第二十九話 鶏小屋の看板
侵入者が来てから数週間後。エリクの村では、特に変わり映えのない平和な時間が流れていた。
いつも通りエリクは、畑の様子を見た後、村を見て回る。最近では精霊が集まったお陰か、村周辺の土地も浄化が進んでいる。このままいけば、ディアロック地方が自然豊かな土地になるのも夢ではないだろう。
「 最初は、ハードモードかと思いましたが、案外上手くいくものですね 」
牧場の方に行くと、燈凪と子供達が鶏の餌箱を作っていた。
エリクは燈凪に、学校の授業で鶏小屋を作ってもらおうかと考えていた、そして本人にも了承をとった。だが、想像より大きかったらしく1人では無理だと言われてしまう。とりあえず放し飼いは駄目なので、鶏小屋( 小屋とは言えない大きさ )は、エリクが幸せポイントで建てたのだ。
現在行われている木工の授業では、餌箱や建物内の仕切りなどを作っており、燈凪はノコギリやトンカチの使い方を子供達に教えているようだ。場所が牧場だからか、月野もいる。
「 指には気をつけろよー。後、近くに人がいないかきちんと確認して作業しろよ。わからない事があったら必ず俺に聞くように 」
「 「 「 はーい!! 」 」 」
子供達が2班に分かれて餌箱の作業に入る。
月野は、キョロキョロとした後、置いてある木材を手に取る。
「 俺は看板を作る。燈凪、この木材貰うぞ 」
「 それは、仕切り用に長さ測って切ったやつだから駄目だ。あの大きめの余った板を使ってくれ 」
「 ん、わかった。誰か絵が得意な奴いるかー? 鶏を描いて欲しいんだが 」
子供達に月野が声をかける。そこにエリクが割って入った。
「 はーい、僕は絵が得意ですよ 」
「 神島か⋯⋯、お前の絵は妙にリアルでキモいから嫌だ。もっと可愛い感じの絵が良い 」
月野は、地球での出来事を思い出した。中学校の職業体験で保育園に行った時の話だ。月野と神島は、同じ班になった。絵が得意だという神島に、班のメンバーは、手作り紙芝居の係を任せた。
そして当日、神島が持ってきたのは、劇画調な日本版『 おおきなかぶ 』 であった。お爺さんやお婆さんの皺の一つひとつ、犬や猫の毛の一本いっぽんが細かく描きこまれたものである。かぶを引っ張るシーンの、必死に力む表情は、見ているものまで汗が額を流れるくらいの迫力であり、確かに上手かった。
迫力があり過ぎて、保育園の子供達は泣いた。
「 失礼な、可愛い絵も描こうと思えば描けますよ 」
「 お前、そう言ってどうせ、いつものリアルな絵のキャラの頬を染めさせただけのやつだろうが!! 」
「 ピンクの頬っぺたにすれば、大体可愛くなります 」
「 ならないっ!! 」
「 いつもはすぐに納得する癖に、何故納得しないんですか!? 」
「 子供達を泣かせるわけにはいかない。⋯⋯俺は、勇者だからな 」
月野は、頬を膨らませるエリクを無視して、子供達に向き直った。
子供達は、燈凪と一緒に餌箱作りに夢中である。邪魔をしてはいけないと思い、月野は文字から書くことにした。倉庫から持って来たペンキを使い、器用に文字を書いていく。
板には、『 にわとりのお家 』と、日本語で書かれた。
「 今気づきましたが、それでは僕と星弥以外読めないのでは? 」
「 ⋯⋯言うのが遅い。まあ、綺麗に書けたし勿体無いからこれで良いか 」
月野は、ペンキを乾かすために水平を保ったまま、敷地の端に置いておいた。
「 俺は、食堂のモップ掛けに行ってくる。いいか、板に触るなよ 」
「 心配しなくても触りません 」
去って行く月野を見た後、エリクは看板に目を移す。
「 触るなとは言われましたが、描くなとは言われていませんから 」
そう1人で呟いた後、絵筆を手に取るエリクであった。
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食堂では、日課のトレーニングを終えたラグスが水を飲んでいた。隣では、眼鏡をかけたガトルムが立っている。
「 ふー、美味い。ここの水は美味いな 」
「 ラグス様、それは水の精霊が作った水らしいですよ 」
「 う、そうか。俺達が荒地で迷っていた時も、あの水で助かったな⋯⋯。口から── 」
「 それは、言わない方が良いです 」
「 そうだな 」
その場にモップを持った月野がやって来る。
「 おまけに、オーシャンの体液は美容に良いらしい 」
「 たっ体液だと!! あのぬめっとしたやつか 」
「 あれを塗るんですか⋯⋯。そういえば、この間の夜、談話室で女性達が集まって謎の液体を顔に塗っていました 」
「 それは、オーシャンの体液だ 」
ラグスとガトルムは、なんとも言えない顔になった後、用務員姿の月野を不思議そうに見る。
月野は視線を気にせずにモップをかけ始める。
「 星ちゃんほどの剣の実力があれば、城などで好待遇で雇ってもらえるのではないか? いや、むしろ国を作れるかもしれない 」
