世界の人々の信じる神は、国や種族によって異なる。だがその全ての神が、エリクの父である父神の子供であることを知る者は少ない。
ましてや、神の子が神になるまで修行を行うなどと知っている者はいないだろう。
エリクは自分の力がどういった力であるかをカリノル卿に見せるため、ポイントを使って木材を何本か作り出した。
何もないところから白い光と共に現れる大きな木材を目にして、カリノル卿は驚きを隠せなかった。
「 うわっ⋯⋯!? おやっ、これはヒノキですね。六牙国の方でしか採れない木です! 」
だが、すぐに驚きよりも木材への興味が勝ったカリノル卿は、エリクの出した木材をまじまじと見たり、香りを嗅いだりしている。
「 まずは何から建てますか? 」
一方エリクの方は、カリノル卿の持ってきた設計図を何枚か手に取り眺めていた。
それに気づいたカリノル卿は、一旦木材から離れ、エリクの手にある設計図を覗き込む。
「 ああ、それは私と一緒にこの村に来たストロベリィ卿のお屋敷の設計図ですよ 」
「 あの美味しそうな名前の方ですね! 」
バスに一番先に乗った小太りの男性を思い浮かべながら、エリクは手を叩いて言った。
「 ふふふ、なんだか苺が食べたくなってきました 」
「 苺ですか? 」
「 はい、僕の知っている言葉の中に、苺の事をストロベリーというものがあるんです 」
「 ははは、それは確かに美味しそうですね 」
穏やかに笑い合う二人。
今日のデザートは苺にしようと決めたエリクは、手に持った設計図を上に掲げた。
「 では、このお屋敷から建てましょう! 」
「 これをですか? かなり大きな建物になりますよ 」
乗り気のエリクと違い、カリノル卿はあまり良い顔をしていない。
それを疑問に思ったエリクは、首を傾げながら問いかけた。
「 駄目ですか? 」
「 いえ、駄目と言うわけではありませんが、私達は母国ですでに貴族の地位を失っています。地位を失った今、私達は平民と変わらない。ですからこの村では、平民の暮らしに慣れなくてはいけないのです。それには貴族の屋敷は必要ありませんし、使用人達もいない状態で大きな屋敷に住んでいても、広すぎて管理が出来ませんから、建てるなら一般的な大きさの家が良いと思います 」
「 ⋯⋯なるほど! では、それぞれの家族の人数に合った最適な家を建てなければいけませんね 」
カリノル卿の説明に、エリクは納得をした。
彼らが母国でどのような生活をしていたのかをエリクは知らないが、この村でその生活を続けるのは無理であろう。
それならば、村人として早く馴染めるように平民の生活に合わせていく方が良いという事のようだ。
「 あの、それなんですが⋯⋯。今は貴族の屋敷の設計図しか持ち合わせがなくて、相応しい物を用意してきますので、数日待ってもらえませんか? 」
「 そうですね。いきなりの頼みでしたから、それは仕方がないです。他のみなさんの意見も取り入れて、無理をせずやってください。⋯⋯では今日は道だけでも作っておきましょう 」
住宅街となる予定の場所に、エリクはレンガの道を作っていく。ついでとばかりに下水道となる穴を掘り進め、生活する上での衛生面にも気を使う。
今まで、生活で出たごみや汚れた水はエリクが魔法で浄化をしていたが、村人の人数が増えてくるとそれも手が回らなくなってくる。
その事をエリクがアルクリースに相談すると、エルフの国ではすでに下水道や浄化装置が開発されているという情報を教えてもらえた。
そしてその便利な浄化装置は魔法具であり、魔法具に詳しいマルクセルならそれを作ることが出来るという情報も手に入れたのだ。
本来なら一国の王子に下水の浄化装置を作って欲しいなどとは、この世界の住人ならなかなか言える事ではないが、エリクはその点遠慮がない。
午後のお茶の時間に、軽い乗りでマルクセルに浄化装置製作の依頼をしたのである。
そしてマルクセルの方も特に気にすることなく、二つ返事で了承したのだった。
浄化装置を設置する場所も整備したエリクは、満足気に頷いた。
「 ⋯⋯もしかして下水道と浄化装置を設置するのですか? 」
エリクの魔法による整備の様子を呆然と見ているだけであったカリノル卿は、掘り進められた溝を覗き込みながら、やっとそれだけを口にした。
