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第十六話 魔王様と勇者様




 痩せた眼鏡の男が魔王の執務室に入る。そこには書類に目を通す美丈夫が一人いた。



「 魔王様、自分は勇者だと名乗る不審人物が訪ねてきております 」

「 ⋯⋯ゆうしゃ? 」

「 なんでも、魔物達を従え世界の破滅を企んでいるそうです 」

「 なんだとっ!! なんて悪いやつなんだ。そのゆうしゃってやつは!! 」


 魔王は書類から顔をあげ、驚きの声をあげた。


「 いえ、勇者と名乗る不審人物ではなく、魔王様が世界の破滅を企んでいるそうです 」

「 えっ⋯⋯我が? 我はそんなことをしている暇はない。魔界祭の準備に忙しいときに何を言っているんだ 」


 魔王は書類をめくる作業にもどる。


「 私が言っているのではなく、その勇者と名乗る不審人物が言っているんです 」

「 ⋯⋯追い返せばいいのでは? 」

「 追い返したいんですが⋯⋯ 」


 なんとも含みのある側近の言い方を不思議に思い、魔王が再び顔をあげる。


「 一体、どうし─── 」


 魔王が側近に尋ねかけたところで執務室の外が騒がしくなってくる。何やら複数人が揉めているようだ。


『 いいから魔王に会わせろっ!! 』

『 お客様っ!! だめですっ、お止まりください!! 』

『 お客様、ここは関係者以外立ち入り禁止です 』

『 うるさーい!! 大体なんだ。せっかく勇者になってチート能力を沢山手に入れたのにお前ら悪さしろよっ!! お役所仕事みたいに窓口をたらい回しにしやがってっ!! 俺は勇者だぞっ!? 』


 勇者と名乗る不審人物がすぐそこまで来ているようだ。魔王は溜息を一つ吐き側近を見た。


「 ここの警備はどうなっている? 」

「 それが⋯⋯魔法攻撃無効化、物理攻撃無効化、精神攻撃無効化、状態異常無効化、常時身体強化、常時回復効果、肉体再生効果と、ほぼ無敵の不審人物でして⋯⋯。こちらとしても対処の仕様がございません。対処できるのは魔王様くらいかと⋯⋯ 」

「 我がか? 仕方ないな⋯⋯ 」


 魔王は立ち上がりドアを開けた。そしてゆっくりと廊下を覗き込んだ。

 そこには複数人の魔族に取り囲まれつつも前進してくる立派な鎧の青年がいた。普通の人族には珍しく黒い髪をしているまだ幼さの残る青年だ。


「 あっ!! お前が魔王だなっ!! 」

「 魔王様!! 申し訳ありません。我々では力及ばず⋯⋯ 」


 勇者と名乗る不審人物を止めようとしていた部下達が魔王に頭を下げる。魔王は部下達に首を横にふり、労いの言葉をかける。


「 大丈夫だ。お前達は良くやった。後は我に任せて持ち場に戻るように。魔界祭前でやることも多いであろう⋯⋯ 」

「 はいっ、魔王様!! 失礼しました!! 」


 部下の魔族達は労いの言葉に涙を流しながらその場を後にした。魔王はそれを見送り、鎧の男を見ると相手もこちらを見ていた。


「 魔王のくせにいい上司面しやがって、それでも魔王かっ!! 」

「 ⋯⋯意味がわからん。とりあえず部屋に入れ 」

「 ラストステージといったところか⋯⋯。雰囲気がでてきたな!! 」


 勇者と名乗る不審人物は意気揚々と執務室に入って行くのだった。







 ───コトンッ⋯⋯


 勇者の前に紅茶と美味しそうなフルーツケーキがのった皿が置かれた。それらを用意した眼鏡の側近は魔王の後ろに立つ。机を挟んで向かいのソファーには魔王が脚を組んで座っている。


