第十九話 刀と魔物
「 神島、冷蔵庫の中の牛乳きれてる 」
「 ⋯⋯まだ日が昇っていないのですが? 」
「 牧場主の朝は早い。まだ牧場ないけど⋯⋯ 」
「 僕は村長であり、牧場主ではないのですが 」
エリクは自室の校長室に気持ち良く寝ていた。それをまだ日が昇る前に起こされ、ご機嫌斜めである。いくら朝の目覚めの良いエリクと言えど、早すぎる時間である。
「 でも、牛乳きれてる 」
「 最近、減りが早いと思ったら星弥が原因でしたか 」
エリクはベッドに寝たまま、顔だけを早起きな勇者に向ける。勇者月野は呆れた顔をしていた。
「 むしろ俺以外にいないだろ 」
「 確かに⋯⋯。子供達に飲んで欲しくて学校の冷蔵庫に入れているのに、用務員がほとんど消費しています 」
「 用務員じゃなくて、牧場主を目指す勇者な。用務員はボランティアだからな。それに俺、一応日本では高校生だったし、まだ育ち盛りだから 」
「 星弥の飲む量は、日本人が一日に取れる牛乳の量を遥かに凌駕しています。普通ならお腹を壊す量です。少しは控えるべきですよ 」
「 お腹壊しても好きだから 」
今度はエリクの方が呆れた顔を月野に向けた。そして、掛け布団の中から右手だけを出した。その手に持っているものは牛乳味の飴であった。無言でそれを月野に差し出す。
「 仕方ないな。今日はこれで我慢するか 」
「 そうしてください 」
月野は飴を受け取り、部屋を出て行った。エリクはやっと静かになったと身体をベッドに沈める。
「 村長!! 予備の石鹸の場所ってどこでした? マールちゃんにも大丈夫なやつですわ 」
ノックもせずに突撃してきたのは、魔族の美女ティアラであった。
エリクはまた顔だけを訪問者に向けた。目をしばしばさせながら答える。
「 用務員室の横の倉庫にありますよ。赤ん坊の絵が描かれいるやつです。確か上から二段目の棚だったと思います 」
「 わかりましたわ。村長って神の子なんですわよね。睡眠って必要なのかしら? 」
「 半分は人間ですからね。それに習慣が染みついているんです 」
「 そうですの。私魔族ですので気にせずに入ってしまいましたわ。ごめんなさい 」
「 いいですよ。既にさっき起こされていたので 」
エリクは気の抜けた笑顔をティアラに向けた。
それを見たティアラは礼を言って校長室を出て行く。
「 きっとまた、誰か無断で入って来るんでしょうね。二度あることは三度あると言いますし⋯⋯ 」
エリクは眠りに戻らずに天井を眺めていた。結局その後、日の出まで人が訪ねて来ることはなかった。
────────────⋯⋯⋯⋯
「 何故、日の出前に訪ねて来ないのですか? 」
朝食に呼びに来たアテナにエリクが問う。
「 ⋯⋯えっ!! よっよよよ、夜に村長さんを訪ねるなんて、でっ出来ませんよ 」
アテナは顔を赤くして全力で否定した。それもそのはずである。エリクの言った事はアテナの脳内では 『 何故、夜這いに来ないのですか? 』 に変換されていた。純粋な乙女に言っていい事ではない。
「 いつ来てもいいように、心の準備をしていましたのに⋯⋯ 」
「 そんな事しないでください!! 物事には順序というものがあるんです!! 」
「 順序? ノックさえして頂ければ、いつ、誰が来ても構いませんよ 」
「 なっ⋯⋯誰が来てもって⋯⋯。もうっ村長さんなんて知りませんっ!! 」
アテナは顔を真っ赤にして、部屋を出て行った。
校長室に残されたエリクは、何故怒られたのかわからず口を開けて間抜けな顔をしていた。
────────────⋯⋯⋯⋯
「 あっ村長!! 丁度良かった。付いて来てくれ 」
エリクが今日も畑のようすを見ていると、嬉しそうな黒凪が話しかけてきた。
「 何でしょう? 」
エリクは疑問に思いつつも黒凪の後ろを付いて行く。黒色の長い尻尾が揺れるのを見ていたらあっという間に鍛冶工房にたどり着いた。
黒凪がなんの躊躇いもなく戸を開ける。中には他の
獣人達が揃っていた。
「 おうっ村長!! これを見てくれ⋯⋯ 」
燈凪が清々しい笑顔でエリクに一本の刀を差し出す。
エリクがその刀をよく見ると、刀身が青や紫、赤と色を変え輝いている。その輝きを見てエリクは、揺らめくオーロラが思い浮かんだ。実に幻想的な光を放っている。
「 これは!! 出来たんですね⋯⋯ 」