「 はい、親切な方が魔法具を作ってくださるんです 」
「 それはすごい! 帝国でも発展した都市にしか設置されていません。下水の浄化装置は一部のエルフにしか作れませんし、とても高価な物ですから⋯⋯ 」
「 えっ!? そんなにすごい物なんですか!! 」
軽く依頼してしまっていたエリクは焦った。
普段からポイントで物を出していたため、お金で物を買う感覚を忘れ、値段の事など考えていなかったのである。
それもそのはず、エリクがこちらの世界でお金に触れたのは、ウルトの村でベーコンなどを売って得たお金を使って、ガーゼン帝国の属国で本を数冊買った時くらいなのだ。
あとでマルクセルにもう一度お礼を言って、出来れば値段に釣り合う何かを渡そうと、エリクは心に誓った。
「 はい、設置の時は是非私も呼んでくださいね。⋯⋯それでは、私はさっそくホテルに戻って設計図に取り掛かるとします 」
「 よろしくお願いします。カリノルさん 」
後日また集まる約束をした二人は、笑顔でその場を離れたのだった。
────────────⋯⋯⋯⋯
「 浄化装置の値段? 」
「 はい、貴重な物なんですよね 」
技術室にて首を傾げるマルクセル。
目の前には真剣な顔のエリクがいる。
「 材料は村長が用意したのだから、別に気にすることはないぞ 」
「 ですが、一部のエルフにしか作れないとても高価な物らしいじゃないですか!? 」
更に詰め寄ってくるエリクを、マルクセルは椅子に座らせ落ち着かせようとする。
「 心配するな、高価な理由はこれだ 」
そう言ってマルクセルは机の上に5センチ程の石を置いた。それは透き通った青い宝石である。
「 これは? 」
それを見たエリクが、不思議そうにマルクセルに問いかけた。
「 これは、“ 水精霊の涙 ”と言われる宝石だ。浄化装置にはこれが絶対に必要なのだが、これは非常に珍しい。何故なら水の大精霊の住処でしか手に入らないからだ。なのでこれを使った魔法具は、自然と値段が高くなる。⋯⋯だが、この村の湖には普通の石と同じようにこれが転がっていたのだ。最初見つけた時、余も驚いたぞ⋯⋯ 」
「 ああ、そういえば確かに見た事があります! オーシャンの涙だったんですね。これが珍しい物だったとは⋯⋯ 」
机の上にある輝く宝石を、エリクはまじまじと見つめた。
この世界にはまだまだ知らない事がたくさんある。
その事実にエリクの胸は高鳴るのだった。
エリクが世界の不思議にロマンを感じている時、湖にて釣りを行う獣人三人と一精霊がいた。
「 おっ、引いてるぞ 」
「 若、今日は調子が良いですね 」
「 ⋯⋯流石若だ 」
今日も仲の良い黒凪達である。
釣り上げた魚を見ながら三人が談笑をしていると、突然その場にある音が響き渡った。
「 ぬも、ぬぬ、もぇえ、ぼぅおぇっ⋯⋯ぼぅおぇええ⋯⋯おぅえっ 」
可愛い鳴き声から一転して、まるで吐き気を催しているおっさんのような声を上げるオーシャン。
だが、黒凪達はそれに全く動揺する事なく、オーシャンを冷静に見つめている。
しばらくすると、猫が毛玉を吐き出すようにオーシャンは一つの石を吐き出した。
体液にまみれたその石は、青く透き通る綺麗な石である。
「 オーシャン、スッキリしたか? 」
「 ぬもっ♪ 」
黒凪が笑顔で問いかけると、オーシャンは飛び跳ねながら喜んだ。
こうしてオーシャンが石を吐き出す場面は黒凪達にとっては珍しい事ではない。割とよくある事であった。
最初は三人も驚いていたが、別段体の調子が悪いわけでもなさそうなオーシャンに、最近では吐き出す事を気にしなくなっていた。
そうして、何事もなかったかのように黒凪達は釣りを続けるのであった。
“ 水精霊の涙 ”とは、力を一定期間使わなかった水の大精霊の、体に溜まった力の結晶の事である。
その結晶が作られる現場を目にする事は大変珍しく、エルフ達は貴重で神秘的なその宝石を“ 水精霊の涙 ”と名づけた。
しかし、その結晶の排出方法はただ一つ。涙ではなく、先ほどのオーシャンのように口から吐き出す事である。
後日その事実を知ったエリクは、世の中には知らない方が良い事もあるのだと、改めて痛感したのだった。
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