「 ⋯⋯なんだ? これは⋯⋯ 」

「 甘いものは嫌いか? 」


 魔王はフルーツケーキを食べている。少し頬が緩んでいるようすから甘いものが好きだとわかる。

 勇者はゆっくりと皿を持ち、ケーキを口に運んだ。彼は状態異常無効化な体なので毒が入っていようと関係ないのだ。


「 ⋯⋯こっこれは!? 」


 勇者は目を丸くしながら皿の上を見つめた。その間も口は咀嚼(そしゃく)を続ける。ごくりと飲み込むと紅茶を一口飲んだ。


「 ⋯⋯これを作った者を呼んでくれ 」

「 そちらは私が作りました 」


 勇者の問いかけに眼鏡の側近が答える。勇者は(おもむろ)に立ち上がり答えた男に近づいて行く。そしていきなり抱き寄せた。


「 なっ!! なんっ、何をしている!! 」


 魔王が抱きしめられた当人よりも慌てて立ち上がった。


「 実に美味いケーキだ!! 感謝するっ!! 」

「 それはどう致しまして 」


 勇者は満足したのか、何事もなかったかのようにもとのソファーにもどった。抱きしめられた男も微動だにしていない。

 魔王は呆気にとられ立ったままである。


「 魔王はさぁ⋯⋯なんで人類を滅亡させようとしないの? 」

「 ⋯⋯はあ? 」


 勇者は恋話をする女子中学生の 「 〇〇ってさぁ⋯⋯なんで〇〇に告白しないの? 」 のようなのりで魔王に尋ねた。

 魔王はまだ先ほどの出来事から立ち直れておらず、力のない返事をしてしまう。


「 俺はさ、イーツア大陸ってところの対魔物連合国の連中に別世界から召喚されたわけ。朝に牛乳を飲んでるときにな⋯⋯ 」

「 ⋯⋯はぁ 」


 魔王はとりあえずソファーに座り、勇者の話を聴くことにした。


「 それでさ魔王のせいで世界が危ないから救ってくれとか言うんだよ。牛乳を口の周りにつけたままの俺にな⋯⋯ 」

「 ⋯⋯ああ 」

「 だから俺はコップの中の牛乳を飲み干して言ってやったわけ、なんで俺が? とな 」

「 ⋯⋯ああ 」

「 そしたら、突然そいつらは俺の着ている白いTシャツを無理やり脱がせてきたの。俺は思った、牛乳飲んだ後にお腹を冷やしたらやばいだろうとな⋯⋯ 」

「 ⋯⋯牛乳の話はもうするな 」

「 ⋯⋯わかった。そしてやつらは俺のお腹の痣を指差して言った。これは勇者の(あかし)の紋章だとな⋯⋯ 」

「 ああ 」

「 俺は、じゃあ仕方ないか⋯⋯と納得して今ここにいる 」

「 納得するのはやっ!! 」


 魔王は思わず声をあげてしまった。後ろの側近はその間も表情一つ変えずに立っている。


「 でも俺は旅をしながら、なんの計画性もなしに襲ってくる魔物と戦いながら、魔王関係ないんじゃ⋯⋯と思いはじめた。それで今日きちんと白黒はっきりさせるために魔王城に乗り込んだってわけだ 」

「 そうか、我は世界をどうこうしようとは考えていない。下の大陸の凶暴な魔物どもを生み出しているのは人からつくりだされる穢れだ。自分達でつくりだしておいて我の責任にするとはな 」


 勇者はそれを聞くと立ち上がった。


「 やっぱりな。じゃあ帰るわ 」

「 納得するのはやっ!! 」


 勇者は魔王の声を無視して部屋を出ようとする。だか、すぐに振り返り魔王のもとに戻ってくる。


「 なんだ? 」

「 自力で帰るの面倒くさい⋯⋯。魔王って転移魔法使えるんだろう? 良かったら送ってほしいな 」


 勇者は友達相手に 「 お前今日車だろう? ついでに家まで送ってってよ 」というようなのりで魔王に尋ねた。


「 まぁ良いが、下の大陸でいいか? 」

「 ああ、それで頼む。魔界から帰るのにまたやたら長いダンジョンを通るの嫌だからさ 」


 魔王は言われるがままに勇者に転移魔法をかけた。

 勇者は闇に包まれその場から消えた。最後の方は笑顔で手を振っていた。

 魔王はソファーに深く体を沈める。その顔は酷く疲れた様相である。そしてなにかに気づいたように後ろの側近を見た。


「 あっこの間ティアラを送ったところから転移先を変えていなかった 」

「 勇者なので、大丈夫でしょう 」


 冷めた紅茶を入れ直しながら眼鏡の側近は冷静に答えた。魔王はまた静かに書類に目を通しはじめるのであった。






────────────⋯⋯⋯⋯






「 氷雨さんの糸引いてませんか? 」

「 ⋯⋯そうか? 」


 天気の良い日にエリクと氷雨は湖で魚釣りをしていた。なぜか復活したばかりなのに魚が釣れるのだ。エリクは最初こそ、そのことを疑問に思っていた。だが、釣れる魚が塩焼きにするととても美味しいので深く考えないことにしたのだった。

 他の村人達はそれぞれ畑の世話をしたり、学校で遊んだりしている。

 たまにアルクリースが授業を行うこともある。そのために子供達は彼を慕ってきているようだ。変なところが出なければ見た目は優しい好青年なので、それも必然であろう。


 ───バシャッ


 黄色と桃色の縞模様の謎の魚が釣れた。氷雨はそれをエリクが3ポイントでだしたクーラーボックスに入れる。


「 それは、煮付けのほうが美味しいやつです 」

「 ⋯⋯そうだな 」


 氷雨は寡黙なのであまり話さないが顔は嬉しそうである。二人が魚を見ながら今日の晩御飯のことを考えていると突然大きな音がなる。


 ───バッシャーンッ


 明らかになにかが湖に落ちた音であった。二人は波が立っている場所を見た。


「 ⋯⋯湖のぬしでしょうか? 」

「 ⋯⋯ぬしはオーシャンだと思うが 」

「 そうでした 」


 二人はもう一度よく見てみるとそれは溺れかけの人のようである。エリクは慌てて氷雨に言う。


「 氷雨さんっ!! 早く助けないと!! 」

「 ⋯⋯俺に任せろ!! 」


 氷雨は素早く湖の中に入っていく。


「 ⋯⋯へっ⋯⋯へっ⋯⋯へっ 」


 しかしいくら上手くても犬掻きではたどり着くまで時間がかかるようだ。エリクは焦って溺れている人の方をもう一度見た。

 すると、その人がものすごい速いクロールでこちらに泳いでくる。そのまま氷雨は素通りしてエリクの目の前の岸に上がってきた。


「 水の上に転移させるなんて酷い魔王だな。⋯⋯待てよ、やっと魔王らしいことをしたの間違いか? 」


 湖から上がってきたのは、立派な鎧の男であった。

 エリクは鎧姿でクロールを泳いできたことに驚愕しながらも男の顔を見た。

 男は全身水浸しだが、黒髪に爽やかな整った日本人の顔をしていた。エリクの中で記憶が蘇る。


「 あなたは、地元一のイケメン、月野星弥(つきのせいや)ではないですか!? 」

「 ⋯⋯なにっ!! なぜ俺の名前を知っている!? 」



 静かに息を呑む二人。

 そんな中、氷雨の犬掻きの音だけが響きわたっていた。





読んで頂きありがとうございます。

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