「 俺は、そんな器の大きな男じゃない。それに堅苦しいの苦手だしな、神島相手なら文句言い放題だし楽だ 」
そんな事を言っている月野であるが、牧場だけでなく用務員の仕事も文句も言わずこなしている。
普段、教室や多目的ホールなどは、子供達で掃除をしている。
それ以外の広い場所は、エリクも魔法で掃除などをするが、他に村長としてやる事も多く、月野の仕事は非常に役立っていた。
子供達にも年の近さから親しまれており、この村にとって、月野はいなくてはならない存在になっているのだ。
月野自身も、この村が気に入っており、召喚された地へは戻るつもりはなかった。
「 ⋯⋯そうか、俺も何か出来る事を探さなくてはな 」
「 ラグスン達は、それぞれ授業を受け持っているだろ。アルクリースが助かっているって言っていたな 」
ラグスは、歴史や地理。ガトルムは、魔法学や算術の授業を教えている。今までアルクリース1人で全て教えていたが、大人の村人が増え、同時に教えられる人員が増えた。他にはユリオラが得意な裁縫を教えている。
ラグスが顔に疑問を浮かべる。
「 助かっていると言うわりには、手伝うと俺が言った時、悲しそうな顔をしていたがな 」
「 子供達といられる時間が減るからでは? 子供が好きな方なんですよ 」
実際は、アルクリースはどれだけ1人で授業を行えるかで自分を追い込んで楽しんでいただけである。特に子供好きというわけではない。アルクリースにとって年齢的に言えば、エリクとティアラ以外の村人は全員子供みたいなものである。
だが村人達が好きだという意味ではあっている。アルクリースもこの村が気に入っていた。
「 この村は良いやつばかりだ 」
食堂にモップをかけ終わった月野がにかっと笑った。ラグスとガトルムも同意する。
「 村長の人柄が良いからだな、自然と似た人々が集まるんだろう 」
「 そうですね、ラグス様。村長さんは、人をホッとさせる方です 」
3人で和んでいると、カルが走ってやって来る。
「 兄ちゃん達、餌箱が完成したから見に来てくれよ。俺達頑張ったんだぜ 」
月野の服を引っ張り、先に促すカル。自分達の成果を見て欲しくて仕方がないようすだ。
「 わかったわかった。服が伸びるから引っ張るな。ラグスンとガトルムも一緒に行こう 」
「 ああ、そうだな 」
「 わかりました 」
3人が鶏小屋にたどり着くと、燈凪と子供達がお茶を飲んで休憩していた。足元には細長い鶏用の餌箱が置いてある。
月野は、燈凪と子供達に労いの言葉をかける。
「 良くやったな、完璧な餌箱だ。ありがとう。燈凪もお疲れ様 」
「 おう、子供達と作るのは楽しかったから、あんまり疲れを感じなかったけどな 」
ラグスとガトルムは、鶏や鶏小屋を始めて見るのか、興味津々に観察している。餌箱の構造も2人であれやこれや真面目に言い合っている。
「 この逆三角形の溝によってくちばしで食べやすくなっているのか 」
「 こうすれば端っこに溜まってしまう事も防げますね 」
すると、ある一角で子供達がざわつき始める。何かに集まっているようだ。月野は、嫌な予感がしてそこに向かって行く。ラグス達も後をついて行った。
「 村長、絵上手いなー 」
「 俺知ってる、これ目を見ると石になる魔物だよ 」
「 へぇー、この文字は習ってないから読めないね 」
「 きっとこの魔物の名前が書いてあるんだよ 」
子供達の会話を聞いて、月野は、自分の嫌な予感が当たっている事を確信する。子供達の中心には、自慢気なエリクと、月野が字を書いた看板があった。
看板には、月野の字の下に絵が描いてある。劇画調の雄鶏が目をくわっと開き、威嚇をしている絵だ。臨場感があり、今にも絵から飛び出してきそうな迫力である。とても上手い絵だ。だが、とても怖い。
そして何故か頬をピンクで塗ってある。
「 どうですか星弥! 子供達にはなかなか好評です。可愛い看板が出来ましたよ 」
「 可愛いとは真逆の位置にある絵だろうが! 完全に魔物の絵だと思われてるし!! 」
そこに興味深かそうなラグスとガトルムが近づいてくる。
「 なるほど、昔聞いたことがある。ある地方では、家畜が魔物に襲われないように、まじないとして周辺に生息しない強い魔物の絵を飾って置くらしい。村長は、いろいろ知っているんだな 」
「 とても上手いです。強そうなコカトリスですね 」
2人の真面目な感想に月野は、絵をもう一度よく見る。
「 確かにこれは、これで良いのかもな。子供達も泣いてないし⋯⋯ 」
月野もとうとう納得してしまった。まじないとしてなら飾っても良いと判断したようだ。
だが画伯自身は、頬を膨らませ納得していない。
「 これは、魔物ではありません! 可愛い鶏です!! みなさん間違ってます!! 星弥も納得しないでください!! 」
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