第二話 荒れた大地
荒れ果てた、岩や石ころしか転がっていない場所で1人の少年が大の字に横たわっていた。
「 何もない、あるのはただ僕の精神を貪る孤独だけ⋯⋯⋯⋯ふっ 」
エリクは自分で言って、自分で笑ってしまった。彼は普段からこんな詩的な表現を使うわけではない。だが周りに誰もいないのをいいことに、先ほどからいつもは言わないようなことを呟いていた。
「 村人のいない村長なんて、とんかつの乗っていないカツ丼のようなもの、つまり僕は、卵丼ってわけさ⋯⋯⋯⋯ふっ⋯⋯ふふ⋯⋯くはっくくく⋯⋯はぁはぁ⋯⋯ 」
エリクは、自分で言ってあまりの意味不明さに笑ってしまった。卵丼も好きである。でもカツ丼は、もーと好きである。
エリクのカツ丼好きは、地球での修行中に培われたものだ。1回目のサラリーマン時代、気分の良い日はカツ丼一択であった。ちなみに、落ち込んでいる日もカツ丼一択である。
修行中はエリクとしての意識はなく、その人物としての意識しかない。もちろん前の人物としての意識や記憶もないはずなのだが、2回目の定食屋のおばちゃん時代の得意料理はカツ丼であった。
とんかつの衣のだしを吸ったしっとりしたところと、カラッと揚がったサクサクしたところのバランスが絶妙だと常連さんの間で話題だった。
3回目の男子高校生の時も、勝負事の前はカツ丼が定番で大好物だった。
人っ子ひとりいない荒れ果てた大地で、カツ丼について想いを馳せるエリク。
父神に任務が与えられた後、初期ポイント100Pが自分の中に入っているのが感覚でわかった。頭の中で数値として何故か理解出来るのだ。
そうして意気揚々とディアロックの大地に降り立ったはいいが、幸せを感じる生き物がいない。そこにあるのは荒れた大地のみであった。
幸せポイントを使うにも、使う対象がいないのでは意味がない。他の地域から連れてくることも考えたが、こんなところに来たがる人はいないだろう。よっぽど行き場のない人がいたら違うだろうが。
「 とにかくこの大地をなんとかしないといけませんね! 」
やっと本来の喋り方に戻ったエリクは立ち上がり、周りを見渡した。確かに岩や石ばかりだが、地面は土である。砂漠のように砂が広がっているわけではないのだ。ここから人が住みたいと思えるような地にしていけばいいのだと、エリクは決意した。
「 まずは争いによって穢されたこの場を、浄化しましょう。このままでは精霊が寄りつかず植物が育たない 」
エリクは地球で修行していたので忘れがちだが、この世界にはファンタジー的要素が溢れている。魔法があり、精霊がおり、いろいろな種族が暮らしている。もちろん凶暴な魔物もいる。
つまり神の子であるエリクは、人の血が混じっているとはいえ、それ相応の力を元から持っているのだ。だが、さすがに父神のような無から有を生み出すことは出来ない。
例えば家を建てる時、エリクは木やレンガ、鉄や石などの材料が十分にあれば力を使い短い時間で家を建てることが出来る。だが父神は、何もないところにいきなり家を建てたり、逆に消せたりする。規格外すぎて世には出せない。
今回は幸せポイントで、その力の一部を使えるようにしたのだ。そう “幸せポイント変換能力” である。
「 浄化魔法は、結構得意です。やはり心が清いからでしょうか? 」
エリクは手を祈るように合わせると、精神を集中させた。すると身体から淡い光の粒が溢れだす。エリクの髪色と同じ白色の光だ。
光はエリクを中心に半径1キロくらい広がり、地面に吸収されていった。
「 まずはこれくらい浄化しておけば、後は精霊の力で自然と浄化するか、旅人の聖職者が浄化してくれるでしょう 」