「 ⋯⋯ああ、満足のいく出来だ 」
燈凪が大きく頷き、肯定する。
「 良かったっす!! 感動っすよ 」
「 ⋯⋯このような輝きは初めて見た 」
弟子である陽露と氷雨が涙目になりながら刀の輝きを見ている。彼らも燈凪のことを近くで見てきており、黒凪と共に心配していたのだ。刀が出来たことよりも、親方である燈凪の願いが叶ったことの方が嬉しいのである。
エリクはそんな二人を見て少しもらい泣きしてしまう。
「 ぐすっ⋯⋯良かったです。⋯⋯で、誰がそれを使うんですか? 」
「 ⋯⋯えっ? 使う? 」
エリクの質問にぽかんと口を開けて、目をぱちぱちさせる燈凪。刀を打ったはいいが、その後のことは考えていなかったような顔だ。
実際に燈凪は、将来的には沢山の人に使って欲しいとは思ってはいたが、試作品の一本を誰に渡すかまでは決めていなかった。
「 ⋯⋯誰か刀が扱える人はいますか? 」
エリクがその場の者達を見渡すが、みな頭を横に振った。打つのは得意でも、それを何かに向けて戦うことは得意ではないようだ。
どうしたものかと、黙る彼らに近づく影が一人。
「 ⋯⋯俺を呼んだか? 」
その場に颯爽と現れたのは、勇者 月野であった。彼はデコポンが入ったかごを両手で抱えながら、工房内へ入ってくる。
「 星弥⋯⋯。扱えるんですか? 」
「 俺は勇者だ。扱えない剣など⋯⋯ない!! 」
「 勇者ってそんなに万能でしたっけ? 」
「 俺のステータス画面を見ろ。全ての剣のレベルがMAXだ!! 」
「 ⋯⋯ステータス画面って、⋯⋯ゲームのやり過ぎですよ。そんなものありませんっ!! 」
「 神島にゲームのやり過ぎと言われる日がくるとはな⋯⋯。だか、俺には見えるんだよ!! 」
月野には、本当に自分の各種能力がゲームのステータス画面のように見えていた。だかそれは、召喚された彼が世界と世界の狭間で手に入れた力であった。
当然、エリクはそんなことを知らないので、親友の頭の方を心配している。
「 ⋯⋯なんかよくわかんねぇが、勇者が持ってくれるなら安心だなっ 」
「 任せてくれっ!! 」
燈凪は月野に鞘に納めた刀を渡した。月野はそれを丁寧に受け取る。
「 本当に大丈夫なんですか? 」
「 大丈夫、大丈夫!! 俺に任せろっ!! 」
はっはっはと笑う月野に疑わしげな視線を向けるエリク。そんな彼らのいる工房に駆け込んでくる少女が一人いた。急いできたのか髪や服が乱れているアロマである。
「 あんたら大変よ!! 湖の方に魔物の群れがやって来ているのよ!! 」
「 なんだって!! オーシャンが危ないっ!! 」
知らせを聞いた黒凪が誰よりも先に走り去って行く。湖の大精霊が心配なようだ。
「 って黒凪さん!! オーシャンは精霊なので大丈夫ですよ。あなたが危ないです!! 」
「 早速俺の出番だな!! 」
エリクや月野も黒凪を追いかけて出て行く。他の者達もそれに付いて行った。
エリク達が湖に着くと、牛のような魔物の群れと魔法で戦うアルクリースと、オーシャンを庇う黒凪の姿があった。
着いてすぐに月野は戦いに加わった。エリクは戦いつつ、黒凪のもとに駆け寄った。
「 大丈夫だぜ、オーシャン。俺が付いているからな 」
「 ぬもんっ⋯⋯、ぬもも? 」
「 いいんだ、俺のことは心配すんな 」
「 黒凪さん!! 後ろに下がっていてください。⋯⋯というか、いつからオーシャンの言葉がわかるようになったんですか? 」
「 ⋯⋯わからねぇが何となく感じるんだぜ。それと俺も拳には、自信があるから戦う 」
黒凪はそう言うとオーシャンを後ろのアロマに任せてアルクリースや月野の助けに向かう。
エリクも湖を壊さないように魔法で戦いながらアルクリースに近づいた。
「 アルさん、大丈夫ですか!? 」
「 村長か? 私は大丈夫だ。村と温泉には光魔法で防護壁を張っておいた。あと、この魔物は慎重に倒して欲しい 」
「 何でですか? 」
エリクは不思議そうにアルクリースを見た。
「 高級な豚肉のような味だからだ。後で食べよう 」
エリクが魔物をよく見ると、それは体は牛のようだが凶悪な顔と尻尾は豚のようであった。
「 ⋯⋯⋯⋯カツ丼 」
エリクは身を傷つけないように慎重に魔法を使ったのだった。
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