すでに何体かの小さな精霊が、エリクの周りを飛んでいた。神の子であるエリクの周りは心地がいいようだ。
そもそもこの世界の精霊とはあの父神の膨大すぎる力が溢れて、大地に降り結晶化して、意思をもったものをいう。神から生まれたということは、エリクとは兄弟のようなものである。
「 後は、人が一人でも通りかかってくれたらいいんですが⋯⋯ 」
───⋯⋯シーン⋯⋯
〈 5時間経過 〉
「 ⋯⋯この際、贅沢は言いません。狸でも豚でもオケラでもアメンボでもかまいません。生きているものなら! 」
───⋯⋯シーン⋯⋯
〈 更に10時間経過 〉
「 ⋯⋯あっ、あの雲カツ丼にみえる!⋯⋯あっ、あっちはウルト兄さんの後ろ姿にそっくりだぁ! ふふふ⋯⋯ 」
エリクは夕焼け空を見ながら、また大の字に寝ていた。そして、しばらく一人で微笑みながら雲を見た後、何かを考えついたように立ち上がった。
「 そうだ困った時のウルト兄さんです!早速頼りに行きましょう!! 」
エリクは、すぐに “神の広場” に跳んだ。
“神の広場” は、父神がつくった白い地面に淡い虹色の空が広がる空間で、父神の支配下の神達や神の子達が利用できる。神の子達は、神になるまではここを経由しないと他の場所に瞬間移動出来ない。
神の子といえど、修行をつみ、自分の司るものを決めなくては神になれず、瞬間移動も神の広場の助けがなければ出来ないのだ。
「 ウルト兄さんはたしか、僕の担当のディアロックから北東のガーゼン帝国の帝都の近くでしたね。早速行ってみましょう 」
エリクはウルトがいる場所を目指して跳んだ。
〈 ガーゼン帝国 近隣の町 〉
エリクは少し離れた場所から兄であるウルトを見ていた。ここはガーゼン帝国帝都から馬車で1時間くらいの町の酒場である。騒がしい酒場の中、ウルトは人に囲まれていた。
「 ウフフ、弟さんを心配するなんて、ウルトさんって強いだけじゃなくて、優しいですね 」
「 ますます好きになっちゃいます⋯⋯ 」
「 ウルトさんに先に声をかけたのは私よっ! 」
「 順番は関係ないわよ。気持ちの大きさが重要なのよ 」
「 おいおいっ⋯⋯みんな、俺を取り合ってけんかはしないでくれ。俺はみんなを幸せにしたいんだ 」
ウルトは沢山の露出の多いドレスを着た女性達に囲まれていた。ウルトに対してのボディタッチも多めである。周りの他の客達はなぜか遠まきに見ている。それは、先ほど柄の悪い男達に絡まれている女性を、一瞬で相手の男達を負かし、助けたことが原因だ。だが、エリクはそのことを知らない。
エリクは、実に憎々しげに兄ウルトを見ていた。なぜならあんなようすで、着実に幸せポイントを稼いでいるのだ。
自分は日が出ている間、ずっと一人で雲を眺めていたというのに⋯⋯と、エリクは下唇を噛んだ。そしてウルトの前にずんずんと進み出た。客達は突然の見た目13歳くらいの線の細い美少年の登場に静まり返る。
ちなみに、ウルトは見た目15歳くらいだ。この国では酒場にいてもおかしくはない年齢である。
「 兄さん!!弟が孤独に打ちひしがれている時にこんな( 楽しそうな )方法で( 幸せポイントを )稼ぐなんて、酷いっ!!⋯⋯見損ないましたっ! 」
「 ⋯⋯エリクっ!!違うんだこれは、俺は人助けをだな⋯⋯!! 」
「 言い訳なんて聞きたくないですっ!! 」
バッと走り去り、神の広場に跳ぶエリク。手を伸ばした格好のまま取り残されたウルトは、まるで浮気現場を彼女に見られた彼氏のような顔であった。
酒場が元の賑やかな状態にもどるまでの時間は、とてつもなく長く感じたと、後に酒場の店主は語ったという。